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081 森の朝

今回のお話から第三章の開始となります。



「ユグさーん、行ってきまーす!」

「はーい。気をつけてねー」


 朝食の後片付けをしているユグラシアは、マキトからの声に答える。続けて魔物たちの鳴き声も聞こえ、皆で表口へ駆ける足音が、段々と遠ざかっていく。


(あの子たちも、ここの暮らしにすっかり馴染んじゃってるわねぇ)


 アリシアがヴァルフェミオンへ留学し、マキトと魔物たちがこの森の神殿で暮らすようになってから数日――もうすっかり彼らにとって、ここは立派な自分たちの家と化していた。

 まるでもう何年も前から暮らしているかのような馴染みっぷりであり、ユグラシアからすれば喜ばしいことでもあった。

 それだけマキトたちにとって、ここは過ごしやすい環境だということだろう。

 彼らを招き入れて大正解だったとユグラシアは思っていた。

 アリシアからも頼まれている責任もあるし、自分の目の届くところで面倒が見れるという点でも安心できる。

 なにより――


「マキト、まって!」


 パタパタと駆ける音とともに、ノーラが廊下を通り過ぎていった。

 何かしらの準備に手間取っていたのか、森へ向かおうとするマキトたちに追いつくべく慌てている。

 洗い物を終えたユグラシアが手を拭きながら、無言で音もなく廊下のほうを覗き見てみると、表口のところでマキトたちと合流するノーラの姿が見えた。


「ノーラを置いてくなんてひどい」

「いや、先に外で待ってるって言ったじゃんか」

「気が変わってさっさと行く可能性も……」

「そんなのないから」

「むぅ……」


 苦笑するマキトにノーラが頬を膨らませている。しかし本気で怒ってはおらず、ただ拗ねているだけであることは明白だ。

 それも全ては、構ってほしいという気持ちを抱いているからこそ。

 この数日で確立された光景に、ユグラシアは頬を緩ませる。


(まさか、ノーラがあそこまで懐くとは思わなかったわ)


 マキトたちを森の神殿に招き入れたのは、ノーラの提案が第一声であった。誰かが匂わせることもなく、いきなり言い出したことに、ユグラシアは内心で驚いていたほどだった。

 つまりもうその時点で、ノーラはマキトたちを気に入っていたということだ。


(すっかり年の離れた兄妹みたいね。マキト君も満更じゃないみたいだし)


 苦笑しながらもノーラの頭を撫でて宥める彼の姿は、割と自然な感じに見えた。意外と年下の子の面倒を見るお兄ちゃん気質があるのかもしれない――ユグラシアは密かにそう感じていた。

 もっともマキトの場合は、ノーラの相手をすることは、魔物の面倒を見る延長戦と捉えている可能性も、否定はできないだろう。

 いずれにしても、悪くない変化であることに変わりはない――ひとまずそう結論付けているユグラシアなのだった。


「じゃあ、そろそろ行こうぜ」

「ん。いこう」

「今日も頑張るのです!」

「キュウッ♪」

『とっくんのじかんだー!』


 マキトの掛け声にそれぞれが頷きを返す。そして森へ向かって楽しそうな様子を醸し出しながら、歩き出すのだった。

 その後ろ姿を黙って見送るユグラシア。

 彼女にとってこの瞬間は、これまで感じたことのない、満ち溢れる暖かな気持ちに駆られるのだった。


(世のお母さんって……こんな気持ちなのかしら?)


