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 三日前から降り始めた雪はしっかりと村に積もっていた。

 屋根の上に立って雪下ろしをしながら、僕は白い息を吐き出す。昨日も一昨日も雪を屋根から降ろしたが、一日も休むことはできない。村の家のほとんどは木造であって、屋根が雪の重みに耐えれるように作られて胃内。それに、村で若者と言えば自分一人しかいない。他の村人は皆、年寄りばかりで、彼らに雪下ろしを頼んで、怪我でもされたら困る。

 しかし、さすがに疲れ果て、屋根の上に腰を下ろした。

 村にこれほど雪が積もるのは久しくないことであった。いや、今年は異常だと言ってもよかった。

 雪が降らない夜がない。

 それよりも、春が来ないのだ。

 普段であれば、雪の下から蕗の薹がひょっこりと姿を見せたり、赤い椿が咲いたりと、春の準備を始めるのであるが、今年はそれの気配がない。山に入った猟師は熊を見たというが、その熊は冬眠の穴から抜け出した所、外に出て、まだ冬かと言わんばかりに巣穴に引き返したそうだ。


「冬が終わらんねぇ」


 一人つぶやくが、どうにもわからない。

 こういう時、自らに親類がいれば助かると思っていた。しかし、僕には親類がいない。

 父親は4年前に出稼ぎに出た先で流行り病に倒れ、母親はさらに昔の10年前に魚が中って死んだ。

 残った僕は村の手伝いをして過ごすことになった。

 幸いなことに村にはほかに若者がいなかったので、役割は多くあった。

 しかし、こうも雪や寒さが続くと、農作業もうまくいかない。

 日に日に食料と燃料の薪を切り詰める日が続く。

 飢えの恐怖が日に日に強くなっていく。


「おぉい、マサヨシや」


 ふと、名前を呼ばれ、声のする方向へと顔を向ければ、村長がいた。

 回りには他の村人も見える。


「ちょっと、降りてこんかぁ」

「はい」


 元気に返事をしたが、よくわからない。

 何か用があって呼ばれたのだろうが、何用だろうか。

 屋根を降りると、村長は深刻な顔をしているのがよくわかる。村長だけではなく、他の村人も同じく思いつめた顔をしているのが、余計にただならぬ事態であると、思わせた。雪下ろしのために使っていた鋤を持つ手に力が入る。

 もしや、熊が出たのではないか。

 熊が出たなら、一大事である。この食糧難の村において熊の肉は十分な栄養源、食料となりうる。

 それに、もう一つ、熊の被害も考えられる。クマの爪や牙によって、切り裂かれたならばひとたまりもなく、また、それによって食糧庫が破られればたまったものではない。

 一刻も対処しなければならないと思えば、自然と力が入る。もっとも、ただの村人である僕には熊を狩るだけの力はない。数年前にも熊が出たときも、僕は他の村人、とくに、女とともに一か所に隠れただけである。その時とは違うという証明をしたかったのもある。


「マサヨシ、お前に話がある」

「どうしました?」

「いや、お前さん、村を出て行ってもらえんかの」


 拍子抜けするようなことを言われ、力が抜ける。

 熊でなくて良かった、という安堵感と、村を出て行けという言葉の重みが。

 ずんと肩にのしかかってきた。


「どうして、ですか」

「わかるじゃろ。どうしてもじゃ」


 村長はそれだけ言うと、くるりと踵を返した。

 ついで、前に出たのは、村長の息子だった。村長がかなりの高齢であるので、その息子と言っても、僕からしてみれば二回りも上の年代になるのだ。自分の父親が生きていれば、同じくらいの年代だったのではないかと思う。

 村長の息子曰く、簡単な非常食としての荷物をいくつか渡すから、今日明日に出立してほしいとのことであった。そして、やはり、村長と同じように、その息子も、理由を教えてはくれなかった。

 が、渡された非常食の量を見て、薄々と察することが出来た。

 あまりにも多すぎるのだ。

 正直なところ、まだ冬が続くとすれば絶対に渡せないような量が、僕に手渡された。


「もう、この村は終わりなんですね」


 非常食を飯炊きの村女から受け取りながら、そう聞くと、村女は僕をぐっと抱きしめた。

 炭と女の香りが鼻腔に満ちる。


「仕方ないんよ。あんたはこの村で一番若い。若いあんたを死なすわけにはいかんのよ」

「でも、それじゃあ皆さんが」

「あたしらのことは心配せんでええ、それよりも、体に気を付けてな。拾い食いなんてしちゃあいかんよ」


 村を出るとなってもなかなか承服しかねる思いで満たされていた。

 これは悪手である。

 村の人は僕を生き残らせるために、飯を用意してくれたのかもしれないが、それは手を出してはいけない。それに手を出してしまったら、残った人間が冬を越せなくなる。それを理解して、きっと、寄越してれたのだろうと思うと、辛くなってきた。

 村の入り口まで歩いて、振り返る。

 

 このままではだめだ。

 このまま、村を見捨てることはできない。父も母ももういないが、この生まれ育った村が好きだった。

 ゆえに、このまま、見捨てるわけにはいかないのである。

 それと同時に、村のみんなの厚意を無下にするわけにもいかない。


 村に一礼し、雪の積もる道を歩いていく。

 昔、話で聞いたことがあることを思い出した。

 確か、まだ、母親が生きていた時の話だ。眠れぬ夜、ちょうど、冬の時期に、枕元で語ってくれた。

 雪を司る女王の話を。

 雪の女王が冬を村々に運んでくる。そして、逆もまた然り。

 その女王に頼めば、冬が終わるのではないか。


 分の悪い賭けである。その女王が本当に存在するのかわからない。

 だが、やるしかなかった。

 背中に負った食料の分だけ、僕は、僕でできることをしなければならない。


「雪の女王に会いに行こう」


 白い息を吐き出しながら、僕はそうしっかりと決意を言葉にし、雪を踏みしめ、歩き始めた。

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