二人映画デート?
改稿して②とまとめました。
「あ、先輩。早いですねー、まだ四十分前ですよ。そんなに私とのデートが楽しみだったんですか?」
「…………」
「先輩、硬直しちゃってどうしたんですか? もしかして図星でした?」
「…………」
「このままだんまり状態が続くなら先輩の秘密、店長にでも言っちゃおっかなー」
「…………」
「先輩……そういうの、ほんっっっきでつまんないんで。やめてもらってもいいですか?」
「……ああ、来てたのか。おはよう恋美」
四月十九日 日曜日 十二時二十分 駅前の銅像前。
偶然にも昨日と同じ集合場所。思わず過誤を思い出しそうになる。
昨日の映画デートから一日経った日曜日。
僕は恋美の約束通り、今日も映画デートをしに来ていた。
「はぁ……なんですか、その仏頂面は。可愛い後輩を前にしてその態度は失礼ってものじゃないんですか?」
恋美が呆れるのも無理はない。
自分ですら、この状態にまったくもって不甲斐なく感じるのだから。
みじめだ。臆病だ。
こんなにもメンタル豆腐ならば、仮に神坂に頼んでいたとしても、僕の状態に大して変わりはなかったように思える。
恋美はその様子を見ると、ため息をつきながら「この童貞が」と毒を吐く。
そのとおりだ。
…………やっぱり童貞は関係なくない?
「すまん。昨日ちょっといろいろあってな……」
「はぁ……そんなことだろうと思いましたよ。とりあえず、そこに座りましょうか」
ベンチに腰を下ろし、自然と隣同士に座る。
なんだかデジャヴ感を感じさせるシチュエーションだ……。
「で、昨日なにかやらかしたんですか? まさか、私に言われたことなに一つできなかったとか?」
「いや、恋美から教えてもらった策、三つのうち二つは一応だけどできたんだ。だけど最後ちょっとやらかした、というか空気を悪くしちゃって……」
「ちなみにその実行できなかった、もう一つの策というのは何ですか?」
「えっと……お前があのとき一番重要って言ってた『次につなげるやつ』ってやつ。あれをしてるときに深沢の逆鱗に触れてしまったというか……」
そして、確かに僕はあの時、彼女の初めての表情を目にした。
※ ※ ※
『【好き】って気持ちはどんなモノなの?』
『それは……』
考えた。
頭をフル回転させて考えた。
【好き】という感情をどう、表現すればいいのか。
どう、伝えればいいのか。
そもそも、好きとは一体何なんだ。
好きの定義は?
好きになる理由は?
自分も理解していないのではないか?
結果、今の僕にはまだ、答えは出てこなかった。
『好きっていうのは、相手のことを想う……気持ちのことなんだよ』
だから、僕にはこの程度の、当たり前の知識しか君には伝えられない。
『……君も、教えて……くれないんだね……』
『え?』
悲し気な顔をしながら、そう呟いた彼女は――。
一粒の雫とともに僕の横を流星群の如く、走り抜け、去っていった。
※ ※ ※
恋美は、顎に手を当てながら「ふむふむ」と真摯に話を聞いてくれている。
「そういうことですか。なるほど、なるほど……。ちなみにそれ以外の策はちゃんと実行できたんですか?」
「まあ、ちゃんとかは知らないが、とりあえずは……」
「じゃあ――問題ナッシングです」
それを聞くと、太鼓判を押すように自信ありげに言ってくる。
「……なんでそう言い切れる」
「第三の策が一番重要って言ったじゃないですか。実はあれ……あの局面においてはあまり重要ではないんです」
「……どういうことだ?」
「先輩と愛梨先輩の関係性は一年前に少し話した程度のほぼ真っ白な状態。そんな状況で、有効かつ重要なことは第一と第二でも言った、とにかく楽しませることだったんです」
「なんでそれが重要なんだ?」
答えなんてとうに知っているにもかかわらず、同じことを聞いている自分が居た。
「愛梨先輩に先輩がどういう人間かっていうのを知ってもらう必要があるからです。いいですか? 恋というものは徐々に攻めていくものなんです。すぐに恋仲になれるなら世にある、ありとあらゆるラブコメディは存在しません」
「過程ってやつか」
「そう、それです」
策を教えてもらったときとは対比的に、彼女と同じ現実的な理論を押し付け、断言までしてきた。
だが、仮にその答えが正解だとしても、別の疑問の念はまだ残る。
「でも、なんでわざわざ僕に嘘をついたんだ。直接言えばいいじゃないか」
