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077 ユグラシアの回想



 十年前――ユグラシアの大森林。

 全ての始まりは、リオが二歳になったばかりの男の子を連れて、森の神殿に遊びに来たところからであった。


 ――こんにちは。

 ――はい、こんにちは。マーキィちゃんも元気そうで嬉しいわ♪


 小さな男の子の元気な挨拶に、ユグラシアも蕩けるような笑顔を向けていた。

 マーキィは魔物を当たり前のように抱きかかえていた。

 スライムなどのありふれた魔物は勿論、リオがテイムした霊獣も、マーキィの腕の中で心地よさそうにしている。

 魔物や霊獣が幼い子供に寄り添い、仲良く遊ぶ姿を見せてくる。

 やはり血は争えない――ユグラシアはそう思った。

 リオも同じことを思っていたらしく、どこまで俺に似れば気が済むのかと、マーキィの頭を撫でながら嬉しそうに笑っていた。

 そんな親子の姿を見て、ユグラシアはささやかな安心感を覚えた。

 こうしてちゃんと遠くまで遊びに来てくれるくらいに、リオは父親として息子をちゃんと育てているのだと。

 リオがテイムしている魔物たちも、皆マーキィに懐いていた。

 むしろ皆で一丸となって、マーキィを育てなければと――そう決意を固めているようにすら見えた。

 実際、それは正しかった。


 ――おかげで俺が忙しくても、子守りにそんな苦労せずに済んでいる。


 リオが笑いながらそう言っていた。

 ユグラシアも思わず、でしょうねと笑ってしまっていた。


(この子がすくすく育っていく姿を楽しみに見守る……私もそう思っていた)


 でもそれは、儚い願いでしかなかった。

 事件が起きたのはその直後だった。マーキィと霊獣たちが、森の神殿から忽然と姿を消してしまったのだ。


 ――俺に一つ、心当たりがある。


 険しい表情でそう言いつつ、リオは飛び出していった。

 ユグラシアはそれを、呆然とした表情で見送ることしかできなかった。

 それが――最後に見た彼の生きる姿だったと、知る由もなく。


(彼がシュトル王国へ向かったと聞き、私も胸騒ぎがして後を追った)


 辿り着いたそこは、色々な意味で『全てが』終わっていた。

 無残な亡骸と化してしまったリオ。怒りと悲しみで、全てを燃やし尽くさんとばかりに暴れる巨大な霊獣。

 真っ赤な火の海と化した王都で、ユグラシアは霊獣の暴走を鎮めた。

 青空が戻り、真っ黒な瓦礫だらけとなった王都のど真ん中で、ユグラシアは森の賢者というネームバリューを最大限に活かし、強引ながらその場を収めた。

 そしてユグラシアは、暴れた霊獣の記憶を消し、封印することを発表した。

 正直、そんなことをしたくはなかった。しかしそうでもしなければ、シュトル王国の人々を納得させることはできず、むしろなんとか『封印』という結果に収めることができたと――そう言えるほどであった。

 それほどまでに、霊獣がもたらした被害は大き過ぎたのである。

 霊獣は小さな姿となり、大森林の片隅の祠にて、長き深い眠りについた。愛するマスターの死も記憶から消えたことだけは、幸いだったかもしれない――ユグラシアはそう思った。

 そして森の村の片隅に、リオの墓を建てた。

 周りに何もない、本当に墓標がポツンと佇んでいるだけの寂しい場所。それでも彼が生きていた数少ない証として、遺す意味はあった。

 彼の大切な一人息子の姿は、跡形もなく消えてしまったのだから。

 恐らく、亡骸ごと消滅したのだろう――ユグラシアはずっとそう思っていた。生きて異世界に飛ばされていたと知ったときは、驚かずにはいられなかった。


(それから十年が経過し、彼の息子は『マキト』という名で戻って来た)


 名前が変わってしまっていることについては、それほど驚くことはなかった。

 恐らく向こうの世界でそう呼ばれ始め、いつしか定着したのだろう――そう考えることも十分にできる。

 とにかく、マキトが十年前に消えたマーキィであることに、間違いはない。

 妖精や霊獣をテイムし、魔物に埋もれるほど懐かれるその姿は、まさしく父親の血筋に他ならない。


 ――本当にどこまでも血は争えない。


 ユグラシアはそう思いつつ、泣きたくなるくらい嬉しくて仕方がなかった。

 まさかこうして成長した姿が見られるなんて、思わなかったから。


(もっとも、少し冷めた部分が目立っている感じだけど……)


