182 幕間~とある魔族王子の奮闘・特訓~
カイは正直、今の状況が全く理解できなかった。
まっすぐ森の中を突っ切っていたはずなのに、何故か元の場所に戻ってきた。しかも小動物的な魔物らしき生き物を連れた、少年少女の姿も。
しかも自分が素通りした魔物を、心からの善意で介抱していたとは。
(まぁ、色々と疑問はあるが……)
ひとまずカイは、目の前にいるフェレット型の魔物に注目することにした。
(倒れた原因がケガではなく空腹だったか……全く驚かせてくれる)
ひっそりとため息をつきながら、カイは持っていた木の実を差し出す。
「――これで良ければあげるよ。さっきこの奥で拾ったんだ。他の魔物たちも美味そうに食べていたから、恐らく毒はないだろう」
そう言いながら、カイは木の実を魔物の前に置く。すると魔物は木の実の匂いに気づき、目を開けるなりそれに飛びついた。
モシャモシャと口を動かし、一心不乱に食していった。
「……凄い食べっぷりだな」
「よっぽどお腹が空いていたみたいなのです」
呆然とするカイの隣で、ニコニコと微笑ましそうに見守るその姿。思わず視線を向けてみるが、やはりこっちはこっちで、戸惑わずにはいられなかった。
(何だこの羽の生えた小人少女は? まさか……ウワサに聞く『妖精』か?)
王宮にあった文献で読んだことがあった。実際にその目で見たことはなく、おとぎ話のようなものだろうと、勝手に思い込んでいた。
まさか本当に存在していたとはと、カイはある種の感動すら覚えていた。
「ありがとう。俺たち、ちょうど食べ物を持ってなかったんだ」
するとそこに、バンダナを頭に巻いた少年が話しかける。
「俺は魔物使いのマキト。こっちはノーラに、俺がテイムした魔物たちだ」
「こちらこそ。私は魔人族のカイ。オランジェ王国から来た冒険者だ」
「カイさんっていうんだ。よろしく」
「よろしくなのです。わたしはラティというのです」
ラティに続いてロップル、フォレオと、魔物たちの名前が紹介される。しかもそれらの魔物たちが、妖精や霊獣であることもあっさりと明かされた。
どれも珍しいとされている魔物ではないかと、カイは改めて驚かされる。
そして彼は、ここで一つ思い出したことがあった。
件の魔物使いの少年は、妖精を連れていたように見えた、と。
明らかに不確かな調査結果であったため、カイは早々に記憶から除外してしまっていた。いくら森の賢者ユグラシアと同じ森に住んでいるからといって、そうそう珍しい魔物を連れているなんて、あり得ないだろうと。
しかし、それが本当だったとしたら――
(見た目からして、リスティよりも少し年下……一応の辻褄は合うが……)
もしかしたら彼こそが、探していた少年なのではないか――そうカイは思った。
とりあえずそれとなく確かめてみようと、彼が声をかけようとした瞬間、膝元に何かの感触が走る。
「きゅいっ!」
同時に鳴き声も放たれた。フェレット型の魔物が自身の手――脚とも言う――を膝元に乗せていたのだ。
そして魔物はカイを見上げ、つぶらな瞳を向ける。
「きゅいきゅいきゅいっ……きゅいっ」
鳴き声で何かを語り、ペコリと頭を下げた。そしてそのまま離れ、どこかへと走り去ってしまう。
「あの魔物さん、カイさんに『ありがとう』って言ってたのです」
「……そうか」
律儀なことをするものだと、カイは思わずほくそ笑む。
そんな中――
「ねぇ、ラティ。あの魔物ってもしかして……」
「想像のとおりなのです」
「やっぱり」
ノーラがラティにこっそりと話しかけていた。しかし小声であったため、カイが気づくことはなかった。
◇ ◇ ◇
「――なるほど、確かに【透明色】という可能性は否定できんな」
森の中を歩きながら、改めてカイはマキトたちから話を聞いていた。
マキトが【色無し】の魔物使いと判定された少年である――それを聞いた彼は、すぐにその話を信じることはできなかった。
それだけの妖精や霊獣をテイムしておいて、【色無し】はないだろうと。
しかし見えない【色】だとしたら、話は別なのではないか。
そんなマキトたちの予測に、カイも賛同していた。
「私も【色】の判定には落とし穴があると、常々思ってはいたんだ。マキト君のように実は凄い才能がありながら、色がないと判定されたが故に無惨にも埋もれてしまう者たちは、決して少なくないだろう」
そう語るカイの表情は、心から無念に思っている様子であった。やけに強く感情が込められていると、マキトたちは不思議そうな表情で見上げていたが、当の本人は気づかない。
「私が暮らしている国でも、判別方法の改善をしたいところだが……未だ思うようにいかないのが、正直なところだ」
全ては、不公平な判定をされてきた者たちを、少しでも増やしたくないという思いからきていた。
オランジェ王国の王子として、国を想う気持ちが強いからこそだ。
