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無責任な言葉

改稿したら、会話のノリがおかしくなった気がしました。

 第四章


「よ、よう」

 通学途中、黒髪ロングの後ろ姿を見つけ、声をかける。

「…………」

 一方、話しかけられた相手は声を掛けられても、歩く速度をいっぺんたりとも落とすことなく、スタスタと足を運ぶ。

「お、おはよう。神坂、昨日のことなんだが……」

「昨日の不倫現場がどうかしたの?」

「そうなんだよ。ちょっと深沢には黙っておいてほしいというか……。なんなら口止め料を…………って違うわ! 昨日のはただのお出かけで、デートでも不倫でもなんでもないんだよ」

 僕と深沢は付き合っているわけではないので、不倫という言葉は語弊があるような気はするが。

 というか、昨日のはデートのような気がしなくもないが。

「二人で映画観に行くのがデートじゃないと?」

「そ、そうだよ。恋美がどうしてもって言うから仕方なく……だよ」

「そもそもなんで君、あの子のことは呼び捨てで呼んでいるのかな?」

「それは……。あいつとは付き合いが長いから……」

「ふーん……。だけど愛梨にこのことを密告すれば、困るのは君だよね?」

「うっ……まあ確かにそうなんだけど……」

 ぐうの音も出ない。

「でも、神坂もいつもと違って、昨日は僕のことについてあんなに恋美と楽しそうに語り合っていたじゃないか?」

 苦しまぎれの反撃にもならない反撃。

 正しく言えば、楽しそうではなく、いきいきとした感じだったけど。それも僕の愚痴や罵倒がほとんどだったけど。

「あれが楽しく語り合っているように見えたのなら君は修羅場慣れでもしたのかな?」

 確かに最近、修羅場に遭遇しすぎている気はするが……。

「と、とにかく、深沢に言うのだけは勘弁してくれよ。神坂は僕の相談相手だろ?」

 縋りつくように懇願する自分。

 なんともみっともない姿だろう。もしこんなやつがラブコメの主人公だったなら、僕ならすぐにこんなやつは見捨てている。

「相談相手、ねぇ……。だったらなんで……」

「なんでって何が?」

「分かっていないなら話の途中に口をはさむな」

「あ、はい。すいません」

「はぁ……話す気も失せたよ。でも、これだけは言わせて」


「――今後、あの後輩ちゃんとは関係を持たないこと。それが条件」

「それは無理だよ。神坂」

「え?」

「恋美は店の大事な店員だ。あいつが抜けたら店が回らなくなっちまう。関係は持たざるを得ないよ。それに……」

「それに?」

「いや、なんでもない」

「…………はぁ……」

 神坂はしばらく考え込んだ後、深くため息をついた。

「あれ。僕、何かまちがったこと言いました?」

「……いーや。一言たりともまちがったことは言ってないと思うよ?」

「本当? その愛想笑いが一番怖いんですけど……」

「愛想笑いじゃないよ。ちゃんと笑顔ニッコリ」

「なら、なんでそんな笑顔ニッコリの状態で徐々に距離を縮めて迫ってくるんですかね⁉ まちがってないなら……ひっ⁉」

 歩みを止めることなく近づき、ついには校門の壁際まで追いやられ、目の前には僕をはさむ形で後ろの壁に片手をつく神坂の姿。

 状況でいえば、壁ドンというやつが一番近い状況になるのだろう。おそらくは。

「そういう問題じゃなくて……ね?」

「じ、じゃあどういう問題なんだよ?」

「ねぇ。君のお店って前、私があれを買って、あれで君を興奮させてしまったお店でまちがいないよね?」

「店はまちがってないけど、解釈がいろいろとまちがってる気がするよ⁉」

 そもそも『あれ』という単語は一見、何の変哲もない『あれ』かもしれないけど、実のところ、真っ赤でエッチなティーバックにカモフラージュされているようなもので、そういう単語全部ひっくるめて『あれ』として変換することによって、曖昧に表現することが可能となり、より一層エロスを増させている単語だということにみんな……いや、全人類知らなすぎるんだよ‼

 ということで「『あれ』ってなんか不純だよね」で、ファイナルアンサー?


