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053 血は争えない



「誰かと思ったら、あなただったのね……」


 突如訪れた来客の姿に、ユグラシアはため息をつく。


「せめてアポの一つくらい取ってほしかったわ――ディオンさん?」

「ハハッ、すみませんでした」


 軽く笑うディオン。その表情に悪いと思っている様子はなかった。しかしユグラシアも、まったくもうと呟きながら苦笑するばかり。それだけ二人の間に、深い関係が築き上げられているのが見て取れる。

 少なくとも、後ろに並ぶ三人の女子たちには、そう思えてならなかった。


「ユ、ユグラシア様だよ。ホンモノだよ。もうヤバすぎだよおぉ~!」

「メイベル、せめてそこは『本人』と言いなさいよ。あと少し落ち着きなって」

「そういうブリジットこそ、完全に直立不動じゃないですか。誰が見てもガチガチに固まっているとしか思えませんよ?」

「……膝をガクガクさせているセシィーにだけは言われたくない」


 憧れの賢者が目の前にいることで、三人の女子たちはこれでもかというくらいに緊張していた。冷静さを取り繕うとしているだけに、余計目立っている。背を向けているディオンでさえ、背中でひしひしと感じ取れるほどであった。

 当然、ユグラシアもそれに気づいており、三人に穏やかな笑みを向ける。


「あなたたちは、ヴァルフェミオンの生徒さんね? 森の神殿へようこそ。ここの主を務めているユグラシアと申します」

「こっ、こここちらこそっ!」


 メイベルが一歩前に出ながら発言する。やはり動きはガチガチであり、表情すらまともに動かせない始末であった。


「と、とと突然おじゃみゃして、大変もうしゃ……もももうしわけごじゃっ!」


 噛みまくりの言葉だったメイベルは、遂に物理的に噛んでしまい、口を押えながら涙目となる。


「い、いだい……!」

「はは……そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」


 流石のディオンも苦笑を浮かべてしまっていたが、ユグラシアはどこまでも平然とした穏やかな笑みであった。


「今は確か、修学旅行の時期だったわね。あなたたちもそうなのかしら?」


 ユグラシアがそう尋ねた瞬間、メイベルたちは目を見開く。


「よ、よくご存じですね」

「これでも多少、魔法を嗜んでいる身ですからね。ヴァルフェミオンからお声をかけていただくことも、それなりにあるのよ」


 ――嗜んでいるどころじゃないと思う。

 メイベルたちの中で一致した、感想という名のツッコミであった。

 森の賢者ユグラシアは魔法界の中でも一、二を争うスペシャリストとして、憧れの的となっている。現にメイベルたち三人がそれであり、こうしてわざわざ修学旅行のルートを外れてまで、一目見たいがために会いに来るほどだ。

 単なる謙遜かと思っていたが、本気で理解していない可能性も見受けられる。

 メイベルたちには、その判断がまるでつかなかった。

 ユグラシアの笑顔から、彼女の真意を読み取ることが全くできない。読み取ろうとすると凄まじいオーラに阻まれて、何も考えられなくなる。

 それは、森の賢者というネームバリューに影響されて、自分たちが勝手に参っているだけなのか。それとも本当にユグラシアが何か特別な力を使い、相手の思考を狂わせにかかっているのか。

 正直、どちらもあり得そうな気がしてならない。

 後者であってほしくはないが、その考えを捨てる気には全くなれない。

 その優しい笑顔の裏に、何が潜んでいてもおかしくない。相手は森の賢者だ。自分たちの想像もつかないことの一つや二つあったって、何ら不思議ではない。

 メイベルたちがそんな考えをグルグルと頭の中で渦巻かせていると、ユグラシアが笑顔のまま一歩前に出てきた。


「遠いところ、わざわざ足を運んでくれて嬉しいわ。大したおもてなしはできないけれど、少し上がっていかれてはどうかしら?」


 神殿の入り口に手をかざしながら、ユグラシアは言う。その誘いの言葉に、メイベルたちは目を丸くした。


「い、いいんですか?」

「えぇ。どうぞ遠慮なさらずに」


 メイベルの言葉にユグラシアがにっこり微笑みながら頷く。その瞬間、メイベルは体を小刻みに震わせ――


「やったぁーっ! それじゃあ、おっじゃましまーっす!!」


 思いっきり両手を突き上げて万歳をしながら、喜びの声を上げた。そしてそのまま神殿の中へと駆けこんでいく彼女に、呆けていたブリジットとセシィーがハッと我に返る。


「ちょっ……メイベル!」

「少しは遠慮してくださいよぉー!」


 そして二人も追いかける形で、神殿の内部へと入っていくのだった。残されたユグラシアとディオンは、二人で顔を見合わせてクスッと笑う。


「賑やかな子たちね」

「えぇ。でも若い子ってのは、アレくらいがちょうどいいでしょう」

「確かに」


 ディオンの言葉にユグラシアは同意する。下手に遠慮して礼儀正しさを見せつけてくる貴族や王族よりも、メイベルたちのような素直で活発さを前面に押し出してくるほうが、むしろ好感が持てると二人は思っていた。

