079 謝罪、そして明かす大きな決断
「久しぶりね、アリシアさん」
突然かつ、まさかの来客に、アリシアは驚きを隠せなかった。
「ドナ……さん?」
「そんなに驚かなくても……いえ、そうね。最後があんなだったんだもの。むしろ生きてなかったと思われるほうが普通になっちゃうわ」
その女性は、間違いなく魔導師のドナであった。しかしその人物像は、アリシアの知っている彼女とは大きくかけ離れていた。
目を合わせる度に何かと突っかかり、あれこれ文句をつけてきた。睨みつけてくるか嘲笑してくるか――果たしてそれ以外の表情を見たことがあったかどうか、思い出すのに時間がかかってしまうほど。
少なくとも、こんなにも優しい笑みを浮かべてくる姿は、初めてな気がする。
それが今のドナに対する、アリシアの率直な感想であった。
「アリシア。そんなところに立ってないで、あなたも早く座ったら?」
温かい紅茶を淹れて持ってきたユグラシアが、呆れた表情を浮かべている。
ユグラシアに呼ばれて応接室に入り、そこでまさかの客人の姿に驚き、立ち尽くしていたところだったのだ。
アリシアは慌ててドナの目の前に座り、紅茶とクッキーが置かれる。
そしてユグラシアはそのまま、何も言わずに退出した。
このまま一緒に居てくれないんですか――アリシアはそう言いたかったが、驚きと戸惑いで思うように口が回らず、結局ドナと二人っきりになる。
カチンコチンと固まっているアリシアを一瞥し、ドナは優しく笑みを深めた。
「吊り橋を落とされて激流に呑まれ……私は正直、もう死んだと思ってた。でも川の下流で普通に目が覚めた。これといった後遺症もなかったのよ。奇跡って本当にあるモノなんだって、思わず感激してしまったほどだわ」
ドナは紅茶を一口飲み、長い息を吐く。
「けれど、ずっと一緒に居たパーティメンバーとはバラバラ。エルトンはどうなったか知らないけど、ブルースさんやダリルの末路は、私も耳にしたわ」
「ドナさん……」
「でも」
アリシアが何か言おうとしたその時、ドナがそれを遮るように声を上げた。
「おかげで、落ち着いて色々と振り返ることができたわ。これまでの自分がどれだけ子供じみていたか……ホント、思い知らされた」
もう少し早く我に返ることができていたら――そう思えば思うほど、惨めな気持ちになっていった。
どんなに振り返ろうと、どれだけ『もしも』の出来事を考えたところで、現実は現実であることに変わりはないのだから。
「ダリルのお墓参りに行ったとき、たまたまユグラシア様に会ったの。そこであなたがここにいると聞いて、会わせてくださいって頼んだのよ。どうしても言いたいことがあったからね」
「わ、私に言いたいこと……ですか?」
「えぇ」
思わず身構えるアリシアに対し、ドナは姿勢を正して、深々と頭を下げる。
「アリシアさん――今まで八つ当たりをしてきて、本当にごめんなさい」
頭を下げたままのドナの視線からは、アリシアの顔は見えない。どんな表情をしているのかと思ったが、それを確認することもできない。
もしここで顔を上げてしまったら、この続きを話せないかもしれない。
そう思ったドナは、顔を上げつつも俯いたまま、語り出した。
「私はずっと、嫉妬していた。魔力を持ちながら魔法が使えないロクデナシが、どうして憧れのユグラシア様に可愛がられているのかって……ずっとずっと憎たらしくて仕方がなかった」
ドナは小刻みに体を震わせる。自分がどれだけ惨めで愚かな子供だったか、それを噛み締めながらアリシアに全てを明かしていく。
「でも、それは――私に実力がないことを隠す言い訳に過ぎなかった。隠れ里で無抵抗な子供に魔法を打ち込んでしまったとき、ようやくそれに気づいたのよ。私が小さい頃から目指していた魔導師は、こんなんじゃないって」
いつから拗れてしまったのか、それはもう自分でも分からない。ただ気がついたら全てが終わっていた――それだけは確かであった。
「もう何もかも遅いと思うし、私もこれまでの全てを失ってしまったわ。今こうしているのも、私の勝手な自己満足でしかない。それでも……それでも見て見ぬフリだけはしたくなかった。最低な人間なりにベストを尽くそうと思った。笑いたければいくらでも笑ってくれて構わない」
そこでドナは、ようやく顔を上げた。目が少し潤んでおり、まだ体が少しだけ震えている。
それ相応の覚悟を持っているのだとアリシアも感じた。
故にアリシアも、まずはこれを言っておかなければと思い、口を開いた。
