185 楽しい青空のお散歩
今回のお話から第六章の開始となります。
竜の山の一件から、数週間が経過していた。
ユグラシアの大森林は、今日も至って変わらない時間が流れている。魔物の元気な鳴き声も、立派な平和の証であった。
たとえそれがドラゴンの鳴き声であったとしても、決して例外ではない。
「グオオオォォーーーッ!」
ばっさばっさと羽ばたきながら、大きなドラゴンの雄叫びが響き渡る。そしてその背には、マキトとノーラ、そしてラティとロップルが乗っていた。
「凄いぞフォレオ! もうすっかり安定しているじゃないか!」
『ふふーん、どんなもんだーい♪』
マキトの誉め言葉に、フォレオが得意げに鼻息を鳴らす。調子に乗ってあっという間にバランスを崩すこともなく、安定した飛行を披露しており、マキトたちもより安心感が大きくなっていた。
「本当にフォレオも飛ぶのが上手になったのです」
「キュウーッ♪」
「ん。本当にお見事」
『えへへー、もうそんなほめないでよー♪』
ラティたちからも褒められ、フォレオは嬉しそうな声を出す。心なしか翼を羽ばたかせる勢いが増したように思えるが、依然として飛行は安定していた。
「今日はいつにも増して、フォレオが嬉しそうなのです」
「森の敷地内なら自由に飛んでもいいって、ユグさんから許可が出たからな」
フォレオの背中を優しく撫でながら、マキトが言う。
「もっともユグさん的には、神殿の周りだけにしてほしかったみたいけど」
「ん。それじゃフォレオの練習にならない」
「――って言ったら、渋々認めてくれたんだよな」
「渋々もいいところだったのです」
「キュウッ」
ラティに続いてロップルも頷いた。実際のところ、認められていると言っていいのかどうかも怪しいほどだ。
マキトたちを信じていないとかではない。単純に心配で仕方がないのだ。
要するにユグラシアは、単純な『親バカ』を発動させているだけに過ぎない。アリシアと本当の親子になって以来、その傾向が強くなってきている。
先日、オランジェ王国から帰ってきた際に、マキトたちが改めてそれを強く思い知ったのだった。
「母親って、皆あーゆーもんなのかな?」
「どうなのでしょうね。わたしはいたことないので分からないのです」
「ん。ノーラも」
「キュウッ」
『ぼくもいたことないよー』
それぞれの返事に、マキトは一瞬だけ思考が停止してしまった。そして軽く噴き出すように苦笑する。
「……ははっ、まさか俺たち全員そうだったとはな」
「でも、マキトの場合は、ちゃんと母親が誰なのかは判明している」
「確かにそうかもしれないけど……」
ノーラの言っていることはそのとおりなのだが、マキトはなんとも微妙だというのが正直なところであった。
「殆どいないも同然だと思うんだよな。会ったこともないし……いや、会ったことがないワケじゃないのか」
「ん。最後に会ったのはマキトが二歳の時。物心がついてないから、覚えてないのも無理はない」
「むしろマスターからすれば、『知らない』も同然だと思うのです」
「だよなぁ。初めてユグさんから聞かされた時も、あんまピンと来てなかったよ」
生みの親がいたという事実には確かに驚かされたが、それだけの話だ。特にこれといった感情が湧いてきておらず、今もそれは変わっていない。
「マスターは、本当のお母さんに会いたいって思ったことはあるのですか?」
不意にラティがそう尋ねてきた。マキトは「うーん」と軽く唸り、空を仰ぎながら数秒ほど考える。
そして――
「微妙なところかなぁ。興味あるっちゃあるし、ないっちゃない感じみたいな」
小さく笑いながらそう言うのだった。そんなマキトの反応に、ノーラもクスッと笑みを浮かべる。
「ん。なんだかマキトらしい」
「それは褒めてるのか?」
「もちろん!」
軽い口調のやり取りに、マキトたちは皆で笑い声を上げる。至っていつもの、彼らの自然体な姿そのものであった。
「あ、もしかしたらなのですけど――」
するとラティが、何かを思いついたような反応を示す。
「案外、どこかでひょっこり、マスターのお母さんと会えるかもなのですよ」
