深沢愛梨の乱入
第二章
「どうしよっかなー」
午後五時。駅前のファミリーレストラン。
前方の席には相談に乗ってもらったばかりの神坂美成子。
その隣の席にはメニュー表を吟味し、どれにしようかと迷っている深沢愛梨。
そして冷や汗をかきまくる僕、瀬崎翔。
『何事も始まりは突然』と言うが、これはあまりにも突然すぎではないだろうか。
これではラブストーリーではなく、ヒヤヒヤストーリーに近い。
例えるなら、朝ご飯作ってと母親に頼んだら朝ご飯と昼ご飯両方出てきたみたいな。
とにもかくにも、スムーズの域を通り越して、急という言葉が似合う状況であることは間違いないだろう。
「チーズドリアがいいんだけどカロリーがなぁ……。でもミートソースドリアだとチーズが入ってないからなぁ……。神坂さんはどっちがいいと思う?」
「どっちでもいいと思うよ。知らないけど」
深沢の問いかけに対して、ケータイの画面を見ながら適当そうに返答する神坂。
こいつ……。
「そっかー。そうだよねぇ……。どっちも魅力的だよねぇ」
その無愛想な反応に、深沢自身、特に気にしていないのが幸いだ。
だが、またいつやらかすか分からない。
次の手を打っておく必要がある……。
テーブルの下で素早くケータイを取り出す。
『おい、なんでお前塩対応してんだよ。もっとエレガントな対応で「んーーーーどっちもイタァリアン!」くらい言って深沢を楽しませろよ!』
『君は私に何を求めてるんだ。私はピン芸人でもないし、すべるだけの芸人でもないんだよ』
『すべるだけだと⁉ このネタ滅茶苦茶面白いだろ! なんせ僕の鉄板ネタの一つ――』
「瀬崎君はどっちの方がいいと思う?」
急に普段あまり面識がないはずの僕に深沢は問いかけてくる。
「え⁉ えーと、なんの話だっけ?」
「チーズドリアとミートソースドリア。どっちがいいかな?」
目を光らせてメニュー表を見せてくる。
くそ、可愛いなおい。
「ああ、チーズとミートね。えーと……チ、チーズがいいんじゃないかな?」
「へー瀬崎君はチーズ派かぁ。カロリーは高めだけど癖になるよね」
適当にチーズって言ったけど、実はあんまチーズ好きじゃないなんて言えない……。
「うん、決まった。じゃあ私は――」
「海老ドリアにしようかな」
「「聞いた意味……?」」
事の経緯は昼の屋上まで遡る。
※ ※ ※
「その相談、あたしも混ぜて!」
「……っ⁉ 深沢⁉ なんでここに⁉」
背後から突如として聞こえた声の主はあろうことか、想い人である深沢愛梨だった。
「い、いやー。たまたま声が聞こえるなあと思ってきてみたら……ねえ?」
頭の後ろに手を当て、キョロキョロと視線を逸らしながら、まるで子供の言い訳のような発言をしている。
そんな棒読みで言われても説得力ないぞ、深沢……。
「しかし、なんでまた屋上なんかに……」
「で、深沢さんは何の用で屋上に来たの?」
神坂の威圧的な問いによって僕の声は掻き消される。
「あー。えっとね……神坂さん、昼はいつも屋上に行ってるみたいだったからちょっと覗きに来てみたんだ」
きっと神坂のことを思っての行動だろう。
「そしたら声が聞こえて……さっきの言葉が気になったんだ」
さっきの言葉? それは一体なんの言葉だろうか……。
まさか僕の告白を聞いていたのか……⁉
キンコーンカーンコーン。
間が悪いことに、授業開始五分前のチャイムが学校中に鳴り響く。
「チャイム鳴っちゃったね。また放課後、駅前のファミレスでいいかな? そこで話そっか」
教室ではなくファミレスを選んだのは僕のことを配慮してだろろか。
相変わらずうちのクラスの委員長は気が利く。
「ええ、放課後じっくり話しましょうか。深沢さん」
神坂は威圧的な面持ちで深沢の誘いを受諾する。
深沢が屋上に来てからというもの、神坂からは圧迫感のあるオーラを漂わせていた。
もともと深沢に塩対応なのは知っているが、今の状態は度が過ぎる気がしてならなかった。
なにか気に障るようなことでもあったのだろうか。
まぁ、当の深沢はそんなこと気にもせず、
「先行くね」と言い、手を振りながら屋上を後にした。
「なぁ、神坂。お前なんでそんなカリカリしてんだ?」
「はい? あんたバカぁ?」
バ、バカだと……?