「その店で私、バイトするから」

「へ?」

「先に店長さんに電話とかしといた方がいい? それと……」

「ちょちょ、ちょっとまて。なんでそういう話になるんだ?」

 僕が『あれ』について深く議論(というか暴走)していたら、いつの間にか変なことになってるぅ⁉

「いやバイトしてみたかったし」

「それだけじゃないだろ。目的はなんだ?」

「人が足りないんでしょ? 相談に乗っているんだからそこまでしなくちゃ完璧主義じゃないよね?」

「神坂、お前……絶対ほかの目的あるだろ」

「さ、今日にでも電話しようかな」

 それだけ言うと、僕にかまけることもせず、校門を通っていく。

 まあ、人が足りないのは本当なので、控えめに言ってすごく助かるのも事実だが。


 ※ ※ ※


「五七五、五七五……」

「よお、親友! 彼女の紹介まだか?」

「彼女? 今はそれどころじゃないから、どっか行っててくれ」

 三文前の台詞読んだか? 話を進行させることを考えような。

「なんだよ、連れねぇなあ……。五七五はもう考えたのか?」

「それがなかなか難航していてだな……」

 文を考えるのはあまり得意ではないのだ。

「しかしめずらしいよな。三年にもなって桜の花見をしながら、今年の抱負と交えて五七五を考える授業、だなんて」

「確かにめずらしいな。まさか、中陳が状況説明をしてくれる便利なキャラだとは思ってなかったぞ」

 普段なら教室でぐうたらと授業を憂鬱に聞いている時間だが、今日は現国の課外授業ということで桜が生えている学校の施設内の庭に来ている。

 しかしながら、その五七五の用紙は先生の意向により、教室の廊下に全員分掲示されるということらしいので、下手なことは書けないのだ。

「何言ってるか分かんねえけど、俺はもうできたぜ。世紀末の特大自信作をな」

「どちらかといえば、今は世紀半ばだろ」

 最初に『世紀末の~』って付ければなんかカッコよく見えるのは分かるけど。

「じゃあ……言うぞ?」

「はい。どうぞ」

「本当に……言うぞ?」

「謎に溜めんなよ。さっさと言え」

 ふぅと深呼吸をした後、息を整え、

「……っ――」


「桜見る 可憐な女子は 美しい」

「どうだ⁉」

「いや抱負でもなんでもなくない?」

 溜めた割にはいつも通りだな、おい。

「でも実際、事実だろ?」

「まあ、そうだけども。だがこれだけは言っとくが、僕はお前みたいに卑猥な目で異性を見たりしてないからな」

「俺だってそんな目で見てないわ! 俺はちゃんと慈しめるように優しく見つめるから」

「彼女募集してる奴が言ってもあんまり説得力ないなぁ……」

「ほら、見てみろよ。深沢さんを」

「ふ、深沢……?」

 中陳が指差す後方へ、おそるおそる顔を向けてみる。


「……っ⁉」

 その光景は、桜の花言葉『優美な女性』を連想させる風情だった。


 数十メートル先にある桜の木の下に居た彼女は、上を見上げ、手で菊咲きの桜の花をめでるように、やさしく触れていた。

 その姿はまるで、古ぶるしき物語に出てくる、哀れみを抱く姫君のようで。

 憐憫の情を覚えてしまいそうな、不思議な感情を抱きそうになる。

 刹那。

 風が吹き、淡紅色の花弁がそこら中に激しく舞い散る。

 散った桜の花弁からは春を思わせるように暖かく、うまく言葉には表現し難い香りが鼻孔をくすぐる。

 彼女は手で髪を抑え、もう片方の手でスカートの裾を抑える。

 風が止んだことを確認すると、さして崩れていなかった身だしなみを整え始める。


「……見えなかったな」

「やっぱりそういう目で見てんじゃねえか」

「太ももまで見えるもんだからついチラッと見ちまっただけだよ。許せ、心友」

 すると、深沢はこちらの視線に気づいたようだった。

