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087 腐れ縁同士の語らい



「いい加減に放せやディオン。一人で歩けるってんだよ!」

「ん? おぉ、すまんな」


 講堂から廊下を出てからも首根っこを掴んだままだったことを思い出し、ディオンが苦笑しながらネルソンを解放した。

 そしてネルソンは、恨みがましい目つきでディオンを睨みつける。


「ったくよぉ……連れ出すんなら、もーちっと良さげな手くらいあっただろうが」

「だから悪かったって。あの流れじゃ『これ』が一番自然だったんだよ」

「そりゃあ、まー、分からんでもないけどよ……」


 頭をガシガシと掻きむしりながら、ネルソンは先ほどの状況を思い返す。確かにあそこで下手に態度を変えるわけにもいかなかった。

 本来ならば、エステルがネルソンを講堂から連れ出す役目だった。ディオンがあの場にいたことも、彼が颯爽と動き出すことも、全くの予想外ではあった。しかし結果オーライではあることも確かなため、何も言うことはない。


「それにしても、流石は騎士団長を務めているだけのことはあるな」


 ネルソンが小さなため息をついていたところに、ディオンが苦笑しながらそう切り出してきた。


「誰よりも子供好きなお前が、子供に対して立派な『敵役』を担うとは――見ていて正直驚かされたよ」

「……あぁ」


 むず痒い気持ちに駆られたネルソンは、視線を逸らしながら頷く。


「今になって、先代の凄さが少しだけ分かった気がするよ」

「さっきの数倍は怖かったからな。本気で殺されるかと思ったくらいだ」

「でも、その中には確かな強さも秘めていた。俺はそこに痺れて、騎士団長になりてぇって思ったんだからよ」


 そう言いながらネルソンは、改めて廊下を歩き出す。ディオンも隣に並びながら苦笑を浮かべた。


「それで本当にその立場を得たお前も、普通に凄いと思うがな」

「よせよ。あの人に比べたら、俺なんざヒヨッコもいいところだぜ」


 ネルソンは肩をすくめながら自虐的に笑う。そんな彼に対して、少しだけ不思議そうな表情でディオンは視線を向けた。


「それにしては、子供たちに対して立派に説教をしていたように見えたが?」

「あの人の受け売りを言ったまでだ。正直、心が痛くてたまらなかったからな。俺はまだまだ、ケツの青い若造だってことなんだろうよ」

「ほぉ?」


 ネルソンの言葉に、ディオンは思わせぶりな反応を示す。


「立場のあるお前がそれを言ったら、俺は更によちよち歩きのヒヨッコか?」

「何でそうなるんだよ……お前はお前で立場持ってるじゃねぇか」

「騎士団長サマや宮廷魔導師サマに比べれば、俺なんざそこらの冒険者と、何ら変わらないもんさ。大きなドラゴンを相棒に連れているからこそ、周りが評価してくれているだけに過ぎないんだよ……俺たちドラゴンライダーってのはな」


 非常口から集会所を出て、そのまま誰にも気づかれずに村の中を移動する。そして二人は、ディオンのドラゴンが休んでいる場所へとやって来た。

 ここなら落ち着いて話せるとディオンが思い、連れてきたのだった。

 ちょうどのんびり休んでいたらしく、ドラゴンはうずくまってまったりと過ごしていた。ディオンが近づいてきたことで、ドラゴンがのそっと顔だけを上げる。ネルソンの顔を見て、物珍しそうな反応をわずかに見せはしたが、すぐに興味をなくしたのか、再び昼寝に戻った。


「早いもんだよな……あれからもう、十年か」


 寝そべっているドラゴンを背もたれにして座りつつ、ディオンが切り出す。


「俺は後から新聞で知ったクチだったが……当時は凄かったらしいな?」

「まぁな。流石に爪痕がデカすぎたおかげで、落ち着くにも相当な時間がかかっちまったことだけは確かさ」


 ネルソンが上を向きながら、大きく息を吐く。透き通るような青空が、木々の隙間から覗き出ていた。


「あの事件からすぐだったか? お前が騎士団長に就任したのは……」

「あぁ、先代が殉職しちまったからな」


 ディオンの問いかけに、ネルソンが目を閉じながら答える。そして当時を思い出しながら、にししっと苦笑を浮かべた。


「結構大変だったぜ? まだ二十五の若造が、いきなり騎士団のトップだかんな」

「みたいだな。シュトル王国の騎士団は、数年も経たないうちに潰れる――そんな言葉をあちこちで聞いていたよ」

「失礼なもんだ……と、言いてぇところだが、無理もねぇや。俺も先代と比較される毎日だったし、挫けそうになった数も覚えてねぇよ」


 どこか遠い目をしながらネルソンは言う。あっという間の十年――されど十年とも言える。それなりにたくさんの出来事を経験してきていた。

 騎士や兵士たちのトップとして、どれだけの苦労を積み重ねてきたのか。それは経験していない者には、到底分かるはずもない。故にディオンも、正確に理解してあげることは不可能であった。

