169 山の頂上へ
時は少しだけ遡る――
マキトたちはフォレオに乗ったまま、順調に山を駆け上がっていった。
だかっ、だかっ、だかっ、と力強い足音が聞こえる。それ以外は、風の音一つすらしていない。
だからこそ余計に不気味さが漂っており、それが緊張感となって表れていた。
「この山……やっぱり変な感じがする」
マキトが周囲を見渡しながら呟くように尋ねると、リスティが後ろから覗き込むようにして顔を近づける。
「頂上の様子が?」
「それもあるけど、なんか周りも」
「周り?」
「ちょっと静か過ぎるみたいな」
そんなマキトの指摘に、ラティがピクッと反応する。
「マスターもそう思っていたのですか?」
「まぁね。ラティも?」
「はいなのです。魔物さんの気配が、わたしたち以外に殆ど感じなくて……」
「キュウッ」
「ん。ロップルもそう思ってる?」
「キュッ」
ノーラの膝元で、ロップルも真剣な表情で頷いていた。それだけこの山が普通の状態じゃないと言っているのだ。
「恐らく皆、頂上の異変に気づいて、逃げ出しちゃったんだと思う」
リスティが予想を話す。確証こそないが、ほぼ間違いないという自信もあった。
「頂上にはドラゴンたちが残っているはずだけど、あの黒い靄の中でどうなっているか分からないからね」
「それで怖くなって避難したってことか」
「なんだか可哀想なのです。魔物さんたちが住処を奪われたも同然なのです」
心苦しそうな表情でラティが言うと、マキトが表情を引き締め、頂上を包む薄黒い靄を見上げる。
「俺たちで異変をなんとかすれば、その魔物たちも山に帰ってくるかな?」
「ん。きっと帰ってくる。ノーラはそう思う」
「そっか。俺もだ」
マキトの言葉にノーラも前を向いたまま小さく笑う。まるで仲睦まじい兄妹のような光景に、リスティも微笑ましく思っていた。
しかしそれも数秒のこと――彼女はすぐさま表情を引き締める。
「それもそうだけど、私的にはディオンたちのほうも気になるんだよね」
「何で? ディオンさんは強いし、盗賊なんかに負けるとはとても思えないけど」
マキトの意見は、確かにもっともだとリスティも思っている。
しかし――
「うん。ただ倒すだけが目的なら、確かにそうでしょうね」
否定していないようで否定している――そんな答えをリスティは放った。
「アイツらの目的は、ここにいるドラゴンのおチビちゃんでしょ? ディオンを出し抜いて追いかけてくる可能性は十分あり得るよ。たとえ腕利きの彼でも、あの大人数を相手に一人も漏らさず戦うなんて、普通に無理だと思うし」
「なるほどなぁ……」
リスティの意見に納得しつつ、マキトはチラリと後ろを振り向いてみる。そこにはふもとまで続いている坂道が見えるだけであった。
「にしては、なんか追いかけてくる様子なさそうだけど」
「うん……そうだねぇ」
リスティも一緒に振り向いて確認する。確かに追いかけてくる人影は見えない。ついでに言えば、盗賊らしき荒くれ格好の人物は、全く確認できない。
「もしかしたら追いかけてきてないのかも……仮に追ってきていたとしても、すぐに追いつくのは無理っぽいかもね」
「じゃあ、盗賊たちはもう気にしなくて大丈夫ってこと?」
「まだ完全じゃないけど、少なくとも当分はね」
「ん。それだけでも大きな安心」
「うん。ノーラちゃんの言うとおりだね」
リスティはニッコリと微笑む。そして再び視線を進行方向に向けた。
「ちょうどこの先に、湧き水の出てる泉があるんだ。そこでちょっと休憩しよう」
その提案にマキトたちはすぐさま賛成した。流石に気を張り詰め過ぎて、それぞれ少し疲れが出ていたのだ。
なによりフォレオを休ませなければいけなかった。
ずっと全力疾走を続けており、そう遠くないうちに疲れ果てるのはどう考えても明らかであった。
フォレオ自身は気合い入りまくりで、まだまだいけると言っていたが、いざというときに動けないと困るというリスティの指摘に、渋々ながら従うのだった。
「――さぁ、ここだよ」
頂上までの道から少し外れたところに、その泉はあった。魔物たちが普段から使っているためか、ちょっとした広場にもなっている。まさに山登りにおける絶好の天然休憩所と言える場所であった。
到着したところでマキトたちは地面に降り立ち、フォレオも変身を解いた。
そしてリスティが、泉の様子を確かめる。
「うーん……見たところ湧き水に異常はなさそうだけど……」
「くきゅーっ♪」
「へっ?」
リスティが声を上げたその瞬間、ざっぱぁんと水しぶきが上がった。子ドラゴンが勢いよく顔を出し、嬉しそうな笑顔を浮かべる。そして何事もなさそうに、顔を突っ込んで水を飲むのだった。
「キュウッ♪」
『わーい、おみずー♪』
ロップルとフォレオが嬉しそうに駆け寄り、迷うことなく湧き水を飲む。そのすぐ後にラティも恐る恐る水を一口飲んでみたところ、スッキリとした冷たさが喉を流れていった。
「マスターッ、冷たくて美味しいのです! 元気が出るのですよー!」
パタパタと手を振ってくるラティに、マキトは苦笑する。
「あの水、どうやら大丈夫そうだな」
「ん。ノーラたちも飲む」
「あぁ」
