039 マキトとフェアリーシップ
かくして、隠れ里の戦いは終わった。赤いスライムたちも戻り、ブルースたちの末路が語られる。
つり橋の下は激流となっており、落ちたら助かる保証はないと。
「そしてあの連中は、谷底へ揃って真っ逆さまか――お前たち、よくやったな」
通訳していた長老スライムが、ニッコリと笑顔を浮かべる。
「これだけ里を荒らしてくれたのじゃ。むしろそれで済ませたのは、ある種の優しさといっても過言ではあるまい」
「ピキィーッ!」
「うむ。お主もそう思ってくれるか」
赤いスライムも、どうやら凄く腹を立てていたらしい――通訳はなくとも、マキトはなんとなくそう思えた。
確かにブルースたちはやり過ぎてしまったと言えるだろう。神聖な隠れ里を荒らした罰が当たったのだ。
そう考えれば、長老スライムの言うとおり、穏便ではあったかもしれない。
彼らは魔物だけあって、走れなくなった彼らを襲い、喰い殺すなどのこともできたはずなのだ。それなのに彼らは、つり橋を落とすだけに留めたと考えれば、ある種の優しさというのも言い得て妙だと言えるだろう。
「でも確かになぁ……こりゃ酷い有様だ」
マキトが改めて周囲を見渡した。
綺麗だった緑色があちこち焦げており、木が何本か無残になぎ倒されている。表の広場以外は、それほど大きな被害が出ていないのが救いではあった。
この程度で済んだのは、むしろ運が良かったほうだろう。
「これって、俺たちのせいなのかな?」
浮かない表情でマキトが呟くと、それを聞き取った長老スライムが振り向いた。
「どうしたんじゃ、急に?」
「いや、元はといえば、俺たちがのこのこやってこなけりゃ、アイツらも乗り込んでくることはなかったのかなーって思ってさ」
「何を言うか」
悲しげに話すマキトを、長老スライムが下らんと言わんばかりに一蹴する。
「お主らは何も悪いことなどしておらん。ヤツらが勝手に、欲深い気持ちを爆発させただけに過ぎんよ。それに――」
長老スライムは目を閉じながらしみじみと言う。
「いつかは、このような日も来ていたことじゃろう。そういう意味では、ワシらもいい経験をさせてもらったと思うべきじゃな」
その言葉に他の魔物たちも同意するかのように鳴き声を上げる。
マキトたちを隠れ里へ誘い入れた赤いスライムへも、他のスライムたちが気にするなよと言わんばかりに、笑顔で語り掛けていた。
それは、マキトたちを警戒し、出て行けと叫んでいたスライムたちであった。
この戦いを経て、マキトたちや赤いスライムのことを認めたのだろう。すっかり戦友のような感じで接しており、ギスギスした雰囲気は欠片もない。結果オーライとはよく言ったものである。
「ラティも特に異常はなさそうだったから、本当に良かったわ」
アリシアの声を聞いたマキトが、思い出したように振り向いた。
「大丈夫なのか?」
「うん。今は眠っているだけよ」
彼女の腕の中で、スヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。それを見たマキトも安心したように笑みを浮かべた。
すると――
「んぅ」
ラティの瞼が動き、ゆっくりと開かれた。
「ここは?」
「気がついたか!」
マキトが嬉しそうな表情で呼びかける。
「良かった、目が覚めて」
「マ、スター?」
ラティも段々と意識が覚醒し、マキトの存在を確認する。
そして――
「マスタあぁぁーーっ!」
弾丸の如くアリシアの胸元から飛び出して――落ちた。
「ひゃあぁーっ!?」
「うわっと!」
それを間一髪でマキトが受け止める。結果的にマキトの腕の中に移ったが、なんとも情けない感じは否めなかった。
ラティは再び飛び上がろうとして見たが、羽根が上手く動かせない。
「うぅ……飛べないのです。なんか力が出ないのです」
「大きな力を使い過ぎた反動じゃな」
