10話
カランと氷の溶ける音がする。いつの間にかグラスの中の氷が水へと変わり、中身のウーロンも薄い味と色合いに。
先輩たちもお酒が進んで大分心と表情が緩んでいる。テンションも上がっていた。それぞれが距離を縮めつつある。親睦を深めるという新歓の目的は概ね成功だ。
それぞれの組み合わせが互いに話題を見つけ、会話が盛り上がっている。
凛も天音とチェルシーのふたりと恋愛の話題で盛り上がっていた。
先輩もチェルシーも今はフリーなだけで付き合った経験はあるらしい。
凛も恋愛に興味がないわけではない。仲の良い女の子もいた。だが付き合うまでには至らなかった。それは凛が自分の時間を優先していたことが大きな理由だ。
「大学なら出会いは沢山あるよ」
「賢人会は絶対当たりだよー。みんなカワイイだから」
このサークルの子たちのレベルが高いこともまぁそうだ。正しい。
菫や出雲と話せるのは嬉しいし、うざくもあるが優亜と話すのもなんだかんだ楽しい。だがそれは恋愛的な意味で魅力的というよりも可愛いアイドルや綺麗な芸能人を目にしているときのそれに近い気がする。
目の前のふたりもそうだ。
チェルシーは気さくで明るく、コミュ力が高い。そして、海外育ちのためかスキンシップがわりと激しめだ。気分が盛り上がると自然と身体に触れたり、抱きついたりする癖がある。
こちらは対照的に落ち着きがあり、柔らかな大和撫子といった感じだ。だが人見知りでコミュニケーションは得意ではないという。その大人しいイメージとは裏腹に体育会系である。打ち解ければ笑顔もみせてくれる。何よりとても聞き上手だ。
「それでさっきの話に戻るけど誰がって決めるが難しいならどんな感じの女の子がタイプなのかな?」
これは天音からの質問だ。具体的な名前を上げなくていいのなら凛も答えやすい。
「そうですね……。明るくて、知的な子ですかね。あとはお互いに好きな事を共有できたら完璧ですね。趣味、食べ物、スポーツ、なんでもいいですけど」
「好きな事を一緒に楽しめることって重要だよね〜。私もその、スポーツも音楽も両方が好きなので一緒に観戦したり、演奏したりして共有できたら嬉しいな」
「やっぱそれって大事ですよね」
凛の答えに頷く天音。
同じものを通して感情を共有できることと一緒にいて楽しいことが大切だと凛は思っている。容姿で好きになってもここが違ったら長くは一緒にいれない自信がある。
この価値観に合致する相手か、考え方を根底から覆すような魅力あるひとが現れてほしいものだ。
ふたりはどうなんだろうか。どんなひとがタイプなのかふたりにも聞いてみることにした。
「じゃあ次はふたりの好みもお願いします。まずは先輩から!年上と年下どっちがいいですか?」
「えッ、私?えっと、あー。あんまり気にしないけど、どっちかというと年下の方が好きかな」
「年下を選んだ理由は?」
「理由?お姉さんぶりたいから?私も甘えたいけど甘えてもほしいなって」
「なるほど?」
「じゃあチェルシーは?」
「ワタシ?ワタシはねぇー、同じ年齢か上の年齢がいいね。いつでも抱きしめて好きって言ってしてほしい」
「包容力のあるひとがいいのか」
「そうだね!包容力があって直接的なほうがいいね。何でも言葉にしてほしい」
「先輩はストレートに愛情表現してくるタイプと奥ゆかしいというかあまり表に出さない感じとどっちが好みですか?」
「うーん、好きって言われたら嬉しいけど照れちゃうかも。恥ずかしかってなかなか口にできないのとこがカワイイんだよね」
「先輩、年下好きで小学校の先生になりたい理由ってまさか……。ショ───」
「───ちがうよッ!?」
「冗談です。冗談で済むことを祈ってます」
「だから違うって!やーめーてー」
顔が真っ赤だ。音の顔が赤いのはお酒のせいだけではない。
少しからかいすぎたようだ。チェルシーはよく分かっていないのか首をこてんと傾けている。
「先輩は逆光源氏を企てているっと」
メモを取るふりをすると口をへの字に結んだ天音に無言でぽかぽかと肩を殴られた。可愛い。
「リンはどっちが好き?」
「あー。俺は離れていなければどっちでも。価値観とかのが大事」
「ふーん。ハートが大切なんだ。見た目は?」
「そりゃ、可愛い子がいいよ。でも可愛いって思うところは色々あるからなー。性格とか仕草とか」
「クールな人はずっと見てたい!」
