197 語り~十六年前のとき
「全ての始まりは、十六年前じゃったな……」
「当時のシュトル国王が、禁忌とされている異世界召喚を行った件、ですね?」
「そうじゃ」
重々しく頷くクラーレを見て、ジャクレンは小さな笑みを見せる。
「やはり、シュトル王国の宮廷魔導師だったあなたとしては、忘れたくても忘れられないようで」
「当たり前じゃ!」
やや強い口調で、言葉を遮るようにクラーレは断言する。
「たくさんの部下を失ったのじゃからな。宮廷魔導師と言えど、所詮は国王の駒でしかない――それを痛いほど思い知らされたモノよ」
「……すみません。少し不謹慎でしたね」
「いや、ワシも偉そうなことを言える立場ではなかった」
クラーレも笑みこそ見せていたが、顔は完全に俯いていた。そしてそのまま、ポツリと呟くように語り出す。
「ワシはただ、国王の言葉に従うことしかできんかった。そして愚かにも、異世界召喚が成功してしまったんじゃ」
決して高くない成功率を、当時の儀式で見事引き当ててしまった。
数人の十代中盤と思われる少年少女たちが、姿を現した。その中にサリアも含まれていたのだった。
「サリアたちが暮らしておった世界は、この世界とは似ても似つかぬ世界だと、後に聞かされた」
「魔法も魔物も存在せず、種族が人間で統一された世界――『地球』と呼ばれていたことは、僕も聞いたことがあります」
「うむ。あの子たちは『日本』という国から来たと言っておった」
クラーレは目を閉じながら、深いため息をつく。
「サリアからは激しく攻め立てられたよ。やっと楽しいジョシコーセーを満喫できると思ったのに、とかなんとか色々言われてな」
「無理もありませんよ。急に知らない世界に勝手な都合で呼ばれたのですからね」
「……まぁ、それはそうなんじゃがな」
今度はなんとも理解しがたいと言わんばかりに、クラーレは顔をしかめる。
「当時、表だって文句を言ってきたのはサリアだけだったんじゃよ。他の者たちは盛り上がっておったわい。ラノベ展開キター、とかなんとか叫びながらな」
「ラノベ、ですか?」
「ワシらにはさっぱり分からんかったがの」
むしろ当時の少年たちは、異世界召喚の存在そのものを知っているかのような振る舞いをしていた。
もしや、地球と言う世界では当たり前のように異世界召喚が――クラーレはそう考えて問いかけたこともあったが、返ってきたのは笑いだった。
――そんなの現実にあるワケがねぇだろ。だから俺たちは嬉しいんだよ!
一人の少年がそう答え、サリアを除く周りも笑顔で頷いていた姿を、クラーレは未だ覚えている。
それだけ印象的だったのだ。全くもって意味不明だという意味で。
「国王からすれば、さぞかし都合が良かったことでしょうね」
ジャクレンが腕を組みながら目を閉じる。
「召喚されてきた子たちの殆どが、召喚されたことを喜んでいたとなれば」
「うむ。あの時の国王は、しめしめと言わんばかりに笑っておったよ」
「ちなみに、その時のサリアさんは……」
「喜びとは正反対と言える表情をしておったが、国王は華麗にスルーしとったわ」
「容易に想像がつきますね」
クラーレの苦笑に釣られてジャクレンも笑みを浮かべる。ある意味、分かりやすい国王だなぁと思ってしまったのだった。
もっとも従いたいかと言われれば、ノー以外の答えはなかったが。
「異世界召喚されてきた子は、何かしらの特殊能力を持っているそうですが?」
「どういう仕組みなのかはさっぱり分からんがの。当時の国王は、その特殊能力の凄さを狙っておった」
「そして――サリアさんを除く子たちが、国王の期待どおりとなった」
ニヤリと笑うジャクレンに対し、クラーレはため息とともに笑みを零す。
「……お前さんは全てを知っておるようじゃな」
「まさか! 僕でも知らないことは山ほどありますよ」
「どうだかの」
わざとらしく驚くジャクレンを軽く流し、クラーレは視線を落とす。
「お主の言うとおり、サリアの特殊能力は国王の望むようなモノではなかった。精霊と心を通わせるという以外に、何も持っておらんかったからの」
「そもそも精霊の類が人前に現れること自体、皆無に等しいですからね。一見すると凄い能力でも、実用性がなければ役立たずってことですか」
流石に忌々しいと思ったのか、ジャクレンの苦笑に少々の苛立ちが募る。そんな彼の様子を見て、クラーレは軽く目を見開いていた。それだけその反応が珍しかったことを意味している。
