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救うための答え

 

 屋上。

 半年前までは生徒たちの人気スポットだったらしく、屋上で昼食を取る生徒も多かったみたいだが、いつの日からかカラスが湧くようになり不人気スポットに成り下がった場所だ。

 今は湧いているのか定かではないが。

 そんな不評な場所にほぼ毎日訪れている女子生徒。

 隅っこで体育座りをしながら昼食を取っている生徒、神坂美成子がそこにはいた。

「やっぱりここに居たか」

「君は隣の席の……で、わふぁひにわにかおう?」

「とりあえずその口に銜えてるものを食べてから話そうか」

 なんで今日に限って購買限定ロングフランスパン(30センチ)を食べているんだか……。


 七分後

「ごめんお待たせ。で、翔は私に何か用?」

 全部食べ切ったらしい彼女は何事もなかったかのように用を聞いてくる。

 まさか、あれからずっと立たされたまま待つ羽目になるとは……。

 まあいい。彼女にはその代償も含めて()()で払ってもらう。

「単刀直入に言うぞ。前のコンドームの話なんだがな――」

「?」

「あれ……やっぱりなしにするわ」

「……⁉ なんで? 信じろって言ったよね。あれは嘘だったの?」

 はっきりと動揺し、信じていたのにと言いたげな顔をする。

「悪いな。あれは嘘だ。」

「じゃあ、君が私のファンっていうことも――」

「いや、それは嘘じゃない。あんたの曲に救われたのは事実だ。一生感謝してもしきれないくらいには感謝してる。」

 そう、その事実はたぶん()()変わらない。

「っ……。へぇ……じゃあなんで?」

 彼女は一瞬面くらった表情をしたが、話を続ける。

 じゃあ、なんでかって?

 気づいちまったんだよ。

「秘密にするより、それを使った方が有効活用できると思ったからだよ」

「……⁉ あんたまさか……」

 何かに気づいたようだ。

「……ふははははッ! ご想像に任せるというやつさ!」

「キャラ変わりすぎだろ……」

 それは自分でも思う。

「でも、私がコンドームを買ったっていう証拠はどこにも――」

「あるさ! 僕はね、店長とは家族のような間柄で仲がいいんだよ。だから一つ頼めば防犯カメラの映像を学校に提出することくらい造作もないってことさ!」

「そういうこと……。完全に詰みってわけね。で、そんなことまでして、君の目的はなんなの?」

 身体を震わせながらも、強気な表情を貫く。

 こんな状況でも強気を見せる勇敢さ、感服ものだな。

「そんなこと……決まっているだろう?」

 だが、その表情も心も今、ここで歪ませてへし折ってやろう。

「僕の目的は一つ!」




『でも人生の先輩である私からアドバイスを一つ言わせてもらうと、第一印象はきっかけが大事だと思うわけ』

『ほう……その心は?』

『きっかけとなるものが一つでもあれば、それが糧と血となり肉となり、交友関係なんてすぐに生成完了よ。あたしもそうだったし……』

 なんか後半の方は物騒な気がするが……。

『ん? 最後なんか言ったか?』

『いや、なにも』

『しかしきっかけ、ねえ……。そんなもんあるわけ…………あ』


『見つかった? それが君の答えだよ』




 そう、僕の答えは。


「恋愛相談に付き合ってくれ!」

「…………へぇ?」


 ※ ※ ※


「え、今なんて?」

 あまりの拍子抜けの発言に変な声が出てしまった気がする。

「だから恋愛相談だよ! なんども言わせんなよ……ったく」

 彼は身体をもじもじさせながら中二女子のようなことを口にしてくる。

 いやいや、ちょっと待って。

 どういう状況?

 なんでこの人、頬赤らめてんの……?

 まさか酔ってる? 酒に? 恋に?

 というかラブでコメな物語だったら普通こういうのってヒロインからやるやつだよね?

 それに……。


「なんでわたし……なの?」

「そりゃあ……だって。……ねえ?」

「答えになってない! なんで私なの⁉ チョロそうだから? 頼れそうだから?