それはそうだ。
チェルシーの言う通り容姿が全てではないが美男美女は見ていて飽きない。その辺の感覚は凛にもよくわかる。
賢人会の面々を眺めて現在進行形で体感している。目の保養になってよい。
「ハイッ!ふたりに聞きたい。フットボール好きって自己紹介で言ってたよね!」
「好きだよ」
「私もサッカーしてたから」
「ワタシも大好きなんだよねー!むこうでは週末によくパパと試合観戦に行ってたから」
「そうかチェルシーはイギリス出身って言ってたもんね。本場の試合を生で観戦できるのはいいな。すごいうらやましい」
「スタジアムの雰囲気と熱量を肌で味わってみたよね。ロンドンのスタジアムとか行ってみたいよ」
「みんなでビックマッチ観たい。ワタシ、ロンドン案内するよ」
「行きてー」
「私もいってみたいな」
「是非!ふたりはフットボール、プレイする?」
「小さい頃から高校までサッカーしてた」
「俺は試合観戦専門」
「ワタシもプレイは得意じゃないから、リンと一緒」
「じゃあどこのクラブのファン?イングランド、それ以外でも。どこが好きですか?ワタシは名前と同じクラブ。スタンフォード・ブリッジが私のホーム!天音と凛は?」
「ずっと観てるのはユナイテッドだな」
「わっ、私はガナーズが大好きです!」
「そっかぁ。皆、敵だね……」
「交渉の余地はなしか……」
「負けませよ」
それぞれが愛するクラブを推して止まないガチ勢だ。推しのタイトルをかけて激しく火花を散らす三人。皆がトロフィーを掲げる瞬間を心待ちにしているのだ。
「ロンドンにはすぐに行けないけどスポーツバーでみんなで観戦するのはどうかな。もうすぐに今シーズンは終わっちゃうけど5月までまだ何試合かあるし、ヨーロッパのコンペディションなら6月までやってるから」
「代表戦を観るのも盛り上がると思うな。日本戦だとチェルシーは微妙かもだけど」
「日本の応援だってするよ!」
「なら決まりだね。3人で今度スポーツバー行こうよ。それからスタジアム観戦も」
「いいですね」
「ワタシも賛成!」
天音の提案で試合観戦に行くことになった。 すっかり意気投合した三人は皆で試合観戦やスポーツバーに行く約束をした。
「それじゃあ連絡先交換しようよ」
そう言って嬉しそうにスマホを取り出す天音。
そしてそれぞれ連絡先を交換し合い、三人のグループを作成した。これでいつでもメッセージを共有できる。
フットボールの母国に生まれ、それが文化として人々の心に根付く環境で育ったチェルシーにとって、フットボールを楽しむことは息をするように自然なことだった。
プレイヤーとして長い時を捧げ、努力を積み重ねていた天音にとってフットボールを楽しむことは青春そのものだった。
ゲームが大好きで画面を通して古今東西の名プレイヤーに熱狂し、その華麗なプレイに魅了されてきた凛にとってフットボールを楽しむことは人生の活力だった。
フットボールと共に育ったチェルシー。
サッカーに長く打ち込んだ天音。
ゲームからサッカーの魅力を知った凛。
それぞれ出会いも関わり方も全然違うが、サッカーを愛する気持ちは同じだ。
チェルシーは気さくで明るく、コミュ力が高い。そして、海外育ちのためかスキンシップがわりと激しめだ。気分が盛り上がると自然と身体に触れたり、抱きついたりする癖がある。
こちらは対照的に落ち着きがあり、柔らかな大和撫子といった感じだ。だが人見知りでコミュニケーションは得意ではないという。その大人しいイメージとは裏腹に体育会系である。打ち解ければ笑顔もみせてくれる。何よりとても聞き上手だ。
最初は初対面で緊張していたがふたりと話せてよかった。サークルにも馴染めるか不安だったが心配はなかった。すごく話しやすい。ここでなら苦手な人付き合いも克服できるかもしれない。陰キャ卒業の日も近い。
「お話し中、失礼しまーす。そろそろ自由に席を移動してもらって構いませんので、まだ話してない方と是非お話ししてみてください」
「それじゃ、凛。天音さんも。またお話ししようね!」
「楽しかったです。他の子とも楽しく話せるといいなぁ」
「また是非!」
菫の言葉を合図にチェルシーと天音は手を振って別の席へと向かって行った。
凛は少し様子をみることにした。
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