072 バケモノ降臨
「やっぱりあの銀髪男が一枚噛んでた……余計なことをする……」
神殿への道を歩きながら、ノーラが完全にふてくされていた。
「森の魔物たちがこぞって隠れちゃったから、ノーラも動き出すのに苦労した。あの銀髪はロクでもないヤサ男……それ以外にあり得ない」
その随分な言いように、マキトとアリシアは揃って苦笑する。歩きながらこれまでの経緯をマキトの口から語られて以来、ノーラはずっとこんな様子であった。
マキトたちの居場所を探るべく、森の魔物に助けてもらおうとしたが、その魔物の姿がぱたりと見えなくなってしまっていたのだ。確証はないが、ノーラはジャクレンにその原因があると見ているらしい。
「で、でもホラ……まだその人がって決まったワケでもないでしょ?」
「いーや、絶対そーに決まってる。マキトたちにあの銀髪が接触したタイミングもバッチリすぎるし、それ以外の可能性なんてあり得ない」
前を向いたまま淡々と言い切るノーラに、アリシアは口をつぐむ。その背中から黒いオーラのような何かが見えるのは、恐らく気のせいじゃないと思っていた。
「まぁ、でも確かに、魔物たちの気配がなさ過ぎたってのは確かだよな」
マキトが周囲を見渡しながら言う。今は普通に、あちこちで動き回っている何かの気配は感じていた。
現に今も、野生のスライムが目の前をささっと通り過ぎていった。
昨日はこんな一面すら見られなかったため、やはり森の様子自体が普通じゃなかったのだろうと、改めてマキトは思う。
「キングウルフのこともあるし、やっぱりジャクレンさんが何かしたのか……」
「――あ、そうだ!」
ここでアリシアがはたと思い出す。そして不安そうな表情で、包帯が巻かれたマキトの腕にそっと触れた。
「ねぇ、マキト、これ本当に大丈夫なの? 痛くない?」
「そりゃそれなりに痛いよ」
マキトは引き気味に笑う。アリシアのキャラが変貌しているように見え、急にどうしたんだろうという気持ちが強くなっていた。
「でもまぁ、この程度で済んだし、むしろ良かったと思うけど……」
「この程度って……十分過ぎるくらいの大ケガじゃない!」
「いや、でもキングウルフが相手だったし。それにテストだったから、力も抑えてくれていたし」
本気で襲われたわけじゃないから心配はいらない――そのつもりでマキトは言ったのだが、それが余計にアリシアの不安な気持ちを助長させてしまったことを、彼は気づく由もない。
「……それのどこが良かったのよ? 怖い目にあったことは確かじゃない」
「そりゃ、まぁ驚いたけどな。でもコイツらもいてくれてたし」
マキトから視線を向けられたラティたちは、揃って強く頷き出す。
「そうなのです! マスターにはわたしたちが付いていますから!」
「キュウッ!」
「まぁ、あのときのわたしは、正直あまり役に立てなかったですけどね」
確かにそれは紛れもない事実かもしれないし、ラティにとっては、決して目を逸らしてはいけないことだろう。
しかし、この場で言うべきだったかどうかは微妙なところだ。
現にアリシアが、更に不安――というか不満そうな表情を浮かべている。
「……やっぱり心配だよ。留学の件、考え直したほうがいいのかな?」
「アリシア、どうどう」
そこにノーラが割って入り、アリシアの背中をポンポンと優しく叩く。
「心配のしすぎはよくない。少し落ち着くべき」
「それは……」
どこまでもまっすぐ見つめてくるノーラの視線に、アリシアは思わず何も言えなくなってしまい、そのまま目を逸らしてしまう。
それを見たノーラは――
「ん」
これで良しと言わんばかりに、無表情でコクリと頷いた。そして改めてマキトと魔物たちのほうを見上げる。
「朝になったら森の魔物たちが動き出していた。そこでノーラたちも、ようやく動き出すことができた」
「魔物さんたちにわたしたちの居場所を探ってもらったのですね?」
「ん。もっと早く来たかった」
ラティの言葉に頷きつつ、ノーラは悔しそうに俯く。
「もっと早くノーラたちが動けていれば、マキトに余計なケガをさせることも、もしかしたらなかったかもしれない」
その瞬間、アリシアがハッとした表情を浮かべる。確かにそうだと思った。自分たちが準備をするべく、呑気に神殿で一夜を明かしていたから――そんな負の気持ちが渦巻いてくる。
「でも……今となっては、いい勉強になったと思ってるよ」
マキトは咬まれた腕を見下ろしながら、改めて今朝のことを考えてみる。
何も知らなさ過ぎた。今までは特に何も考えず、魔物たちと楽しくじゃれ合いながら過ごしていた。
それだけじゃ駄目なんだと――マキトはそう思っていた。
「まぁ、どうすればいいのかは、まだ全然分からないんだけどさ」
「一緒に考えるのです。マスターは一人じゃないのです」
「ありがと」
近づいてきたラティの頭をマキトが撫でる。そこにロップルが、僕も撫でてと言わんばかりに抱き着いてきたため、分かった分かったと言いながら抱き上げた。
そんな彼らの様子を、霊獣がジッと見上げていた。
「あなたは行かないの?」
ノーラがそっと近づきながら霊獣に尋ねる。
「一晩で随分と心を許した感じ。マキトたちもきっと受け入れてくれる」
「…………」
霊獣は無言のまま視線を逸らした。そこにどんな思いがあるのかは、ノーラも分からなかった。
しかし、これだけはどうしても言っておきたかった。
「マキトはあなたに向かって一歩を踏み出した。あなたも一歩を踏み出すとき」
一歩どころか、二歩も三歩も踏み出している感は否めないが、とにかく自らの意志で行動していることに違いはない。それを是非とも霊獣にもしてほしいと、ノーラは心から願っていた。
