074 決戦!変身する魔物たち
「よし……ラティ、今のうちに!」
「はいなのです!」
茂みの中で、アリシアから受け取った魔力ポーションをラティが受け取る。それは昨晩、ラティが変身できるよう改良し、完成させたものであった。
それでもアリシアからすれば、まだ効果は半信半疑であった。
実際に試さないことにはなんとも言えなかった。もしかしたら失敗する可能性だって十分にあり得ると、事前に忠告もした。
しかしラティはそれを承知の上でポーションを受け取った。
他に手がないから仕方がないと。マキトたちにもその旨は話しており、ラティの覚悟に従うと、それぞれ頷いたのだった。
決して適当な気持ちで作ったわけではない。マキトたちを助けたい――ただそれだけの想いで作り上げたのだ。
――アリシアの気持ちを信じるのです!
ラティは笑顔でそう言い切った。その小さい姿が、誰よりも強い姿に見えた。
お願いだから成功して――アリシアはそう強く願った。
「――ぷはぁっ」
ラティが魔力ポーションを飲み干した。
そしてすぐに――異変が起こった。
「うぅ……ぁあっ!」
体の奥底から何かが湧き上がる。ラティはそれに身を任せ、不思議な波に溶け込むような感覚に陥った。
真っ白な光景、温かい何かが体中を流れ、ほんの数秒ほど気が遠くなる。
そしてゆっくりと目を開けると――体が変化していた。
隠れ里で起こった現象と、全く同じように。
「――行ってくるのです!」
少し低めな大人の女性らしき声とともに、ラティはニッと笑う。そして勢いよく茂みから飛び出していった。
「はあああぁぁーっ!」
魔力を込めた拳を振りかざし、それは見事な不意打ちとなって、化け物の顔に打ち込まれる。
「グボアァッ!!」
化け物が吹き飛ばされるのを見て、アリシアはようやく安心した。自分が作った魔力ポーションは成功だったと。
しかし油断はできない。
確かにラティが変身することはできたが、その持続時間は極めて短いのだ。まだ自身の力を上手くコントロールしきれていないが故に、そこは致し方ないと言わざるを得ない。
いかに短期決戦で片を付けられるか――それがこの戦いの全てである。ラティの変身が解けたら勝ち目はない。
それがわずかな焦りになっているのだろう。ラティの攻撃が少し切り込み過ぎているように見えてならない。加えて相手も思ったより頑丈であり、ダメージを与えてこそいるが、まだ決着に至る様子もない。
反撃開始とはなったが、依然として状況が好転してはいないのだった。
「このままじゃ……でもこれ以上、他にできることなんて……」
アリシアは悔しそうに歯を噛み締める。見ていることしかできないのが、こんなにも辛かったとはと、改めて思い知らされた気がした。
『ねぇ、ラティがのんだポーションって、もうないの?』
「あと一本だけならあるけど」
『それちょうだい。ぼくがそれのんでたたかうから』
「戦うって簡単に言われ、て……も……」
今、自分は誰と話しているのか――アリシアはそう思いながら、恐る恐る視線を動かしてみると、ジッと見上げてきている小さな姿が、目に飛び込んできた。
「……あなたが言ったの?」
『そーだよ。だからはやくして! みんながやられちゃうよ!』
霊獣が両手を伸ばし、早く早くと急かすような動作を見せる。まるで猫じゃらしに反応する子猫のようなそれであったが、残念ながら今は、それにほっこりとしている場合ではない。
(い、いいのかなぁ、ホントに……?)
そう思いながらもアリシアは、例の魔力ポーションを取り出してしまう。
その瞬間――
『とりゃっ!』
霊獣がジャンプし、魔力ポーションを奪ってしまった。即座に瓶の蓋を開け、中身をごくごくと飲んでいく。
アリシアが口を開けながら手を伸ばすが、時すでに遅しである。
『ふぅ――あっ』
飲み終えて一息ついたその時、霊獣は体に異変を感じる。同時に体が光り出し、小さな体が大きく姿形を変えていった。
『これでぼくもまけないぞっ!!』
霊獣が勢いよく飛び出していくと同時に、光からその姿が解き放たれた。
大きくて立派な狼の姿となり、凄まじい速度で怪物に立ち向かう。弾丸の如く突進したその頭が、怪物の左足の向こう脛に命中したのだった。
「ガアアァーーッ!」
怪物が思いっきり叫び声を上げる。弁慶の泣き所と言われるだけあって、その痛みは凄まじいものであることがよく分かる。アリシアの魔力ポーションによるパワーアップが、実に見事な援護射撃を生み出したのだった。
そしてそれは、怪物にとって大きな隙を作り出してしまっていた。
当然、マキトたちはそれを見逃しはしない。
「ラティ、今だ!」
「はあああぁぁーーーっ!!」
マキトの掛け声に合わせ、ラティが大きな魔力弾を撃ち込む。それはダリルの腹のど真ん中に、見事勢いよく命中した。
「グボァッ!?」
――ずどおおぉぉんっ!
