表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/252

075 謎の青年ライザック



 はぐはぐはぐ――――

 もしゃもしゃもしゃもしゃ――――

 物凄い勢いで、サンドイッチや果物を咀嚼するラティと霊獣。その姿をアリシアは唖然とした表情で見ていた。


「この子たちは一体、どこまで食べるつもりなのかしら?」

「ははっ、まぁ元気になってなによりだ」


 マキトも驚いてはいたが、すぐに笑顔を見せる。一晩ぐっすりと眠り、完全回復を成し遂げたことが、純粋に嬉しかったのだ。


「コイツがいきなり喋り出したのには、ちょっと驚いたけどな」


 一生懸命口を動かし続けている霊獣を見つめながら、マキトが呟くように言う。するとアリシアも、はたと思い出したような反応を見せた。


「私も喋ってるの聞いたよ。あれって気のせいじゃなかったってこと?」

「ん。ノーラも今朝起きた時に聞いた」


 湯気の立つホットミルクのカップを持ちながら、ノーラが無表情のまま頷く。


「多分アレは、直接喋っているワケじゃない。特殊な魔法か何かで、ノーラたちの脳に直接語り掛けている感じ」

「……そういえば前に、スライムのじいちゃんも言ってたな」


 魔物たちの隠れ里にて、長老スライムから聞いたことをマキトは思い出す。


「この霊獣がまさにそれってことか」

「多分。実際そうしているし、そう思うしかない」

「……だよな」


 ノーラの言うとおりであるため、マキトも頷くしかない。そこにアリシアが、小さな笑みを浮かべてきた。


「霊獣ってホント不思議なのね。解明されてないことが多いっていうのも、なんとなく分かる気がするわ」

「ん。でもそれは霊獣に限った話じゃない。他の魔物全てにも言えること」

「確かにね」


 アリシアもその言葉に頷くしかない。赤いスライムや喋るスライムを、実際にこの目で見たのだ。どこにどんな不思議があってもおかしくない。子供の頃から暮らしてきたこの森でさえ、まだまだ知らないことがあった。

 全てを知っていたつもりだったけど、決してそうではなかった――この数日でそれを痛感させられた気がする、アリシアであった。


「そうだ。話は変わるんだけどさ――」


 マキトが顔を上げ、アリシアに視線を向けながら切り出す。


「昨日戦った怪物……元は魔物と人間だったんだよな?」

「うん。恐らく悪い魔法か何かだろうってユグラシア様は言ってたけど、実際のところはよく分からないらしいわ」


 マキトの問いかけに、アリシアが悩ましげな表情で打答える。

 確かに戦い自体はマキトたちの勝利であるし、霊獣も無事に助けられた。それだけ見れば、丸く収まったと言える。

 しかし残念ながら、とてもそうとは言い切れない結果に終わってしまった。

 アリシアからしてみれば、それが正直なところであった。


「ダリルさんのお墓、村の墓地に作られたみたいよ」


 アリシアが少し、しんみりとした様子で言う。


「正直、いい印象はなかったけど……あんな結果になると、変な感じになるわね」

「……うん」


 やや間を置きつつ、マキトも頷いた。

 偶然出くわしたとはいえ、三度も一方的に攻められることをされていれば、悪い印象しかない。それでもやはり、同じヒトの死が身近で起こった事実は、とても見過ごすことはできなかった。

 特にマキトの場合は、ダリルが連れていた魔物たちも息絶えていたことから、余計に他人事とは思えなかったのである。

 だからといって、同情するつもりなど全くもって起きてはいないが。


「まぁ、過ぎたことをいちいち考えてても仕方ないわね――ごちそうさまでした」


 アリシアがゆっくりと立ち上がり、マキトたちに笑いかける。


「私、調合部屋に行ってくるわ。食べ終わった食器はちゃんと下げておいてね」


 空となった自分の食器を手に、アリシアはリビングを後にした。続いてノーラもスッと立ち上がる。


「ノーラもちょっと野暮用。ごちそうさま」


 そして自分の食器を手にさっさとリビングから出ていった。あっという間にこの場にいるのは、マキトと魔物たちだけの状態となる。

 ラティも霊獣もようやく落ち着いたのか、温かい茶を飲んで一息ついていた。


「なんか、結構バタバタしてる感じだなぁ」

「後でわたしたちも、ユグさまのお手伝いをしませんか?」

「そうだな」


 ラティの意見にマキトは頷く。ユグラシアは今、ダリルたちが暴れた後始末をしているのだった。後のことは気にしなくていいと言われたマキトたちだったが、流石に何もしないというのも気分が良くない。

