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159 社会見学



 楽しい時間はあっという間に過ぎる。野生の魔物たちとの別れは、まさにその言葉を思い出せるほどであった。

 いつかまた会おう――そう約束して別れを告げ、マキトたちは再び旅立つ。

 遠ざかってゆく魔物たちの鳴き声を背に、少しだけ寂しい気持ちを、一同はほんのりと味わうのだった。

 それから更に旅を続けること数日――マキトたちは大きな町に到着していた。


「ここが、オランジェ王国の国境に一番近い町だ。今日はここで一泊する」


 街門をくぐり、町の中を歩きながらディオンが言う。


「この町はな、魔物同伴でも大丈夫な宿屋が割とたくさんあるんだ。それだけ魔物使いの冒険者も多いってことだな。だから俺たちが寝床に困ることもないし、マキト君たちが目立つこともない」

「な、なるほど……」


 見渡してみると、魔物を連れている人の姿も見られる。それほど多くはないが、町の人々からも普通に受け入れられており、目立っているほどではない。

 ならば大丈夫かとマキトも思い、安心していたのだが――


「マキト、なんかノーラたち凄い見られてる」

「ですねぇ……注目を集めてるのです」


 ロップルはノーラが抱きかかえ、フォレオも変身を解いて小動物姿となり、マキトが抱きかかえている。子ドラゴンはマキトの右肩にしがみつき、ラティがその反対側を至近距離で離れないよう飛んでいた。

 大柄なキラータイガーなどを連れている魔物使いもおり、むしろそっちのほうが目立っている感じではあったが、注目度で言えばマキトたちのほうが上だった。

 ちなみに、その周りについてだが――


「こんなところで、ドラゴンライダーのディオンさんを見かけるとはなぁ」

「あぁ。一緒にいるガキンチョたちって誰なんだろ?」

「なんかモフモフしてるの連れてるよ? ちょー可愛いんだけどー♪」

「てゆーか、アレ妖精じゃない?」

「確かにそうだね。あたしが前に図鑑で見たのと同じ感じだわ」

「他にも見たことがないの連れてるな」

「しかもテイムの印付いてるし……あの少年か少女の、どっちかがってことか?」

「普通に考えりゃあ、それしかねぇだろうな」

「子供のドラゴン連れてるぜ?」

「ホントだ。ディオンさんのドラゴンに子供でもできたのか?」

「それにしてはあの少年にベッタリだ……ありゃあただ者じゃなさそうだぞ」


 思いっきり、マキトが連れている魔物たちを珍しがってのことだった。しかし決してそれだけではなかった。


「でもさでもさー、あの小さな女の子、ちょー可愛くない?」

「分かるわー。まるでお人形さんみたいだよねぇ♪」

「あぁ、抱きしめてナデナデしたい」

「個人的にはあの男の子も……なかなかに可愛い顔してる感じだよね?」

「うーん、なんとも母性本能をくすぐられる。ちょっとヤバいかも」


 女性冒険者たちの獲物を狙うようなハンター的視線も入り混じっており、それが妙な気配となって、マキトの背筋をゾクッと震わせる。

 しかし当の本人はその理由が分からず、首を傾げているばかりであった。


「……俺、そんなに変な格好でもしてるかな?」

「気にするこたぁないさ」


 軽く笑いながらディオンが言う。


「大方、小さなドラゴンを連れているのが珍しいんだろ。俺が傍にいればチョッカイをかけられることもない。だから安心して、俺から離れるなよ」

「う、うん……」


 マキトは戸惑いながら頷き、確かに実害はないのだからと、開き直って気にしないことに決めた。

 しかしどうにも緊張が解けない。そんなマキトの様子にノーラが首を傾げた。


「マキト、大丈夫?」

「あ、あぁ……こーゆー人の多い町って、正直初めてなんだ」

「そうなのか?」


 消え入りそうな声で答えるマキトに、ディオンは前を向いたまま目を丸くする。


「まぁ、確かにあの森で過ごしていたのならば、無理もないとは言えるか……」


 人の多い森の広場などの経験はあれど、町の活気には遠く及ばない。特にマキトの場合は、圧倒的に魔物たちと過ごすことが多く、人の集まる場所に足を運ぶことが滅多いないことは、ディオンもそれとなく予想はしていた。

 まさかそれがビンゴだったとは――ディオンは少々歩きながら考える。


(ふむ、折角だし何かこう……むっ、あれは!)