 それでも――かつて同じ釜の飯を食った仲として、ずっと世界を飛び回ってきたドラゴンライダーとして、心から言えることも確かにある。

 だからディオンは、迷いなき笑みを浮かべ、はっきりとそれを告げた。


「だが、お前は見事に騎士団を立て直した。今じゃネルソン騎士団長は、他の国でも名が知られているくらいだ。俺も三羽烏として、誇りに思う」

「よせよ。そんな大層なもんでもねぇし」


 鼻で笑うネルソンに対し、ディオンは思っていた。この照れ隠しも、昔と何ら変わっていないと。

 どんなに立場が変わろうとも、決して変わらないものも確かにあるのだと。


「そういえば――」


 ふとディオンは、この場にいないもう一人の腐れ縁について気になった。


「エステルのヤツ、まだあの人のことを?」

「あぁ。定期的に出向いては、あれこれ説得しているみてぇだぜ」


 ネルソンは無意識に、集会所があるほうへと視線を向ける。


「こないだも行ってきたらしいんだが、爺さんから説教されたってよ。こんな隠居している老いぼれに頼むようじゃ、国の未来も先が知れてる――とかなんとか」

「ハハッ、そりゃまた手厳しいもんだな。あの人らしい」

「全くだな」


 ネルソンとディオンが二人して笑い声を上げる。ドラゴンがわずかに反応を示していたが、すぐさま興味をなくして再び目を閉じてしまう。


「けどまぁ、アイツの気持ちも、分からなくはねぇんだよなぁ……」


 空を仰ぎながらネルソンが呟くように言う。


「十年前の事件は、不幸が重なった事故も同然。あの爺さんが何も悪くなかったことは確かだ」

「宮廷魔導師を去ったのも、良心の呵責に耐え切れなかったからだったか?」

「あぁ。責任感が人一倍だった、あの爺さんらしいと思うんだがな。まぁ少なくとも俺からしてみりゃあ、単なる頑固ジジイでしかねぇけどよ」


 そう言いながら苦笑するネルソンの表情は、どこかまんざらでもなさそうな雰囲気を醸し出していた。

 ディオンも件の人物と対面したことがあるため、余計にそう思えてならない。

 悪態付きながらも懐いていた――それがディオンの感想であった。


「あの人が宮廷魔導師を辞めてからは、その椅子が空座のままだったんだろう?」

「あぁ。去年エステルがそこに座るまではな」


 宮廷魔導師という立場は、王宮――すなわち王国に勤める魔導師の中でもトップを意味する。それを年単位で空座にするというのは、普通ならばあり得ない。大きな穴を放ったらかしているも同然だからだ。それだけで問題のある国と見なされたとしても仕方がない。

 だが、シュトル王国に限って言えば、大きな『例外』が通用されていたのだ。


「無理もねぇさ。例の事件の余波がそれだけ大きかったってことだからな。落ち着くのを待つしかなかったってワケさ」


 ネルソンが肩をすくめると、ディオンも目を閉じながら笑みを浮かべる。


「すぐに新たな宮廷魔導師を設定すれば、更なる非難は確実。その点では英断か」

「今の国王が、前の国王よりマシだと言われる、いいキッカケでもあったよ」


 何事にも例外は付きもの――それをシュトル王国は、大々的に表現してきていたとも言える。国全体で結果を作り出し、それが不安を帳消しにしたと言っても過言ではないかもしれない。

 その場面を真正面から見てきたからこそ、ネルソンはそう思えてならなかった。


「まぁ一つだけ言えるとすりゃあ……アレだ」


 ネルソンはディオンのほうを向いて、ニヤッと笑う。


「あの爺さんの頑固さは、まだまだ健在だったとのことだ」

「――そうか」

「それよか、オメェのほうはどうなんだよ?」


 フッと笑みを深めたディオンを、ネルソンが小突いた。


「折角腐れ縁同士で話してんだ。ちったぁそっちのことも聞かせろっての」

「あぁ、スマンスマン」


 そう言えばネルソンの話ばかりだったかと、ディオンは苦笑する。


「とは言っても、それほど大きな変化はない……いや、一つだけ興味深い出来事はあったな」

「ほう? 何があったってんだ?」

「つい最近の話なんだが――【色無し】と判断された魔物使いの少年のことさ」


 どうだ、と問いかけるような視線をディオンが向けると、ネルソンは素直に驚いている様子を見せていた。


「それなら俺も、ウワサで聞いたことはあるぜ。本当にいたのか」

「あぁ。その子は冒険者として生きるには絶望的だが、それをモノともしない特別な何かを秘めている――俺はそう感じている」

「へぇ。オメェにそこまで言わせるとは、相当なもんだな」


 興味深そうな口調のネルソンに、ディオンは食いついてくれてなによりだなと思いながら、ここ数日前の出来事を語っていく。


 一方その頃――集会所では、ちょっとした出来事が起きようとしていた。



いつも読んでいただきありがとうございます。

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