表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/252

009 森の妖精ラティ



 背中に羽根を生やした小人のような生き物――それは『妖精』と呼ばれている、立派な魔物の一種であった。

 アリシアからそれを聞いたマキトは、改めてマジマジとその姿を見る。


「へぇー、妖精か。とても魔物には見えないな」

「世間では珍しい魔物と言われてるのよ。私もビックリだわ」

「ふーん……」


 胡坐をかき、頬杖をつきながら、ただジッと妖精を見つめるマキト。隣でソワソワしているアリシアとは、全くもって大違いだった。

 ちなみに妖精は、現在木の後ろに隠れ、顔だけを覗かせている状態だった。目を覚ました瞬間、介抱しようとしていたマキトに驚いたのだ。

 激しく警戒している様子を見せつつ、妖精は恐る恐る問いかける。


「わ、わたしをどうするつもりなのですか?」

「別にどうもしないけど」


 マキトは即答した。それ以外の答えなどないと言わんばかりに。

 一方妖精は、それを聞いて軽く目を見開いた。


「……わたしを捕まえようとか思わないのですか?」

「思わないよ。てゆーか、なんで俺がそんな酷いことしなきゃならないんだよ」


 顔をしかめながらマキトは言う。その口調からして、心外だと思っているのは間違いなさそうであり、それが余計に妖精を戸惑わせてしまう。


「本当に不思議なヒトなのです」

「アンタも十分過ぎるくらい不思議だと思うけどな」


 思わず苦笑しながらマキトは言い返した。すると妖精が、不満だと言わんばかりに頬を膨らませる。


「わたしはアンタなんて名前じゃないのです!」

「じゃあなんて呼べばいいんだ?」

「ちゃんと『ラティ』という、れっきとした名前があるのです!」

「そっか。俺はマキトっていうんだ。よろしくな、ラティ」

「はい。こちらこそなのです――って、なんでわたしは平然と挨拶なんてしちゃってるのですかあぁーっ!」

「ハハッ、なんか面白い妖精だな♪」


 頭を抱えて叫ぶ妖精ことラティに対し、マキトがケタケタと楽しそうに笑う。そんな彼らの様子に、アリシアは一歩下がった位置で、少しだけ引いていた。


「……マキトってば、よくそんなに平然としていられるわねぇ」


 そんなアリシアの呟き声に気づくこともなく、マキトはラティと話している。ここまで彼が積極的に話す姿も、なんだか珍しい気がするなぁと、アリシアはなんとなくそう思えてならない。

 すると――


「ポヨーッ!」


 聞き慣れた鳴き声が聞こえてきた。マキトたちが一斉に振り向くと、スライムがリズミカルに弾みながら戻ってくるのが見える。


「ポヨポヨ」

「おぅ、おかえり」


 マキトは出迎えながら、ピョンと飛びついてきたスライムを抱き留める。

 その光景を見て、ラティは軽く驚いていた。


「随分と懐いているのです……」

「ポヨ?」


 スライムもその声を聞いて、ラティの存在を見つけた。そしてマキトの腕の中から飛び出し、未だ気の後ろに隠れているラティの元へ飛び跳ねていく。


「ポヨポヨ、ポヨッ!」

「え、や、でも、わたしはちょっと……」

「ポーヨ、ポヨポヨポヨー」

「大丈夫って言われても……ホントなのでしょうねぇ?」

「ポヨポヨッ!」


 なにやら普通にスライムとラティが会話をしている。こればかりは流石のマキトも呆然とせずにはいられない。

 やはり魔物同士だから会話も可能なのか――そんなことを考えていると、スライムの口がラティのスカートらしき服の裾を咥え、そのまま木の奥から強引に引っ張り出そうとしていた。


「や、ちょっ、引っ張らないでほし……ふやあぁっ!」


 そして遂にラティは、スライムの勢いに負けて、マキトたちの前に出てきた。

 スライムもマキトの隣につき、ラティに笑顔を向ける。


「ポヨッ」

「うぅ――分かったのですよ」


 ラティも観念したらしく、覚悟を決めた様子でマキトたちを見上げる。

 最初は警戒心の強さからか表情も硬かった。しかしそれも次第にやわらぎ、もしかしてという疑念に切り替わった。


「……確かに、悪いヒトって感じでもなさそうなのです」

「ポヨー♪」


 でしょーとでも言ったのか、スライムがご機嫌よろしく、マキトの膝元に頬ずりをする。これもまたいつものことだったので、マキトも特に反応はしない。

 しかしラティにとっては、それが改めて安心する材料にもなっていた。

 端的に言えば、わざとらしさが全くなかったからだ。

 ラティである自分を誘い込むべく、スライムを利用して安心させる――そんな疑いをかけていた。ヒトは油断ならない生き物、目的のためならば手段を選ばない存在だと思っていたからだ。

