078 三匹目の仲間
「へぇ、ここがノーラの作った、魔物たちのお墓なのか」
ノーラに案内され、訪れたその場所を見渡しながら、マキトが呟いた。
「あの河原のすぐ近くなんだな」
「気づかなかったのです」
「キュー」
ラティとロップルも、物珍しそうにそれを見つめる。
墓石が並んでいるというのではなく、まとめて一つの墓――いわゆる慰霊碑のようなそれが、その場所に重々しく佇んでいた。
特定の人以外は決して誰も立ち入らない、まさにもう一つの『隠れ里』のような場所であった。作った際に少しだけユグラシアに手伝ってもらったらしいが、墓の維持管理はノーラ一人で行っているとのことだった。
『なんかふしぎなかんじー』
マキトたちにくっついて来た霊獣も、軽く驚きながら周囲を見渡す。
『ここにくると、なんかいろんなこえがきこえてくるきがするー』
「ん。たくさんの魔物が眠ってるから、当然と言えば当然」
ノーラがわずかに口元を綻ばせ、霊獣の頭を撫でる。しかしその直後、明らかに不機嫌そうに目を細くした。
「アリシアめ……折角ノーラが誘ったのに、丁重にお断りしてくるなんて……」
「なんか、ユグさまと話したいことがあるって言ってましたよね」
出かける際に見た彼女の表情を思い出しながら、ラティが首を傾げる。
「なんかただならぬ雰囲気でしたし、大事なお話でもあったのでしょうか?」
「さぁな」
マキトは小さな笑みを浮かべ、興味なさげに肩をすくめる。そして、逸れかけた話を元に戻すべく、ノーラのほうを向いた。
「それよりも、こないだの魔物たちも、ここに?」
「ん。アロンモンキーとブラックバットも、ちゃんと埋葬を済ませた。もう立派にここの仲間たちだから、寂しくない」
「そっか」
ノーラの説明に頷きながら、ふとマキトが見渡すと、野生のスライムたちも訪れているのが見えた。
数匹が行儀よく並んで、目を閉じている。黙とうをしているのだ。
それに習い、マキトたちも手を合わせながら目を閉じる。
(確かに敵同士ではあったけど……別に恨みがあったワケじゃないもんな)
マキトはそう思うが、それは魔物が相手だからこそとも言える。現に同じく命を落としたダリルに対しては、墓参りに行こうという意思すらないほどであった。
恨みはない。ただ単にその気持ちがないだけだ。
義理人情というものがないのかと思われるかもしれないが、この世界においてこういった考え方は、実のところ珍しくない。冒険者が冒険先で命を落とすのは、言ってしまえば日常茶飯事なのだ。
もっともマキトの場合は、そんな理屈以前に、ただ単に人間に対して興味がないだけとも言えるのだが。
「マキト。ごめんなさい」
合掌を終え、顔を上げたところで、ノーラが謝罪してきた。
「ノーラがあなたを無理やり連れ出したせいで、大きな迷惑をかけた」
「あぁ、別にいいよ」
マキトは笑みを浮かべながら優しく言った。
「色々あったけど、おかげでいい勉強にはなったからさ」
「ですね。わたしたちも、もう少し頑張らないとって思ったのです」
「キュウッ!」
ラティとロップルも強い笑顔を見せる。一ミリも責める気持ちなどないと言わんばかりのその表情に、ノーラもようやく硬い表情を崩した。
すると――
『ねぇねぇ』
霊獣がマキトに話しかけてきた。ズボンの裾をくいくいと引っ張ってきたので、本人もすぐに気づく。
「ん? どした?」
『マキトって、ラティやロップルみたいに、まものをテイムできるんでしょ?』
「そりゃ魔物使いだからな」
『だったらぼくのこともテイムしてよ』
「――へっ?」
マキトは思わず間抜けな声を出してしまう。急に何を言い出してきたのか、訳が分からなかったからだ。
ラティやロップルも同じ気持ちらしく、ポカンと呆けている。ノーラもわずかに無表情を崩し、物珍しそうに霊獣とマキトの姿をジッと見つめていた。
穏やかな空気は完全に崩れていた。にもかかわらず、当の霊獣は全くそれに気づこうともせずに話を続ける。
『きこえなかったの? ぼくマキトといっしょにいきたいんだけど』
「いや、ちゃんと聞こえたけど……なんでまたいきなり?」
戸惑いながらもとりあえず率直に尋ねるマキト。それに対して霊獣は、しょうがないなぁと言わんばかりに胸を張った。
『ぼくがじぶんのいしでそうおもったからにきまってるじゃん』
「あれだけ俺のことを警戒していたのにか?」