そしてマキトたちも、湧き水を口にする。心なしか飲んだだけで、体の奥底から力が湧き上がってくる感触がした。
「……美味い」
「でしょ? ここの湧き水、私的にもかなりおススメなんだー♪」
不思議そうな表情を浮かべるマキトに、リスティが嬉しそうな笑みを浮かべる。しかしそれはすぐに陰りを見せた。
「いつもなら、野生の魔物たちが憩いの場としている場所なんだけど……」
「見事に俺たち以外、誰もいないや」
マキトが軽く周囲を見渡す。やはりこの近くにいる魔物たちは、皆この山から逃げてしまったのだとしか思えなかった。
「見た感じ、ここは特になんともなさそうだけど」
「うん。頂上があんなだから、山全体にも影響してるかと思ってたんだけどね」
改めてマキトたちは頂上を見上げてみる。あくまで異変はそこにだけ集中しているように感じられた。
いずれにせよ、早急になんとかしなければならない事態に変わりはない。
「とにかく、絶対に異変を止めないと――このクリスティーンの名に懸けて!」
「あぁ。ここからが本番……ん?」
続けて気合いを入れようとしたマキトは、聞き慣れない言葉に動きを止める。そしてきょとんとした表情で、リスティのほうを向いた。
「いま、クリスなんとかって聞こえたけど……」
「え、あっ、えと……あはは、さぁ? 一体何のことかなぁ?」
あからさまに動揺している様子のリスティ。彼女が誤魔化していることにマキトが顔をしかめていると、ノーラが服の裾を引っ張ってきた。
「マキト。きっとリスティには、何か秘密がある」
「だろうな。どうするか……」
「ん。今はとりあえず置いておく。頂上の異変をなんとかするほうが先」
「あぁ、そうだな」
マキトとノーラは、ひとまずスルーする方向で話がまとまった。それをしっかりと聞いていたリスティは、心から安心したように、ホッと息を吐くのだった。
◇ ◇ ◇
休憩を終えたマキトたちは、再び変身したフォレオに乗って出発した。
泉の水で疲れも程よく癒されたらしく、頂上を目指す走りに再び軽やかさが増したようにマキトは思えた。
頂上はもう、目と鼻の先のところまで来ていた。
しかしそこへ近づくにつれて、段々と周囲の様子も変わってきた。
「なんだか、魔力が濃くなってきたのです」
顔をしかめるラティ。そしてフォレオも走りながら、眉をピクッと動かした。
『このさきにおおきなけはいがある!』
「ドラゴンたちか?」
『わかんない。でもたくさんはいないかんじ』
「……たくさんはいない?」
フォレオの言葉にマキトは疑問を抱く。頂上にはドラゴンの群れが残っていると思っていた。しかし、そうではないということだろうか。
「もしかしたらおチビちゃんと同じく、あらかじめ避難させたのかも」
リスティが頂上を見上げながら言う。
「いるとしたら一匹――群れのボスだと思うよ」
「ボス?」
「くきゅっ?」
マキトに続いて子ドラゴンが声を上げる。疑問というより、むしろ驚きのほうが勝っている様子だった。
その反応にリスティは思う。
(そう……恐らく頂上に待ち構えているのは、おチビちゃんの……)
確証こそないが、その可能性は高いとリスティは考えていた。場合によっては、それ相応の覚悟もしておかなければならないと。
(――ここまで来たら、腹を括るしかない!)
リスティはそう思いながら、改めて気合いを入れ直す。
「そろそろ頂上だよ! 皆、気を引き締めて!」
「おう!」
「ん!」
「はいなのですっ!」
「キュウッ!」
「くきゅーっ!」
『おー!』
リスティの掛け声に、マキトたちはそれぞれ気合いを込めた返事をする。そしてフォレオが更に力強く地を蹴り出し、スピードを上げていく。
遂にマキトたちは、頂上の広場に辿り着いた。
しかしそこは、どこまでも薄暗く、視界もよくない。
普段は見晴らしが良くて、ひんやりと涼しい場所なのだが、今はどんよりとしていて生暖かい。
「私、何回かここに来たことあるけど……こりゃ酷いわ」
リスティも周囲を見渡しながら、ショックを受ける。それなりの状態であろうと覚悟はしていたが、まさかこれほどだったとは――それくらいに、普段の頂上とは全く異なる光景そのものだった。
「くきゅ……くきゅくきゅ、くきゅーーっ!」
子ドラゴンが何かに気づいて飛び出す。その先には、大きな一頭のドラゴンがうずくまっていた。
「もしかして、アレが……」
「ドラゴンちゃんのお父さんなのでしょうか?」
マキトとラティが驚きながら、その様子を見ている。本当ならば、感動の再会となるところなのだが――
「グルル……グルワアアアァァーーーッ!」
「くきゅーっ!?」
大きなドラゴンが、真っ赤な目を光らせ、凄まじい咆哮を上げる。子ドラゴンは驚きの声を上げながら下がり、そのままマキトたちの元へ逃げ帰ってきた。
「どう見ても、異変の影響としか思えないよなぁ、これって……」
飛んできた子ドラゴンを受けとめながら、マキトは呆然と呟くのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。
すぐ下の【☆☆☆☆☆】評価による応援もしていただけると嬉しいです。
是非ともよろしくお願いします<(_ _)>