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198 語り~全ての始まりの日



「十年前、か……」


 クラーレも重々しい表情となり、視線が地面のほうに落ちる。


「ワシにとっては、本当に全てが始まったと言ってもいいくらいの日じゃな」


 当時のシュトル国王は、とにかく野心にまみれていた。

 数年前にも多大な犠牲を払い、異世界から少年少女を呼び出した。離脱者こそいたものの、召喚された者たちは功績を残し、シュトル王国の名をそれなりに世界へと広めたことは間違いない。

 にもかかわらず、またしても国王は、異世界召喚を行おうとしていた。


「……当時のワシは耳を疑ったよ。また多くの犠牲者を出すつもりかとな」

「えぇ。実は僕も、その話は知り合いから耳にしていました。流石に冗談だろうと思ってはいたんですけどね」

「そりゃまぁ、そうじゃろうな」


 ジャクレンの言葉に、クラーレは思わず笑ってしまう。しかしすぐに、その笑みはスッと消えた。


「じゃが、国王は本気じゃった。野心の塊は想像以上だったんじゃ」

「召喚された子たちの特殊能力を鍛え上げて、世界に王国の名を轟かせる――もはや世界征服も同然ですね」

「……返す言葉も見つからんな」


 自虐的な笑みを零しながら、クラーレは当時のことを思い出す。

 確かにジャクレンの言うとおりであった。世界征服など、当時の子供たちですら抱かないような野望を、国王は本気で抱いていたのだ。

 別に世界征服という考え自体は、好きにしてくれという感じである。

 問題はそこに、異世界召喚儀式を利用する点にあった。


「異世界召喚儀式――果てしない犠牲に見合う価値が得られるとも思えないと、誰もがそう認識しておったモノじゃ」

「普通に考えれば、国王がバカを考えているとしか思えません。だから、裏に誰かいるのではと思いました」

「あぁ……ワシも即座にそれを疑ったよ」


 結論から言えばビンゴであった。国王をたぶらかした人物がいたのだ。

 しかしまさかその人物が、かつて異世界から召喚され、早々に国を追われた少女だったとは、クラーレも流石に想像がつかなかった。


「端的に言えば、国王は嵌められておった。召喚儀式を執り行わせ、自身が元の世界へ帰れるよう儀式を細工する……それをあの子から聞かされたときには、思わず背筋が震えたもんじゃわい」


 サリアの世界では、異世界召喚をテーマにした創作本が流行っていた。そのおかげか否か、この世界に訪れたサリアたちが状況を飲み込むのに、そう時間がかかることはなかった。

 それだけなら良かった。問題はそこからだったのだ。

 地球という世界に魔法は存在しない。だからこそ様々な『空想』ができる。

 常識を超えた『できたらいいこと』を平気で考えてしまう。


「願いを望む気持ちの強さを、あのような形で見せつけられるとはの……」

「ある種の奇跡ですね。禁断の魔術を作り替えたのですから」

「全く、どんな伝手を辿って完成させたのか……強き願いを持つ者の底力を、悪い意味で見せつけられたわい」


 サリアは元の世界に帰ることを、ひたすら強く望んでいた。

 それは追い出されてからも、そして運命の相手と結ばれてからも、決して変わることはなかったことを、強く思い知らされた。


「十年前の儀式について、クラーレさんは反対なされたそうですね?」

「無論じゃ」


 ジャクレンの問いにクラーレは即答する。


「十六年前に払った犠牲を、再度払おうとするなど、ワシには耐えられなんだ。しかもその犠牲を、同じ故郷だった者たちに支払わせるなど……」


 異世界召喚儀式には、大量の魔力を持つ者の犠牲が必要となる。数年前は、何人もの魔導師の命を散らせる羽目になった。

 しかしその時は、わずか数人で賄えることとなった。

 サリアと同じく異世界召喚されてきた、当時の少年少女たちの魔力をもって。


「正気の沙汰ではないと思った。思わずワシは、バカなことは止めろと叫んだよ。しかしあの子は、聞く耳を持たんかった。それどころかワシを、反逆者だと一方的に決めつける始末じゃった」


 クラーレの脳内に、当時の光景が蘇る。

 あれから十年経過した今でも、凄まじい形相で叫ぶサリアの姿が、今でも鮮明に思い浮かべることができる。忘れたくても忘れられない――もはやそれを辛いと感じることさえない。