それはそうと、嘘をつく理由はないはずだ。
「えー。だって、そのことをそのまんま言ったら先輩、変に意識して失敗しかねないじゃないですか」
「……確かにその可能性は否定できないな」
自分のことで情けないと思ってしまうが、実際、第三の策を実行するとき、どこから会話を切り出せばいいのか迷っていたのも事実だ。
僕のことを把握しているからこそ、可能な芸当ということか。
「ちなみにその第三の策とやらは失敗する確率の方が高かったのか?」
「先輩にしては鋭いですね。そのとおりです。第三の策はあわよくばの【成功すればラッキー】ってくらいのレベルです。最初から期待はしていません」
第一と第二の策を問題なくこなせるようにするため、少しでも緊張を和らげようと、あえて第三の策が一番重要だ、と嘘をついていたということか。
「その話は納得するよ……でも……」
それでも……それでも……。
「彼女は……深沢は、泣いていたんだ……」
あのとき見せた一粒の雫はたしかに目元から出ていた。
僕が答えを出せなかったから、彼女は……。
「それでも大丈夫です」
恋美は微動だにせず、淡々と述べた。
無責任な大丈夫だと思った。
「何を根拠にそこまで言える?」
もちろん、咎めるつもりではいた。
だが、それ以上に、彼女からくる絶対的な自信の理由が知りたかった。
「信じてください。彼女はそんな脆い人間じゃないはずです。あなたが愛おしく想う相手なら、なおさら……」
「……僕のことを買いすぎじゃないか?」
「買っていません。売っているんです」
「どういうことだよ」
随分と手名付けるのが上手くなったもんだ。
「じゃあ心配する必要はないんだな?」
「なにをやったのかは知らないですけど、確実に一歩前進したことに変わりはないので問題ないです」
「そうか……。なら、いいんだ」
「…………めずらしいですね、先輩」
「何がだ?」
「いつもなら私に泣きべそかきながら、必死に懇願して頼ってくるのに、今回は概要すら話さないんですね」
「ああ、そうだな。人に頼るのはもう――やめたんだ」
それにあの言葉は自分で答えを見つけ出さないといけない気がする。
あのとき、僕は答えを出すことができなかった。
だから、その答えを見つけるまでは。
「ふーん」
恋美はどうにも、つまらなそうな顔をしていた。
※ ※ ※
「いやー『雨に濡れる君を何度でも』略して雨君! 面白かったですね!」
映画を観終わった直後の恋美はめずらしく、随分とご機嫌だった。
「ああ……そうだな」
もう片方はそうでもないが。
まさか、二日連続で同じ映画を観る羽目になるとは……。
「二回目はきつかったですか?」
「ああ、やっぱきつかったけど……ってなんで僕が昨日観たこと知ってるんだ?」
映画に行ったことは伝えていたが、何を観たかまでは言ってないはずだ。
「先輩はわかりやすいですからね。反応見ればイチコロでわかりますよ」
そんなにわかりやすい顔してるか……? というかイチコロってそんな場面で使う言葉でしたっけ?
「で、二回目の感想はどうでした?」
「面白かったよ。観る前は同じ内容だから観てもつまらないだろうって高を括っていたんだけどな」
「でも、実際観てみると違った。と?」
「ああ。カメラの位置を工夫して監督がここをどう視聴者に感じてほしいだとか、脚本の些細な部分とか、諸々そういう中の人たちの思惑が読めるようになってきた二回目だったよ」
「へー、よく観てるんですね。先輩、将来は映画監督にでもなるんですか?」
「映画監督にはならないけど……」
「あ、じゃあ実は先輩が好きなアニメの映画監督! とかですか?」
「だから映画監督から離れろって言って……ちょっと待て。なんで僕がアニメ好きなことを知ってるんだ?」
僕がアニメ好きなことは言っていないはずだ。
というか、なんだか最近このパターンのデジャヴが異常に起こりまくっている気がするんだが……。
「なんでって言われても……先輩、行動が単純だからすぐわかりますよー」
人差し指を下唇にあてながら、とぼけるような顔をしている。
「単純って言ったって、そんな目立つような行動はしてないはずだぞ」
「あれが目立たない行動なんですかぁ? あの、アニメ雑誌が店に入荷してきた当日にひそひそと客の目を盗んで毎週毎週立ち読みしてたあの行動がぁ? 笑わせないでくださいよぉ。はははははwww」
「お前な……」
まさかそこまで見られていたとは……。