――マキトならガーディアンフォレストを目覚めさせられるかもしれない。
それはつまり、マキトと霊獣が一緒に過ごす姿が見れるのではないかと、期待していたからに他ならない。
自分では絶対に無理だと、ノーラは確信している。
だからこそ、仲を築き上げるための後押しは、惜しまないつもりであった。
「焦らなくていい。マキトもそう願ってる。あなたならきっと大丈夫」
ノーラは霊獣の頭を撫でようとするが、霊獣は即座に避けてしまう。ノーラはわずかに驚いたものの、小さな笑みを浮かべるばかりであった。
「あ、そうだ。マキトたちにこれを渡そうと思ってたんだった」
ここでアリシアが、持参したバッグを開けて、ポーションの瓶を取り出す。
「回復ポーションと魔力ポーションよ。これを飲めば、元気が出るわ」
「わーい、ありがとうなのですー♪」
真っ先にラティが受け取り、魔力ポーションの中身を迷うことなく飲み始める。
「んー、このスッキリとした味わいと喉越し……たまらないのです♪」
「確かにな」
「キュウ」
続いてマキトとロップルも、それぞれポーションと魔力ポーションを手に取り、それをグイッと飲む。まるで栄養ドリンクを飲んでいるかのようだ。実際、ポーションの効果的に似たような物ではあるのだが。
「はい。霊獣ちゃんもどーぞ」
アリシアが霊獣に魔力ポーションを渡そうとするが――
「……にゅっ」
霊獣はそっぽを向いてしまった。その反応に、アリシアは呆気にとられる。
「あらら、完全に避けられちゃってるわね」
「無理もない。今はまだ、辛うじてマキトたちと一緒に居られているだけだから」
「うん……」
軽率なことをしたとアリシアは反省する。ラティやロップルは、アリシアの作ったポーションを平気で受け取るため、同じ気持ちで接してしまったのだ。
するとノーラは、アリシアの手から魔力ポーションを取り、それをマキトのところへ持っていく。
「マキト。これを霊獣に」
「ん? おぉ、魔力ポーションか」
「飲ませたほうがいい。多分、マキトなら大丈夫だから」
「分かった」
ノーラから魔力ポーションを受け取り、マキトは霊獣の元へ向かう。ラティやロップルもそれに気づいて付き添い、魔物たちも説得を試みたが、結局ポーションは受け取らなかった。
「まぁ、いいさ。飲みたくなったら、またあげるよ」
「無理強いはよくないですからね」
「キュウ」
マキトに続き、ラティとロップルも潔く笑顔でそれを認めた。霊獣はそっぽを向きながらも、チラチラとマキトの持つ魔力ポーションの瓶に視線を向けている。どうやらそれなりに興味はあるようであった。
素直になれない意地っ張り――そんな面もあるのかもしれないと、遠巻きに見ていたノーラは思った。
「こればかりは仕方がない。むしろたった一晩で、よくここまで来たほう」
「確かに」
アリシアも苦笑しながら事実を受け入れる。こればかりは焦っても仕方がないと改めて思っていた。
その時――
「バウッ、バウッ!」
狼の魔物が一匹、猛スピードで駆けつけてくる。自分たちを襲おうとしているのかとアリシアは身構えるが、その魔物はノーラの手前で急停止した。
(あ、どうやらノーラの友達みたいね……)
アリシアが心の中で安堵する傍ら、ノーラが駆けつけた魔物に語り掛ける。
「――なにかあった?」
「バウバウッ、バウ、バウバウバウッ――!」
魔物が必死に鳴き声で話す。それを離れた位置で聞いていたラティが、キュウに驚いた表情を浮かべた。
「大変なのです! 森の神殿に凄い魔物さんが来たって、あのワンちゃんが!」
「なんだって!?」
マキトも驚きの声を上げる。アリシアやノーラ、そしてロップルも、驚愕の表情を浮かべていた。
「――急がなきゃ。すぐ神殿まで案内して!」
「バウッ!」
ノーラは魔物とともに走り出した。
「俺たちも追いかけよう!」
「えぇ!」
「はいなのですっ!」
「キュウ!」
そしてマキトたちも、ノーラの後を追って走り出す。
その際に――
「にゅっ?」
マキトが無意識に霊獣を抱きかかえた。霊獣は戸惑いを示すが、マキトの真剣な表情を見上げるばかりで、暴れることはない。
(霊獣ちゃん……どうやらマスターのことは大丈夫になったみたいなのです)
チラリと振り返ったラティがその姿を見て、少しだけ安心した表情を浮かべる。そして改めて表情を引き締め、マキトたちと神殿を目指すのだった。
程なくして、マキトたちは神殿のある広場へとたどり着く。
既に魔物が降臨しており、ユグラシアが魔法を駆使して立ち向かっていた。
下手に飛び出したところで危険な目にあうだけ――そう判断したアリシアの指示により、マキトたちは茂みの中や木の裏に身を潜め、場の様子を伺う。
「何だありゃ……」
その魔物の姿に、マキトは表情を引きつらせた。
「もう完全にバケモノじゃないか」
巨大な蝙蝠の翼に、鍛え上げられた獣の腕。それを携える持つヒトらしき顔を持つそれは、魔物と呼んでいいのかどうかすら分からないほどだった。
「コロス……ジャマヲスルヤツハ、ミンナコロシテヤル……」
その魔物らしき存在は、片言のような人語でそう呟いた。その瞬間アリシアは、とある人物の姿が脳内に思い浮かぶ。
「ねぇ……もしかしてアレって、ダリルさんじゃないかしら?」
かつて敵視してきていた魔物使いの男の名に、マキトたちは揃って、戸惑いの表情を浮かべるのだった。
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