 育った環境で、子供の成長は変わる。マーキィ――否、マキトもその一人だったということだろうと、ユグラシアは思っていた。

 しかし、魔物を愛する笑顔は、十年前と全く変わっていない。

 それだけでも十分じゃないか――ユグラシアがしみじみと感じていたその時、話を黙って聞いていたジャクレンが口を開く。


「やはり、そうでしたか」


 実に納得だと言わんばかりに、ジャクレンは笑みを深めた。


「あの子が妖精や霊獣をテイムできたのも、あながち無関係ではなさそうですね」

「……かもしれないわ」


 ユグラシアは神妙な表情を浮かべる。血筋から来る遺伝は侮れない――果たして本当にそれだけなのかどうかは、まだ彼女たちにも分からない。


「それじゃ、最後に一つだけ聞かせてほしいんだけど――」


 ずっと座って沈黙を貫いていたライザックが、ここでスッと立ち上がる。


「封印した霊獣に、名前が付いたとき……キミはどう思った?」

「別に。全く気にも留めなかったわ」


 しれっと答えつつ、ユグラシアは軽く当時を思い出す。


(ホント、人のウワサってここまで凄いのかと、改めて感心させられたわ)


 ――森の賢者が霊獣を封印し、シュトル王国を救った。

 その話は世界中に広まり、ユグラシアの名が更に有名と化した。

 無論、ユグラシアはそれを嬉しく思ったことはない。彼女からしてみれば、親しき人々が消えた悲しい事件に他ならないのだから。

 そんな彼女の気持ちなど露知らず、世間の声は勝手に広まっていく。

 封印された霊獣は、その恐ろしさから大森林を守るようにまでなったと、気がついたらそう言われるようにまでなっていた。

 ガーディアンフォレスト――人々はそう呼ぶようになった。

 ユグラシアがそれを知ったのは、大分後になってからのことである。


「ふぅん? まぁ、キミらしいとは思うけどね。それじゃ、バイバーイッ♪」


 ザッ、と足音を立ててライザックはユグラシアたちから離れた。二人が振り向いたそこには、もう既にワイン色のローブの姿はなかった。


「全く……消えるのもあっという間ですね、あの男は」


 ジャクレンが苦笑すると、ユグラシアが呆れたような視線を彼に送る。


「あなたも大概だと思うわよ、ジャクレン君?」

「ハハッ、これはまた耳の痛い話ですね。まぁ、そんなことよりも――」


 受け入れながらもサラッと流す――これもまた、ジャクレンのいつものことであるため、ユグラシアもいちいち気にはしない。


「今回マキト君は、見事あなたの期待に応えたと言えるでしょう。しかし彼は、まだまだ小さな子供に過ぎません」

「えぇ、分かっているわ。あの子のこれからの成長を楽しみに思ってる」

「僕も同感です」


 優しい笑みを浮かべるユグラシアに、ジャクレンも思わずしみじみと頷く。そして彼は踵を返した。


「それでは、僕もこれで失礼します。あぁ、そうそう――」


 しかし何かを思い出したかのような反応を見せ、足を止めた。


「例の腹黒ギルドマスターですが、今は牢獄の中にいるそうですよ。どうやらライザックが邪魔だと思って、早々に仕向けたみたいですね」

「――そう。彼のやりそうなことだわ」


 ライザックからしてみれば、別に処刑でも良かったことは明白である。スフォリア王国側がそうしなかったのだろうと、ユグラシアは思った。

 無暗に処刑するのは良くない、という考えも確かにあるだろう。

 しかしそれ以上に、ただでさえ叩けばいくらでも埃が出る存在なのだから、限りなく情報を絞り出さなければと――王国側がそう結論付けたことは、容易に想像できる気がした。


「森の村を大きな町に再開発する計画も、新しいギルドを作る計画も、全て白紙化したようです」

「スタンリーが捕まったんだもの。当然の結果ね」

「ちなみに、この大森林をスフォリア王都の管轄にする企み自体は、貴族の一部が引き継げないかと考えてはいたみたいです」

「あら、そうなの。売られた喧嘩は全力で買うつもりでいるけど」

「もう既にそれも無謀だと判断され、企みそのものが投げ捨てられましたがね」

「呆気ないわね」

「皆、森の賢者を怒らせるリスクが大きすぎると、判断したみたいですよ」


 ジャクレンは肩をすくめる。この会話はここまで――そう言った意味を込めて。


「それでは、今度こそ僕はこれで。次はお土産の一つでも持参しますよ」

「期待しないで待ってるわね」


 ため息交じりにユグラシアがそう言った瞬間、気配が一つ消えた。ジャクレンのいた方向に視線を向けると、既に彼の姿はどこにもなかった。


「これで一段落、と言ったところかしら……」


 そうは思いつつも、なんとなく妙な胸騒ぎを感じてならなかった。

 十年前と同じような大きな何かが巻き起こる――流石にそんなことにはならないでほしいと、ユグラシアはそう願わずにはいられないのだった。



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