「ドナさんが隠れ里で魔法を打ち込んでしまった子は、今も元気ですよ」
「――えっ?」
思わず目を見開くドナだったが、アリシアはそのまま話を続ける。
「あの時、あの子が抱えていた魔物の力で、奇跡的に無傷でした。運が良かったことは確かかもしれませんが、あなたはその子の命を刈り取らずに済んだことは、紛れもない事実です」
「そう……そうだったの、ね……」
ドナの口元から笑みが零れた。少なからず安心したことが見て取れる。そんな彼女に対して、アリシアは優しい表情を向けた。
「ドナさんからの謝罪はしかと受け取りました。この話はここまでにしましょう。いつまでも引きずったところで、どうにもなりませんから」
「アリシアさん……」
遂に目から涙が零れ落ちる。それを手で何回か拭い取りながら、ドナは笑みを浮かべ軽く頭を下げた。
「ありがとう。やっぱりあなたは凄い子だわ。流石は、ヴァルフェミオンからスカウトを受けるだけのことはあるわね」
「――えっ?」
その言葉に、今度はアリシアが目を見開く番となった。それを見たドナは、してやったりと言わんばかりに笑みを深める。
「風のウワサを甘く見ないほうがいいわよ。この森の人たちの間で、しっかりと話題になってたんだから」
「そ、そうだったんですね……」
「まだ、話を受けるかどうか、迷ってたりするの?」
それも知ってるんだ――アリシアはそう思いながら、しっかりと顔を上げてドナの顔を見据える。
「迷ってはいました。でも今は、それなりに考えの整理をつけたつもりです。またとないチャンスであることも確かですから」
「そう。それならいいわ」
アリシアの言葉に、ドナはニッコリと微笑んだ。
「もし迷っているならば、とりあえず飛び込んでみるのも一つの手。それで何かあったとしても、自分でどうにかすればいいだけの話――わざわざ私が言うまでもないことだったかしらね」
「いえ。とても励みになります。ありがとうございます」
「どういたしまして」
そしてドナもまた、しっかりとアリシアの目を見つめた。
「選ぶのはアリシアさんの自由よ。あなたが自分で考え、自分で決めなさい」
「――はい!」
最初で最後の先輩魔導師らしい助言に、アリシアは笑顔で、元気よく返事をするのだった。
◇ ◇ ◇
その後、ドナはユグラシアに軽く挨拶を済ませ、森の神殿を後にした。
ユグラシアとアリシアの二人で、去りゆくドナを見送る。やがて彼女の姿が遠くなったところで、森に出かけていた一行が戻ってきた。
「ただいまー」
マキトがユグラシアたちに声をかける。誰かを見送っていたことは遠くからでも見えたため、とりあえず尋ねてみることにした。
「……お客さんでも来てたの?」
「えぇ、今帰られたわ」
ユグラシアが微笑みながら答えると、マキトの足元にいる霊獣に気づく。
正確には、その額に新しくついた印について――
「あら、その子……」
「ん。マキトがテイムした」
ノーラが答えると、ユグラシアとアリシアが揃って目を見開く。それに気づいていないマキトは、テイムした霊獣を抱きかかえ、改めて彼女たちに披露する。
「フォレオって名前を付けたんだ。ユグさんもよろしくしてあげてよ」
『よろしくなのー♪』
「――えぇ。こちらこそよろしく」
ユグラシアはすぐさま我に返りつつ、フォレオに笑いかける。優しく頭を撫でられたフォレオは、くすぐったそうに身をよじらせた。
そんな彼らの様子を、アリシアは少し離れた位置でジッと見つめていた。
(マキトも、魔物ちゃんたちも、前に進もうとしている……)
今回の霊獣の一件で、マキトたちはそれなりの大きな経験をした。今までは魔物と楽しく遊んで暮らすだけだったのが、それだけでは駄目なのだと思うようになってきている――今の彼らには大きな進歩だろうと、アリシアは思っていた。
「ねぇ、マキト。それにユグラシア様も――」
それ故にアリシアも、改めて自分の意思で決意を固めていた。
自分の足で、最初の一歩を――そんな気持ちを乗せて、彼女は切り出した。
「私、決めたことがあるの。聞いてもらえるかしら?」
「いいわよ。遠慮しないで言ってごらんなさい」
「うん、実は――」
アリシアは、顔を上げてハッキリと告げた。
魔法都市ヴァルフェミオン――そこの魔法学園からのスカウトを受け、この森から出ていくことを。
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