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206 厄介事の気配しかしない



 いきなりの申し出に、マキトたちは硬直してしまう。

 やっぱり面倒なことになりそうだと、マキトは無意識に瞬時に判断しており、思わず顔をしかめてしまうのだった。


「しょーじき、全然ワケ分かんないけど……」


 マキトは抱きかかえているカーバンクルを見下ろす。そのまっすぐと見上げてくるつぶらな瞳に、心をくすぐられる感じがした。

 やはり答えは決まっている――そう思いながらマキトは彼に告げる。


「譲ってくれと言われて、簡単にそうするワケにはいかないな」

「ん。あなたのペットでもない以上、従う理由はない」


 ノーラもまた、カーバンクルを守ろうとしていた。一歩前に出つつ、左手を横に伸ばして神獣の盾としている。その鋭い視線はとても強く、少年に対して一歩たりとも引くつもりはないことを表していた。

 そしてラティたちも、無言ながら厳しい表情を少年に向けている。

 来るなら返り討ちにしてやるぞと、そう言わんばかりに。

 すると――


「ま、待ってくれ!」


 少年は慌てながら手を伸ばした。


「僕はキミたちと争うつもりなんてない! 話せば分かってくれるハズだ!」

「別にアンタの話なんて興味ないよ」


 しれっとマキトが言い放つと、ノーラや魔物たちが無言のまま頷いた。それはもう打ち合わせをしたかのように動きを揃える形で。

 一方、少年はショックを受けたのか、ピシッと動きが固まってしまっていた。

 しかしながら、マキトたちからすればどうでもいいことに変わりはなく、動かない少年に対して興味の欠片もない。

 となれば、自ずと次の行動は決まったようなものであった。


「よし、じいちゃんのところへ帰るか」

「ん」


 マキトとノーラが頷き合い、少年を素通りして立ち去ろうとする。

 しかし――


「待ってくれ! 頼むからちょっと待ってくれ!」


 少年は慌てて我に返り、勢いよく立ち上がる。そしてすかさず、マキトたちの前に回り込む。

 今しがた見せていたボロボロの疲労姿はどこへ消えたやら。少年の体力は、見事なまでに復活してしまったようであった。

 無論、マキトたちからすれば、面倒なことこの上ない展開である。

 それを表すかのように、彼らはうんざりとした表情を浮かべていたが――


「お願いします! どうか僕の話を聞いてください!」


 その前に少年のほうから、改めてその場に跪いてきたのだった。


「聞いてくれたらきっとキミたちも、僕の気持ちを理解してくれます。だからお願いします、ホントこのとおりですうぅ~!」


 ポタポタッ――土に雫が零れ落ちる。少年の涙であった。

 声の感じからして、途轍もなく必死なのはなんとなく分かる。涙まで流しているのだから相当なのだろう。

 しかし、マキトたちの表情はどこまでも冷めていた。


「――どうにかして帰れないかな?」

「無理だと思う。こうなったらもう聞くしかない」

「だよなぁ」


 ノーラの指摘に言い返せず、マキトはガクッと肩を落とす。確かに逃げられる自信は皆無だった。そもそもこんな山奥で、こんな変な出会いがあるなど、一体誰が想像できたことだろうか。

