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202 眠りにつく別れ



「な、何を言ってるの?」


 サリアはなんとか言葉を絞り出す。それに対して勇者は、再び馬鹿にするかのように大きく肩をすくめる。


「言葉のとおりさ。まさか理解できないとはねぇ」

「理解そのものはできるわよ! でも納得ができないの!」


 苛立ちとともにサリアは叫ぶ。


「召喚された時、アンタすっごい喜んでたじゃない! 凄い能力持ってて、ラノベ展開キターとか言って、王様の命令にやる気満々な姿を見せて……もうずっとこっちで暮らすみたいな勢いだったのに、一体どうして――」

「あーもう、ギャーギャー騒ぐんじゃねぇよ、うっせぇなぁ!」


 サリアの言葉を遮りつつ、勇者は後ろ頭を掻き毟る。苛立ちを隠そうともせず、これ見よがしに深いため息をつきながら言った。


「なんつーかよぉ……もう飽きた」

「あ、飽きたぁ!?」


 勇者の言葉が信じられず、サリアは思わず素っ頓狂な声を上げる。しかし勇者たちは表情一つ変えようとしない。

 むしろ勇者の言葉に賛同しているかのように、うんうんと頷いていた。


「マジでラノベみたいな展開になったときは、そりゃあ最初は嬉しかったさ。でもやっぱネットやゲームのない環境は、ちょいと辛過ぎる。もう世界をどうこうする冒険にも飽きたし、いい加減帰りてぇなぁって思ってたんだよ」