情けない声を出すラティに、長老スライムの冷静な分析が入る。
「恐らく休めば直る程度じゃろう。今はとにかく大人しくしておくことじゃ」
「――あい」
もはやあがきようもないことを悟ったラティは、長老スライムの言葉に大人しく従うことを決めた。
そして改めてマキトの顔を見上げる。
「ところで、マスターはあの爆発を受けて、大丈夫だったのですか?」
「あぁ。コイツのおかげでな」
マキトが足元にいるフェアリーシップを見下ろす。
「コイツが持つ能力に、どうやら助けられたみたいなんだよ」
「キュウ?」
どうしたの、と言わんばかりに見上げてくるフェアリーシップに、ラティの表情がフニャッとだらしなくなる。
「そうだったのですかぁー」
「ど、どした?」
急に蕩けてしまったラティの変貌に、マキトが思わず戸惑う。しかしラティの視線はフェアリーシップに釘付けとなっていた。
「いえー、改めて見るとすっごいモフモフっぽいなーとか思ったのです♪」
「ん? あぁ、まぁ、そうだな」
言われてみればとマキトも思った。毛むくじゃらとは全然違うが、確かに丸っこくて抱き心地がいいというのも確かだとは思える。
試しにマキトが手を差し出してみると、フェアリーシップは即座に近づき、そのままあっさりと抱きかかえられた。
「うん……確かにモフモフだ」
「キュウ~♪」
腹をこちょこちょと擽られ、フェアリーシップは身をよじらせる。しかしどこか嬉しそうにもしていた。
「あー、マスターばかりズルいのです。わたしもなのですー♪」
「キュキュー♪」
「ははっ」
マキトの腕の中で、ラティとフェアリーシップがじゃれ合う。それが途轍もなく自然に見えているのが凄いと、長老スライムは思った。
「もはや完全に、フェアリーシップも少年に懐いておるな……ん?」
その時、空から大きな気配を感じた。
すると――
「グオオオォォーーーッ!!」
重々しい咆哮が放たれた。同時に凄まじい風圧が巻き起こり、空から大きな物体が降りてきた。
一体何が起きるのか――マキトたちが身構えると、長老スライムがぽよんと弾みながら、なんてことなさそうに前に出てきた。
「慌てるでない。どうやら知り合いが来たようじゃ」
「へっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったのは、アリシアであった。その視線は空に向けられている。
その降り立った『知り合い』の正体に驚いていたのだった。
「ド、ドラゴン?」
確かに魔物の知り合いなのだから、魔物であること自体は納得ができる。しかしこの静かな森にいきなりドラゴンはないだろうとも思った。
すると――
「おーい、マキト君! しばらくぶりだなー!」
ドラゴンの背から声が聞こえた。それも道端でたまたま遭遇したかのように。
その者の正体に、マキトとアリシア、そしてラティは揃って目を見開く。
「ディ、ディオンさんっ!?」
魔人族でドラゴンライダーと呼ばれているディオン。そのまさかの再会に、マキトたちは驚きを隠せなかった。
◇ ◇ ◇
「へぇー、ディオンさんって、この隠れ里によく通ってるんだ?」
「まぁそれなりにな」
長老スライムとディオン本人から、彼が隠れ里の常連客であり、定期的に見回りに来ていることが話された。
それ自体は納得できたのだが、アリシアは一つだけ気になることがあった。
「でも、よくこの隠れ里に辿り着けますね? 妖精や霊獣を連れてないと、ディオンさんは結界に阻まれるんじゃ……」
「ディオン殿は特別じゃよ」
長老スライムがアリシアの疑問に答える。
「ここの魔力スポットの素材で作られた、特注の魔法具を身につけておってな。それがあれば、この里の出入りは自由になるんじゃ」
「特定の人しか入れない、ゴールドパスみたいなモノですか?」
「そーゆーことだな」
