183 幕間~とある魔族王子の奮闘・霊獣~
「きゅいきゅいー♪」
ラティたちと一緒に来たフェレット型の霊獣は、カイにベッタリだった。マキトたちからすれば、単なる微笑ましい光景に他ならないが、当のカイにしてみれば困惑以外の何物でもなかった。
「この子はカイさんのこと、木の実をくれた恩人だと認識しているのです」
「ふーん。ラティたちについてきたのも、カイさんに会えると思ったからかな?」
「かもしれないのです」
ラティとマキトが和気あいあいと話している姿を見て、カイは助けてくれそうにもないと思った。
否――そもそも周囲からすれば、助けるようなことでもないことは分かる。
霊獣に懐かれているだけで危害は一切ない。ましてや普通ならあり得ないに等しいことなのだから、尚更と言えるだろう。
それでも、この状況をどうすればいいのかが、正直カイには分からない。
「なんかカイさんと一緒にいたいって言ってるみたいだな」
「実際、そう言ってるのです」
「やっぱりか」
マキトたちの会話を聞くまでもない。霊獣はカイにしっかりとしがみつき、離れようとしていない。カイが離そうと試みてみたが、ただ単に服が引っ張られるだけであった。
「カイさん。迷惑じゃなければ、連れて帰って面倒見てあげたらどう?」
「それがいいのです。その子もそれを望んでるのです」
「――きゅいっ♪」
マキトとラティの言葉に、霊獣が即座に反応を示した。まるでそれが名案だと言わんばかりに。
一方のカイは、どうしたもんかと思いながら、霊獣を見つめている。
「急に言われても困るが……まぁ妹も最近、似たようなことをしてきたからな」
「へぇー、妹さんがいるのですか?」
採取してきた木の実を手に取りながら、何気なくラティが尋ねると――
「あぁ、恐らくこの世で一番素晴らしいと思われる妹がな!」
カイの口調が変わった。ついでに言うと表情も――なにより目つきが変わった。
「そもそも我が妹は――」
マキトやノーラ、そして魔物たちが呆気に取られる中、カイは熱弁する。妹がいかに可愛くて優秀で将来性溢れる存在であるかを。
激しい身振り手振りをしながら語る姿は、完全に自分の世界に浸っていた。
さっきまで見せていた厳しい態度は、一体どこへ行ってしまったのか――本気でそう尋ねたくなるほど、今の彼は完全に別人に見えていた。
「――ということから、我が妹の素晴らしさが際立っているワケだ」
「は、はぁ……」
「分かってくれたようでなによりだ。要するに我が妹は、常に未来を見据え――」
マキトの返事は、明らかに分かっていない返事であったが、カイはそんなこと気にも留めずに語り続ける。
その後も「はぁ」と「へぇ」と「なるほど」といった、三パターンの返事をマキトは繰り返していたが、やはりカイは気持ち良さそうに語るばかりだった。
試しに相槌を打たずに黙って聞いていたら――本当になんともなく話が続いた。
もはや完全に、目の前にいるマキトたちのことすら見えていない。
彼の脳内に浮かぶ『妹』なる存在しか見えていないのだと、流石のマキトでも気づいてしまう。
もっとも気づいたからといって、そこから何かを思うこともなかった。
何故なら興味がないからだ。
相手が勝手に語り出し、勝手にベラベラと喋り続けている変な人――マキトからすればその程度の認識でしかないのだ。
ついでに言えば、ノーラやラティたちも似たような認識である。
「――とまぁこんなところだ。我が妹の素晴らしさを聞いてくれて感謝するぞ」
熱く語り尽くしてスッキリしたのだろう。晴れやかな笑顔でカイはマキトたちに礼を言った。やはりマキトたちは、無表情で生返事をするだけだったが、当の本人はまるで気にも留めず、気持ち良さそうに笑うばかりであった。
そして――
「そうそう。私はキミたちのことも、素晴らしいと思っているからな」
カイは突如として、マキトとノーラに向けてそう言った。急にどうしたのと尋ねる前に、カイが言葉を続ける。
