11話
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幹事の菫が皆に声をかけ、席のシャッフルが始まり、自然と話したい人の元へとそれぞれ移動していく。
凛はというと、とりあえず様子見だ。
まだ話してないのは奏鳳なのだが、その奏鳳にも話してみたい相手がいるかもしれない。動かないのは凛だけではないので問題ないだろ。
席を立たずに唐揚げをつまんでいると真姫奈が隣にやってきた。
「隣いい?」
「どうぞ」
「お邪魔します」
真姫奈はさっきまでチェルシーの座っていた席に腰を下ろした。
考えてみれば真姫奈ともお互い自己紹介を交わしたくらいであまり会話という会話をした記憶がない。
真姫奈も他に劣らない整った顔立ちをしている。ややツリ目気味な目とすっと筋の通った高い鼻。流れるように腰まで伸びた癖のない美しい濡れ羽色の髪。優亜が愛らしいビスクドールならば、真姫奈は丹精込めて作られた日本人形だろう。そのどこか浮世離れした妖艶な美しさと冷静で必要最低限の言葉数に見られるどこか事務的な物言いが相まって良く言えばクール、悪く言えば怜悧な印象を与える。
正直、ちょっと怖いというのが凛の本音だった。先程まで時雨と楽しそうに話していたのをちらっと目にしていた。さすがに時雨のコミュ力には感心する。
何を話せばいいのかあれこれ考えていると間がどうにも辛い。このまま続くかと思われた沈黙を破ったのは意外にも真姫奈の方だった。
「彩峰君は移動しなくてよかったの?」
「ええ、だいたいの人は話したので、他のみんなが動いてからでもいいかなって」
「そうなの」
そこでまた会話が途切れ、また沈黙が二人の間に横たわる。
なぜか真顔で凛を見つめる真姫奈。その端正な造形美すら感じる顔を直視するのは難しく、射抜くような視線だけが凛の側頭部に注がれ、じりじりと焦りだけが募っていく。するとまた真姫奈がそっと口を開いた。
「彩峰君とは自己紹介をしたくらいで大して会話をしていないと思うのだけど、私とはお話ししたくないのかしら?」
鈴を転がしたような澄んだ声色で恨み節が始まったのだ。突然のことに凛は目を白黒させ、真姫奈の方に身体を向けた。
その目はどこか焦点があっておらず、目に光が灯ってない。オタク用語を用いるならレイプ目のそれである。突然の病みからの闇堕ちというフレーズが頭を過ぎる。
(何これ?怖い……)
凛の脳内では警鐘が鳴り響き、全力で撤退を進言している。先程までとは別の恐怖を味わいながら、それでも凛はやんわり宥めるという手段を選んだ。
「えっと、先輩?そんなことはないですよ?さっきのは、言葉のあやで。ほら、入学式の日に少しお話しさせていただいたじゃないですか。なのでまったく話してないわけではないじゃないですか。そういう意味で言ったのであってお話できるなら嬉しいですよ?」
「そうなの?それなら、お話しましょう!」
凛の言葉を聞くと先程までの態度がまるで嘘かのように真姫奈は愛くるしい笑顔を見せ、光を取り戻したのだ。
(はぁ〜。この人も優亜さんとはまた違った意味で厄介だな……)
失礼だとは思いつつ内心でこっそり毒づいた。
真姫奈はだいぶお酒を飲んでいた。お酒を飲むと人格が変わるタイプで、いつもは真面目な優等生タイプからかまってちゃんになるのだ。普段抑圧されている分、情緒不安定な面が出てくるので少々面倒な感じになるのだ。
「鷹藤先輩は新入生とは一通り話せましたか?」
「いや」
纏う雰囲気に似つかわしくない子供っぽい反応を見せる真姫奈に凛は今度は何だと困惑の色を浮かべた。
小さく不満を口にした真姫奈は拗ねたようにジト目を凛へと向けお酒を啜っている。
考えても不満の理由はまったくわからず、凛は頭を抱えたくなるのをどうにか堪え、真姫奈に不満の理由をたずねてみた。
「あの……。何かご不満でも?」
どんなお叱りが飛び出てもいいようにりんは身構えた。だがその内容はなんというか、驚くほど可愛らしいものだった。
「鷹藤って苗字で呼ぶの……。優亜や菫は名前呼びなのに、優亜たちみたいに名前で呼んでくれなきゃいやなの」
どうやら呼び方がお気に召さなかったらしいのだ。普段のクールなイメージとのギャップが凄まじく、笑ってしまいそうになるのをどうにかおさえて真姫奈の望む呼び方に変える。
「じゃあ真姫奈先輩、新入生のみんなとは話しましたか?」
「まだストーンズさんや老喰さんとは話せてないの」
アクの強い3年としっかり者の2年。菫と天音の苦労が偲ばれる。
真姫奈もお酒さえ入っていなければきっと落ち着いているのだから。優亜についてはもう諦めていた。
何だか今日一日3年の二人に振り回されっぱなしな気がしてならない。こちらの気持ちなど露知らず、ゆらゆらとすっかり出来上がっている真姫奈の姿に凛はただただ苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、老喰さんを呼んできましょう」
(やれやれ。よし、新しい生贄を確保しにいくか!ひと狩りいこうぜ!)