『マキトがわるいひとじゃないっていうのはわかったよ。それに、なんかいっしょにいると、なつかしいかんじがするんだ。それでようすがみたくなったの』
「その結果がテイムってか?」
『うんっ♪』
霊獣が嬉しそうに頷く。分かってくれて良かったという意思表示なのは、なんとなく理解できたが、それでも戸惑いは抜けきれなかった。
「そう言えば、河原でも似たようなことを言ってましたね」
ラティが空を仰ぎながら思い出す。
「会ったことがないのに、会ったことがあるような気がするとかどうとか……もしかしてマスターを警戒していたのも、そのせいだったのかもですよ」
「あり得そうな話だと思う」
同意したのは、ここまでずっと黙って聞いていたノーラだった。
「ガーディアンフォレストが封印されたのは十年前。その前に赤ちゃんのマキトと出会っていたとしても、何ら不思議ではない」
「あー、確かに」
「ですねぇ」
マキトに続いてラティも頷く。ノーラの言うとおり、それは確かにあり得そうだと思ったのだ。
「封印される前の記憶がないとなれば、余計に戸惑うのも無理はないのです。それがこないだの一件で、少しは解消されたのかもしれませんね」
「ん。ノーラもラティの意見に同意」
コクリと頷くノーラは、マキトを見上げる。後はあなた次第だよと、そう言わんばかりに。
自然と周りからの視線が集まり、マキトはくすぐったい気持ちを抱く。
そして観念したかのように、小さな笑みを浮かべた。
「――分かったよ。俺としても大歓迎だ。一緒に行こうぜ」
『わーいっ♪』
万歳しながら喜ぶ霊獣を、マキトは両手で抱える。そのまま顔を近づけ、ラティやロップルのときと同じように、額と額をこっつんこと合わせた。
その瞬間、霊獣の額が淡く光り出し、テイムの印がしっかりと付けられる。
ガーディアンフォレストのテイムに成功したのだった。
「魔物のテイムってそーゆー感じなんだ。ちょっとビックリ」
ノーラは目を見開いていた。初めて見ただけあって、流石に驚きが表情に現れてしまったらしい。
「やっぱりマスターは、霊獣さんだとあっさりテイムできるのですね」
一方ラティは、マキトがテイムに成功した事例そのものに注目していた。
霊獣のほうから申し出たとはいえ、まだそれなりに心を開いただけに過ぎず、気持ちが通じ合っているかどうかは微妙なところだ。
それなのに、まるで当たり前の如くテイムに成功した。
テイムというのはこういうものなのだ――流石にそう割り切るのは、どうにも苦しい気がすると、ラティは思えてならないのだった。
「これも何か秘密があるのでしょうか?」
「さぁ、それはどうだろうな」
マキトは小さく笑いながら、霊獣の頭を撫でる。彼自身もそれについて疑問に思ったことはあるが、どう考えてもやはり答えは出てこなかった。
「そんなことよりも……お前って、名前あるのか?」
『んー、まえはあったようなきがするんだけど、ぜんぜんおもいだせない』
「じゃあ俺が新しく付けてやるよ」
そう言ってマキトは、空を仰ぎながら考え出す。そして数秒後――ピッタリだと思う一つの名が浮かび上がった。
「――決めた! お前の名前は『フォレオ』にしよう」
「ガーディアンフォレストのもじりですね」
「正解」
ラティとともにマキトが笑い合う中、霊獣はフォレオという名を、自分の口の中で噛み締める。
『ふぉれお……うん、これがいい♪』
「よし、じゃあこれからもよろしく頼むな――フォレオ」
『うんっ、ますたー♪』
「お前もマスターって呼ぶのか。まぁ、いいけど」
かくして、霊獣ことフォレオが、マキトの三匹目の仲間として加わった。
マキトと魔物たちと楽しそうにじゃれ合う姿を見て、ノーラは驚きを隠せない様子を見せていた。
「ラティとロップルに続いて、三匹目も霊獣……フツーならあり得ない」
もし、今の言葉を第三者が聞いていたとしたら、至極もっともな言葉だと断言していたことだろう。
それぐらいマキトのしたことは、とても凄い部類に値するのだ。
やはりただ者ではない――そう思えてならないノーラは、途轍もなく興味深そうな笑みを、ほんのわずかな口元の変化のみで表していた。
一方その頃――神殿のアリシアの元に、思わぬ来客が訪れていたのだった。
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