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037 ラティの怒り、そして……



 舞い上がる土煙は濃く、マキトたちがどうなったのかは確認できない。

 しかし間違いなく直撃は受けた。それはこの場にいる者の、誰もが思っていることであった。

 もっともその表情は、実に両極端であると言わざるを得ないが。


「な、なんたることじゃ……」

「マキト……」


 長老スライムが体をプルプルと震わせ、アリシアはドサッと地面に膝をつく。


「ポヨ、ポヨポヨ?」


 スライムは目の前の事態を受けとめきれていないのか、キョロキョロと周囲を見渡しながら鳴き声を上げる。

 そして、木の上から援護射撃をしていた赤いスライムは――


「ピィーッ! ピィピピピィーッ!」


 すかさず飛び降り、ブルースたちの前に立ちはだかる。

 世話になった客人を傷つけたことが許せない――その激しい怒りが表情となって表れていた。


「ハ、ハハハハハッ! また見事に喰らったもんだな!」


 ブルースも数秒ほど呆けていたが、すぐに愉快そうに笑い出す。


「ドナ、今の魔法は凄かったぞ。これまでのお前の魔法の中で一番じゃないか?」

「と、当然じゃない。私にかかればこんなモノよ!」


 調子のいい態度を取るドナであったが、その声は明らかに震えていた。

 やけくそながら本気で当てるつもりではいた。しかし、相手は無抵抗の子供だったことに気づかされたのだった。


(なんなの……何でこんなに胸がザワザワするっていうのよ!?)


 パーティのリーダーにも褒められ、普通ならば嬉しく思う場面だ。しかし今は取り繕った笑みしか浮かべられず、むしろ考えれば考えるほど、胸の奥で何かが騒いでいる感じがする。

 子供の時、似たような気持ちを抱いたことがあった。

 つい調子に乗ってしでかしてしまい、大人にこっぴどく叱られた――あの時も確かに感じたことだった。

 頭が真っ白になるほど、何も考えられなくなる寒い気持ちを。


(き、気のせいよ。私は当然のことをしただけ。そうよ、そうに決まってる! 私たちに歯向かうあの子たちが悪いんだから!)


 ドナは必死に考えを振り払おうとする。自分は悪くない――まるで呪文の如く、何度も何度も自分に呼びかけていた。


「見直したぞ、ドナ。お前は素晴らしい魔導師だよ」

「できれば俺様の手で仕留めたかったけどな」


 エルトンやダリルからもそう言われるも、ドナの気持ちは全く晴れない。なんとなく視線を動かすと、崩れ落ちそうになっているアリシアが見えた。

 その瞬間、またしても軽いショックを受けた気がした。

 ずっと憎いと思っていたのに、どうしてざまぁみろと思えないのか。どうしてこんなにも、胸が締め付けられるような気持ちに駆られるのか。

 あまりにも整理がつかない気持ちに、ドナは自然と拳を震わせていた。


「よくも……」


 その時、小さな声が聞こえた。最初に気づいたドナが見上げると、ラティが俯きながら震えていた。

 それは悲しみであるとともに――怒りでもあった。


「よくもマスターを……わたしの大好きなマスターをおおおぉぉーーーっ!」


 ――ごおぉぅんっ!

 叫びとともに、魔力が凄まじく吹き荒れる。涙を流すラティの形相が、途轍もなく恐ろしく感じてならない。


「な……!」


 ブルースは上手く言葉を発せず、無意識に後ずさりをする。エルトンやダリルも同じであった。

 そしてドナは体を震わせ、動くことすらできない。

 目の前にいる存在が、単なる姿形を変えた妖精とは思えなくなっていた。

 それはもはや、何か別の存在であった。決して言葉では言い表せないほどの、未知なる存在。

 ――悪いことをしたら、カミサマからお仕置きをされるんだぞ!

 幼い頃に散々聞かされた言葉が、頭の中に蘇ってくる。

 あれがまさに『ソレ』ではないのか、今がまさにその時ではないのか――ドナはそう思えてならないのだった。


「成敗……してやるです!」


 ――ごぅわぁっ!

 ラティの魔力が更に膨れ上がり、暴風の如く吹き荒れる。このままここにいたらどうなるか、ブルースたちは悪い予感しかしなかった。

 もはや四人揃って、立ち向かう意志は完全に削がれてしまっていた。


「た、退却だ! 早くここから出るんだあぁーーっ!!」

「ひぃっ!」

「何なんだよあのバケモンは!!」


 ブルースの掛け声に、エルトンとダリルが慌てて動きだす。踵を返し、里の出口のほうへと必死に足を動かして駆け出した。

 しかしもう一人は、未だ呆然とするだけで動こうとすらしなかった。


「ドナ! 何やってんだ! そこで死にたいのか!!」


 ブルースの怒鳴り声によって、ドナもようやく我に返り、動き出す。その際、チラリと後ろを振り返ると、厳しい表情で睨むアリシアの顔が見えた。

 何かを言おうと口を開きかけたが、そのまま何も言うことなく、ドナはブルースたちとともに走り去っていった。


「くっ! このまま逃がすモノですか、っ――!」


 ラティが追いかけようとした瞬間、ガクンと体から力が抜けていった。

 魔力の暴走が続く中、ラティの体が再び光り出す。


「いかん! 力を使い果たしたのかもしれん」


 長老スライムの推測は当たりであった。ラティの体はみるみる小さくなり、元の妖精の姿に戻ってしまった。

 そしてそのまま、電池が切れたかのように倒れ、眠ってしまう。

 アリシアが慌てて駆け寄り、ラティの様子を確認した。


「……大丈夫。ただ眠っているだけだわ」

「そうか。まぁヤツらも逃げてしもうたから、結果オーライではあるな」


 長老スライムが表広場の方角を見つめる。既に魔力は収まり、元の静かな森に戻っていたのだが、ブルースたちが戻ってくる様子はなかった。


「っと、そんなことよりも、早くマキトたちを助けねば……むっ?」


 長老スライムが慌てて弾みながら振り向くと、倒れているマキトたちの様子に少しだけ違和感を覚える。

 確かに多少なり砂埃で汚れていたが、魔法を直撃したにしては無傷過ぎた。

 そして――


「んぅ……」


 なんとマキトが意識を取り戻し、ゆっくりと目を開いた。そして何事もなく、昼寝から目覚めたかのように、むくっと起き上がる。


「マ、マキト?」


 アリシアが恐る恐る話しかけるが、マキトは寝ぼけた表情で、ボーッと周囲を見渡すばかりであった。



いつも読んでいただきありがとうございます。

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