三人での映画デート②
「意外と面白かったねー」
映画を観終えた後、僕たち三人は映画館のロビーで話し合っていた。
「ああ。まさか、クズだと思っていた主人公は、実は未来からタイムリープしてきていて、悪い男からヒロイン二人を救うためにあえて悪役を買って出ていたなんてな」
実に映画の予告に騙された内容だった。
「そうそう。それで実はそのヒロイン二人は黒幕の妹たちだったりとかね」
「あれは予想外だったな。いやー、面白かった。神坂はどうだった?」
「私も〈まあまあ〉面白かったと思うよ」
「〈まあまあ〉ね……」
とは言っても、神坂にとっての〈まあまあ〉は普通に高い気がするので、それほどまでには面白かったということだろう。
「だけど、問題の克服にはならなかった気がするね」
厳しい口調でおもむろに言洩らす。
「まあ、そうかもな」
否定はしなかった。
ダメ主人公を自分と重ねることで克服しようという思惑だったはずなのに、その主人公がただのいいやつだったら意味がない。
「……無意義な一日になってしまったね」
神坂美成子が発したその言葉は、深沢愛梨に対してのもの。
瀬崎翔にとって、ここまでの成果は十分すぎるほどだった。
楽しい、うれしい、もっとこうしていたい。
この短時間だけでそう感じられたのだ。
なんなら、それら以上の気持ちや、心から湧いてくる高ぶりの感情が存在しているのかもしれない。
ただ、そんな僕とは違い、何の収穫も得られず、対比する形になってしまった彼女。
そんな深沢愛梨の気持ちを慮って、神坂美成子はつい、そんな言葉を口にしてしまったのだろう。
「…………」
もう時刻は夕方の五時を回っていた。
「そんなことないよ」
誰かが呟く。
「え?」
神坂の言葉を否定した声の主はその、深沢愛梨だった。
「あたし、今日楽しかったよ。瀬崎君に服装を褒められり、率先してもらったり、楽しい話もした」
……深沢、気づいてくれてたのか。
「映画だって、確かにためにはならなかったけど面白かったよ」
「それに美成子とだって、話してる中で本質が少しだけ見えた気がした。だから――」
「決して無意義な一日だなんて言わせない」
力強い言葉でそう言い放つ。
「瀬崎君も今日楽しかったよね?」
「ああ、そうだな。楽しめたから結果オーライってことでいいな」
楽しかったのは事実だ。
「神坂も楽しかったよな?」
淡い期待を胸に、神坂に共感を求めてみる。
「確かに今日は楽しかったね。……それと、ごめん」
ごめん? その反応は予想外……。
「無意義という紛れもない事実を口にするのは、愛梨にとっては少し癇に障ってしまったかな?」
その言葉は無意識か、はたまた蔑むように言ったのか。
おそらく後者なのだろう。
神坂水名子という人物の本質はそれなのだから。
「「……あははははは」」
僕以外の二人は苦笑としか言いようがない笑いを見せ、その後、
「……………………」
長く地獄のような沈黙が場を凍らせていく。
神坂美成子の行動原理にはいつも困らせられる。
どうして肝心なときにいつも深沢に対してはそんなにしおらしくて挑発的なんだか……。
とにかく、この空気を打開することができる楽しい話題を……。
と、くだらないこと覚悟の上のネタ話を思案していたところ、ある念が頭に思い浮かぶ。
そういえば、神坂はさっき確かに『サポートしがいがある』と言っていたな。
もしかしたら、神坂は先ほどの隣の席のように、なにか考えがあって行動しているのではないか?
これも神坂の一つの策で、僕のために手伝ってくれているのではないか?