 簡単に釣れそうだから? それとも……」

「近い近い、話すから落ち着けって」

 感情が高ぶり、彼の元にまで一歩一歩近づいていたらしく、気がついた時には、顔と顔の距離は僅か10センチほどしかなかった。

「ご、ごめん」

 私としたことが、相手が異性ということを忘れていたみたいだ。

 彼はせきばらいをし、気を取り直してと言った後、

「理由はその……ただ単純に――」

 また、もじもじと話し始めた。

 情報を整理しよう。

 そもそも、こいつとの関係性はコンビニでコンドームを売ってもらい、クラスで隣の席というだけのはず。

 そこから情報を得られることとすれば、あのコンビニでのあたふたな様子だろう。

 あの反応から予測するに、彼はおそらく私の、神坂水名子のファン。

 そして恋愛相談というからには、私に対しては好意を持っていないことも推察できる。

 理解できない。

 なぜ、彼は恋愛相談に私が必要と感じたのか。

 そんな薄っぺらな関係性の彼がなぜ、私に……。


『歌えないなら立つな。裏切ることになるぞ』


『お前は俺・私たちの道具だよ』


『君は綺麗すぎる。きっと……野垂れ死ぬ』


 刹那、目障りな記憶が脳裏にちらつく。

 どうしてもそこにたどり着いてしまう。

 やはり、君も……。


「コンドームを買うくらいの恋愛上級者なら人を簡単に落とせるテクニックを持っているんじゃないかと思ったから……」

「…………」

「あれ? 反応は……」

「ぷっ」

「ぷ?」

「くくくく…………あっははははは!」

 あまりにも拍子抜けだ。

 なんだ、単純なことじゃないか。

 君は本当に『変わってる』。

「おい、そんな笑うことかよ。ていうかお前もキャラ変わりすぎだろ……」

「いや、ごめんごめん。あまりにも短絡的な考え方でつい……」

 でも、あのコンドームは……まあ、いっか。

「短絡的で悪かったな。で、乗るのか、乗らないのかどっちなんだ?」

「いーよ。その相談乗ってあげる」

「お、おう、二つ返事で了承とは意外と素直だな」

「面白そうだし、暇つぶしにもなりそうだからさ」

 それに君ならあの問題も……。

「僕は至っては真剣だからな!」

「はいはい。シンケン〇ャー、シンケン〇ャー」

「いや本当に真剣なんだが⁉」


「で、恋愛相談と言っても、君は一体誰に好意を寄せているのかな?」

「それ、言わないとダメか?」

 彼は大げさに怪訝そうな顔をしてみせる。

 あまり言いたげではなさそうだ。

「言わないと手伝いようもないでしょ」

「それもそうか……じゃあコンマ1秒しか言わないからよく聞いとけよ⁉」

「いいよ」

 全く。どれだけ恥ずかしがっているんだか……。

「僕の好きな人は――」


「深沢愛梨だ」


 ……だと思った。


 ※ ※ ※


 言ってしまった。遂に誰かに言ってしまった。

 この一年、あるきっかけで彼女に好意を持ち始め、自分一人の秘密として誰にも言ってこなかったが、遂に今日、初めて誰かに告白してしまった……。

 なぜあの生意気後輩(恋美)が僕の恋愛事情を知っているのは謎だが。

「へーあの委員長をねえ……そうなんだぁ」

 腕を組み、面白そうに笑みを浮かべている。

 その様子はどことなく見覚えがある感じがした。

 こいつ、もしかして恋美(めんどくさいタイプ)の同類か?

「なんだよ、悪いかよ」

「いやそんなことはないけど、ただ……予想通りだったから」

「予想通り?」

「うん。君、いつも暇さえあれば深沢さんのこと目で追っているよね」

「なっ⁉」

「控えめにチラッと見るくらいならまだしもさ、君は少し大胆が過ぎるよね。あれじゃあ、委員長が気づいていても――」

 神坂は僕の耳元にまで近づき、

「おかしくないよ」

 囁いた。

「……っ⁉」

「あれれ? 赤面しちゃって……可愛いね」

 神坂は下唇に人差し指をあて、いたずらぽっく微笑んだ。


 確信した。神坂美成子は猫の顔を被っている。

 テレビ、クラス内では無表情で塩対応キャラを貫いている彼女。

 だが実の本性は、口外されたら退学させられるかもしれない窮地の状況にもかかわらず、人を小馬鹿にし、弄ぶ女王様系Sキャラ……。

 どんな理由で塩対応キャラを演じているのかは見当もつかないが、とにかく純粋無垢な男子高校生には不純ということだけは認識できる。

「で、どうする? 相談と言っても君は何からご所望かな?」

 こいつ、いちいち意味深な言葉を選びやがる……。

「とりあえず手始めに話の場を作ってもらおうか」

「話の場? それでいいの?」

「まずは交流を深めていかないとだからな」

 神坂美成子を選んだ最大の理由はコンドームで脅せるという利点。

 だがそれだけではなくもう一つの理由として、神坂美成子は深沢愛梨との交友関係が浅いが事実上あるというのが含まれる。

「ちなみに君と深沢さんの交友関係はどの程度なのかな?」

 痛いところを突いてくる。

「か、顔見知り以上友達未満ってところだな」

「そこまでなのね……。まさか、話したこともないなんて言わないよね?」

「ちゃんと話したことはあるぞ! 最後に話したのは去年になるけど……」

「そう……作戦とかは考えてあるの?」

「作戦? それはもちろん、これから神坂と考えるんだよ」

「…………はぁ」

 神坂は半眼で視線を横に流し、呆れているようだった。

「ミリオン歌手をこんなぞんざいに扱う人は初めてだよ」

「それは歌手としての神坂水名子だろ、僕は同級生の神坂美成子と喋ってるんだ」

「……それもそうか」

 神坂は校舎外の方へと振り向き、フェンス越しに屋上からの景色を眺めた。

「この相談が終わる頃には……」


「気軽に話せて相手の心も読めるくらいになれたらいいね」

 風がヒューヒューと流れていく中、彼女はたしかにそう言った。

 後ろ姿だったため、どんな顔で、どんなことを思って、その言葉を発したのかは分からない。


 だが、その言葉は不思議と僕だけに言ったものとは到底考えられなかった。


 ガチャン!

 後方の屋上の扉が突如として開き、

「その相談、あたしも混ぜて!」

 深沢愛梨の声が屋上に響いた。



第一章終了です

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