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080 動き出す人生

今回のお話で第二章のラストとなります。



 その日の夕食は、まさに豪華の一言であった。

 アリシアが名門ヴァルフェミオンへの留学を決めたことで、ユグラシアが大いに腕を振るったのである。テーブルにずらりと並べられた料理の数々に、ノーラでさえドン引きしてしまうほどだった。


「実を言うとね……アリシアの留学の話は、私も前々から知っていたのよ」


 真っ赤なワインを一口飲みながら、ユグラシアが切り出した。


「ディオンがヴァルフェミオンの人を連れてくる形でね。私が育ての親も同然の関係だから、是非とも話を通しておきたかったとか、そんなことを捲し立ててたわ」

「あれは実にコッケイだった」


 焼き立てのパンをモシャモシャと頬張りながら、ノーラが言う。


「世界的にも有名な森の賢者と、なんとしてでも繋がりを作りたいみたいな……そんな魂胆が見え見え。オトナって本当に醜い」

「こらこら……そんなこと言わないの」


 ゲンナリとした表情を浮かべるノーラに、ユグラシアが苦笑を浮かべる。確かにそう思ったけど、と心の中で呟いたのはここだけの話であった。

 するとここでアリシアが、少しだけ不満そうな表情を浮かべてくる。


「知ってたんなら、先に言ってくれても良かったんじゃ……」

「ちゃんとあなたの口から聞きたかったのよ。これはアリシアの問題なんだから」


 ましてや、将来に関わる大切な問題ならば尚更だ――そう思っていたからこそ、アリシアが自分で決断することをユグラシアは望んでいた。

 その期待には、見事応えてくれたと言えるだろう。

 メイベルたちとの出会いも、いい方向に転がってくれたことは間違いない。今度会った時には、改めてちゃんとお礼を言わなければならないと、ユグラシアは密かに考えていたのだった。


「アリシア――ヴァルフェミオンでの生活は、決して楽ではないと思うわ」


 ここでユグラシアが、表情を引き締めてアリシアに告げる。


「ましてやあなたの場合は、他の学生さんたちとは、明らかに勉強する方向性が違うことになる。そう言った意味でも、苦しい道のりは避けられないでしょう」

「――分かっています。私なりに覚悟を決めているつもりですから」

「そう。ならもう何も言わないわ」


 真剣な表情で頷くアリシアを見て、ユグラシアは安心したように笑顔が戻る。

 やんわりとした暖かな空気が再び戻ってきた、その時――


「あ、でもそうなったら、マキトたちが……」


 もう一つ重要な問題があったことに、アリシアは気づいた。マキトたちをこの森に残していく形になる点である。

 むしろ何で今まで気づかなかったのか――そう思いたくなるほどであった。

 ヴァルフェミオンは、全寮制の魔法学園だ。

 一度入学したら、基本的に卒業までは留まることになる。その後も何かの理由で留まる可能性は否定できず、帰ってくるのは何年後かも分からない。


「ん、大丈夫。マキトたちはここで暮らせばいい」


 するとノーラが即座に提案してきた。


「ここなら静かだし、魔物たちともたくさん遊ぶことができる。マキトたちにとっては最高の環境に違いない。むしろそれ以外にあり得ない」


 我ながらグッドアイディア――そう言わんばかりに、ノーラは胸を張る。

 その姿にユグラシアは苦笑しつつも、否定するつもりはなかった。


「そうね。私も大歓迎よ。遠慮することないわ」


 ユグラシアからしてみれば、むしろ自分から願い出たいくらいでもあった。友人であるリオの忘れ形見を見守れるのだから。

 マキトたちがこの先、どのような選択肢を取るのかは分からない。

 この森で暮らし続けるのか、それとも広大な世界へ飛び出していくのか――他にも色々な道を選ぶこともできるだろう。

 いずれにせよ、しばらくは落ち着いた環境で、じっくりと成長していく必要があるのは確か。この神殿とその周辺の森は、それがよく当てはまると、ユグラシアも太鼓判を押したいくらいであった。

