170 頂上の戦い
「グルワアアアァァーーーッ!」
親ドラゴンの咆哮が解き放たれる。凄まじい振動が頂上全てを震えさせる。
それが正気であるとは、誰もが思っていなかった。
真っ赤に血走った虚ろな目は、目の前にいる子供をちゃんと捉えているのか――その望みは実に薄い。意識をちゃんと保っていると断言できるのか――その可能性は限りなく低い。
マキトたちを見下ろしながらよだれを垂らすその姿は、もはやドラゴンという名の化け物に等しい存在であった。
実の子供である子ドラゴンでさえも、そう思えてしまうほどに。
「くきゅ……くきゅぅ~っ!」
絶望と恐怖に怯え、泣きながらマキトに縋りつく。そんな子ドラゴンの背中を、マキトは優しく撫でながら、目の前に立ちはだかる親ドラゴンを見上げる。
怖かった。今にも腰を抜かしてしまいそうであった。
そのはずなのに、何故か頭の中は冷えていた。
落ち着いた表情で親ドラゴンを見上げる。小さな唸り声を上げながらマキトを見下ろしてくる。
「…………」
「……グルゥ」
ジッと、ただただジッと、お互いに見つめ合う。
ラティが声をかけようと手を伸ばすが、言葉が出てこなくて無言となる。リスティは得体の知れない何かを見るような視線をずっと向けており、ノーラはロップルを抱きかかえながら、無表情でしっかりとマキトの様子を見守っていた。
フォレオも変身状態のまま、マキトの後ろに控えている。いつでも飛び出せるよう警戒は怠らない。
そして、子ドラゴンは――
「くきゅきゅ……」
きょとんとした様子で、マキトと親ドラゴンを交互に見上げていた。
不思議と、それまで感じていた恐怖が抜けていた。今の子ドラゴンにあるのは、どうしたんだろうという純粋な疑問のみだった。
離れ離れだった親が、変わり果てた姿で目の前にいるというのに。今にも襲い掛かってきそうだというのに。
ただ、冷静な様子で成り行きを見守るばかりであった。
(なんかよく分かんないけど……)
我に返ったリスティが、目線だけで周囲の様子を伺う。
「今のところ、ここにいるドラゴンは……おチビちゃんの親だけみたいね」
「ん。他のドラゴンはいなさそう」
「やっぱり、別の場所に避難しているのでしょうか?」
そう呟いた瞬間、ラティはハッと気づいた。
「……もしかして、そこで他のドラゴンさんと移動中に、あのドラゴンちゃんだけがはぐれて、平原で迷子に?」
「多分、ラティちゃんの予想で、ほぼ正解だと思うよ」
なんとなくリスティには想像ができていた。子ドラゴンはここに残った親のことが気になってしまい、群れから外れてウロウロしてしまったのだと。
「ちなみにフォレオちゃん。この歪んだ魔力、どこから噴き出してきてる?」
『んーとね……あのどらごんがいるおくのほうから!』
「うん。あっちに魔力スポットがあるんだ。恐らくそれが悪さをしてるんだよ」
「キュウ」
「やっぱり」
ロップルを抱きかかえる力を少し強めながら、ノーラが顔をしかめる。
「だったら話は早い。その魔力スポットをなんとか鎮めればいい」
「言うだけなら簡単なんだけどねぇ」
リスティは苦笑する。確かにノーラの言うとおりではあるが、そう簡単にいかないのも確かなのだ。
魔力スポットのある道は、立ちはだかる親ドラゴンで塞がっている状態。刺激せずに通り抜けるのは殆ど不可能である。
(でも、ここでまごまごしているヒマがないのも確かだし……)
早くしないと魔力の暴走が更に増してしまう。そうなれば自分たちも、どうなるか分かったものではない――そうリスティは危惧していた。
どう考えても多少の危険は避けられない。やはりここは腹を括る必要がある。
リスティが表情を引き締めた、その時であった。
「――アンタが、このチビスケの親なのか?」
マキトがそう語りかけた。親ドラゴンはピクッと眉を動かすが、襲い掛かろうとはしておらず、唸り声を出しているだけだった。
リスティたちは背筋を震わせたが、マキトは至って冷静なままであった。
「このチビスケは悪いヤツらに捕まって、遠い森まで来ちまったんだ。それを俺たちが保護して、ここまで連れてきた。このチビスケが、親の元に帰りたいって、強く願っていたからな」
両手を広げながら、穏やかな声で語っていくマキト。その表情は笑顔だった。親であるドラゴンに聞かせてやりたいという気持ちが込められていた。
「俺たちは長い距離を旅してきた。チビスケも随分とたくましくなった……アンタもそうは思わないか?」
マキトにそう語りかけられ、親ドラゴンは小さく唸る。子ドラゴンの表情がわずかに動いた。怯えではなく驚きの形で。
「まだアンタも、完全に魔力に乗っ取られたりしてるワケじゃないんだろ? 子供がこうして強くなって帰ってきたんだ。親であるアンタも、魔力を弾き飛ばすぐらいの強さを見せてくれても、いいんじゃないのか?」
