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069 苦い思い出があるからこそ



 気がついたら夜が明けていた。ぼんやりと意識が覚醒し、マキトはいつの間にか眠っていたと気づくのに、数十秒ほど要した。

 焚き火はすっかり燃え尽きていた。冷たい川の水で顔を洗い、森の中へ入って薪を集めてくる。周囲の様子も少し観察してみたが、やはり近くに魔物などがいる気配は感じられなかった。


(……元々、魔物が近寄らない場所だったのかな? それともやっぱり、ジャクレンさんが何かしたのか?)


 集めた枯れ枝を抱え、ラティたちの元へ戻るべく歩きながら、マキトはそんなことを考えていた。


「あ、マスター。おはようございます」

「おぅ。おはよう」


 河原へ戻って来ると、既にラティたちも起きていた。集めた薪を組んで、ラティに魔法で火をつけてもらう。


「キュウキュウッ♪」


 ロップルの楽しそうな声が聞こえてきた。マキトが視線を向けてみると、霊獣とじゃれ合っているのが見えた。

 どうやらすっかり打ち解けたようには見えるのだが――


「――にゅっ」


 マキトと視線が合った瞬間、霊獣は視線を逸らしてしまった。


「やっぱりまだ、マスターには心を開いてないようですね」


 ラティがマキトの顔元に近づいてきた。


「さっき、わたしとも少し遊んだのですよ。だからもう大丈夫かなーって思ってたのですけどねぇ……」

「まぁ、そう簡単に上手くいけば、苦労もしないよな」


 むしろ今までが、苦労しなさ過ぎていたのかもしれない。この世界に来る前も、全ての動物がいきなり懐いてきたわけでもなかった。それこそ霊獣のように、頑なに心を開こうとしなかった動物もいたのだ。


「……あの時も、そうだったもんな」


 そんなマキトの呟きを、ラティは確かに聞いた。ロップルたちは遊ぶのに夢中となっており、マキトたちのことを気にする様子は見られない。


「マスター」


 故に今なら話せるかもしれないと、ラティは思った。


「マスターが出かけている間に、わたしも霊獣ちゃんと話したのです。ヒトを警戒しているのは、確かにそのとおりだったのですけど……」


 ラティはどこか言いにくそうな素振りを見せ、そして意を決したかのような反応を示した。


「マスターを見ると、何故か嫌な光景が浮かんでしまって、どうしても近づくのを躊躇ってしまうらしいのです」

「嫌な光景、か……」


 それについてマキトは、それほど驚くようなこととは思わなかった。

 人間に酷いことをされた結果、人間に懐かなくなった獣がたくさんいる話も、聞いたことがあった。それは魔物も例外ではないし、あの霊獣もきっとそうなのだろうと考える。


「封印される前に暴れてたっていうし、色々とあったんだろうな」

「霊獣ちゃん曰く、封印される前の記憶はないそうです」

「それでも何故か思い出すってことか……」


 自分の知らない光景が突如として脳内に蘇る――人間でそういうことがあると、マキトは聞いたことがあった。

 霊獣にもあるんだなぁと思いつつ、マキトは焚き火に薪を放り込む。


「まぁ、とにかく無理はさせないでおこう。アイツと話せるようになるのを、諦めるつもりもないけどな」

「そういえば、昨夜も言ってましたね」


 ジャクレンに向かって真剣な表情を向けていたのを思い出す。ラティはあの時、明らかにいつものマキトではないと感じていた。

 霊獣がマキトに心を開く可能性は、限りなく低いようにしか見えない。無理に距離を詰めようとして失敗し続けるくらいなら、潔く諦めてユグラシアに委ねてしまったほうが、話は早いだろう。

 無理をさせないとなれば尚更だ。

 それなのにマキトは、頑なに諦めようとしない。

 単なる我が儘と言えばそれまでだが、やはりいつもと何かが違う――ラティはそう思えてならないのだった。


「……そう思いたくなる理由があるのですね?」

「あぁ」

「もし良かったら、聞いてみたいのです」

「分かった。今から話すよ」


 マキトはすんなり頷き、手に取った薪をポキリと折りながら語り出す。


「昔、似たようなことがあったんだ。その時の俺は――何もできなかった」



 ◇ ◇ ◇



 まだ、地球にいた頃のこと――とある動物が迷い込んできた。

 傷だらけだったその動物をマキトは見つけた。しかしその動物は、マキトに向かって威嚇し、決して懐こうとしなかった。

 不用心に近づいた瞬間、手を思いっ切り引っかかれたのだ。

 初めての拒絶だった。驚きと痛さも相まって、マキトは怖くなってしまい、その動物に近づけなくなってしまう。

 仕方のないことだと後から大人に言われた。

 それ相応のことがあったのだろう。誰かがどうにかできる問題ではなかった。

 ましてや幼い子供に、一体何ができたというのか。いくら動物に懐かれやすい性質を持っていたからと言って、なんでもできると思ったら大間違い。現にその動物は立派な対象外。周りの大人たちも、早々に諦めていた。