 肩をすくめながらため息をつく勇者。それは『フリ』でもなんでもなく、本気で言っていることがよく分かる。

 そして彼の仲間たちも、どんどん便乗していくのだった。


「そーそー。電車もバスも飛行機もない世界なんざ、不便極まりないのよね」

「ラノベやアニメとかだと楽しそうなのに、現実だとこうもヤベェとは、流石に予想外過ぎてビックリしたもんなぁ」

「メシもそんなにウマくないしさ。ラーメンとかが恋しいぜ、ったくよぉ」


 サリアは耳を疑っていた。召喚された時――正確には自分たちに特殊能力が備わっていたと判明した時、彼らは地球に未練なんてなさそうであった。

 それがたったの数ヶ月で、この体たらくである。

 流石のサリアも、同郷者として情けないと思えてならなかった。


「……あ、アンタたちねぇ!」


 故にサリアは、彼らに物申してやろうと声を荒げる。


「王宮で見せていたやる気はどこへ行ったのよ! 飽きたから止めるなんて、そんな理屈が通じるワケないでしょーが!」

「うっせぇなぁ! 母ちゃんみてぇなこと言うんじゃねぇよ、バァカ!」


 しかしやはり勇者には、サリアの言葉は届かなかった。サリア自身も、心のどこかで予感していたことではあったため、それほど驚いてはいない。


「大体、俺たちを召喚したのも、あの自己中な王様が勝手にしたことだろう。別にこの世界がどうなろうが、そんなの知ったことじゃねぇし」

「全くよね」

「だな」

「それな」


 勇者に続いて仲間たちも、全員揃って他人事のような振る舞いを見せる。

 恐らく心からの言葉なのだろうと、サリアは思った。故に、なんとも言えない複雑な気持ちに駆られる。

 怒りでも悲しみでもない――例えるならば、その『向こう側にある何か』と言ったところだろうか。

 サリアは拳を震わせながら、表情を歪ませていた。


「最低! アンタたちには人の心ってモノが……」

「止めておけ、サリア」


 一歩踏み出そうとした彼女を、リオが冷静な声で制する。


「アイツらに対してキミが怒る価値はない。もうここから離脱しよう」

「リオ……」


 呆けた表情で見上げるサリアに対し、優しい笑顔で頷くリオ。周りの魔物たちも強い笑みを浮かべていた。流石は我らのマスターだと、そう言わんばかりに。


「チッ! ムダ話が過ぎたな」


 勇者が表情を歪ませ、右手に力を込める。


「四の五の言わず、テメェらは俺様の言うことを聞いとけばいいってんだよぉ!」


 瞬時に集められた魔力が塊と化し、魔弾となって解き放たれる。

 ほんの威嚇射撃のつもりだったのだろう。その矛先は、サリアたちの方向というだけであって、かなりの適当さが見受けられた。

 しかし、運悪くリオが従えている魔物の一匹に、その魔弾が向かっていく。

 このままだと直撃は免れない――そう思われた時だった。


「――させねぇぜっ!」


 サリアの後ろから、小さな獣姿の魔物――カーバンクルが飛び出した。

 カーバンクルの体が淡く光ると同時に、魔弾が魔物に直撃する。しかし魔弾は爆発を起こさず、そのまま勇者の元へ跳ね返っていくのだった。


「なっ!」


 流石の勇者も驚きを隠せず、ギリギリのところで躱す。

 しかし――


「ぐわあぁっ!?」


 後ろに立っていた仲間の顔面に直撃し、そのまま背中から倒れてしまう。しかし勇者たちは、仲間よりも飛び出した魔物のほうが気になっていた。


「何なんだあの魔物は? 見たことがねぇぞ?」


 呆然としながら勇者が呟く。するとカーバンクルは、ニヤリと笑いながら得意げに鼻息を鳴らす。


「へんっ、どうだいっ! オレの力を思い知ったかってんだ!」


 甲高い子供のような声が響き渡る。それに対して勇者たちは、ますます表情に戸惑いを上乗せしていく。


「ね、ねぇ……今あの魔物、喋らなかった?」

「俺も聞いたぜ。間違いねぇよ!」


 仲間たち二人がひそひそ声で話す。これまで話せる魔物など見たことがなく、未知の存在そのものであった。

 そんな中、勇者は驚きながらも、ニヤリと不敵に笑う。


「へぇ……サリア、テメェなかなか面白れぇモンを連れてるじゃねぇかよ」


 勇者は心の中で思っていた。あんな女が連れておくには勿体ない。あんな珍しさ満載の魔物は、勇者である自分の元にいてこそだと。


「ソイツは俺様が――有効利用させてもらうぜええぇぇーーーっ!」

「なっ!?」


 叫ぶと同時に魔力が展開される。リオの驚きの声と同時に、巨大な魔弾が解き放たれてしまった。

 時間にしてわずか数秒。普通ならば巨大な魔弾を発動する場合は、詠唱などで時間がかかると聞いたことがあった。

 それをほぼ一瞬で発動まで持っていく――これが異世界召喚された勇者の特殊な力なのかと、魔弾が迫る中、リオは思っていた。

 あまりの突然さに、体が動かない。しかし頭の中は冷静だった。

 せめてサリアだけでも――愛する女性の体を抱きしめるべく、リオの体が自然に動き出していた。

 そして――魔力スポットの広場で、大爆発が起こった。


「ぐ……んん、あ、あれ?」


 サリアを抱きしめながら、リオは違和感を覚える。

 魔弾は確かに直撃したはずなのに、体に傷などの異変が全くない。これは一体、どういうことなのか。

 周囲を見渡した瞬間、それはすぐに判明した。


「うぅ……サ、サリ、ア……」


 目の前でボロボロになったカーバンクルが、震えながら倒れていた。勇者たちも傷だらけとなっていたが、意識はしっかりしているようだった。


「ちぃっ! まさか、俺たちがあんなチビに追い詰められちまうなんてな……」


 歯をギリッと噛み締めながら、勇者はカーバンクルを睨む。


(ぜってーあれは、ただの魔物なんかじゃねぇ! サリアが連れてるってことは、精霊の魔物……もしくはそれ以上のスゲェ存在って可能性もあるか)


 カーバンクル自体のダメージは相当であることが分かる。しかしダメージという点で言えば、自分たちもかなりのものだと、勇者は判断せざるを得なかった。

 顔にこそ出していないが、もはや立っているだけでも限界であった。


「くそっ、この勝負はお預けだ!」


 そう叫びながら、勇者はポケットに入れていた小さな装置を作動させる。魔法陣が展開され、仲間たちとともに一瞬で姿を消してしまった。


「今のは転送魔法だな……あんな魔法具まで持ってたか」


 忌々しそうにリオが拳を握り締める。しかしすぐにハッとした表情を見せた。


「おい! しっかりしろっ!」

「目を開けなさい! アンタは強くなるって言ってたじゃないのよ!!」


 リオとサリアが必死に呼びかける。他の魔物たちも駆け寄り、次々と鳴き声で必死に語りかける。

 しかし、カーバンクルはわずかに目を開けるだけだった。


(サリアたちは、無事……みてぇだな。オレがサリアを助けたんだ……へへっ)


 カーバンクルは小さく笑った。そしてそのまま、ゆっくりと目を閉じていった。

 もう――何も聞こえることすらなかった。



いつも読んでいただきありがとうございます。

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