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051 透明色



「……まさか俺が、この世界の人間だったなんてなー」


 しかもエルフ族の血を引いているというオマケ付きである。それ故に、マキトは無意識に自分の耳を触り始めた。


「耳の長さは、普通の人間と変わりないけど……」

「マキトの場合はクォーターだからね」


 そんな彼の様子にアリシアが苦笑する。


「私よりもエルフ族の血は薄いと思うし、体の特徴を受け継がなかったのも、あり得る話だと思うよ」

「ふーん、そーゆーもんか」


 とりあえずマキトは納得することにした。理屈はどうあれ、見た目が人間と全く変わりないことは事実であり、そのことを気にする理由は全くなかった。


「むしろマキト君の場合、それで良かったと言えるかもしれないわね」


 ユグラシアがテーブルの上で手を組みながら言う。


「マキト君のいた地球という世界は、この世界で言う人間族しかいない世界。つまりエルフ族や魔人族の類はいないということになるわ。そんなところに、エルフ族みたいな耳を持つ子がいたとしたら……」


 そこまで言った瞬間、アリシアがハッとした表情を見せる。


「あ、そっか。変わった子と思われても不思議じゃないですよね」

「それだけならまだしも、下手をすれば化け物と呼ばれる可能性もあり得るわ」


 ユグラシアの言葉に、周囲の空気が少しだけ重々しいそれとなる。

 確かにありそうだと思ったのだ。特にアリシアからすれば、人間以外の種族がいないという現象が、そもそも想像すらつかない。そんな世界で自分みたいな外見的特徴の全く異なる者がいたら、どんな目で見られるか。

 やはりどう考えても、悲惨な日常を送る羽目になっていた気がする――アリシアはそう思った。


「結局のところ……俺って何なんだろう?」


 マキトがため息交じりにそう言った。


「エルフの血が入っている以外は、人間と変わりないってことだもんなぁ」

「一応、他にもエルフ族ならではの特徴はあるけどね」


 そう言いながらアリシアは、切り分けた果物をロップルに差し出していた。それを嬉しそうに受け取るロップルに笑みを浮かべつつ、人差し指を立てながらマキトに視線を向ける。


「他の種族に比べると長生きの傾向が高いし、病気にかかりにくい丈夫な体を持っていたりするんだよ」

「ふーん。あ、そう言われてみれば……」


 マキトの中に思い当たる節があった。むしろ、思いっ切り当てはまっている気がしてならないと言えるほどの。


「昔からケガしてもすぐに治っちゃうし、風邪も小さい頃以外は、全然ひいたことないんだよな」

「……大きな病気とかは? 何日もベッドで寝込むような」

「全然」


 恐る恐る問いかけるユグラシアに、マキトは平然と首を左右に振る。嘘をついている様子も全くなく、本心で語っているのが見て取れた。


「あはは……どうやらマキトは、エルフ族としての特徴も、それなりに受け継いでいるみたいね」


 アリシアが苦笑する。それについては同意だとユグラシアも思っていた。


「少なくとも、素質は間違いなくリオ――父親譲りだと言えるわね。彼も魔物使いとして、たくさんの魔物と友達になっていたから」

「そうだったんだ」


 マキトが物珍しそうに笑みを浮かべながら反応する。


「やっぱり、ラティみたいな妖精とかもテイムしてたのかな?」

「さぁ……霊獣を連れていたのは見たことがあるわ。とにかく色々な種類の魔物を従えていたことだけは、間違いないわね。何せ――」


 コポポポポ――と、ユグラシアはお茶のお代わりをカップに注ぐ。


「リオは稀に見る【透明色】の持ち主だったから」

「……とうめいいろ?」


 思わずひらがな表記になってしまうほどの棒読み。ここに来て急に知らない言葉の登場に、マキトは目を丸くした。

 ラティやロップルは、よく意味が分かっていないのか首をかしげるばかり。しかしアリシアは、どういうことですかと言わんばかりに、表情を硬くしてユグラシアをジッと凝視していた。

 分かっているわと言わんばかりに、ユグラシアが微笑みながら頷く。


「その名のとおり、見えないけれど確かに存在する【色】よ。攻撃、防御、回復のどれにも当てはまる類稀な存在で、魔物使いであった彼も、全ての【色】に該当する魔物をテイムしていたわ。恐らくだけど――」