 そもそも動物の問題に、人間が関わること自体が普通ではないのだと。

 判断としては紛れもなく正解と言えるだろう。現にマキトもその時は、そんなもんかと深く――否、何も考えることなくやり過ごしてしまった。

 ジッと身を潜めて震え続けるその動物を、何日も窓から見ていた。

 人間も他の動物も、決して近づこうとしなかった。

 そしてある日――その動物はうずくまったまま、ピクリとも動かなくなった。

 ――きっと、野良同士の縄張り争いにでも負けたんだろう。

 そう言いながら大人たちは、その動物を処分した。動かないそれを放っておくことはできないため、当然の行いであった。

 そんな中、マキトはショックを受けていた。

 涙を流すこともなく、ただジッと、その動物がいた場所を見つめ続けていた。


「――後になって思ったよ。せめて俺の手で埋めてあげたかった、ってな」


 動物の命が尽きたらどうするのか――それを知ったのは後になってからだった。

 もっと早く知っていればと、今でもたまに思い出す。引っかかれた傷は完全に消え去っているが、あの時の出来事の記憶は、しっかりと心に染みついている。


「ここでアイツから目を離したら、絶対に後悔する。だから諦めたくない」

「その結果、あの子から完全に嫌われることになっても、ですか?」


 神妙な表情でラティが問いかけると、マキトは無言のままコクリと頷いた。嫌われたくないという気持ちは確かに強いのだろうが、それでも意志を貫こうとする姿勢を変えるつもりもないのだと、ラティは強く感じ取った。


「嫌われながらも愛する――マスターはそうしようとしているのですね」

「……そういうことなんだろうな」


 ラティの言葉に、マキトは改めて気づいたような反応を示す。


「ずっと上手い言葉が見つからなかったんだけど、多分それで正解だと思う」

「マスターらしいですね」


 笑みを浮かべるラティに、マキトも小さく笑い出す。

 実際、異世界で魔物使いという適性が発揮されているからこそ、マキトの考えは普通に通ると言って差し支えない。地球であれば、人が動物の問題に首を突っ込むべきではないと注意され、そこで話が終わってしまうことは明らかである。

 そういう意味では、マキトがこうして異世界に戻ってこれたのは、本当に良かったと言えるのかもしれない。

 当の本人は、まだそこまでの考えに至ってはいないが。


「――ゥゥウウウウゥ!」


 その時、獣の鳴き声が聞こえてきた。

 マキトとラティが驚きながら振り向くと、一匹の大きな狼が、唸り声を上げながらゆっくりと近づいてきていた。


「あれは……キングウルフなのです。とても狂暴な魔物さんなのですっ!」


 ラティが声を上げると同時に、ロップルと霊獣も、慌ててマキトたちの元へ駆け寄ってきた。その際にロップルはマキトの頭の上に駆け上ったが、霊獣はマキトから距離を置いて警戒していた。

 やはりまだ心を開いていない様子であったが、今はそれどころではない。


「さっきまで、全然気配がなかったハズ、なのですけど……」

「そうも言ってられる状況じゃないっぽいな」


 戸惑うラティに心の中で同意しつつ、マキトは緊張を走らせる。


「ガルルルルル――!」


 唸り声を上げながら、凄まじい形相で睨みつけるキングウルフに、マキトたちは揃ってビクッと背筋を震わせた。


「な、なんかすっごい敵意剥き出しなのです」

「腹ペコなのかな? てゆーか、焚き火してるのに近づいてきてるし……」

「キングウルフは火を怖がらない魔物さんですから」

「そりゃ、マジでヤバいな」


 つまり焚き火の周りが安全、という考えが通用しないということだ。どう見ても襲ってくる数秒前であり、戦いは避けられないのは明白であった。

 すると――


「グルルルル……ガァウッ!!」


 キングウルフがマキトたち目掛けて、勢いよく地を蹴るのだった。



いつも読んでいただきありがとうございます。

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