そんなクラーレの様子を気にも留めず、ジャクレンは話を続ける。
「そしてサリアさんは、当時の国王から呆気なく切り捨てられてしまったと」
「――あぁ、身一つで容赦なく放り出された。ワシにできたのは、わずかな金を握らせてやることぐらいじゃったよ」
悔しそうにクラーレは俯く。もう少し自分に地位があればと思ったのだ。するとここでジャクレンは、一つ気になったことがあった。
「それについて、マキト君たちに話したりとかは――」
「しとらん。話したところで、何かが変わるワケでもあるまい」
クラーレは首を左右に重々しく振った。
確かにそのとおりかもしれないとジャクレンが思っていると、クラーレはフッと小さく笑う。
「まぁ、別に隠すつもりもないがの。あの子たちが興味を持って聞いてきたら、素直に答えてやるわい」
「なるほど。それがいいのかもしれませんね」
ジャクレンのふんわりとした笑みに、クラーレも優しく頷く。そして再び話を続けていった。
「それからサリアがどうなったのか――ワシは何も知らずに過ごしておった」
クラーレは大きく息を吐きながら天井を見上げた。
「一緒に召喚されてきた者たちは、こぞってサリアのことをすぐさま忘れたよ。役立たずのことをいちいち心配するだなんて、バカバカしいにも程がある――心の底から愉快そうに笑いながらな」
「どうやらその子たちは、人情という言葉を元の世界に置き忘れたようですね」
「同感じゃ。まぁ、ワシも似たようなモノじゃがな」
苦笑しながら軽い口調で言うクラーレであったが、本心でもあった。
(追い出されるサリアに、ワシもロクなことをしてやれんかったからのう)
薄情と言われればそれまでだが、仕方がなかった部分も大きかった。
王国の宮廷魔導師という大きな立場を得ていたからこそ、クラーレは迂闊に動くことができなかったのだ。密かに部下を動かす、というような行動がとれれば良かったのだが、あいにくそれができるような環境でもなかった。
国王が見捨てた者をフォローするなど、誰もしようとしなかったからである。
発覚した場合の報復が怖いからというのもある。だがそれ以上に、誰も興味を持たなくなっていたのだ。
切り捨てられた他人をいちいち気にかけている暇などない――ヒトが日常的に出している冷酷な部分の一つと言えるだろう。
追い出されたサリアに対し、クラーレは申し訳ない気持ちを抱いていた。
わずかな路銀を握らせたのがその証拠である。
しかし行えたのはそれだけだった。
他の異世界召喚者の面倒を見なければならなかった、という言い訳もあった。むしろそれを言い訳に逃げていたとも言える。
結局のところ、クラーレも自己満足の末に忘れ去ってしまっていた。
やはり薄情と言う他はないだろう。
「サリアのその後については、お前さんのほうがよく知っておるじゃろう? そのために今日、こうして顔を出してくれたのではないか?」
「――あなたも勘が鋭いお方ですね」
ジャクレンはニッと笑みを深め、そして語り出す。
「サリアさんはその後、魔物使いの青年と出会うことになります。それにより、役立たずと言われた特殊能力が光り出しました」
「その青年がリオと言うことじゃな?」
「えぇ。二人はそのまま行動を共にし、世界中を旅していくワケですね」
実を言うと、リオとジャクレンは、昔からの知り合いだった。
同じ魔物を扱う職業同士ということで、意気投合していたのである。それ故に、自然と彼はサリアとも知り合いになったのであった。
「リオとサリアさんは、とてもお似合いでした。二人はいつしか愛で結ばれ、幸せに生きていくのだろうと思っていました」
「……お前さんが断言するほど、二人は仲睦まじかったということか」
「そのとおりです。しかし――」
それまで笑顔だったジャクレンの表情が、神妙なそれに変化していく。
「お二人の幸せが長続きすることは、残念ながらありませんでした。サリアさんの抱いていた気持ちが、どうしても抑えきれなかったのです」
「元の世界へ帰りたい……か」
「えぇ」
ジャクレンは頷き、そして笑顔を消した状態で言った。
「その膨れ上がった気持ちが、十年前の事件を引き起こしてしまったんですよ」
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