「グ、グルルゥ……」
強気な言葉を放つマキトに対し、親ドラゴンの唸り声はどこか戸惑いがあった。
この光景を見ていたリスティたちもまた、驚きを隠せない。もしかしたら本当に悪い魔力を吹き飛ばし、元に戻るのではないかと思った。
マキトの語りかけは明らかに効いていた。親ドラゴンの意識は、まだ完全に乗っ取られてはいない。これは期待できるかもしれないと、リスティは無意識に拳を強く握り締める。
「グルル……グルルルルゥ……」
親ドラゴンが苦しそうに唸る。まるで自分の中にある何かと、必死に戦っているかのように。
「あのドラゴンさん、自分の子供に気づいてるのです」
「ん。やっぱりまだ意識が残ってる」
『がんばれー! わるいまりょくなんかにまけるなあぁーっ!』
「キュウキュウーッ!」
フォレオとロップルが、必死に声を上げる。その声援が届いたのか、親ドラゴンはもがき苦しむが、まだ決定打には至っていないようだった。
最後の一押しが足りない――マキトはそう思い、子ドラゴンのほうを向く。
「チビスケ。お前からも何か言ってやれ!」
「く、くきゅっ?」
「お前の親なんだろ? だったらお前が助けてやらないでどうするんだよ!」
マキトが声を荒げる。それはラティたちにとっても、かなり珍しいことだった。ラティたちは親ドラゴンに声援を送るのに必死で気づいておらず、ノーラとリスティの二人だけがそれに気づき、呆気に取られていた。
一方マキトは、そんなこと露知らず、必死な表情を崩して小さく笑う。
「あのドラゴンを助けられるのは、きっとお前だけなんだ」
「くきゅ?」
「そうだよ。この旅でお前が強くなった姿を、改めて見せつけてやるときだ。お前なら絶対にできるよ!」
背中を撫でながら励ましてくるマキト。その力強い声に、子ドラゴンはしばし呆然としていたが――
「くきゅ……くきゅっ!」
表情を引き締め、強く頷くのだった。そしてマキトの肩から飛び立ち、必死にもがいている親ドラゴンの元へ向かう。
「くきゅうぅーっ!」
子ドラゴンは必死に親ドラゴンに向けて呼びかける。親ドラゴンはその声にすぐさま反応を見せていた。
その後も、必死に語り掛けては、反応を見せ動揺するのを繰り返す。
この調子なら、親ドラゴンが魔力に打ち勝つかもしれないと、マキトも期待を込めた笑みを浮かべた。
しかし――
「グルルルル……グルゥッ!?」
なんと奥のほうから、更に色濃い魔力が強く噴き出してきた。それにより、親ドラゴンは頭を抱えながら苦しみ出す。
そして、更に汚染された魔力に侵されてしまい、赤い目がギラリと光った。
「そんな……」
「くきゅくきゅーっ!」
下がってきた子ドラゴンを受けながら、マキトはショックを受ける。
あと一歩というところで、魔力スポットの暴走のほうが、更に増してしまった。もはや親ドラゴンも完全に冷静さを失っており、意識を失って暴れ出すのは時間の問題であった。
「マキト君、ここは私に任せてっ!」
リスティはそう呟きながら、右手に魔力を宿す。塊だった魔力がうごめき、やがて剣となって彼女の右手にすっぽり収まった。
「私があのドラゴンを引き付ける! その間にマキト君たちは、奥にある魔力スポットをお願いっ!」
そう叫びながら歩き出すリスティに、マキトが慌てて手を伸ばす。
「待ってくれリスティ! 一人で戦うなんて無茶だ!」
「そうなのです! ここはわたしも――」
「ううん。むしろ私一人のほうが動きやすい。キミたちが加勢するほうが邪魔!」
「リスティ……」
その強い声にマキトも、そして変身しようとしたラティも動きを止める。その間も彼女は歩みを止めようとしない。それどころか、歩きながらチラリとマキトたちのほうを振り向き、強気な笑みを二ッと浮かべていた。
もうリスティは止まらない――それは誰が見ても明らかであった。
マキトもそう判断し、表情を引き締めつつ頷く。
「分かった。じゃあちょっと行ってくる!」
「うん。お願い!」
そのやり取りを皮切りに、マキトたちが一斉に動き出した。
親ドラゴンはマキトたちをターゲットに襲い掛かろうと動き出す。しかしリスティが魔法を放ち、親ドラゴンの視線を見事逸らさせた。
そして親ドラゴンは、逃げるリスティを新たなターゲットに定める。
リスティに向けて青い炎のブレスが放たれるが、それをリスティは軽やかな動きで躱すのだった。
親ドラゴンが動いたことで、魔力スポットへ通じる道が開けた。
その隙をついて、マキトとノーラ、そして魔物たちは、迷うことなく走り出す。
(待っててくれ、リスティ! すぐに魔力スポットをなんとかしてくるから!)
見事、親ドラゴンの背中を通り過ぎ、マキトたちは魔力スポットへ通じる道を全力で走っていくのだった。
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