 もっとも――


「まぁ、あくまでマキト君たちが良ければの話だけど」


 無理強いをするつもりも毛頭なかった。一番大事なのは、当の本人たちの気持ちなのだからと。

 しかしマキトと魔物たちは、揃って興味深そうな表情を浮かべていた。


「この神殿で暮らす、か……なんか楽しそうだな」

「ちょっとワクワクしてくるのです♪」

「キュウキュウッ」

『だよねぇ』


 もう完全に話を受け入れる雰囲気となっており、これはもう決まりかなとユグラシアも思いつつあった、その時だった。


「でも……アリシアがいなくなっちゃうのは、ちょっと寂しいかも」

「あー確かになのです」


 マキトとラティが苦笑し、ロップルも少しだけしょんぼりした表情を見せる。何だかんだで優しい姉のように思っていたのだった。

 アリシアも同じような気持ちであった。

 この数日は、とても充実していた。マキトや魔物たちとの生活が、ごく自然な形として染みつきつつあった。これからもずっと続けばとさえ思うほどに。

 それでもやはり、留学の話を見て見ぬふりはできなかった。

 新しい環境で自分の力を伸ばしていく――それに対して、大きな興味を抱いているのも、また確かであった。

 森から――マキトたちから離れる決断をしたのも、決して後悔はしていない。

 だからこそアリシアは、はっきりとした口調でこう言えるのだった。


「ユグラシア様。どうかマキトたちを、よろしくお願いします」

「えぇ。しかと承ったわ。万事任せてちょうだい」


 にっこりと笑顔で頷きながら、ユグラシアは思った。既にアリシアも、立派にマキトたちの『姉』となっていたということを。

 しばらく見ない間に成長していた――そんな一面を改めて見たような気がした。


「あ、えっと――」


 ここでマキトが、視線を右往左往させながら口ごもる。


「その……お世話になります」

「えぇ、こちらこそ。早速マキト君たちのお部屋を用意しなければね」


 どこかで覚えた言葉をたどたどしく使った――そのような姿に、少しだけほっこりした気持ちになりつつ、ユグラシアは微笑みを浮かべる。

 そしてマキトの魔物たちもまた、元気の良い笑顔を見せてきていた。


「よろしくなのですー♪」

「キュウッ♪」

『よろしくねー!』

「ん。ノーラもマキトたちとの生活、とっても楽しみ♪」


 ニコッ――と、ノーラが笑った。

 それは言ってしまえば、ありふれた表情そのもの。しかしノーラの場合は、ここまで大きく表情を変化させるのかと思えるほど、驚きの案件そのものだ。

 故にユグラシアは、思わず目を見開いてしまっていた。

 この子がここまで心を躍らせるなんて――そう思わずにはいられなかった。


「……ノーラって、そんな嬉しそうに笑えるんだな」


 どうやらマキトも同じような気持ちらしく、完全に茫然としている。それに対してノーラは、むぅと頬を膨らませた。


「その言い方は失礼。ノーラだって嬉しいときは嬉しい」

「え、あ、うん。ごめん……」

「ふんだ」


 戸惑いながらも謝るマキトに、ノーラがプイッとそっぽを向く。これもまた、ユグラシアからすれば珍しい一面であった。


「まぁ、とにかく――」


 そしてユグラシアは、改めてアリシアに優しい笑みを向ける。


「アリシアの人生が動き出す、またとないチャンスよ。精いっぱい、後悔しない道を突き進みなさいね」

「――はい」


 明るい笑顔で、アリシアも大きく頷くのだった。



 ◇ ◇ ◇



 それから数日後――マキトは父親であるリオの墓参りに訪れていた。ラティたちは勿論のこと、ユグラシアやノーラも一緒である。


「アリシアは今頃、ヴァルフェミオンに着いた頃でしょうか?」

「多分な。向こうでもあたふたしてなきゃいいけど……」


 墓標への道を歩きながら、ラティとマキトが話す。

 思い出していたのは、ここ数日で行われた留学への準備の光景であった。


「学校行くってだけなのに、あんなドタバタするもんなんだな」

『なんかすっごいさわがしかったよねー』

「キュウキュウッ」