その瞬間、僕はツンデレの原点を垣間見た気がした――。
じゃなくて。
「どういうことだよ」
「もし話が聞かれていたとしたら、コンドームのことについても聞かれているかもしれないってことでしょ?」
「まぁ、確かに」
僕の深沢が好きという発言を聞かれているかもしれないと同時に、神坂もコンドームのことが聞かれていたかもしれないと警戒しているのか。
「でも、深沢は他人に言いふらすようなことはしないと思うぞ」
深沢はクラスの委員長。
責任感も強く、頼りがいのあるクラスのリーダー的存在だ。
その上、深沢は聞いたことをありのままに話してくれた。
万が一にしても、悪い気はしない気がするが……。
「私は彼女のこと、信じてないから」
どうやら神坂はそうでもないらしい。
そう冷たく言い放ったあと、神坂は手を口元にあて、「どうにかして口止めしないと……」と呟き、今後の上策を練っているようだった。
用心深い奴だな……。
「なあ、神坂。とりあえず、連絡先交換しないか?」
「……? へー。君は私の連絡先が欲しいんだ?」
さすがの神坂も僕の急な提案に最初は疑問符が浮かんでいたようだが、なにかを理解すると態度を急変させてくる。
「違くて! ファミレス内でもメッセージでやり取りすれば連携が取れて、深沢にバレずにかつ、効率的に会話を進められるだろ?」
「たしかに……それは一理あるかもね」
「だろ?」
「だけど、それを口実に連絡先を交換できる女子は私くらいだろうから他の女子にはやらないほうがいいと思うよ?」
「なんでそう解釈したがるんだか……」
まぁ、それもすこーしだけ。ほんのすこーしだけあるかもしれないが。
ピロン。
連絡先の交換完了の通知が鳴る。
「でもこれで、まず一つ目の相談はクリアできたね」
「まぁ、確かにそうだな」
一応、第一の相談内容である話の場を作るという目的は達成された。状況が状況だが。
「さっそく私に感謝してくれてもいいんだよ?」
右手を胸元にあて、前のめりになりながらも神坂はそんなことを口走ってくる。
さっきまでしかめっ面だったやつが何言ってるんだか……。まるで別人だな。
「感謝を求めるのはまだ早いだろ。本番はこれからだ」
「まーそうなんだけどね」
昼の晴天を見上げながら、退屈そうにつぶやく。
わかってるなら敢えてあざとく言うなよ。女子耐性マイナスな僕からしたら心臓が持たないんだからな。
「そろそろ教室戻ろっか」
屋上に設置されている時計の針は、授業開始時間の十三時に差し掛かる寸前に位置していた。
「ああ、そうだな」
階段への扉に手を掛けたとき、ふと、あることが脳裏に浮かんだ。
「でも……意外だったな」
「何が?」
扉に手を掛けながらも、彼女が居る後方へと振り返る。
「僕の中で神坂美成子って、もっと冷たい人間かと思ってたからさ。いろんな顔があることに驚きだよ」
「…………そうだね。私も不思議。どうしてだろうね。でも――」
「君だけだよ。こんなに特別なのは」
目を細めながら嬉しそうな顔で君はそんなことを言ってくる。
きっと頬が紅く染まって見えたのは気のせいだ。
「っ……⁉ 茶化すんじゃねえよ。ほら、さっさと行くぞ」
扉を開け、足早と階段を下りていく。
「いまのは本当なんだけどな……。うん、いこっか」
まったく。聞こえないふりをするのも大変だ。