 ロップルも霊獣も果物を咀嚼しながら、手を突き上げて賛成の意思を見せる。

 よくもまぁ、たった一晩で元気になったもんだ――そう思いながら、マキトがほくそ笑んでいたその時であった。


「――いやはや、皆さんお元気になられたようで、なによりですねぇ♪」


 突如、知らない声が聞こえてきた。

 マキトたちが驚きながら振り向くと、窓の縁に腰かける形で、一人の人物がニヤリと笑っていた。

 ワインレッドのローブを羽織り、顔はフードを被っていて口元しか見えない。声からして男のようであるが、現時点では判断のしようがない。


「だ、誰なのですかっ!?」

「キュウッ!」

『あやしいヤツめ! なんのようだ!?』


 ラティ、ロップル、そして霊獣が、それぞれマキトを守るように躍り出る。ローブの人物はその様子を見て、魔物たち――特に霊獣に視線を向け、興味深そうに唇を釣り上げるのだった。


「ガーディアンフォレストをここまで懐かせるとは……実に驚きですよ」


 そしてローブの人物は、大きなフードを脱いだ。

 顔が半分隠れるくらいに伸びた金髪と、覗き出る赤い切れ長の瞳が、怖いようなそうでもないような、どこか不思議な印象を抱かせてくる。


「申し遅れました。僕の名はライザック。旅をしている魔導師です」


 ライザックと名乗る青年が、丁寧にお辞儀をした。


「あなた方には感謝しています。私の失敗した実験台を始末してくれましたし」


 心の底から嬉しそうに笑う彼に対して、マキトは訝しげな視線を向ける。


「実験台って、何の話だよ?」

「昨日、あなた方が最後に戦ったじゃありませんか♪」


 どこか楽しそうな口調で語るライザックに顔をしかめつつ、マキトは気づく。


「……あの怪物、アンタが何かしたってことか」

「えぇまぁ」


 ライザックは改めてアッサリと認めた。隠すことなんか何もないと言わんばかりの潔さが、逆にどこか恐ろしく思えて仕方がない。

 しかしライザックからは、殺気のようなものを感じないのも確かだった。もっとも味方であるとも、全くといっていいほど感じられなかったが。


「それで? 俺たちに何の用があるんだよ?」

「一度会っておきたいと思いましてね。驚かせてすみませんでした」


 顔をしかめながら尋ねるマキトに、ライザックは苦笑しながら答える。


「今回の件を経て、改めて認識させてもらいました。やはりあなた方は興味深い存在であるとね」


 そのおどけた様子からは、やはり敵のような印象は見られない。それでも油断してはいけないことだけは間違いない。

 ライザックに対してマキトたちが緊張を走らせる中、ラティが口を開く。


「……わたしたちにも何かするつもりなのですか?」

「いえ、ないですよ。今のところは」


 ラティの言葉に否定しつつも、しっかりと可能性を含ませてくるライザック。やはり安心はできないと睨みを利かせるマキトたちに、ライザックはすみませんと言わんばかりの苦笑を浮かべた。


「ご心配なく。私はあなた方の敵になるつもりはありません。もっとも……味方になることもできませんがね」

「……だろうな」


 マキトは率直に頷く。そしてラティも顔をしかめながら思ったことを口に出す。


「むしろ余計に心配になってくるのですけど」

「すみませんね。それ以外に言いようがなかったモノですから」


 大袈裟気味に肩をすくめるライザック。申し訳ないという気持ちは、お世辞にも感じられない態度であった。

 そのうさん臭さに、追及する気すら面倒だと思えてしまうほどであった。


「さてと……私はこれで失礼させていただきます」


 そう言ってライザックは踵を返した。


「あなた方とは、またどこかでお会いしたいと、心より願っていますよ」

「俺たちは会いたくないけど」

「なのですっ」

「キュウ!」


 マキトに続いて、ラティとロップルも強く同意する。


『もうにどとくるなー!』


 そして霊獣も、ライザックに敵意を込めた睨みを利かせていた。

 そんな彼らに対して、フッと笑みを小さく深め、ライザックはそのまま颯爽と窓から飛び出していく。


「あ、おい! ちょっと!」


 慌ててマキトが窓の外を確認してみると、既にライザックの姿はどこにも見当たらなかった。


「……何だったんだ、今のは?」


 目の前に広がる静かな森の風景を見渡しながら、マキトは呆然と呟いた。



いつも読んでいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。


すぐ下の【☆☆☆☆☆】評価による応援もしていただけると嬉しいです。

是非ともよろしくお願いします<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