「わたしたちがいくら言っても、すっごい不安そうな様子が抜けなかったのです」


 決断してから別れの日が来るまで、それはもうあっという間だったと、マキトたちは揃って思っていた。

 それぐらい慌ただしい時間が止まることはなかったのである。

 むしろ、アリシアが旅立ったことにより、ようやくマキトたちも落ち着くことができたと感じてならないほどであった。


「アリシアの心配性は、多分一生あのまま」


 ノーラがため息交じりに言う。


「自分の心配だけしてればいいのに、マキトたちへの心配は、流石にやり過ぎ」

「まぁ、あの子らしいと言えばらしいけどね」


 何はともあれ、無事に旅立ってくれて良かった――それが今のユグラシアが抱いている率直な気持ちであった。

 心配性な部分は確かにあるかもしれないが、心の芯がしっかりしていることもまた確かである。どこかで予期せぬことが発生したとしても、アリシアならば自分でどうにかしてしまうだろう。

 ユグラシアはそう信じていた。

 赤子のときから面倒を見てきていた、育ての親も同然の存在として。


「あ、お墓が見えてきたのですよ!」


 ラティが指をさした先には、森の少しだけ開けた場所に、ポツンと墓標が一つだけ立っていた。マキトがこの世界に降り立った場所でもあったが、彼が実際にこの場へ来るのは初めてのことであった。


「ここが……俺の父親のお墓……」

「えぇ、そうよ」


 マキトの呟きに、ユグラシアが小さな笑みとともに頷く。


「リオ。あなたの息子は、こうして元気にしているわ。血は争えない姿を、あなたもちゃんと見ていてくれてるのかしら?」


 少しだけ茶目っ気を織り交ぜた語り掛けに、風がざぁっと吹いた。リオが応えてくれたのかもしれない――ユグラシアはそう思った。

 マキトたちは墓標に向かって、目を閉じながら手を合わせる。

 数秒後、合掌を終え、晴れやかな表情でマキトが顔を上げたその時――


「えっ?」


 目の前に知らない男性が立っていた――ように見えた。


「――あれ?」


 しかしすぐさま、その姿は消えてなくなっていた。

 今のは一体何だったのか、単なる気のせいだったのか、それとも――そんな考えが脳内を渦巻いており、マキトは墓標を見つめながら呆然としてしまう。


「マスター?」


 ラティに呼ばれ、ようやく我に返ったマキト。視線を動かしてみると、ユグラシアとノーラ、そして魔物たちが注目してきているだけであった。

 今しがた現れたように見えた男性は、やはりいない。


「気のせい……か」

「何が?」

「いや、なんでもない」


 ノーラの問いかけに、マキトは笑みを浮かべながら答える。いつもの様子に戻ったことで、魔物たちもひとまず安心したようであった。


「それじゃあ、帰っておやつでも食べましょうか」


 話題を変える意味も込めて、ユグラシアが笑顔でそう切り出した。


「今日はドライフルーツ入りのクッキーでも焼こうかしら」

「わーい、楽しみなのですー♪」

「キュウー♪」

『あまいのだいすきー!』

「フフ、それならいっぱい作ってあげるわね」


 そしてユグラシアと魔物たちが、墓標に背を向けて歩き出す。その後にノーラが続いて歩き出し、最後にマキトも去ろうとしたところで――


「…………」


 少しだけ墓標に振り返り、やはり何もないことを確認して、視線を前に戻す。そして今度こそ、皆に続いて歩いていった。


 その際に男性が一人、優しい笑みを浮かべながらマキトを見送っていた。

 しかし誰も、それに気づくことはなかったのであった。



いつも読んでいただきありがとうございます。

今回で第二章が終了し、次回からは第三章を開始します。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。


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是非ともよろしくお願いします<(_ _)>

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