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194 とあるヴァルフェミオンの落第生



「――お前はどうしていつも『そう』なんだ? えぇ、カミロ?」


 ヴァルフェミオンの演習場にて、男性教諭が深いため息をつきながら、呆れ果てた視線を向ける。

 カミロと呼ばれた少年は、ビクッと背筋を大きく震わせ、恐る恐る顔を上げた。


「え、えっと、その……僕にも正直分からなくて……」

「どうして分からないんだと聞いてるんだ!」


 声を荒げる男性教諭に、カミロは再び背筋を震わせながら目を閉じる。既に言い返すだけの勇気は、完全に根元からへし折れてしまっていた。

 男性教諭は再び大きなため息をつく。


「全く、俺の担当する生徒の中にこんな問題児がいるとはな……いい加減にちゃんとした実技の成功を見せてくれよ。このままだと本当に落第になるぞ?」


 しゃがんで顔を近づける男性教諭。しかしそれすらも怖く感じたカミロは、再度ビクッと大きく体を震わせる。


「で、でも僕は……ひ、筆記試験では高得点を出していて……」

「そうだな。しかしそれだけじゃ意味がないんだ」


 必死に弁解しようとするカミロに対し、男性教諭は容赦なく告げる。


「どーゆーワケか、お前は実技試験のときだけ魔法が上手く発動できない。だから教師である俺たちも評価が付けられないんだ」

「ひょ、評価が付けられない?」

「そうだ」


 当然だと言わんばかりに頷く男性教諭。それに対してカミロは、流石に納得できない部分があった。


「ま、待ってください! 今まではそんなことはなかったハズですっ!」

「そりゃ去年までは、知識を習得するのが優先だったからな。たとえ実技の点数が最悪でも、筆記さえ良ければ落第はなかったさ」


 なんてことなさげに男性教諭は答える。それがどうしたと言わんばかりの淡々とした物言いに、カミロは呆然とした表情で問いかけた。


「……今年からは違うんですか?」

「当たり前だ。学年が変わればお前たち生徒に求める内容も変わる。別に驚くようなことじゃないだろう」


 そう言われたカミロは、思い当たる節があった。

 筆記試験で高得点を連発しても、褒められることがなくなった。実技試験で散々な結果を出したら、表立って怒られることが多くなった。

 それは全て今年になってから――正確に言えば進級してからのことだ。

 つまり、評価の優先基準が大きく変わったことを意味する――カミロはようやくそのことに気づいたのだった。


「去年と同じようにいけると思ったら大間違いだぞ。進級したからには、実技の結果が評価基準となる。筆記試験の結果は、その上乗せ材料でしかなくなるんだ」

「そ、そんな……あれだけいい点数取れたのに……い、いや、でも!」


 カミロはもう一つだけ、反論できる材料があることを思い出した。


「でも先生! 僕は普段はちゃんと魔法が使えるんです! 自主練で先生に教わったときはちゃんとできてましたっ!」

「それは知ってるよ。だから俺は聞いてるんだよ。なんでそれを試験本番で発揮できないんだとな」

「うぅ……」


 どこまでも冷静に切り返され、またしてもカミロは撃沈してしまう。完全に項垂れてしまい、もう立ち上がる気力すらなかった。

 それを悟ったのか、男性教諭は大きなため息をつき、踵を返して歩き出す。


「もうこれ以上やっても時間のムダだ。いつまでもこんなことに時間を使うほど、俺もヒマじゃないんだよ」

「先生っ! どうかチャンスを……もう一度チャンスをくださいっ!」


 カミロは土下座をする。必死に声を上げて懇願していた。もう後がないことを強く理解しているのだ。

 男性教諭は立ち止まりながら振り返る。しかしその視線は冷たいものだった。


「チャンスならこれまでに何度もくれてやっただろう。いざというときに力を発揮できない魔導師など、役立たずもいいところだ。もうお前みたいな落ちこぼれに付き合う気力すらもなくなったよ」


 感情のない声で淡々と言い放つ男性教諭。再び視線を前に戻して歩き出すその後ろ姿に対し、呆然としていたカミロは我に返った。


「ま、待ってください先生! せんせえええぇぇーーーっ!」


 カミロの叫びも空しく、男性教諭は訓練場を出ていった。

 広い訓練場に一人残されたカミロの目から、自然と涙が溢れ出る。もう何も考えられなくなった。もう自分はおしまいなのだと思った。


(どうして……僕は一生懸命頑張っているのに……魔法だって普段は使えるのに)


 男性教諭の言っていることは正しい。特にこのヴァルフェミオンにおいては、少しの恩情すら与えられない厳しさを誇ることで有名なのだ。それぐらいの名門に身を置いているからこそ、こういった目にあうことも少なくはない。

 実際、カミロのような生徒は、毎年たくさん出ている。

 むしろ彼が今日まで生き残れていること自体、奇跡だと言えるほどだ。筆記試験の成績が優秀でなければ、もうとっくに追い出されていることだろう。


(やっぱり、納得できない!)