 最初は戸惑いや羞恥の言動なのか、あたふたとした様子を見せていた。

 が、深呼吸をし、心を落ち着かせたようで、手をかざし、小さく、けどやさしく、手を振ってくれた。

 桜の花びらが舞い散る木の下で何気なく手を振る彼女はあまりにも美しかった。

 二人とも反射的に手を振り返していることも気づかなかったほどに。


「中陳。お前、あんな純粋で健気な子をそういう目で見るとか人生そのものに対して懺悔した方がよさそうだな」

「……なぁ、今の絶対、俺に対してだよな……。困っちゃうな~⁉」

「いや、絶対僕だろ。関係ないシスコン野郎は引っ込んでろ」

「ひどい言われ様だな。シスコンってそんなに悪いことなのか……っておい。見ろよ」

「なんだよ。お前のシスコン具合を見ろって? 悪いけどもうかなりの重症……」

「ちがうちがう、深沢さんだよ。あれ呼ばれてないか?」

 言われた通り、深沢の方に目を向けると、確かに右手で手招きをし、二人のどちらかを読んでいるようだった。

「…………」

「……? どうしたんだよ。たぶん翔に向けてだぞ? なんなら俺が……」

 と言った中陳は確かめるように自分に指を差し「俺に用?」とジェスチャーで問いかける。

 だが、答えはもちろん否。

 深沢は愛想笑いをしながら申し訳なさそうに首を横に振った。

「どんな仕打ちプレイだよ……翔のせいだからな⁉」

「勝手に期待しといて勝手に恨むなよ」

 どこまで能天気なやつなんだか……。

「で。行かないのか?」

「……い、行くけどまだ心の準備が……」

 もちろん、いつもだったら迷わずすぐにでも駆け付けているだろう。

 だが、今日は違う。まだ、一昨日の出来事が脳裏にちらついてしまうのだ。

 また不快にさせてしまったら……と考えるとどうしても引け目を感じてしまう。

「……なにを乙女チックなことぬかしてんだ。やることは決まってるだろ?」

「でも、今は……」

「わざわざ女から呼んでくれてんだ。てめーはさっさと男の流儀に筋通して来いっつってんだよ‼」

 自身の背中からパァンと音が鳴り響き、衝撃と共に痛みが走る。

「痛ぅ……。言われなくてもわかってるわ!」

 だがその痛みは同時に、活を入れられた感覚に陥った。

 そうだ。意中の相手が僕を呼んでいるのだ。行かない理由がない。不測の事態がもし起こったとしても、そのときはそのとき。未来の自分に任せればいい。

 そんなやけくそで、どうにでもなれ精神の状態だけど。


 仁義を通すため、彼女の待つ桜の木の下へ、一歩ずつ歩みを進めた。


 ※ ※ ※


「よっすー」

 深沢は右手を顔の横に挙げ、敬礼に似た態勢で挨拶をしてくる。

「お、おう。よう」

「「…………」」

 数秒の静寂が訪れる。

 ……やっぱりこっちから謝らないと、だよな。

「こ、この前のことなんだけどさ。あれは僕が――」


「ねえ、書けた?」

 唐突に問いかけてくる。

「え? 書けたってなにが?」

「五七五。瀬崎君って確か現国得意だったよね? できてるなら参考にしようかなーって」

「ああ、五七五ね。悪いけどまだ書けてないんだ。現国は得意でも文書くのはどうにも苦手で……。というか深沢に現国得意ってこと、言ったことあったっけ?」

「ないと思うよ。委員長だから知ってるだけ」

「ああ、委員長特権ね……」

「でも、そっかー。まだ書けてないかぁ……」

「あ、あのそれでさ……この前は……」

「ねえ。瀬崎君は将来の夢とかある?」

「……随分と質問攻めだな」

 避けているのか。

 はたまた、また偶然なのか。

「うん。少しでも君のことを知ってみたいんだ」

 うん。偶然だな。

「こういうのがあるからだよなぁ……」

「ん? なにか言った?」