「キミたちには筋がある。それ故に、さっきの解体作業の特訓は、少しばかり早いペースで教えてしまったんだ。どこかしらでへこたれる予想はしていたんだが、まさかあそこまで付いてくるとは思わなかったよ」
そう言われたマキトとノーラは、目をパチクリとさせた。そして二人は無言のまま顔を見合わせ、そして再びカイに視線を戻す。
「……ひょっとして、褒めてくれてる?」
「それ以外に何があるというんだ」
戸惑いながら尋ねるマキトに、カイは苦笑する。そして彼は手を伸ばし、マキトの頭をグシャグシャと荒っぽく撫でた。
「精進を怠らないことだ。キミたちのこれからの成長に、期待しているよ」
そしてカイは、手を放しながらニコッと笑う。それに対してマキトは、撫でられてずれかけたバンダナに手を伸ばしつつ――
「はいっ!」
しっかりとした返事とともに、強く頷くのだった。
◇ ◇ ◇
森の中で一夜を明かしたマキトたち。カイはパートナーのドラゴンに乗り、森から旅立とうとしていた。
一匹の新しい仲間を連れて。
「カイさん、色々と教えてくれてありがとう」
「あぁ、こちらこそ。私も色々といい経験をさせてもらったよ」
マキトとカイが強く握手を交わす。そしてマキトは、彼の肩から身を乗り出している存在に目を向けた。
「キューロンも、またいつか会おうな」
「きゅいっ」
フェレット型の霊獣は、カイとともに行くことが決まった。カイがなんとなく名づけた名前は、いたく気に入った様子であり、もうすっかりその名前で自身を認識している状態である。
そんなキューロンは、ラティたちとこの一晩で友達になった。
故に少しばかり別れが寂しく思えてしまっていた。
「きゅいきゅい……」
「大丈夫なのです。きっとまた会えることを信じてるのです」
「キュウッ」
『ぼくたちはともだちだもんね!』
「――きゅいっ!」
ラティたちの言葉にキューロンは励まされた。特に最後のフォレオの言葉が、大きく効いたようである。
そしてキューロンを肩に乗せたカイは、颯爽とドラゴンに飛び乗った。
「じゃあな! またどこかで会おう!」
そう力強く告げた瞬間、ばっさばっさと翼が大きく羽ばたき出す。大きな風圧とともにドラゴンの巨体がゆっくりと浮かび上がった。
「さようならー、カイさーん!」
「バイバイなのですー!」
マキトとラティが、大きく手を振りながら声を上げる。ノーラやロップル、そしてフォレオも手を振りながら笑顔で見上げていた。
やがてドラゴンが大空を飛び立ち、あっという間に姿が見えなくなる。
咆哮が遠く聞こえたところで、マキトたちは手を静かに下ろした。
「行っちゃったな……」
「ん。行っちゃった」
マキトとノーラが呟いた途端、ざあぁっと風に揺れる木の葉の音が鳴り響く。それがどうにも寂しさを感じさせてならない。
「ちょっと怖かったけど、凄くいい人だったよな」
「ん。ノーラたちのことを思って、あんなに厳しくしてくれた。感謝すべき」
「今度会ったら、改めてありがとうを言いたいのです」
『もっとつよくなったところをみせたいね』
「キュウ♪」
しかしすぐに彼らは、いつもの明るい様子で気持ちを切り替える。カイとはきっとまた会える――そう信じているからだ。
「さーて、それじゃあ俺たちも、そろそろ神殿に帰ろうか」
マキトの掛け声に皆が頷き、解体した素材をまとめた袋をそれぞれ持ち、森の神殿への道を歩き出す。
「この素材を見せたら、ユグさん驚いてくれるかな?」
「ん。きっと驚く」
「カイさんのこともちゃんと話したいのです」
「そうだな」
「キュウキュウ!」
『かえったらなんかたべたーい』
「はいはい、分かったよ」
和気あいあいと喋りながら、マキトたちは森の中を歩いていく。
カイが何故この森に訪れたのか、どうしてあんな誰も来ないような場所をうろついていたのか――それについて彼らが疑問を浮かべることは、終ぞなかった。
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