 しかしそれも、メイベルたちが礼儀をわきまえているからこそ。

 無礼を前面に押し出してくる者に対しては、たとえ貴族や王族であろうと、断じて容赦はしない――それもまた、二人の中で共通している考えであった。


「ところで……」


 ユグラシアは表情を引き締め、なおかつ声を潜めてきた。


「彼女……メイベルと言ったかしら? なんとなくアリシアに似てなかった?」

「えぇ。俺もそう思いました」


 やはりそこをついてきたかとディオンは思った。


「でもよく見たら、別にそっくりではないですからね。血縁がある可能性も考えられますけど、まぁ他人の空似でしょう、きっと」

「そうね……」


 ディオンは明るく笑う中、ユグラシアは神妙な表情を浮かべていた。


(ヴァルフェミオンの修学旅行ということは……メイベルさんたちは十四歳。アリシアと同い年ということになるわね)


 それに加えて、髪の毛の色やハーフエルフという点も、一致はしている。しかしそれ以外に似ている要素があるかと言われれば、微妙なところだった。


「現時点ではなんとも言えない、か……」

「ですね」


 ユグラシアの呟きにディオンが同意する。ここで何かを思い出したように、ハッとした表情を見せた。


「そういえば、マキト君たちは……」

「今まさに来ているわ。アリシアも一緒にね」


 そしてユグラシアは神殿を見つめる。そこに彼らもいるという合図に、ディオンは軽く苦々しい反応を示す。


「あの子たちを連れてきたのは、ちょっとマズかったですかね?」

「多分、大丈夫だと思うけど……」


 懸念しているのは、アリシアとメイベルが鉢合わせるという点であった。

 何故かは分からないが、二人が出会うと何かが起こるような――そんな予感がしてならなかった。

 そんな胸騒ぎを覚えていたその時――


「キィキィー!」

「わふっ、わふっ♪」


 森の魔物たちの鳴き声が聞こえてきた。スライムや森で暮らす狼の魔物――フォレストウルフが、意気揚々と通り過ぎていくのが見える。


「確かあっちは……裏庭に通じてましたよね?」

「えぇ――」


 ディオンの問いかけに、ユグラシアは戸惑いながら頷いた。


「今の時間帯は、森の魔物ちゃんたちが遊びに来てる頃だけど……あそこまで意気揚々と駆けていくのは珍しいわ」

「ふーむ……」


 顎に手を添えながら、ディオンはふと思った。前にもこれと似たような光景を見たような気がすると。

 そして現在、この神殿に来ている者たちを頭に浮かべ――


「ハハッ、そういうことか」


 ディオンは一つの答えに辿り着いた。


「俺にはなーんとなく、そこで何が起きてるのかが、想像つきましたよ」


 愉快そうに笑うディオンに、ユグラシアが訝しげに首をかしげる。そしてディオンが促す形で、二人で裏庭に向かってみた。

 すると――


「あはははは♪」


 愉快そうに笑う少年の声が聞こえてきた。それに合わせて、魔物たちの楽しそうな鳴き声もまた、あちこちから響き渡ってくる。

 問題はその『姿』であった。

 有り体に言えば――埋もれていた。それはもうすっぽりと。

 それは決して襲われているとかではない。純粋に魔物たちが懐いていることは、離れた位置からでもよく分かる。

 その光景を見るのは、実に二回目であるディオン。

 まさかこんなにも早くに再び拝めることになろうとはと、笑みを零さずにはいられないのだった。


「やはりか。相変わらず楽しそうにしているな」


 ディオンが苦笑しつつ、埋もれている少年の元にゆっくりと近づいていく。

 一方、ユグラシアはというと――


「驚いたわ……血は争えないとは、よく言ったモノね」


 苦笑しながらも、どこか懐かしそうな様子を醸し出していた。



いつも読んでいただきありがとうございます。

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