「いや、なんでも。しかし、将来の夢ねぇ……」

 一応ある事にはある。が……。

「瀬崎君は大きな夢とか持ってそうなイメージだったんだけど違った?」

 鋭いな……。

「夢はあるよ。でもそれを成し遂げるには道が険しいというか、なんというか……」

「あー、それわかるかも」

「深沢も夢、あるのか?」

「一応ね。でも、あたしも瀬崎君と同じで難しい夢なんだ。前、瀬崎君たちに相談した問題、自分の性格を矯正しないとダメなほどに……」

「そっか……」

 だから、深沢はあそこまで真剣に自分と向き合って治そうとしていたのか。

「「…………」」

 また数秒の静寂が流れる。

「そういえば……さ、この前はごめんね。あんな質問、実際に人を好きにならないとわからないことなのに無理に聞いちゃってさ」

 結局、先に言われてしまった。

「いや、いいんだよ。あれは熱くなった僕も悪いし」

 それに、答えも出せなかったわけで。

「うん。確かにそれはあるね。君の重度のファンぶりには私も引かざるを得ないよ」

「あははは……え?」

「え?」

「…………」

「あれ、瀬崎君? 大切に育てていたウーパールーパーが死んじゃった時の飼い主の複雑な悲愴に満ちた表情みたいな顔してどうしたの? 今の美成子の真似なんだけど……」

「心臓に悪いからやめてくれ……」

 というか、なんかウーパールーパー生々しいよ。

「そんなに怖かったかな?」

 神坂の特徴をうまく捉えているせいなのか妙に似てるのも怖いが、なによりも怖いのは深沢の口からそんな言葉が出るということだ。

「小学生のときに行ったお化け屋敷よりも怖かったぞ……」

 別の意味で。

「お褒めに預かり光栄です。閣下」

「ふっ……なんだそれ」

「あたしもわかんない」

 その瞬間、不意に笑えてきた。

 横を見ると深沢も笑みをこぼしていた。


 僕にとって、深沢との時間はどうしようもなく居心地がよかった。

「それじゃあたし、先行くね」

「おう。またな」

 手を振りながら後ろ姿を見送る。

 だが、その後ろ姿はどこか遠くへ行ってしまうような、そんな不思議な寂寥感に苛まれる感覚に陥った。

「あのさ、深沢!」

 だから、見送っていたはずだったにもかかわらず、呼び止めている自分がいた。

「えっと……なんつーかさ、今もこれからもいろいろと大変なこともあると思う。挫折したり、諦めたくなったりするときだってあるかもしれない。もちろん、どんなにがんばって努力したってその夢にたどり着ける保証もない。けど……それでも――」


「僕と一緒に夢を追い続けようっ‼」

「…………」

「えっと、深沢さん?」


「……瀬崎君ってたまにカッコつけるとこあるよね」

「そ、そうか?」

「そうだよ。しかもきれいごとばっかり並べて。あたしなら恥ずかしくて死んじゃう」

「僕だって恥ずかしいよ……」

 それでも、きれいごとだとしても、言わなくちゃ損するってわかっているのなら、僕はそれを掴みたい。

 ただ、そう思って言葉を発している。


「……あたしね、実はもう五七五、書けてたんだ」

「うん」

「自信作なの。だから瀬崎君、絶対見てね」

 彼女は静かに、淡々とした口調で、そう言った。

「わかった。余すところなく観察して一言一句、感想を伝えるよ」

「いや。感想はいいよ、小っ恥ずかしいし。あたしの覚悟を知っておいてほしいの」

「……わかった。感想は言わない。その代わり、何回も凝視して目に焼き付けた後、写真も撮っておく」

「写真は勘弁してほしいなぁ……」


 授業終了の翌日、予告通り、クラス全員の五七五の用紙が廊下に掲示された。



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