命中した魔力弾が大爆発を起こし、怪物は遂に背中から地面に倒れ込む。するとその怪物の体が光り出し、ダリルと二体の魔物たちに分裂した。
ダリルたちはそのままピクリとも動かない。それを確認したラティと霊獣も、安心したように力が抜け――それぞれ倒れてしまった。
「ラティ!」
マキトが叫ぶと同時に、ラティと霊獣の姿も元に戻る。そのまま目を閉じて起き上がる様子がない。
すかさずマキトとロップルが駆けつける。
「キュウキュウッ!」
ロップルが心配そうな表情で、ペシペシと霊獣の頬を叩く。そしてマキトも倒れているラティを、優しく抱きかかえた。
(頼む……無事でいてくれ!)
そう願いながら容態を確認すると、規則正しい寝息が聞こえてきた。その瞬間、マキトの表情に笑みが宿る。
「――良かった、ただ寝ているだけだ。霊獣は……うん、寝ているだけだな」
マキトの言葉を聞いて、ロップルも安心したかのように笑みを浮かべる。そこにノーラと、茂みに隠れていたアリシアも駆けつけてきた。
「力を使い果たした証拠。早くちゃんとしたところで休ませたほうがいい」
「私のベッドを使うといいわ。こっちよ!」
「あぁ、サンキュ!」
マキトがラティと霊獣を抱きかかえ、アリシアとともに神殿の中へ駆け込む。ロップルも二人の後に続いて、走り出していった。
それを見届けたユグラシアは、ノーラが一緒に行かなかったことに気づく。
「――ノーラ?」
ユグラシアの声に反応することなく、ノーラはダリルたちの元へ向かう。そして倒れたままの彼らを、無言でジッと見下ろしていた。
妙な胸騒ぎを覚えつつ、ユグラシアもノーラの元へ向かった。
するとノーラは――
「なにも聞こえてこない。男からも、魔物たちからも……」
彼らの状態に対して、そう告げてきた。
それが何を意味しているのか、ユグラシアはなんとなく分かった。それでもきちんと確認しなければ――そう思いながらユグラシアは、ダリルと魔物たちに近づいて様子を伺う。
そして――
「……もう、生きてないわね」
神妙な表情でユグラシアは言った。ノーラも『ん』と頷いただけで、無表情のままであった。
こうなってしまった原因は、容易に想像がつく。
禍々しい魔力で強引に融合させられていた――その強い力に、彼ら自身耐えきれなかったのだろうと。
彼らが助かる選択肢は、戦いの時点でないも同然であった。
このような結末となってしまうことは覚悟していたが、それでもやはり、やりきれない気持ちが湧き出てくる。
ユグラシアがそう思っていると、ノーラが動き出した。
「魔物たちのお墓……作らなくっちゃ」
そんなノーラに対してユグラシアは、そうね、と一言だけ答えるのだった。
◇ ◇ ◇
そしてその日――森の墓地に、一人の冒険者の名が新しく刻まれる。
ユグラシアから直接、村の人々にも知らされはしたが、誰一人としてその名前に悲しそうな反応をする者はいなかった。
「ダリル? そんな名前の冒険者なんていたっけ?」
「どっかで聞いた気もするんだけどなぁ」
「外からやってきた無謀な若手だろ。そうとしか思えないよ」
「だな。とりあえず同じ冒険者のよしみとして、手ぐらい合わせてやろうぜ」
「それぐらいはな。どんなヤツだったのか知らねーけど」
「だから無謀な若手だろ? 森に挑んで朽ち果てちまったんだからよ」
「そうだったな」
森を拠点にする冒険者たちが、そんなやり取りをする姿があった。
果たしてそれは優しさと言えるのか――残念ながらそれを判断できる者は、どこにもいないのであった。
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