193 マキトのお爺ちゃん
「面影があると思ってはおった……まさか本当にワシの孫じゃったとはな」
クラーレは目を閉じながらしみじみと話す。その目からは、うっすらと涙が浮かび上がっていた。
一方、孫と称されたマキトは、ただただ戸惑っていた。
「……本当に俺のじいちゃんなのか?」
「お前さんがリオとサリアの息子ならば、十中八九当たりじゃよ」
確固たる証拠はない。あくまで面影と聞いた話の整合性を取った末に、導き出した推測に過ぎない。
それでもクラーレは確信していた。目の前にいる少年が、決して赤の他人ではないことを。
一目見た時から不思議な気持ちに駆られていた――その謎が解けた気がした。
「魔物使いとして魔物に懐かれる才能、そしてその顔立ちも、どことなくリオの雰囲気が出ておるわい。そして……」
未だ気持ち良さそうに眠っているフォレオたちに、クラーレは視線を向ける。
「妖精や霊獣ばかりをテイムできるというのは、恐らく母親譲りじゃろう」
「そういえば、カーバンクルが言ってたな」
サリアについて自慢げに語っていたのを、マキトは思い出す。
「なんか精霊と仲良くなれる能力がどうとかって……」
「ん。確かに言ってた」
「ですね」
ノーラとラティも頷く。同時にこれまで解明できていなかった謎の一つが、ようやく分かったような気がしていた。
「俺が普通の魔物をテイムできない理由は、そこにあったってことか」
「お母さんから受け継いだ才能が、そうさせていたのですね」
「恐らくな」
血は争えないと思いながら、クラーレは笑みを深める。
「精霊と仲良くなる――恐らくは精霊を司る妖精や霊獣を意味するんじゃろう。ただしあくまで、魔物使いではなかったそうじゃがな」
「本当に単なる特殊能力ってことだったんだ。珍しい才能ってあるんだな」
マキトが腕を組みながら感心する。魔物使いとはまた違う能力の存在に、少なからず興味を抱いていた。
「ん。でも納得できる部分はある」
そこにノーラが、別の角度から納得を示してきた。
「サリアは異世界召喚されてきた人物。普通では身に付けられない能力を持っていたとしても、不思議じゃない」
「うむ。恐らくその線で間違いはないじゃろう」
クラーレも同意を示す。しかしその直後、申し訳なさそうに眉を下げた。
「もっともワシが知っていることは、それぐらいのもんじゃ。あまり話せることがなくて済まんな」
「それは別にいいけど……じいちゃんもロクに知らないってことになるのか?」
「うむ。思えば情けない話になるんじゃが――」
クラーレは軽くため息をつき、そして表情を引き締め、顔を上げる。
「ワシがリオとサリアの関係を本格的に知ったのは、それこそ十年前に起きた、例の事件のときだったんじゃよ」
十年前――シュトル王国で発生した、異世界召喚儀式の失敗。
そこでクラーレは初めて、自分にリオという名のハーフエルフの息子がいることを知ったのだった。
彼がまだ若かりし頃、とあるエルフ族の女性とひと夏の恋に燃え上がった。
季節が変わってすぐに二人は別れ、それっきり会うことはなかった。
「自分に孫はおろか、息子がいたことすらも、ワシは知らんかった。それを知ったのは全てが終わった後じゃった」
幼い男の子が儀式の暴走に巻き込まれ、姿を消した。そして程なくして、新国王の怒りの刃によって、一人のハーフエルフの青年の命が消え去った。
直後――新国王の言葉により、クラーレは全てを知った。
「ワシは本当に……何もできんかったのじゃ」
重々しい口調でクラーレは言う。俯かれている顔からは、どんな表情を浮かべているかまでは分からない。
「見知らぬ幼子と若い男の哀れな姿――そうとしか思っておらんかった。まさか自分の息子と孫じゃったとは……今でもあの瞬間のことが、瞼の裏に鮮明な形で蘇ってくるわい」
全てを知ったクラーレは、大声で叫んだ。まるで壊れた玩具のように、正気を失った声を、王都中に響かせる形で。
「ユグラシア殿が止めてくださらなければ、ワシはあのまま死んでおった。生きている価値があるのかと、今日までずっと考え続けておった。しかし――」
クラーレはマキトに視線を向ける。
「まさか、孫が生きておったとはな……」
そしてその目には、溢れんばかりの涙が浮かび上がっていた。体を震わせ、ぽろぽろと地面に雫を零しながら、クラーレは嗚咽を漏らす。
「生きていてくれて……元気でいてくれて……ワシは、ワシは嬉し……うぅっ!」
「じいちゃん……」
目の前の老人の体が、マキトにはえらく小さく見えていた。
マキトはゆっくりと立ち上がり、恐る恐るクラーレに近づいていき、彼の目の前に膝をつく。
そしてその小さな背中に、手を回したのだった。
「おぉ……おぉっ……」
クラーレの口から漏れ出る呻き同然の声を、マキトは黙って受けとめていく。
余計な言葉はいらない。ただ抱き締めているだけで十分だった。
震える体は途轍もなく弱弱しく思えた。ほんの少し力を込めるだけで、あっという間に崩れてしまいそうな気がした。
最初に見せていた力強さは、幻だったのではないかと思えてしまうくらいに。
そんな二人の後ろ姿を黙って見ていたノーラとラティが、互いに顔を見合わせ微笑みを浮かべる。