「ん。あり得ると思う。マキトは何気に奇跡という言葉とお友達」
「ですよね!」
ラティとノーラがしみじみと頷き合う。しかしマキトは、なんとも言えない微妙そうな表情を浮かべていた。
「――いや、流石にそれはないだろ」
もはや苦笑すら浮かんでこないほどであった。
そもそも生きているのかどうかも知らない状態で、いきなり目の前にパッと現れるなど、普通に考えたらあり得ない。
とりあえずここは、軽く流しておこう――マキトはそう思うのだった。
『あっ、ますたー!』
その時、フォレオがあることに気づいて声を上げる。
『ぼくたちにてをふってきているひとがいるよー!』
「ん、どこ?」
『あそこ。かわがながれているところー』
「川……あ、ホントだ」
フォレオが指をさした方向を見ると、確かにピンポイントでマキトたちに手を振ってきている人物がいる。
そこは、いつもマキトたちが遊んでいる、神殿近くの河原であった。
「ん。確かにいる。赤いローブがすっごい目立つから、とても分かりやすい」
ノーラも見下ろしながら、少しだけ驚く様子を見せている。あんな目立つ色のローブを着るなんてと思っているのだ。
そんな中、マキトは訝しげな表情を浮かべていた。
「赤いローブ……なんかどっかで見たような気がするんだよなぁ……」
「あ、思い出したのです! 確かライザックとかいう魔導師さんなのです」
「……あぁ!」
妙に聞き覚えのある名前だなぁと思っていたその時、マキトの頭の中でとある記憶が蘇った。
「そういえばいたな。確かフォレオと出会って、すぐのときだったっけ」
かつて、フォレオを狙ってきた魔物使いの青年ダリルが、悪い魔力に呑まれて暴走したことがあった。
それをラティとフォレオが、変身能力を駆使してなんとか阻止。その翌朝に、下から手を振ってきている赤いローブの人物が現れたのだ。
「はいなのです。あの時はビックリしたのです!」
『ぼくもおもいだしたよ。すっごいあやしいひとだったよねー!』
「キュウキュウッ!」
フォレオに続いてロップルも思い出し、ビックリさせられたことを憤慨する。
一方ノーラは、妙な置いてけぼり感を味わっていた。
「むぅ……ノーラ、そのこと知らない」
「そうだっけ? たまたま、その場にいなかったんじゃないか?」
マキトが正解である。朝食後、野暮用があると言って、ノーラはさっさとリビングを後にしてしまい、ライザックと顔を合わせるチャンスを逃していたのだ。
それからも、マキトたちがその時のことを話題にしていないため、ノーラが知らないのも無理はない話であった。
『ねぇねぇ、ところでどうするの? ぼくたちのことをよんでるんじゃない?』
「うーん……」
フォレオの疑問は実にもっともであったが、マキトは気が進まなかった。
「敵じゃないって言ってたけど……なんかちょっとなぁ」
「怪しい人に変わりはないのですよ」
「そうなんだよな」
ラティの言葉に頷きつつ、マキトは魔物たちやノーラの様子を見る。皆揃って浮かない表情をしており、それが自ずと結論を浮かび上がらせた。
「とりあえず気づかなかったことにして、このまま神殿に帰ろうか」
「それが良さそうなのです」
「キュウッ」
『さんせーさんせー♪』
皆、決して大きくない声とともに頷き合い、このまま回れ右をしようとした。
しかし――
「皆さんヒドイですねぇ。僕のことをスルーしようだなんて」
「――へっ?」
いきなり第三者の声が聞こえてきた。思わずマキトが、間抜けな声とともに振り向いてみると――
「どうもー♪」
ワイン色のローブからフードを外し、顔が半分隠れるくらいに伸びた金髪をなびかせながら、青年がにこやかに手を掲げながら笑っていた。
「どわあぁーーっ!? な、なな、なんでーっ?」
マキトは驚きのあまり絶叫してしまう。ノーラや魔物たちも同じ気持ちで、完全に絶句しつつ、硬直していた。
対する青年ことライザックは、赤い切れ長の瞳を開き、スッと笑うのだった。
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