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148 そして、友達から姉妹へ



「どうしても帰っちゃうの?」


 セアラが涙ぐみながら、アリシアの手を握っていた。


「もう少しゆっくりしていっていいのよ? 遠慮しなくていいんだから!」

「いえ……ここにいるほうが、むしろゆっくりできませんので」


 アリシアは困った表情を浮かべ、苦笑する。

 あれからすぐに、マキトたちは森の神殿へ帰ることが決まったのだ。

 現在、本家は後始末に追われており、あちこちで騒がしさが続いてしまう。下手にこの場に留まるより、帰ったほうがマキトたちもゆっくり休めるんじゃないかとメイベルが提案したのだった。

 幸い帰りも、彼女の転移魔法により一瞬であるため、マキトたちからしても断る理由が全くなかった。

 アリシアも同感であり、メイベルと握手を交わす。世話になったお礼と、また学園で会おうという約束を込めて。

 そしてセアラとも、お別れの挨拶という意味で手を差し出したのだが――


「うぅ、せめてもう少しだけ……本当に少しだけでいいからぁ!」


 セアラは思いっきり別れを惜しんできた。その姿に周りがドン引きするが、当の本人はアリシアしか見えていないのは、言うまでもないだろう。


「あと一時間いえ、一日……ううん、なんなら一年でも……」

「いやいや、もう『少し』の域超えちゃってますから」


 アリシアはため息交じりにツッコミを入れる。涙を流すセアラに対し、彼女は全くと言っていいほど別れを惜しむ様子を見せていない。

 ここまで温度差が違くなるものなのかと、周りも思わずにはいられなかった。


「……メイベル。セアラさん、いい加減アリシアから引き剥がしてくれない?」


 声をかけたのは、着替えを済ませて帰る準備万端なマキトであった。

 足はパタパタと地面を叩き、腕を組みながら指で腕をトントンと突く姿が、呆れを通り越して苛立ちを募らせていることが分かる。


「俺、マジで早く帰ってご飯食べたいからさ」

「わたしもなのです」

「キュウッ」

『おなかすいたー』


 魔物たちもこぞって不満を漏らす。なんでもいいから早くしてくれ、という視線が一直線に突きつけられ、メイベルは表情を引きつらせる。

 ノーラも無言のままながら、明らかに睨んでいた。

 それでいて何かを発言する様子もない。だからこそ余計に強い圧が感じられ、メイベルも動かずにはいられなかった。


「ほらほらお母さん。マキト君たちも迷惑してるから、ね?」

「で、でもぉ~」


 娘に諭されるセアラは、情けない間延びした涙声でひたすらごねる。流石に見かねたらしく、アリシアはため息をつきながら苦笑した。


「あの、セアラさん。別にこれっきりのお別れというワケでもないですから」


 優しい口調で語りかける。ちゃんと名前呼びをしている点が、アリシアの決意を確かな形で表していた。


「もう何回か言ってますけど、別に恨んでませんし、嫌ってもいません。たまに遊びにも来ますし、そう落ち込まないでください」

「えぇ。それはとても嬉しいわ。でも……」


 アリシアにとっては最大限の譲歩なのだということは、セアラも分かっているつもりではあった。

 しかしそれでも、自身が抱える気持ちを抑えきれておらず――


「やっぱりお母さんとは、呼んでくれないのよね」


 まるで子供のようにセアラは拗ねてしまうのだった。


「しかも私のことを名前で呼んでるし。思いっきり他人行儀だし」

「あ、えっと、その……」


 そんなセアラに対し、アリシアはどう反応していいか分からず、苦笑を浮かべるしかなかった。

 実際、メイベルも脇で頭を抱えており、ユグラシアも困ったような笑みを浮かべてこそいたが、内心では強引に話を打ち切らせようかと考えていた。

 本当の意味でアリシアの母となった今、ユグラシアも容赦する気はない。

 たとえ娘の実の母親であろうとも、娘を困らせる者は絶対に許さない――そんな子煩悩めいた気持ちが、彼女の中で新たに固まっていく。

 しかしながら、今のセアラに対して文句を言う気持ちもあまりなかった。

 否――『削がれてしまった』と言ったほうが正しいかもしれない。

 端的に言えば情けないと思ったのだ。

 今の彼女は悲劇のヒロインの域すら届いていない。例えて言うならば、自分の思いどおりにならないと気が済まない『子供』にしか見えない。

 立派な魔導師にはなれたのかもしれないが、立派な『親』にはなれなかった。それが恐らくセアラなのだと、ユグラシアは思っていた。


「うーん……」


 一方、アリシアは悩ましげに頬を掻いていた。ここまで泣かれると、流石に少し申し訳ないかなとも思えてきてしまう。

 少しくらい自分が折れたほうが――そう考え始めた時だった。


「アリシア、今更なかったことになんてしないでよね」


 淡々とした声が、アリシアを現実に引き戻す。驚きながら視線を向けると、メイベルが真剣な表情を向けてきていた。


「アリシアは自分の意思であの人を選んだんでしょ? だったらそれに対して、胸を張って誇りにしなさい。そしてお母さんにたっぷり見せつけてやってよ――私は凄く幸せですってね!」