 マキトたちと暮らし始めて、改めてそう思うようになっていた。

 子供を預かって育てるという経験は、この長い人生で何回かあった。アリシアもその一人である。そしてノーラも例外ではない。

 最初はマキトたちも、その延長線上になるのだろうと思っていた。

 あくまで自分は森の長として、居候している少年や魔物たちを見守る大人――それ以上でもそれ以下でもない存在なのだと。

 しかし――それもこの数日で認識が少し変わった気がした。

 アリシアとノーラが、そのきっかけを作ってくれた。

 マキトに対して、姉のように可愛がるアリシア。そしてノーラもまた、妹のようにくっ付いて行動している。

 そこに理屈はない。ただそうしたいからそうしているだけのこと。

 ユグラシアは大いに驚かされた。まさに目から鱗であった。

 ずっと、森の賢者という言葉に自分から呑まれてしまっていたことに気づく。あれほど気にしなくていいと人様に言っておきながら、実は自分で自分を一番に気にしていたことが分かったのだった。

 マキトや魔物たちは、ユグラシアが森の賢者であることを気にしない。

 気にしようともしておらず、毎日笑顔で明るく接してくる。

 それがどれほど嬉しくて仕方がないことか、恐らくマキトも魔物たちも理解どころか気づいてすらいないだろうと、ユグラシアは思う。

 アリシアやノーラだけではない。

 自分自身もこの数日で少しは変わったような気がすると、ユグラシアはそう思えてならなかった。


(そういえば例のイベント……確かもうすぐだったわね?)


 子供、というキーワードでユグラシアは思い出した。


(今年はどんな子たちが、シュトル王国からやってくるのかしら?)


 人間族が治めるシュトル王国――そこから毎年、十二歳を迎えた冒険者見習いの子供たちが、課外活動と称してユグラシアの大森林に訪れるイベントがある。

 ユグラシアはそのイベントを、毎年楽しみにしていた。

 単純に盛り上がるというのも確かにある。しかしそれ以上に、子供たちが少なからず成長していく姿を拝めるからだ。

 色々な意味で『本当の汚れ』を知らない子供たちが、夢を求めて訪れる。

 そこで冒険者としての厳しさを叩きつけられ、気持ち的に生き残れるかどうかを判定していくのだ。

 無論、まだスタートすらしていない子供たちに満点は求めていない。

 むしろ及第点が取れれば奇跡なほうだ。気持ちが折れて諦めてしまう姿も、決して珍しくない。

 単純に厳しさに付いて来れないというのもある。しかしそれ以上に、この森で生まれ育った子供たちとの差を見せつけられ、立ち止まってしまう子供たちの姿も珍しくないのだった。

 この森で育った子供たちと、王都で育った子供たちには大きな違いがある。

 野生の魔物を含む、自然界に対する経験値だ。

 王都では基本的に、野生の魔物と出会うことはない。この森と違って、野生の魔物と触れ合いながら育つことはまずない。

 だからこそ、いきなり冒険者になって成功する子供たちは、限りなく少ない。

 この課外活動というイベントは、その差を少しでも埋めるために、王国側が考えて生み出されたものなのだ。

 いくら厳しくて自己責任がモットーな冒険者と言えど、無暗に命を落とさせるような真似はしたくない。

 そういった大人の優しさが働いた結果である。

 もっともこれは、それだけ今の世の中が『平和』である証拠とも言えるだろう。

 戦争が当たり前にあった数十年前は、決してあり得なかった。

 命は使い捨てるのが普通――それが当たり前である時代があったことを、今の子供たちは知る由もない。


(冒険者という世界を甘く見るなと釘をさすことに加え、いかに子供たちを導くことができるかどうか……引率する人たちの試練でもあるのだけれど)


 そう考えた瞬間、ユグラシアはクスッと笑みを浮かべた。


(まさか今年の引率者が、あの二人だなんてね……)


 脳内にとある二人の人物を思い浮かべるユグラシア。かつて冒険者を夢見てワクワクしながらやって来た少年たちが、今度は厳しく教える立場に就く――こんなこともあるのだと、改めて実感せずにはいられない。


「三羽烏が揃う可能性も捨てきれないし……まぁ、流石にないと思うけど」


 ユグラシアは苦笑しながら、踵を返して神殿の中へと戻って行った。

 後日、その予測が現実になることを知る由もなく――



いつも読んでいただきありがとうございます。

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