 カミロはギリッと歯を噛み締める。そして試しに、右手に魔力を込めてみた。

 ふわっ――と、魔力の粒子が出現する。それは程なくして形作られ、演習場に用意された的に目掛けて発射される。

 ――ボンッ!

 魔弾が命中した部分が、黒焦げとなっている。中心からは少しずれているが、点数としてはかなり高いと言える。

 問題は、いざ試験になると全くできなくなることだ。

 自分のメンタルの弱さ故かと思われたが、それにしては不発が多すぎる。まるで何か不思議な力が働いているのではないかと思いたくなるが、残念ながら証拠と言う証拠がまるでない。


「とにかく、なんとかしないと。もっと練習すれば、あるいは――」

「止めておけよ。今のお前じゃ無理だ」


 突如聞こえてきた第三者の声が、カミロの動きがピタッと止める。慌てて周囲を見渡すと、一人の男子生徒が壁にもたれているのが見えた。


「クレメンテ!」

「よう。相変わらず頑張ってるな」


 軽く手を上げながら、クレメンテは笑顔で歩いてくる。それに対してカミロは、驚きを隠せない様子であった。


「いつの間にそこにいたの?」

「ついさっきな。声かけようと思ったんだが、面白かったから見てたんだ」

「……趣味悪すぎだよ」

「ハハッ。友達のよしみってことで、勘弁してくれや」


 ケタケタと笑うクレメンテに、顔をしかめていたカミロも苦笑を浮かべる。

 カミロからすれば、この学園で唯一の友といっても過言ではない。だからこそ大切にしたいという気持ちが非常に強かった。それこそ困っていることがあれば、なんでもしてあげたいと思えるほどに。

 もっとも、カミロのほうが圧倒的に助けてもらうケースが多いため、それを情けなく思うことが多いのも、また事実ではあるのだが。


「まぁ、そんなことよりもだ。お前に一つ教えておきたいことがある」

「なんだよ……くだらないことなら後にしてよ」

「いいから聞けって」


 最初の軽口から一転、クレメンテは真剣な表情となり、周囲の様子を伺いながら小声で話す。


「あの先生な――実は不正してるんだよ」


 その瞬間、カミロは目を見開いた。


「ふ、不正っ!?」

「しっ、声がデカい。誰に聞かれているか分からねぇんだぞ」

「ムグッ!」


 カミロは慌てて自分の口を両手で塞ぐ。後の祭りも同然であるが、幸いなことに周りから何の反応も出ていない。

 どうやら誰にも聞かれていなさそうだと、カミロは胸を撫で下ろす。

 そして、改めて真剣な表情を友に向けるのだった。


「そ、それで? 先生が不正って、どういうことなのさ?」

「どうもこうも言葉のとおりだ。先生はいつも、お前の邪魔をしてたんだよ。密かに特殊な魔法を使って、発動そのものを制限させていたって感じだ」

「そんな……」


 あまりのショックにカミロは体の震えが止まらない。よりにもよって、誇り高き魔法学園で魔法を教える立場にある人が、不正を行っていたなど。


「で、でも! どうして先生は僕を?」

「そこまでは分からねぇさ。あくまで邪魔している事実が分かっているだけだ」

「うぅ……けどまぁ、それだけ分かれば十分だよ!」


 カミロは立ち直りつつ、拳をギュッと握り締める。そんな彼に対し、クレメンテは腕を組みながら、冷静な声で言った。


「一応言っておくけど、訴えるつもりなら止めておきな」

「どうして? 悪いことをしているのは、先生のほうじゃないか!」

「確かにそのとおりではあるがな……どうやってそれを証明するんだよ? 真正面から言ったところで、テキトーにはぐらかされるだけだぞ?」

「あっ……」


 意気込もうとしていたカミロの勢いが、急速に衰えてくる。クレメンテは小さなため息をつきつつ肩をすくめた。


「あくまで俺も、この目で見ただけだからな。先生もそこまでバカじゃねぇし、隠す手はいくらでもあるだろうよ」

「じゃ、じゃあもう、打つ手はないってことじゃないか!」


 絶望に満ちた表情を浮かべ、カミロは脱力しながら跪く。その目からはポロポロと涙をこぼしていた。


「僕はもう、落第する運命にあるってことなんだ。いっそ退学したほうが……」

「まぁ、待てよ。まだ諦めるのは早いぜ」

「えっ?」

「方法がないワケじゃない。ちょいと危ない橋を渡る羽目になるがな」


 クレメンテはニヤリと笑いながらカミロに顔を近づける。そして、呆然とした表情の彼に告げるのだった。


「神獣カーバンクルを手に入れろ。お前が学園で生き残るにはこれしかない!」



いつも読んでいただきありがとうございます。

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