しかしそんな彼の素性を知らないマキトたちからすれば、妙な人だという感想が浮かんでくる。
「ねぇ。カイさんって何者? なんか普通の人っぽく見えないんだけど……」
「ん。ノーラもそれ、少し思ってた」
マキトに続いてノーラもまっすぐ見上げてくる。魔物たちも、どこか興味深そうに視線を向けてきていた。
「あー、まぁ、なんてゆーか、なぁ……」
カイは答えに悩む。流石にここで、自分が王子であることを明かすのは、どうにも気が引けた。
「それなりに進言することのできる立場を持つ……とでも言っておこうか」
「はぁ……」
意味が分からないと言わんばかりにマキトが相槌を打つ。ノーラや魔物たちも、表情から浮かんでいる気持ちは、同じのようだった。
つまり、今のカイの答えに対して、何の満足もしていないと。
それ自体は当の本人も自覚はしていたため、だろうなという感想しかない。
「そんなことより、マキト君たちは狩りの練習をしているんだったな?」
カイは強引に話を切り替えることにした。
「ここで会ったのも何かの縁だ。私がキミたちの先生を務めてやろう」
「え、先生を?」
「そうだ。指導員がいたほうが習得も早いと思うからな」
突然の申し出に、マキトたちは呆気に取られる。しかしこれは、普通にありがたい話であることも確かだった。
基礎は一応ながら学んでいるとはいえ、自分たちだけでは心許ない。
カイの言うとおり、先生的な存在がいてくれたほうが、練習の成果は出るだろうと思っていた。
「あの、じゃあよろしくお願いします」
マキトが姿勢を正し、ペコリと頭を下げる。それに対してカイは、ニッコリと笑みを浮かべた。
「分かった。教えるからには甘くしないので、覚悟しておくように」
その口調は、普通に優しいお兄さんを連想させた。
しかしマキトたちは、彼の言葉が言葉どおりであったと、すぐさま心から思い知らされることになるのだった。
◇ ◇ ◇
「――駄目だ駄目だ! それじゃ骨がボロボロになるだろう! それに何だ、そのナイフの扱いは? 雑にも程があるじゃないか!」
カイの手ほどきに容赦はなかった。直接手を出すような行為こそなかったが、殆ど罵声に等しい指摘の言葉をマキトたちは浴びせられ続ける。
まさにそれは人が変わったようにすら見えた。
マキトたちも最初は大いに驚き、戸惑うばかりであった。
しかしマキトもノーラも、へこたれる様子は一切見せなかった。
一心不乱に狩りと解体の作業に取り組む。どれだけ言われようとも、決してできないことを諦めようとはしていない。
(ほう、やはりこの子たちは、なかなかいい目をしているな)
厳しい言葉をかけつつ、カイも内心で驚いていた。
単なる遊びでなく、マキトもノーラも、真剣に身に付けようとしている。それが分かるからこそ、カイは厳しく叩きこんでやろうと思った。
そして数時間後――日が暮れてきた頃に、マキトたちは最後の解体を終えた。
流石に疲れたのか、二人とも完全にばてていた。
「よし、少しはマシになったようだな。今日はここまでにして、食事にしよう」
マキトたちは森の中でキャンプをすることにしていた。カイはマキトたちに解体の後片付けをさせ、食事の準備に取り掛かる。
更に彼は、懐から小さな笛を取り出し、それを思いっ切り吹いた。
「な、なんだっ?」
突如鳴り響く甲高い音に、片づけをしていたマキトはビクッとしてしまう。しかしカイは何も答えず、とある方向を見上げるばかりだった。
すると――
「おぉ、来た来た」
ばっさばっさと翼を羽ばたかせ、大きな黒い影が飛んでくる。ゆっくりと下りてくるそれが、大きなドラゴンだと気づいた瞬間、ずしぃんと重々しい音が鳴り響くと同時に地面を揺らせる。
「紹介しよう。私の旅のパートナーだ」
「グルッ」
「あ、ど、ども……」
会釈するドラゴンに、マキトも反射的にペコリと頭を下げた。
すると――
「ふやぁーっ! 大きなドラゴンさんがいるのです!」
ラティの驚く声が聞こえてきた。振り向くと、魔物たちがたくさんの木の実を集めて戻ってきていた。
更にそこには、ラティたちの他にもう一匹、新たな客が存在していた。
「きゅいっ♪」
「なっ、お前は……」
ご機嫌よろしく鳴き声を放つフェレット型の魔物に、カイは目を見開く。間違いなく昼間出会った魔物だったからだ。
「たまたまこの霊獣ちゃんとそこで会って、連れてきちゃったのです」
「そうだったのか」
「ん。普通によくある話」
「キュウッ♪」
『だよねだよねー♪』
マキトやノーラ、そして魔物たちが楽しそうな笑顔を浮かべている中――
「……その魔物が霊獣、だと?」
更なる新たな事実が発覚したことに、カイは驚くのだった。
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