迷いなく奏鳳を巻き込むことに決め、凛は叫んだ。凛の脳内では某有名狩りゲーのテーマソングがフルオーケストラで鳴り響く。
だが、いざ目の前まで来るとやはり心苦しくはある。
何も知らない奏鳳は出雲とキャッキャと非常に楽しそうに盛り上がっており、その姿を見るとこれから真姫奈のもとに連行しなければならないと思うと罪悪感を過る。
だが、心を鬼にして凛は奏鳳へと話しかけた。どうしても真姫奈のもとへ奏鳳を連れていかねばならないのだ。
「彩峰君、どうしたの?」
凛に気がついた出雲に凛も軽く手を挙げて応えた。
「お話中ごめんね。ちょっと老喰さんに用があって」
「そうなんだ」
「うちに用事?」
奏鳳は話があるという凛を見て首を傾げた。不思議に思うのも無理ない。奏鳳も凛と最初に少し話しただけなので、まだまだ打ち解けた仲ではないのだから。
「今、真姫奈先輩と一緒に話してたんだけど先輩が老喰さんとまだ話せてないから話してみたいって。それで呼びにきたってわけ」
奏鳳もそれを聞いて納得がいった。真姫奈に頼まれてきたということかと。出雲との会話に水を差されたような形となってしまったがそこは特に気にしていない。親睦を深めることがこの新入生歓迎会の目的なのだから。
奏鳳は少し考えてから出雲を見た。
「いいよ。鷹藤先輩とこ、私も行きたい。奏鳳、一緒にいこ?」
出雲を置いて席を立つのはちょっと気が引けるが出雲も一緒ということなら奏鳳に断る理由はない。
「じゃあ、鷹藤先輩のとこいくとしますか」
こうして何も知らぬ二人は酔った真姫奈のもとにドナドナされていった。
◇◇◇
出雲と奏鳳を連れて真姫奈の待つ席へ戻るといつの間にか注文したハイボールのジョッキを掴んだまま真姫奈は夢の世界へと旅立っていた。
(おい。寝てんじゃねぇか。酔っ払いのくせに寝顔もクッソ美人だな。腹立つ!)
気持ち良さな顔をした真姫奈にデコピンの一撃でもお見舞してやりたいところだ。だが後が怖いので心の中で悪態をつきながら、その寝顔からめがはなせなくなっていく。
酒に酔って後輩に絡んだ挙句、寝落ちするという経緯がなければ、この寝顔を見ていたら恋に落ちていたかもしれない。
気持ち良さそうに眠る真姫奈の呼吸に合わせて揺れる長いまつ毛、その淡くグロスの引かれた瑞々しい唇から時折、漏れ出る吐息は甘く艶っぽい音色を紡ぐ。まるで引力でも帯びているかのようにそのテラテラと燦く唇から目が離せずにいた。
誰もいなかったら。二人きりならば。
その無防備な寝顔にくちづけをしてしまいそうになる。
そんな衝動が湧き起こる魅惑の唇───。
そう思った瞬間、凛の横でゴクリと喉を鳴らす音がした。ハッっと我に返り隣に目をやるとそこには自分と同じく、真姫奈の寝顔を見つめて息を呑む出雲と奏鳳の姿があった。
全身に稲妻が走ったかのような瞬間だった。息をするのも忘れ、只々、その寝顔に魅入られてしまった。
この感情に名をつけるなら─────
奏鳳にとってこんなことは初めてだ。同性、ましてや今日初めて会った相手にだ。
隣で一緒に固まっている出雲と話すのも何だかドキドキしたが、それとはまた違う。美しさや可愛らしさがそれぞれまったく違うのだ。
花に例えるなら薔薇と百合くらい違うのだ。どちらも美しいが、香りも色も表情もイメージも違ってくる。
とにかくだ。奏鳳は自分が何か新しい扉を開いてしまったのではないか。目覚めてしまったのではないかという意識にとらわれていた。
出雲が抱いたのは美しいものを美しいと思うシンプルな感情。それは鷹藤真姫奈という「人間」としてではなく、「造物」としての美に対して抱いたものだ。
出雲はそう単純ではない。それは一つの扉であると知っているが故においそれと潜り抜けはしないのだ。また違う扉が近くにあって─────
出雲はまだまだ選択の最中なのだ。それは無自覚なもので、今語るべきものではないということなのだろう。
仲良く固まっていた三人はゆっくりと真姫奈から目を逸らして変な感じになった空気を吸い尽くそうとするかのように息を整え始めた。
「ちゅーもーく!そろそろお時間でーす。そして、二次会のカラオケに行きたいと思いまーす。あっ、自由参加だから予定とかあったり、お酒飲んで辛かったり、眠かったりする人は帰っても全然大丈夫だからねー。とりあえず、ここを出て店前に集合で〜。わたしはとりま寝ちゃったまきちゃんをどうにかしてから合流するんで、あとはスミレちゃんに従ってね。スミレちゃんよろー!
」
「はい、それではみんな忘れ物がないように!お会計は私がまとめてしますのでお店の前で待っていてください。ほかの方も利用してるのでなるべく邪魔にならないようにお願いします」
こうして、新入生歓迎会は一旦お開きとなった。ぞろぞろと列をなし、店を後にする面々。
「スミ、悪い。ちょっとトイレ行ってくるから」
「了解!私もお会計してくるから。外で待ってるね」
御手洗に向かうと男子トイレというかそこに向かうための廊下が思いのほか混んでいた。ほかの学生のグループだろう。それらが何故かいくつか固まっていたのだ。
凛は何かあるのだろうかと少し気にはなったが、とりあえず御手洗に向かい、用を済ませることにした。
「ふぅ〜」
トイレから出たときにはすでにさっきまでいた学生たちは姿を消していた。
何だったのだろうかと首を傾げる。まさかあのグループが面倒を引き起こすとは思っても見なかったのだ。
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