 それはそれで正解とも言える。故にその行動は間違っていないだろう。

 しかし目の前のマキトに対しては、邪気が全く感じられない。物珍しそうな表情こそしているが、それだけだ。

 少なくとも悪いことを考えるようなヒトには見えない――そんな気がしていた。


「これなら、少しは安心しても……」


 ――くぅ~。

 ラティがそう思った瞬間、可愛らしい音が鳴り響く。


「……おなかすいたのです」


 腹に手を添えながら、ラティはカクッと項垂れる。恥ずかしがったり誤魔化すようなことをせず、真っ正直な反応を示す姿は、いっそ清々しく思えるほどだ。


「そう言えばそろそろお昼の時間ね。私たちも帰ってご飯食べよっか」

「うん。俺も腹減った」

「ポヨッ」


 マキトが立ち上がり、スライムも飛び跳ねながら返事をする。

 そして――


「なぁ、ラティも一緒に来ないか?」


 マキトがあっけらかんとした様子で、誘うのだった。それに対してラティは、目を丸くする。


「……わたしもいいのですか?」

「お腹空いてんだろ? なんか放っておけないよ。いいでしょ、アリシア?」

「私は構わないけど……ラティはいいの?」

「それは――」


 何かを言おうとしたその瞬間、再び可愛らしい音が鳴り響く。同時にラティが両手で自身の腹を押さえ、真っ赤な顔で俯いた。


「あぅ、おなか空いたのです」

「じゃあ一緒にどうぞ。遠慮しなくていいわよ」

「ホントなのですか?」

「えぇ」


 アリシアがニッコリ笑顔で頷くと、ラティも目をキラキラさせる。


「ありがとうなのです! ご飯食べさせてほしいのです!」

「あーはいはい、分かったわよ。分かったから早く帰りましょ」


 投げやりな返事をするアリシアだったが、それでもラティは嬉しかったらしい。


「わーい♪ さっそくれっつごー、なのですー♪」


 弾むようにマキトたちの周りを飛びながら、ラティは大喜びするのだった。



 ◇ ◇ ◇



 ひょんなことからまさかの客人を迎えたアリシア。見た目はヒトだが、中身は立派な魔物。妖精には妖精らしいメニューが必要なのではと、そんなある種の嫌な予感をひっそりと抱いていた。

 しかし実際には、そんなことはなかった。

 マキトたちと同じメニューを、それはもう美味しそうに食べていた。

 燻製肉と野菜を挟んだサンドイッチを、もっしゃもっしゃと口を動かしながら平らげていく。付け合わせの野菜スープもしっかりと飲み干し、あまつさえお代わりまで頼むほどだった。

 どれだけお腹空いてたんだろうと、アリシアは疑問に思わずにはいられない。

 ちなみにマキトはというと、スライムとともにラティそっちのけで、サンドイッチに夢中であった。こっちはこっちで正直な食欲だなぁと、思わずアリシアは苦笑してしまう。


「……なに?」


 マキトは視線に気づき、アリシアに尋ねる。


「ううん、なんでもないわ。もう一個あるけど食べる?」

「食べる」


 アリシアが差し出したサンドイッチを、マキトは遠慮なく手に取った。そして再びもっしゃもっしゃと口を動かし始める姿を見た後、アリシアは一足先に食べ終わったラティのほうに視線を向ける。


「どう、ラティ? お腹いっぱいになった?」

「はいなのですー♪」


 ケプッと可愛い音を口から出しながら、ラティは満足そうに言う。もうすっかり順応しているなぁと思いつつ、少し気になることがあった。


(ラティにはちゃんと名前はあるけど、スライムちゃんには名前がないのよね)


 スライム曰く、生まれたときから決められた名前は存在していないらしい。他の魔物たちからは『スラ』とか『スッチー』とか、色々な呼ばれ方をしてきているとのことだった。

 魔物的にはそれが普通なのだという。

 むしろラティのように、ちゃんとした名前を持っているほうが、圧倒的に少ないのだとか。


(まぁ、多分そーゆーモノなんだろうけど)


 アリシアは深く追求しないでおくことに決めた。魔物の世界に対して無暗に首を突っ込んだところで、まともに理解できるとも思えないからと。

 ちなみにマキトは深く考えることなく、そーゆーもんかとすぐに納得した。

 スライムもラティも、そうそうと揃って頷いており、尚更深く考えたほうが負けなのだと、アリシアは実感する。


「そーいえば……」


 追加のサンドイッチも食べ終えたマキトが、ラティに視線を向ける。


「ラティって、スライムの言ってることが分かるのか?」

「えぇ、フツーに分かりますよ。他の魔物さんたちとも会話はできるのです」

「魔物だからか?」

「恐らく。そんなに深く考えたことないですけど」


 ラティからすれば当たり前のことだったので、意識したこともなかった。故にここまで興味深く聞かれるのも、かなり新鮮なことだったりする。


「それよりもマキトさん」

「ん?」


 ラティは表情を引き締め、マキトに向かって身を乗り出す勢いで問いかけた。


「マキトさんって、先日の真夜中に起こった、光の柱に関係してますよね?」



いつも読んでいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。


すぐ下の【☆☆☆☆☆】評価による応援もしていただけると嬉しいです。

是非ともよろしくお願いします<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