「メイベル……」


 その説教にアリシアは胸を打たれた。まさにメイベルの言うとおりだと思った。自分で決断したことを貫く――もう少しで自分の母親に、みっともない姿を晒してしまうところだったと、アリシアは気づかされ表情を引き締める。

 そんな彼女の様子を見て安心したらしく、メイベルは笑みを浮かべた。


「なんだかんだで十六年もウジウジしていただけなのは確かだもん。それぐらいしてもバチは当たらないと思うよ? てゆーか、むしろやって。もう少し打ちのめされたほうが、お母さんにとってもいい薬になると思うから」

「――分かったよ」


 引き締めていた表情を緩め、アリシアは笑みを浮かべた。


「ありがとう、メイベル。もう少しでさっきの決意を無駄にするところだったわ」

「フフッ、そんなの『妹』として当然のことよ――お姉ちゃん!」


 明るい表情で放たれたその言葉に、アリシアは思わず目を丸くする。その反応を待っていたと言わんばかりに、メイベルはニンマリと笑みを深めながらアリシアに顔を近づけた。


「お母さんとアリシアが親子になれないことと、私たちが姉妹になることは、全くの別問題でしょ?」

「……えぇ、確かにメイベルの言うことはもっともだわ♪」


 アリシアも笑顔で受け入れ、メイベルと改めて握手を交わす。同い年の友達であると同時に、同い年の姉妹という形が今、ここに出来上がった瞬間であった。

 それはとても暖かな光景であり、マキトたちも笑顔を見せている。

 しかし――


「ど、どうしてメイベルだけなのおぉーーっ?」


 黙って見過ごせないどこぞの実の母親も、確かに存在していたのだった。


「それなら私のことも『お母さん』と認めてくれたっていいじゃない! ねぇ、どうしてなのよー!」

「いえ、それとこれとは別問題と言いますか……ごめんなさい、セアラさん」


 アリシアは頭を下げて謝罪する。しっかりと相手の『名前』を呼んだ上で。

 そこにも確かな彼女の意志が込められており、これはどう転んでも揺るがないということが見て取れる。

 少なくともメイベルはそう思っており、苦笑しながらセアラを見る。


「とゆーことだそうだよ♪」

「そんなあぁ~」


 セアラは改めて脱力し、跪きながら情けない声を上げる。

 そんな光景を蚊帳の外状態にいるマキトは、なんとも平和な光景だなぁと、思わずしみじみと感じてしまうのだった。



 ◇ ◇ ◇



「――ふぅ。所詮は青二才。期待するだけムダだったということか」


 メイベルの祖父であり、先代当主でもあるウォーレスは、大きくて立派なデスクチェアの背もたれに深く身を預ける。

 今回の一件のあらましは耳にしているが、特に狼狽えている様子はない。

 むしろ、想定の範囲内という意識のほうが強い素振りを見せていた。


「まさか十六年前に捨てた赤子が、十四歳となって生きていたとは思わなんだ。セアラが娘として取り込むのは失敗したようだが……まぁ、メイベルとの関係は築き上げられたようだから、良しとすべきだな」


 極秘に裏で調査をした結果、これは利用できそうだと思った。森の賢者との繋がりも作れるとなれば、尚更であろうと。

 それ故に、アリシアをヴァルフェミオンへ誘い入れたのだ。

 魔法学園の理事を務めるウォーレスだからこそ、貴重なスカウト枠にアリシアを収めることは造作もないことだった。

 アリシアが割とすんなり受け入れたことは驚いたが、予想外の幸運と思った。

 ちなみに、親戚一同がアリシアの存在発覚に殆どノータッチだったのも、彼が賛成の意思を見せたからこそ。メイベルが次期当主に揺らぎはない――その決定事項が伝えられた瞬間、誰も興味を示さなくなっていた。

 自分の将来が安全だと分かれば、捨て子が見つかろうが知ったことではない。そんな貴族めいた考えを、上手く利用した形だ。


(アリシアの件は、概ねワシの思いどおりに動いてくれたな)


 多少の誤差はあったが、ほんの些細な問題に過ぎない。しかしながら、セアラの暴走については、少々見過ごせないものがある。

 流石のウォーレスも、ため息をつかずにはいられないのだった。


(セアラにはもう期待はできんな。当主継承も早めたほうがいいかもしれん。アレらがいつ心変わりするかも分からんことだし、用心に越したことはない)


 ウォーレスはゆっくりと立ち上がり、閉め切ったカーテンを思いっ切り開ける。差し込む眩しい光を浴びながら、ニヤリと唇を吊り上げた。


(せいぜい踊るがよいぞ――私の手のひらの上で、優雅になぁ♪)


 ウォーレスの笑みが、不気味な声とともに室内に響き渡る。その視線の先には、広大な魔法学園都市が広がっていた。

 彼はそれを、満足そうな我が物顔で見下ろす。

 その全てが自分の所有物だと、そう言っているかのように――



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