泉の流れる音とともに、嗚咽の漏れる音はしばらく流れ続けるのだった。
◇ ◇ ◇
「――もう大丈夫じゃ。情けない姿を見せてしまって、済まんかったな」
スッキリとした笑顔でクラーレは言う。瞼は少し腫れていたが、その晴れやかな表情は、心からの清々しさを醸し出していた。
「キュウ……」
『ふわあぁ~ぅ』
「んにゅう……あー、よく寝たぜー」
そこに、三匹の魔物たちの寝起きな声が聞こえてくる。たっぷり寝たおかげで、こちらもスッキリとした目覚めを迎えたようだった。
ノーラが自然な動きでロップルを抱き上げ、マキトはフォレオを抱える。これはいつものことなので、魔物たちも特に大きな反応は示さない。
そして、残ったカーバンクルはというと――
「んー……しょっと!」
マキトの背中に飛び乗り、器用によじ登って肩に掴まるようにしてもたれる。突然のことで驚いたが、その体は驚くほどの軽さであり、マキト自身に負担がかかることはなかった。
「な、なんだよいきなり?」
「オレだけ抱っこされないなんて寂しいからな。除け者は許さねーぜ♪」
「いや、別にそんなつもりはないけど……」
「なら問題ねぇな」
笑顔でそう断言するカーバンクルに、マキトはツッコミを入れる気力が失せた。
「……分かった分かった。もう好きにしとけ」
「おうっ♪」
ため息をつきながら投げやりに言うマキトに対し、カーバンクルはご機嫌な声で返事をしつつ、肩に掴まる力をギュッと込める。
そう簡単には離れてやらねーぞと、そう言わんばかりであった。
「ホッホッホッ、こりゃまた随分と懐かれたもんじゃのう」
そんなマキトたちの様子を、クラーレは微笑ましく思っていた。そしてここで、あることを思いつく。
「よし、お前さんたち、今日はワシの家に泊まっていきなさい」
「いいのですか!?」
「無論じゃ」
表情を輝かせるラティに、クラーレは笑顔で頷いた。
「良ければこれまでの出来事などを、是非ともワシに教えておくれ」
「ん。分かった。マキトもいいよね?」
「えっ? あ、あぁ……」
どこか押しの強い声のノーラに、マキトは反射的に頷いてしまう。しかし断る理由が全くないのも、また確かではあった。
(――まぁ、いいか)
そう思いながらマキトは、クラーレに視線を向ける。
「じゃあ、じいちゃん。今夜は世話になるよ」
「うむ。堅苦しくせんでええぞ。気楽にのんびりしていきなさい」
「ありがとう」
かくしてマキトたちは、クラーレの家で一夜を明かすことが決定した。思わぬ決定に対し、それぞれが嬉しさを醸し出している。
「おじーちゃんの家でお泊り……楽しみなのです♪」
「キュウキュウッ」
『うん、ぼくもたのしみー♪』
「オレも楽しみだぜ!」
魔物たちもすっかりはしゃいでおり、盛り上がりを見せている。まるで自分の子供たちが喜んでいるみたいだと、クラーレも受け入れていた。
「では、早速ワシの家に向かうとしよう。今日は豪華な夕食をご馳走するぞ」
その声に、改めて魔物たちは喜びの声を上げる。マキトやノーラも、嬉しそうな表情を浮かべながら、クラーレの後に続いて歩き出した。
◇ ◇ ◇
そして、魔力スポットに誰もいなくなった、数分後のこと――
「……よっし、無事に到着したかな?」
魔法陣の光とともに、一人の少年が降り立った。
小柄で痩せ型で、分厚い眼鏡をかけた坊ちゃん刈りの黒髪は、傍から見れば真面目そうな雰囲気を醸し出している。
そんな少年が周囲をキョロキョロと見渡し、そして目の前の泉を見て、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「やった! ヴァルフェミオンの学生カミロ、無事に目的地に到着――ってね♪」
少年ことカミロは、小さなガッツポーズを見せる。そして目の前にある泉から、すぐに目を逸らしてしまった。
「さて、と……確かこの近くにあるハズなんだけどなぁ……」
カミロは何かを探すように、魔力スポットの周辺をウロウロと歩き出す。最初は余裕感のある落ち着いた様子を見せていたのだが、それは次第に、焦りの色を濃くしていった。
「……おかしい。なんでどこにもないんだ?」
独り言を呟きながら、カミロは慌てふためく。近くの茂みをガサガサと乱暴に漁ってみるが、目的のものは見つからない。
(ここのどこかにあるハズなんだ……神獣カーバンクルの祠が!)
その祠はマキトたちが封印を解いてしまったため、既に存在しない。
無論、そのことを知らない少年は、それからありもしない祠を一生懸命探す羽目に陥ってしまっていた。
しばらくそのまま探し続けるが、当然の如く見つからない。
疲れて跪いてしまうも、カミロの目は燃えていた。
(学園には黙って抜け出してきているんだ! 絶対に見つけるまでは帰れないし、帰るつもりなんかないぞ! 何せ――)
両手で草むらをギュッと力強くつかみながら、カミロはギリッと歯を鳴らす。
(これには僕の……僕の落第がかかってるんだぁーーっ!)
心の叫びを解き放ちながら、カミロはここまでやってきた経緯を、脳内で思い出していくのだった。
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