 それが果たして何を意味するのか、クラーレは未だ答えに辿り着けていない。


「サリアと同郷者の子たちとの間にある確執を、ワシは読み違えておった……」

「キーカードであるカーバンクルのことも、知りませんでしたよね」

「あぁ……我ながら情けないわい」


 深いため息をつきながら、クラーレは落ち込みを見せる。何度後悔してもしきれないという気持ちが、今でものしかかってきていた。


「それからワシは、牢の中で騒ぎの声を聞いておった。ネルソンとエステルのおかげで無事に脱出はできたが、その時にはもう……手遅れな状態じゃった」


 なんとか儀式を止められればと、クラーレは必死に走った。

 いざとなればこの命を投げ捨ててでも――そう決意を胸に固めて、儀式の場に乱入しようとした。

 既に小さな乱入者たちがいたことを、知る由もなく。


「数匹の霊獣とともに、幼子が儀式の場に突如として現れたと、ワシは聞いた」

「えぇ。それが当時のマキト君でしょう。いえ、正確には『マーキィ』君と呼ぶべきでしょうかね」


 ジャクレンは神妙な表情を浮かべていた。


「あくまでこれは僕の想像ですが――恐らくマーキィ君は、母親に会いたいと我が儘でも言ったんでしょう。サリアさんが何も告げずに消えたとしても、恐らく息子である彼は、何かしらを察した可能性がありますね」

「……あり得るのか? 当時のあの子は、まだ二歳だったんじゃぞ?」

「子供の勘は侮れないモノですよ。たとえ幼子であろうともね」


 目を見開くクラーレに、ジャクレンはニッと笑う。


「もう二度と母親に会えないような気がして、相当な恐怖を抱いたのでしょう。それを察した霊獣たちが、ほんのちょっとした親切心で、マーキィ君をサリアさんに会わせようとした」

「リオとサリアの才能を綺麗に受け継いだからこそ、と言ったところかの」

「えぇ。その可能性は高いと思います」


 ジャクレンはどこか自信ありげに頷いた。


「恐らく霊獣たちは、リオがテイムしていた魔物たちでしょう。息子であるマーキィ君にも相当懐いていたのでしょうね。それこそ、彼の願いを自発的に叶えたいと思ってしまうほどに」

「その光景が、ありありと想像できてしまうな。そんなあの子の才能が、その時に限っては仇となってしまったか」

「幼子の純粋な願いという恐ろしさも、ですよ」

「確かにな」


 子供は大人以上に残酷――それの片鱗だったと言えなくもない。

 幼くして霊獣との絆を作り上げていたマーキィは、霊獣とともに遠く離れた儀式の場へと乗り込むことすら、簡単にできてしまったのだ。

 そして――遂に悲劇は起きてしまった。


「異世界召喚儀式は、精密なモノです。ましてや十年前の儀式は、サリアさんが作り替えた未知なる魔法そのもの。ただでさえ何が起きてもおかしくないそこに、マーキィ君という『異物』が乱入してしまった」

「その結果、魔法が暴走して大爆発。当時の国王と大臣も巻き込まれたな」

「乱入者のマーキィ君も、そして主犯であるサリアさんの姿も消えた。更に媒体となった国王の娘も、跡形もなく消えてしまいましたね」


 重々しく話すジャクレンに、クラーレは目を閉じながら俯く。


「ワシらはジェフリーを……当時の次期国王を連れ出して逃げるだけで、精いっぱいじゃった。ヤツからは随分と責められたもんじゃよ」

「流石に助けるのは無理だったでしょう。媒体となっていた以上は」

「それはそうなんじゃが、ジェフリーの心が、それを理解してくれんかったよ」

「どこに怒りを向ければいいか、さぞかし分からなかったことでしょうね」


 ジェフリーは次期国王として公務をこなしつつ、次期王妃である国王の娘との愛を順調に育んでいた。

 それは、周りの誰もが認めていたことだった。

 故にジェフリーの悲しみも、そして行き場のない怒りも、周りは嫌でも理解できてしまっていた。


「そして、タイミングの悪いことに……リオが乗り込んできてしまった」

「あぁ。そしてワシが、全てを知るタイミングでもあったな」


 悲しみの連鎖が引き起こされ、それがシュトル王国を更なる悲劇が包み込む。

 このままずっと、連鎖が断ち切られることがないのではないかと、当時クラーレは本気で思っていたのだった。



いつも読んでいただきありがとうございます。

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