確かめる方法はあるにはあるが、神坂の性格上、すんなりと教えてくれるとは到底思えない。
信じるしかない……か。
「ふ、二人とも普段、映画は観に行かないのか?」
明るく質問したつもりが、声は低く霞み、声色は少しばかり震えていた。
まるで自分の声じゃないみたいだ。
そして横から嫌というほどに伝わってくる痛烈な視線。
おそらく神坂が睨んでいるのだろう。
きっと理由は、さっき話した他人を頼るなという忠告を無視したことによる反発行為。
しかし、内容さえわかれば神坂自身も納得させることができるはずだ。
これは前者の二つと違ってそれほど大切なこと。
このやつは次へとつなげるやつ。
『恋愛において一番重要なことを教えてあげます』
『それが三番目ってことか?』
『まあ三番目は三番目ですけど、いままで紹介したことよりレベルが違うほどの重要なことで、これをやらないと始まらないってくらいの【やつ】です』
ゴクリ……。
『そこまで重要なやつなのか?』
『そうです。そこまでのやつです。やつ! やつ!』
『いちいちリズム調に言うな。やつという言葉の意味を忘れそうになるだろ』
あれ、やつってなんだっけ? 八つ橋? 八ヶ岳? まあいいか。
『で、その秘策は一体なんなんだ?』
『それはズバリ……彼女に付きまとうことです』
『僕にストーカーになれと?』
『違います。先輩、ただでさえ甚だしい勘違い鈍感野郎で頭の中お花畑なのに、変態にまでなったら救いようがありませんよ』
うん。やっぱりこいつ、メンタルブレイカー。
『じゃあ、どういう意味だよ』
『言ってしまえば、次の機会を作るってことです』
『もし、なんらかのアクシデントでデートが失敗に終わってしまったとしても、彼女が楽しくなかったと思わなかったとしても、強引にでも次の機会を作ることが大切なんです』
『次の機会があればまた挽回するチャンスは到来しますからね』
深沢の相談を受けている身ではあるが、もし、深沢に悪印象を与えてしまったらお出かけ名目のデートはこれが最後になる可能性も十分にあり得る。
ここから会話を広げて、どうにかして次の約束を立てなければ。
「あたし、映画はあんまり観ないかなー。部活の友だちに誘われたときくらい。興味のある映画とかあんまりないし」
おお、なかなかはっきりに言うな。
深沢は、映画観ないのか……。
「じゃあ、深沢は好きな映画とかもない感じか?」
「うーん、好きな映画もあんまりないかなぁ。あ、でもアニメならあるよ」
「え、アニメ?」
意外な発言に思わず、聞き返してしまった。
「アニメ映画ってことだよね? 愛梨のイメージ的に心底意外に思うよ」
神坂が補足を足す。
でも、その点に関しては同意見だ。
これなら話を広げられるかもしれない……。
というか神坂のやつ、さっきの状況からよく普通に会話に参加できるな……。
「あたし、意外とアニメ観るよ。お父さんの影響がほとんどかもしれないけど」
「へー、お父さんアニメ好きなのか」
しかし、まだ様子見だ。深沢がどんなアニメを観ているのか気になるところだが、下手にアニメタイトルを出しまくって『これ知ってる?』などとグイグイ連投したらひかれかねない。それこそ後の祭りだ。
一度きりの関係にならないためにも、ここは慎重に行かなければ……。
「ちなみに美成子は映画館行く?」
深沢は神坂に話を振る。
しかし、深沢もよく神坂に何事もなかったかのように会話を振れるな。さっきまであんなにバチバチだったっていうのに。
あれくらい今の女の子なら普通なの? お母さん分からないわ。
「私も映画はあまり興味がなかったから滅多に来ないよ」
瞬間、怪訝そうな顔を見せ、
「それに、なにより――」
「私にはそこに費やす時間がなかったから」
重く、重圧感のあるトーンでそう呟いた。
それもそうだ。
一年中、あれだけ歌手活動に力を入れまくっていたら、神坂には映画を観る時間すらなさそうだ。
「そっかー、忙しそうだったもんね」
深沢はいつもの調子で返答する。
察してはいないだろうが、深沢は神坂の話を深くは掘り下げなかった。
今なら聞けるか……。
「深沢、アニメはなにを……」
「ちなみに瀬崎君は映画館、よく来るの?」
僕の質問を遮るように深沢は逆に質問をしてくる。
「え、僕⁉」
まさか、僕に振ってくれるとは……。
っと。ガッツポーズしてる場合じゃないぞ。とりあえずなにか返さないと……。
「そうだな……昔はよく行ってたけど、最近は他のことをしてたから映画館は全然観に行かなかったな」
「他のことっていうのはどんなこと?」
「えっと……ライブに、イベントに、公開収録にで、もう神ざ…………あ」
好きなことを話すのに夢中でテンションが上がり、そこまで言ったところで自分がやってしまったことを痛感する。
「どうしたの? 続きは?」
深沢は不思議そうに聞いてくる。
「えっとだな……いまのなしで――」
「もう遅いでしょ」
呆れた顔で神坂に苦言を呈される。
「どういうこと?」
キョトンとした顔で深沢はこちらを見てくる。
覚悟を決めて言うしかない。
「実は僕……神坂水名子のファンなんだよ」
「へー、そうだったんだ」
深沢はあっさり認め、これといった表情の変化も見えず、あまり驚いていないようだった。
「あんまり驚かないんだな」
「え~? そんなことないよ。ちゃんと驚いてるよ?」
「本当かな」
表情筋があまりにも働いていない深沢なのでつい、疑り深くなってしまう。
「でも……瀬崎君が美成子のことを好きってことはやっぱり二人は付き合って――」
「「それは断じて違う」」
「え~違うの? でも――」
「好き……なんだよね?」
……どうやら、深沢の解釈には幾つかの齟齬が含まれているらしい。
「深沢、好きとファンは別物なんだよ」
「理由を教えてもらえる?」
「ああ。まず、ファンの定義は基本的には応援にあたると思うんだ」
「僕は歌手としての神坂水名子が歌う曲が好きでその姿に見惚れた」
それは憧れや尊敬、そういった感覚まで芽生えていたほどに。
「そんな歌手を応援したい、支えたい、もっといろんな人に曲を広めたい。という気持ち、これこそがファンだと僕は思うんだ」
「うん、なんとなく理解できた気がする」
深沢は落ち着いた表情で頷く。
「そうか。ならよかった」
「でもさ……それなら――」
でもその落ち着いた表情の中には答えを模索するような迫真ともいえる目を見せながら、
「【好き】って気持ちはどんなモノなの?」
本質に問いかけた。