アリシアの問いかけにディオンが頷き、首から下げているペンダント状の魔法具を披露する。
「この魔法具は、俺が装備しなければ効果を発揮しない、まさに特注品なんだ。仮に誰かが奪ったとしても、ただのガラクタでしかないってワケなのさ」
「へぇ、凄い魔法具があるんですね」
軽く驚きを見せるアリシアに肩をすくめ、ディオンはペンダントをしまう。そして長老スライムに視線を向けた。
「そんなことよりも、隠れ里から不穏な気配がしたので来てみたのですが……」
「心配はない。もう片付いた」
そして長老スライムが、マキトや魔物たちに視線を向ける。それだけでディオンはなんとなく察した。
「……そうですか。どうやら俺は、一足遅かったみたいですね」
残念そうにしつつも笑みは浮かべていた。里は荒れてしまったが、なんとか大事には至らなかった――それだけでも幸いだと判断する。
「ならせめて、マキト君たちを家まで送ろう。さっき飛んでくるとき、つり橋が落ちているのが見えた。このままでは帰れないだろうからな」
「ありがとう、ディオンさん」
「よろしくなのですー♪」
マキトに続き、彼の腕の中でラティも手を挙げる。明るい声を出してはいたが、流石に体が動けないせいか、少しだけ声に覇気がない感じであった。
そしてマキトは、あることを思い出し、長老スライムに言う。
「長老さん。あのフェアリーシップなんだけど……」
「分かっておるわい。里で受け入れようぞ」
「ありがとう」
完全に巻き込まれて連れてこられたフェアリーシップを、このまま放ったらかしておくこともできない。
せめてちゃんとこの隠れ里で暮らせればと、マキトは考えていた。
話の分かる長老スライムで助かったと心の中で思いながら、マキトはフェアリーシップに笑いかける。
「じゃあ、俺たち行くから……元気でな」
「――キュウッ!?」
しかしフェアリーシップは、ショックを受けたような反応を示し――
「キュウキュウ、キューーーッ!」
「えっ?」
マキトに飛びついて、そのまま足元にガシッとしがみつくのだった。
「キュウゥ~!」
顔を埋めながらスリスリと動かすフェアリーシップ。それが一体何を示すのか、殆ど考えるまでもなかったが、マキトは戸惑わずにはいられない。
すると――
「この子、マスターと一緒に行きたいって言ってるのです」
「うむ。ワシにもそのような意味に聞こえたな。よっぽど懐かれたと見える」
ラティと長老スライムが、しっかりと聞き取って要約してきた。やっぱりそうだったのかと思いながら、マキトは苦笑する。
「分かったよ。じゃあ一緒に行こうか」
拒む理由はどこにもなかった。ここまで懐いてくれているのだから、むしろ受け入れるしかないだろうとさえ思えてきてしまう。
「キュウッ!」
マキトの返答に、フェアリーシップは笑顔を輝かせた。その言葉を待っていたよと言っているように見えたのは、恐らく気のせいではないだろう。
するとここで、ラティが思いついた反応を示す。
「マスター。折角だから、テイムできるかどうか試してみたらどうですか?」
「あぁ、それいいな」
マキトも軽い気持ちで返事しつつ、フェアリーシップを抱き上げる。そしてゆっくりと、小さな白い額と自分の額をくっつけた。
これからもよろしくなという――そんな思いを込めて。
すると――
「あっ!」
ラティが思わず声を上げた。フェアリーシップの額が光り出したのだ。
そして光が収まると、その小さな白い額には、ラティと同じ紋章のような印が新しく付いていた。
マキトも額を離し、改めてマジマジと見つめる。
「テイム……成功したっぽいな」
「――キュウ♪」
周囲が呆然とする中、フェアリーシップだけがどこまでも嬉しそうに、ニッコリと明るい笑みを浮かべるのだった。
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