 ユグラシアは、マキトとラティたちに視線を向ける。


「その【透明色】も、恐らくマキト君は受け継いでいるんじゃないかしら?」

「……ラティとロップルみたいに、【色】が違う魔物をテイムできたのは、そのせいだったのか」


 ようやくマキトは、最初の疑問に対する答えに辿り着けた気がした。

 そもそも【色無し】という事実こそが間違いだったのだ。あらゆる【色】に恵まれる存在であったなら、ラティやロップルのように【色】の異なる魔物を両方テイムできたことも、合点がいくというものだ。


「良かったわね、マキト!」


 アリシアも同じことを考えており、嬉しそうな表情を浮かべる。


「ちゃんとした【色】の持ち主ってことが分かったから、ギルドに登録して冒険者になることも、できるかもしれないわ」

「……それはどうかしらね?」


 しかしユグラシアは、アリシアの言葉に対して苦々しい反応を示した。


「確かに【色】は存在しているかもしれないわ。でも『見えない』ことにも変わりがない以上、ギルドでどれだけ鑑定しても、【色無し】と判断されることは、避けられないと思うのよ」


 要するに証明する方法が、今のギルドには存在していないのだ。存在自体は過去に明かされたが、今ではそれを信じる者は殆どいない。

 過去に【色無し】が苦し紛れに広めた与太話――そう思われているのだった。

 仮にマキトがこの話をギルドに持ち込み、全てを明かしたとしても、偶然か何かだと判断され、本当の意味で信じてもらえないのが関の山。ギルドに登録できないという結果に変わりはないのは、目に見えていた。

 【透明色】という事実がいくら判明したところで、世間的な評価においては何のプラスにもならない――つまりはそういうことなのだった。


「そっかー。折角いい話になったと思ったのになぁ」

「残念なのです。マスターの凄さを周りに知らしめるチャンスでしたのに……」


 心の底から残念そうにするアリシアとラティ。まるで自分のことのようにショックを受け、項垂れている傍ら、マキトはどこか開き直っている様子であった。


「まぁ、それならそれで別にいいけどな」


 両手を後ろで組み、背もたれに深く体を預けながら、マキトは空を仰ぐ。


「とりあえず、分からないことが大体分かっただけでも良かったよ。スライムとかが全然テイムできない理由は、まだ全然だけどな」

「あー、そう言えばそれもありましたねぇ」


 すっかり忘れていたと言わんばかりに、ラティが頷く。

 妖精や霊獣はすぐさまテイムできたのに、スライムなどのありふれた魔物が、何故か全くテイムできない――それも立派な謎の一つに違いはない。


「私もディオンから話に聞いたわ。今でもそれは変わらないのよね?」

「まぁ……正直どうしてなのかが分からなくて」


 ユグラシアの問いかけに、マキトは答えながら頬を掻いた。


「やっぱりこれも、俺の過去と何か関係があるとか?」

「何か分かることはありませんか、ユグさま?」

「うーん、そうねぇ……」


 マキトに続いてラティに問いかけられ、ユグラシアは腕を組みながら悩ましげな声を出す。

 そして数秒ほど考えるが――


「ゴメンなさい。こればかりは流石に分からないわ」


 お手上げであった。マキトの過去に何か関係している可能性はあるだろう。しかしユグラシアも、彼の全てを知っているわけではないのだ。故にどうしても考えるための情報が足りなくなり、限界が訪れる。

 今がまさにその時なのであった。


「せめて十年前のマキト君について、もう少し詳しい人がいれば……」

「そっか……まぁ、別にそのうち何か分かればいいけど」


 マキトが明るく笑うと、アリシアが呆れたようにため息をつく。


「また妙なところでお気楽よねぇ」

「だって分からないのに考えてても仕方ないじゃん」

「それはそうだけど……」


 苦々しい口調のアリシア。そこにラティが、新しいクッキーを手に取りながら笑みを浮かべる。


「でも、なんだかマスターらしいのです」

「キュウッ!」

「だろ?」

「あなたたちねぇ……全くもう」


 そんなマキトとアリシア、そして魔物たちのやり取りを見ながら、ユグラシアはどこか懐かしむように目を細くした。


「この開き直り方も、彼にそっくりね……」


 ポツリと呟かれた言葉は、マキトたちの耳に入ることなく、そのまま彼らの喧騒によって、かき消されるのであった。



いつも読んでいただきありがとうございます。

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