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「滅茶苦茶だ。私がいれば、旅が楽になると?」
狩人が静かに聞いてきた。
「そうだ。これから、さらに北に行く。その中で、君のような腕のいい狩人は必要だ」
「いや、悪いが、私のメリットがなさすぎやしないか?」
「え」
狩人は呆れ果てたようで、弓へと力を割くのをやめた。
もはや、私に対しての興味を失ったようで、敵対心も感じられない。
「メリットがない。まず、冬がいつ終わるかわからないが、それでも、必ず、春は訪れる。少し長いだけだ」
「だが、異常すぎるだろう。もう、本来なら春のはずだ」
「水が高い所から落ちるように、自然に法則がある。そして、それを我々がどうこうしようとするのは無駄だ」
「しかし、雪の女王なら」
「いるかどうか明らかでもない存在に頼るな」
興味ないということの現れか、一歩、狩人は歩き出した。
このまま、逃すのは避けたかった。
マサヨシは体を起こすと、狩人の後を追う。
「頼むから、ついてきてくれ」
「嫌だ。だいたい、狩人ならほかにもいるだろう」
「君じゃなきゃダメなんだ」
マサヨシは雪をまき散らしながら歩く。だが、狩人はかなり素早い。
しかし、今回は尾行するのが目的ではないのだから、なりふり構わず、すぐ後ろを追った。
狩人はマサヨシに気付いていながらも、とくに撒こうというつもりはない。
そうして、しばらく歩いた先、突然、あばら屋が現れた。ちょうど、枯れ木や枯れ枝を使って、周囲に溶け込んでおり、普段、特に気を払わなければ見逃してしまうであろう、というようなあばら屋だ。いや、あばら屋というよりは、獣の巣のようでもある。
「家には入るなよ」
狩人はそう言うと、あばら屋に消えていった。
どうしたものか、とマサヨシは雪の中で立ち尽くすのだった。
ついには立ちつかれて、近くの杉の木にもたれかかって、座る。
それを見越したように、オーイシが荷物から抜け出てきた。
「哀れだねぇ、マサヨシ」
「どうしたものか」
「いや、悪くない。相手の警戒心を解くことができたのは、良い」
オーイシがするりと、マサヨシの前に浮かぶ。
にやにや、といやらしい笑みを浮かべている。
が、それの笑みは、どこか楽しそうにしているようにも見える。
「しかし、交渉の経験があまりないのが丸わかりだ」
「だって、仕方ないじゃないか」
「練習ならそれもいい。しかし、本番でその言い訳は許されん」
オーイシが少し体を大きくした。
少し怒りの色が感じ取れる声色でもあった。
「どれ、手ほどきをしてやる。一つは、利点が弱い。利益を保証することが出来ていない」
「利益というと、冬が」
「それは利益ではない。あくまで幻想でしかない。明日の飯の保障にもならない」
「なら、どうすればいい」
「なに、今、お前は奴の寝床を知った。そして、それを見て、どう思う」
オーイシの言葉に、マサヨシは再びあばら家を見た。
見るからに、みすぼらしいそのあばら家を。
そして、何かに気付いたかのようにあばら家へと歩み寄っていく。
「話をしよう!」
大声で呼びかけると、狩人はのそりと小屋から現れた。
顔こそ布で見えないが、全身から溢れ出す雰囲気はいかにも迷惑そうだ。
それはそうかもしれない。家の前で、妙な旅人が騒いでいれば迷惑以外の何でもない。
「なんだ。私は話をしたくない」
「儲かってないだろう」
「何?」
「腕のいい狩人にしては儲かってない。いくら森に馴染むためとはいえ、こんなあばら家に住むことはない」
「……何が言いたい」
餌に食いついたような気を、マサヨシは感じた。
「きちんと報酬は払う。その身なりも、きちんとした形のものを渡す。雪の女王をどうにかしたら」
「どうにかしたら」
「住処もきちんとしたところを約束する」
「信じ難いな。ただの旅人のくせして、家もくれるというのか」
「そうだ。今、もらっている報酬はどれくらいだ」
「何?」
「正当な報酬を渡す。腕に見合っただけのな」
はったりだ。しかし、旅の終わりにそれくらいは保証してもいいと思うのも事実だった。
それに、本心からそういう気持ちもあった。あまりにもひどい住処だった。
そして、それは狩人の腕の問題ではないと感じていた。
宿の主の発言が根拠でもあった。狩人に対して、非人と呼ぶような認識を持っている村が、正当な報酬を支払っていないのではないか、という推察があった。そして、それはどうやら正解らしい。あばら家に住んでいるのもそうであるし、村に居を構えていないのもそうだ。
「……考えさせてほしい」
狩人はそう言うと、あばら家の中に帰っていった。
しかし、昼を回ってもあばら家から出てこないのを見て、マサヨシはついには諦めることにした。旅は急ぐ訳ではないが、かと言って、悠長に時間を消費し続けるわけにもいかないのだ。そうして、雪が強く降り始めたあたりで、マサヨシはあばら家の前を立ち去った。