 とある建物の存在に気づいたディオンは、ニヤリと笑みを浮かべる。そして立ち止まりながら振り向いた。


「いい機会だ。マキト君たちに、少しばかり社会見学をさせてやろうじゃないか」

「……社会見学?」

「何それ?」


 聞いたことのない言葉に、マキトとノーラは二人揃って首を傾げる。魔物たちも意味不明と言わんばかりにきょとんとしていた。

 その反応はディオンも予想していたため、特に驚いていない。


「キミたちはずっと森の中にいたから、色々と世間のことを知らなさ過ぎる。実際にその目で見るだけでも、いい勉強になると思ってな」

「勉強……」

「で、どこいくの?」


 意味も分からず呟くマキトの服の裾を掴みながら、ノーラが尋ねる。その質問を待っていたと、ディオンは笑みを深めた。


「あそこだ」


 ビシッと前を向きながら、とある大きな建物を指さした。

 入り口はとても大きな両開きの扉であり、武具を装備した冒険者たちが出入りしている姿が見られる。

 宿にしては随分と武骨であり、店にしては妙に大き過ぎる。少なくとも森では見たことのない建物であり、マキトたちには全く判断が付かなかった。


「……何、あれ?」


 ノーラが呟くように尋ねると、ディオンが笑みを深め――


「冒険者御用達の施設――その名も冒険者ギルドさ!」


 誇らしげにドヤッと胸を張りながら、そう宣言するように言うのだった。

 それに対して魔物たちはそれなりに驚きを示していたが、マキトやノーラ――特にノーラの反応は、至って冷めている状態であった。


「…………で? アレが何?」

「相変わらずの辛辣さだねぇノーラちゃん。まぁ、別にいいんだけど」


 一瞬だけ動きが止まったディオンだったが、すぐさま復活して苦笑する。そして気を取り直すべく咳ばらいを一つして、改めて話すことにした。


「旅をするにしろ、森で暮らし続けるにしろ、冒険者との交流は何かと避けては通れないだろう。さっきも少し言ったが、キミたちは色々と知らない。だから少しでも知識を蓄えてほしいという、俺からの願いってヤツさ」

「それは、命令?」

「いや、単なる老婆心……いわばおせっかいだよ」


 スッと目を細くするノーラに、ディオンがニッコリと笑う。それ以上でもそれ以下でもないという意思を、彼は示していた。


「今は夕方だから、人も多いだろう。ギルドの賑やかさを体験するには、もってこいの時間帯とも言えるな」


 ディオンが気持ち良さそうな笑顔で言ってのける。

 それを聞いたマキトとノーラは――


「「……えっ?」」


 あからさまに嫌そうな表情を浮かべるのだった。


「俺、人が多いのはちょっと……」

「ノーラも。別に行かなくても何の問題も……」

「さぁ、行くぞ。俺が一緒にいれば安心だから、決して離れないようにな!」

「「…………」」


 ディオンは聞く耳を持たず、マキトとノーラの肩を押して、無理矢理ギルドを目指して歩き出す。

 その笑顔の迫力に押されてしまい、魔物たちもそのまま訳が分からないまま、一緒に建物の中へ入っていくこととなったのだった。

 やがて大きな両開きの扉の前に辿り着き、ディオンに促され、マキトとノーラが二人でゆっくりと開ける。

 中から噴き出してきた空気は――まさに別世界そのものと言えていた。


「うわ……」

「すごい」


 賑やかな声が飛び交っている。あちこちから騒ぎ声が放たれる。声の大きさもさることながら、今まで感じたことのないレベルの迫力に、マキトとノーラは、完全に押されてしまっていた。


「なんか不思議な空間って感じなのです」

「キュウキュウッ」

『きぶんがぞわぞわってするねー』

「くきゅー」


 魔物たちはマイペースに、周囲の様子を観察している。特に気圧されている様子も見られず、その点だけで言えば魔物たちは流石だとディオンは思った。


「さぁ、ひとまず受付へ行こう」


 ディオンが先頭に立って歩き出し、マキトたちがその後をついていく。


「ちなみに普段から、ギルドはこんな感じなんだ」

「「…………」」


 もはや声を発する気力もなくなるくらいに、マキトとノーラはゲンナリとする。声がうるさ過ぎるのではと思いきや、これが通常運転だとは。


(なに、この地獄?)

(俺、ギルドで冒険者するの、絶対無理だ)


 ノーラとマキトは、同時に深いため息をつく。それも周りからの喧騒により、綺麗にかき消されてしまったが。

 やがて受付に辿り着き、一人の受付嬢がディオンの存在に気づく。

 すると――


「えっ、あの、も、もしかして……ディオンさんでは?」


 顔を真っ赤にして、口元に手を当てながら慌てふためく様子を見せる。それに対してディオンは、冷静に微笑みを返した。


「如何にも」

「きゃあああぁぁーーーっ♪ マジでドラゴンライダー来たあぁぁーーっ♪」


 受付嬢の叫びが、ギルドの喧騒を一瞬にしてかき消してしまう。そして一気に視線という視線が集まり出してしまった。

 急に居心地が悪くなる中、ノーラが顔をしかめながら言う。


「喧騒という名の地獄から針の筵……社会見学と書いて『苦行』と読む」


 可能性をつけずに断言した。意味は分からなかったが、なんとなくそれで正解な気がすると、マキトはそう思えてならなかった。



いつも読んでいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。


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