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マサヨシとオーイシはともに、街道を歩いていた。
最も、オーイシは小さく、ちょうど、帽子程度の大きさになり、マサヨシの頭の上に乗っていた。というのも、オーイシがそのままの姿でいると、明らかに人の目を惹くのだ。そしてそういうのは、マサヨシからしてみれば避けたいことだ。余計なトラブルを招く恐れがある。
実際、初めのころは、歩いて移動するマサヨシのそばを、オーイシは浮かんでいたのである。しかし、その姿を見た他の旅人が、恐れをなして、叫びながら逃げていってしまった。そうなると、あまり、良い旅路は期待できそうにない。そこで、小さくなるように提案したのである。
オーイシはぶつくさと小言で文句を言っていたが、いざ小さくなり、自分で移動しなくても良いとわかった途端、楽ちんであると満足してくれた。それどころか、ちょっと、オーイシが荒い動きをするたびに。
「これ、もうちっと、滑らかに動かんか」
と、不平を口にするくらいにはなったのである。
さて、マサヨシ達は、ついでまた村に寄った。その村は、まだ他の村に比べると、どうにもまだ余裕がありそうであった。泊めてもらった宿の主も血色がよく、出された料理も簡単なものではあったが、それでも、今までの村々でいただいたものの中では優れたほうである。
高齢な宿の主に、事情を聞いたが、なかなか事情を話してくれない。
しかし、ようやっと主が事情を話してくれた。
その事情というのも、なんてことはない。腕の良い狩人がいるというのだ。
「なら、素直に話してもらっても良かったのに。別に、襲ったりしませんから」
「はは、まぁ、マサヨシさんなら大丈夫だと思ったので話したのです。それに、別に理由がありまして」
「理由というと」a
「実はですね。その狩人。非人なのですよ」
非人という言葉にぴくりと眉が動く。
聴き慣れないニュアンスの言葉であるし、どこか違和感を覚える言葉であった。
そして、個人的には使いたくない言葉でもある。
「非人というと、エルフやオークなどの亜人の事ですかね」
「そうそう。今の若い人は、亜人というのですか」
「えぇ、そうです。その狩人は亜人なのですね」
「オークなのです。奇妙なことにね。非人、とくにオークは弓が下手くそであろうに、奴は上手いのです」
「それは確かに奇妙ですね」
敢えて、無理に否定せずにマサヨシは話をつづけた。
亜人、エルフとオークに関しては、マサヨシの知るところでも特徴がはっきりと明確に分かれているのが常だった。
エルフは色白で美しく森に住み、弓などの狩りに長けている。それに対してオークは黒く醜悪で洞窟に住み、狩りには長けていないというのが通説である。実際、マサヨシが今までかろうじて村で接したことのあるエルフの冒険者は、それらの特徴に合致し、高慢でもあった。
それに対して、オークはその「強靭な体力からか、独特の武装勢力となっていたのである。故に、あまり、見たことがないのだった。
しかし、狩りが美味い、オークというのは珍しい。
「会うことはできないのですか」
と、マサヨシは宿の主に、頼んでみたが、首を横に振られてしまった。ならば、仕方ない。無理に頼み、宿の主を怒らせてしまうことは避けたかった。もしも怒らせてしまえば、最悪、雪の降る外に追い出されてしまう。そうでなくとも、部屋の片隅で夜を明かさせてもらうことになっているのだから。
「のう、マサヨシや」
夜、誰もが寝静まったころ、部屋の寝床にもぐりこんだマサヨシに対して、オーイシがのそりと声をかけてくる。
人前に出ないように取り決めているので、こうやって夜中にならなければ話をすることもできないのであった。
マサヨシの前に、ぱたりと体を横たえる。大きさは、ちょうど、手のひらサイズである。
「何故、オークに興味を持った」
「少しだけ気になったんだ。狩人のオークは珍しいからね」
「お前も十分に珍しいぞ。奇妙なことに命を賭けた」
それなら、お前も十分にそうではないか、とマサヨシは思ったが口には出さない。
が、ゆっくりと息を吐き出しながら、天井の板を見る。
しかし、珍しいだけが感情の全てではない。興味を持ったのだ。オークに限らず、エルフも、非人は群れる習性があるのが常だ。しかし、そのオークはらしくない。集団でもなく、孤独で、しかも上手に狩りを行う。それは奇妙であり、興味をそそられるのであった。
その狩りが上手という事が、何よりも惹かれた。マサヨシには狩りの心得がない。
これからの旅において、つねに宿に恵まれるわけではない。そうなった時、一人でも食糧確保にうまい人材がいるなら越したことはないと思った。そういう損得勘定がなかったわけでもない。
翌朝、宿の主に礼を言うと、宿を出発した。が、すぐには村から離れない。村から少し出たところで踵を返し、村へと戻る。隠れられそうな物陰に潜むと、じいっと待った。宿の主の話では、狩りの収穫を持ち込むような話しぶりである。で、あるならば、こうやって村に潜んでいれば、出入りするところを目撃できると考えていた。
雪が降る中、どれほど待っただろうか。
森のほうから顔を隠した人影が、すっと包みを持って現れた。そして、包みを宿の主に手渡し去っていく。
きっとあれがそうに違いない。
その人影の後を追う。雪が積もり、足跡は見つけやすい。
ふいに、オーイシがひそりと囁いた。
「マサヨシ、気をつけろよ」
「何に」
「その狩人だ。そいつも、自らの後ろを歩いている奴に気付くかもしれない。そして、そいつがお前に友好的であるとは限らない。むしろ、警戒するはずだ。理由も知らずに後ろをつかれるというのは、気持ちがいいものではないだろう」
「それは、そうだけど」
足跡を辿っていく。
もうすっかり、人影は見えない。が、足跡はずっと残っている。
このまま、その狩人の住処が分かれば十分だと思っていた。
が、驚きとともに、マサヨシはその足を止めた。
足跡が、ちょうど、広場の中央辺りで途切れている。
まるで、そこまで歩いていたのに、中空に飛び上がったかのように、次の一歩がない。
「まずい」
マサヨシは思い当たることがあった。
村で唯一の狩人から教えてもらったことだ。ある種の動物は、知能のある動物は、追跡を撒く為にこのように足跡を偽装する。ある程度まで歩き、そこから、自分の足跡を辿るように下がり、途中で別の道へそれるのだ。その狩人は、そうして、足跡を偽装し、後を追ってきた熊などを狩るという。
冷や汗が垂れた。
今、この場での獲物は、自分だ。