 マキトは心から鬱陶しそうに顔をしかめ、深いため息をつく。


「……分かったよ。ちゃんと聞くから、さっさと話したいこと話してくれない?」

「ありがとう!」


 その瞬間、少年はガバッと顔を上げて輝かしい笑顔を見せてくる。


「やっぱり誠意を込めれば分かってくれると信じていたよ! 最初から僕はキミたちのことを信じていたんだ、ハハッ♪」


 どこまでも明るく幸せそうに笑う少年。それに対してマキトたちは、どこまでも冷めた視線を向けていた。

 しかし、少年はそんなマキトたちの表情など見えていない。

 両手を大きく広げ、まるで舞台でスポットライトを浴びるかのように、演技じみたポーズを取りながら少年は語り出していく。


「気持ちが伝わり合うって、どうしてこんなにも素晴らしいんだろう?」

「いや、別に俺たちは何も伝えてないし伝わってきてもないけど」

「まさかこんなところで、僕の悲しみを受けとめてくれる子たちと出会えるなんて思わなかったなぁ」

「ノーラたちは受け止めた覚えなんてない」

「この出会いは本当に奇跡だ。僕は一生忘れないだろう!」

「俺はすぐにでも忘れたいけどな」

「あぁ。昨日から夜通しで彷徨った甲斐があった。神は僕を見捨ててなかったということなんだね! やはりいいことをすれば報われるってことなんだ!」

「ん。何言ってるかさっぱり分からない」

「全くだな」


 マキトやノーラが逐一ツッコミを入れているのだが、やはり少年の耳には届いていない様子であった。

 するとマキトに抱きかかえられたままのカーバンクルが、うんざりした表情とともに口を開く。


「なぁ、にーちゃん。早く話を進めてくれねーか?」

「あ、ゴメン。つい嬉しくて――へっ?」


 後ろ頭を掻きながら苦笑していた少年は、ピタッと動きを止める。

 そして――


「カ、カーバンクルが喋ったああああぁぁぁーーーーっ!?」


 目が飛び出しそうなくらいに見開き、大声で叫ぶのだった。

 それに対してマキトたちは、揃って顔をしかめる。うるさいなぁ、という気持ちを込めていることは、言うまでもない。


(てゆーか、何で今更驚くんだよ? さっき少し喋ってたと思うんだけど……)


 マキトの思うとおり、確かにカーバンクルは、少年の前で喋っていた。にもかかわらず少年は、今しがた初めて聞いたかのように驚いている。

 なんてことはない。単に少年が動揺に動揺を重ねて聞いていなかったのだ。

 いずれにせよ、呆れる以外の感想がないのは当然だと言えるだろう。


「あぁもう、うるせーなぁ!」


 カーバンクルがついに我慢の限界を迎え、うんざりした声を出した。


「少し落ち着けよ。そんなに驚くほどのことじゃねーだろ」

「いやいやいやいや! これは普通に驚くよ。むしろ驚かないほうがおかしいってもんじゃないのかね、キミってヤツは!」

「……なんか言ってることが変な感じになってるぜ?」

「まさか魔物がヒトの言葉を喋るなんて! これはまさに歴史的大発見だ!」

「いや、別にそうでもないぞ?」


 すかさずマキトが割り込むように言う。


「知られてないだけで、言葉を話せるスライムとかドラゴンとかは、普通に存在しているからな」

「いやぁ、まさかこんな発見をするとは、ホント僕ってツイてる男だよなぁ♪」

「全然聞いてないし」


 しっかりと声に出してツッコミを入れているにもかかわらず、少年は完全に自分の世界に入った状態となっていた。

 もはや話は完全に脱線してしまっており、元に戻るかどうかも怪しい状態だ。

 少なくともマキトたちは、このまま少年の話に付き合う気力は、完全に失せてしまっている状態だった。


「――うん」


 そしてマキトたちは頷き合い、少年に別れを告げず、素通りをしてそのまま帰るべく歩き出そうとした。

 しかし――


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 何で帰ろうとするんだよ!?」


 少年はすぐさま気づいて呼び止めてきたのだった。

 そのまま自分の世界に浸っていてくれれば良かったのにと、思わずノーラがそう考えてしまったのは、無理もない話だろう。


「全くこれだから子供ってのは、せっかちだから困るんだよねぇ。もう少し心に余裕を持たせたほうがいいんじゃないかな? 人が折角今から詳しい経緯を説明しようとしていたのに――」

「いや、別にアンタの話なんて聞きたくもないし」


 肩をすくめながらペラペラと喋る少年に対し、マキトが冷めた表情でぶった切るようにツッコむ。

 流石の少年も言葉を詰まらせ、動きを止める。

 そこに――


「ん。勝手に出てきて勝手に叫んで、とにかくうっとおしい」

「ですです! これ以上、わたしたちの貴重な時間を取らないでほしいのです!」

「キュウキュウッ!」

『ぼくたちのじゃまするなー!』


 ノーラや魔物たちからの抗議も殺到し、更に少年は言葉を発せなくなる。自分が冷たい目を向けられていることに、ようやく気付いたのだ。

 もっとも気づくのが遅過ぎるくらいでもあったが。


「ホントうるせぇにーちゃんだなぁ。もうこんなの相手にすることはねーぜ」

「そうだな」

「ん。それがいい」


 カーバンクルの発言に、マキトとノーラが即座に頷く。ラティたちも反対する様子は全くなく、何事もなかったかのように、マキトたちに従っていた。

 それに対して少年は、うるうると涙目と化して――


「ごめんなさい。僕が愚かでバカでした。どうかこの哀れで惨めな僕の話を聞いてください。お願いします」


 と、言いながら見事過ぎるほどの土下座をしてきたのだった。

 またしても立ち去るタイミングを逃してしまい、マキトたちは顔を見合わせ、深いため息をつく。

 仕方なく――本当に仕方がなく、少年の話を聞いてあげることに決めた。


 声に出すとまた話が脱線しそうだったから、無言のままで。



いつも読んでいただきありがとうございます。

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