038 隠れ里の戦いの終わり
しばらくそのまま呆けていたマキトだったが、アリシアの存在に気づく。
「……アリシア? えっと、ここは……」
周囲を見渡すうちに、段々とマキトの頭もスーッと冴えていく。そしてどんな状況だったの顔を思い出した。
「そうだ……アイツらの魔法にやられ、たのか?」
疑問形になったのは、体が全然痛くないからである。あちこち触っても、痛みや不快感は全く感じなかった。
そして、しっかり抱きかかえているフェアリーシップも――
「キュウ?」
全くなんともなさそうな様子で、目を覚ますのだった。
「ポヨーッ!!」
「うわっ」
スライムが大喜びしながらマキトに飛びついた。マキトが驚きながらもなんとか受け止めると、その胸元でスライムがひんやりした体をスリスリと擦り付ける。
「ポヨポヨポヨー、ポヨー♪」
「ははっ、どうしたんだ? 俺を心配してくれていたのか?」
「ポヨ♪」
「そうかそうか。ありがとうなー」
「キューゥ♪」
スライムの頭を撫でながら、マキトとフェアリーシップが笑みを浮かべる。アリシアは唖然としながら、その姿を見ていた。
「ど、どうなってるの、これ?」
一番確認したい疑問が自然と口から漏れ出た。それに対して、長老スライムに思い当たる節があった。
「ふむ……もしかしたら、フェアリーシップの能力が発動したのやもしれん」
「フェアリーシップの能力?」
「そうじゃ。元々、魔法とは違う特殊能力を持っている霊獣でな。攻撃、回復、防御のどれかに特化していることが多いんじゃよ」
「え、それじゃあ――」
長老スライムの言わんとしていることが、ようやくアリシアにも分かってきた。
「あのフェアリーシップには、回復……もしくは防御に特化した能力が?」
「確証はないがな。しかしそうでもなければ、説明がつかんのじゃ」
「まぁ、そうですよね……」
アリシアもそのとおりだとは思った。そして驚いてもいた。見た目とは裏腹に凄い能力を持っているのだと。
曲がりなりにも霊獣ということだろうか。まるで魔法を通り越した未知の力ではないかと、アリシアはそう思えてならなかった。
「何はともあれ、危機は去った」
長老スライムが安心したように大きな息を吐いた。
「ラティもよくやってくれた。目が覚めたら褒めてやらねばならんな」
「えぇ。でもあの人たち、また何かの手段を使って、ここを攻めてくるんじゃ?」
今回はあくまで撃退しただけに過ぎない。諦めがいいとも思えないし、必ずリベンジを果たしに来るだろうと、アリシアは考えていた。
しかし長老スライムは、どこか余裕そうに笑みを浮かべていた。
「ホッホッホッ、その心配は無用じゃよ。ちゃーんと手は打ってあるわい」
「えっ?」
アリシアはきょとんとしながら視線を向けるが、長老スライムは思わせぶりな笑みを浮かべているだけであった。
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ、くそっ! 何でこんなことになっちまうんだ!?」
全力で走りながらブルースが悪態づく。
ラティの凄まじい攻撃を受け、恐怖も相まって、体力は限界であった。既に遮る魔物たちの姿もなく、静かな森に戻ってはいたのだが、もはやそれを認識するだけの余裕もない。
ようやく表の広場に辿り着いた。しかしそこは誰もおらず、がらんとしていた。
ブルースたちは思わずそこで立ち止まる。
予想外だった。てっきり自分たちを逃がさないよう、魔物の大群が立ち向かってくると思っていたのだ。作戦も何もない。鍛冶場の馬鹿力で切り抜けてやると。
「ぜぇ、ぜぇ……おいブルース、誰もいないなら……こ、好都合だぞ」
膝に手をつきながらダリルが告げる。息も絶え絶えであり、もはや前に進むことしか考えられなくなっていた。
それは他のメンバーも同じであり、心の中で同意する。
「そ、そうだな……行くぞ!」
ブルースもすぐに頷いた。正直な話、彼も冷静さを完全に失っていた。
故に気づかなかった――魔物たちの策略に嵌っていたことに。
「つり橋だ! あそこを渡れば逃げ切れるぞ!」
ようやくゴールが見えてきた――そう思いながらブルースが叫ぶ。
既に気合いだけで足を動かしている状態であり、もはや駆け足にすらなっていない状況であった。
広場に辿り着いた際に立ち止まったため、余計に疲労がこみ上げたのである。
結果的に四人の足取りは、更に重いものと化していた。
「ハハッ、俺たち全員、マヌケな姿にも程があるな」
「全くだぜ。誰かに見られたら、笑いもんもいいところだぞ」
素早い動きを売りにしているエルトンは、四人の中でも保っているほうだった。しかしダリルは、完全によたよたとふらついており、まともに歩けるかどうかすら心配になるほどであった。
そしてそれは、ドナも同じであった。
「で、でも……誰もいないのが……せめてもの救いよ。場所的に、助かったわ」
ある意味、たくましいと言えなくもないかもしれない。
この状況においても、自分たちの姿を第三者に見られた時のことを想定し、変なところで安堵しているのだから。
しかしそれも、自分たちが完全に逃げ切れたと思い込んでいるからこそである。
その考えがまだ早すぎることに気づかないのは、果たして幸せなのか、それとも不幸というべきなのか。
「――ピィッ!」
不意に、鳴き声が聞こえた。
ブルースたちはビクッとしながら、四人揃ってつり橋の上で立ち止まり、周囲を見渡してみる。
しかし、どこにも怪しい姿は見られず、ブルースは目を閉じながら苦笑する。
「なんだよ。気のせい――」
ぶちっ――という音に、ブルースの言葉は遮られてしまった。
明らかに、何かが物理的に『切れた』音だった。同時に体が宙に浮かび上がったような感覚に陥った。
恐る恐る目を開けてみると――それは断じて気のせいではなかった。
「う、うわあああぁぁーーーっ!!」
つり橋のロープが切られ、真っ逆さまに落ちてゆく。
もはや成す術もなく、ただ重力に従って、深い谷底へと飲み込まれてゆく。
――どぼぉんっ!
遠くのほうで、そんな音が聞こえた。
ブルースたち四人の声は、それを皮切りに全く聞こえなくなった。
「ピィ……ピキィーッ♪」
ガササッ、と音を立てながら、木の上を移動する姿があった。
赤色のスライムと水色のスライムたちが、まるで遊びを済ませたかのように楽しそうな笑顔を浮かべ、ぴょんぴょんと飛び跳ねていった。
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