これからは警戒心を高め、こっそりとお持ち帰りすることを固く決意した翔であった。
「そもそもなんで恋美はこの映画を観たいと思ったんだ?」
「タイトル的に謎解き要素がありそうじゃないですかー。それだけです」
「それだけって……。予告も観ずにか?」
「はい。事前情報は一切確認しないたちなので。そうした方がタイトルだけでしか予想ができないし、謎が深まって面白さが増すと思いません?」
「恋美はそういう細かい部分に関して、とことんこだわるタイプだな」
「まあ、それほどでも……ありますね」
あるのかよ。
「実際、映画は面白かったか?」
「予想していたものとは違っていましたけど、まあまあ楽しめましたよ」
吐き捨てるような面持ちで感想を述べてくる。
「随分と上から目線だな」
観終わった後はあんなに「面白かった」ってはしゃいでいたのに。
「当たり前じゃないですか。我々は消費者。相手は生産者。消費者が消費しなければ生産者は食っていけませんからね。上からの目線で見ることは当然です」
「なんだか生々しいな……」
実際問題、それは事実なのかもしれないが。
「先輩はどっちになりたいですか?」
「どっちって言うと?」
「襲う側と助ける側。どっちですか?」
「え……?」
いつもの俯瞰的な眼とも違う。
いつもの嘲笑的な眼とも違う。
その時、彼女の眼は――。
「答えられないならいいんです。さ、行きましょ」
深淵を覗き見たいがための【欲】の目に見えた。
「…………」
罪悪も私怨も感じない。
ましてや、後悔なんて絶対に。
恋美は何事もなかったかのように、先陣を切るように僕の前を歩いていった。
※ ※ ※
「で、この後はどうするんですか?」
「腹、空いてないか? 恋美も昼飯食べてないだろ?」
「まさか、この日のために高級フレンチランチを予約して用意しちゃってるんですか⁉」
目を輝かせてこちらを凝視してくる。
変に期待するな。お前は犬か。
「用意しちゃってないし、予約もしてないわ。ファミレスに行こうと思ってたんだよ」
「ファミレス~⁉ 先輩、私、そんなものをごちそうになっても、簡単に落とされたりしませんよ?」
「落とそうとなんてしてないわ。ていうか、僕の奢り前提かよ……」
まあ、奢るつもりではあったが。
「じゃあ、早速行きましょー」
「おい、随分とノリノリだな。お前、本当は飯を奢ってもらえればどこでもいいんじゃないのか?」
「そ、そんなことありませんよ⁉ な、なんで私があんな気品のないリア充の溜まり場なんかに行かねばならんのですか⁉ リア充〇ね!」
主観8割くらいの意見をどうも。
「まったく、感受性豊かだな」
「ほら、さっさと行きますよ。今日は気品がない先輩から靴を舐められるほどに懇願されてしまったので仕方がなく行ってあげます」
その発言は全国のファミレスと全僕に失礼だろ。
恋美に半ば強引に連れられ、映画館の出入り口までたどり着く。
そこでふと、グッズ売り場が視界に入る。
あ、そういえば。
「僕、雨君のパンフレット買ってくるからちょっと待ってろ」
「えー。いいじゃないですか。あんな駄作。買う価値ないですよ」
恋美さん、僕が雨君の話するたびに評価がひどくなっていく現象やめてもらえません?
「僕にとっては良作なんだよ」
と言い放ち、ぶーと文句を垂れる恋美の元を離れる。
グッズのレジで何人かが並んでいるので順番に沿って前の人の後ろに並ぶ。
この映画館、広い割にはグッズ販売のレジは一つしかないのか。
そんなたわいもないことを考えていた時。
「えっと、雨君のパンフレットを1部ください」
「……え」
注文の声を聞いた途端、驚いてつい声が漏れてしまった。
別に、注文を店員に頼んだ前の客の台詞自体に驚いたわけではない。
ただ、その声があまりにも聞き覚えのある声でつい、驚いて声を出してしまったのだ。
「はい? 何か用です、かっ……⁉」
その客が、その女性が、後ろを振り向くと、まるで喉になにか詰まったような声を出して僕と同様に驚きの表情を見せた。
「なんで、お前がここに……?」
「……それはこっちの台詞」
「先輩、どうしたんですか~?」
すると、出入り口で待機していた恋美が不審がってこちらに向かってくる。
あぁ、これは――。
「あれ? あなたは……神坂先輩じゃないですか~」
「あなたは誰? 二人はどういう関係? いろいろと教えてもらえるかな。 せ・ざ・き・くん?」
――最悪の展開だ。