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146 お母さんって呼んでもいいですか



「何にしても、これでようやく全部終わったかな?」


 マキトは思いっきり両腕を突き上げながら、うーんと唸り声を出す。そこでようやく自分の恰好を思い出した。


「てゆーか俺って、まだ寝間着のままじゃん」

「あ、そういえばそうでしたね」


 ラティもそこで初めて気づいたと言わんばかりに驚きを示す。昨晩、連れ去られてからずっと立て込んでいたため、無理もない話だろう。

 暖かい気候により、寒さを感じなかったのも、一因と言えるかもしれない。


「ところで、あのオバサンとお坊ちゃま執事はどうなるんだろ?」

「ん。さっきおじーさんが、好きにはさせないとか言ってた」


 マキトの疑問にノーラがコクコクと頷いた。


「あーゆーのは基本的に容赦がない。かなりのペナルティ炸裂の可能性大」

「マジか……まぁでも、それだけのことをしでかしてるのも確かか」

「ん。マキトを連れ去った罪はとても重い」

「それは言えてるのです!」

「キュウッ!」

『そーだそーだー!』


 魔物たちもこぞってノーラに同意する。ラティに至っては、自分から飛び込んだとはいえ一緒に攫われたのだが、それについてはどうでもいい様子であった。

 小さくて可愛らしさがありながらも、その逞しさは、まさしく魔物たる所以と言えるのかもしれない。


「うん。ノーラちゃんの言うとおり、相当なペナルティは避けられないと思うよ」


 ここで黙ってやり取りを聞いていたメイベルが、笑みを浮かべて入ってきた。


「まぁ全ては、伯母様とフェリックスの対応次第かな。伯母様がもう、殆ど憑き物が取れた状態に見えたから、それがどう動くかにもよるだろうね」

「そうね。私も一度、姉さんに会おうと思うわ。元はと言えば私も悪いから」

「うん。それは全くもって同意するよ!」


 しみじみと語るセアラに対し、メイベルは強めの口調で切り込む。


「そもそも今回の一件は、お母さんが暴走したせいなんだよ? そこんところちゃんと分かってる?」

「う、そ、それは勿論……」


 威圧感たっぷりに娘から強く言われ、セアラは思わず視線を逸らし、口をまごまごと動かしてしまう。

 まるで親に叱られて何も言い返せない子供の姿だ。たまたま通りかかった何人かの兵士やメイドが立ち止まり、思わず目を見開て凝視するが、メイベルの強い眼力に背筋を震わせ、そそくさと立ち去っていく。

 そんなメイベルの恐ろしさを、マキトは呆然としながら見つめていた。


「なんか……凄いんだな、メイベルって」

「ん。もはやどっちが当主か分からないくらい」


 ノーラもマキトのシャツの裾を掴みながら、コクコクと頷く。無表情を装ってはいたが、しっかりとロップルを抱きしめる力が若干ながら強くなっており、それなりに驚いていることは明白であった。


「とにかく! お母さんをこのまま野放しにするつもりはないからね。おじい様も知っているだろうけど、私からも進言させてもらうから。それ相応のペナルティは覚悟してもらうよ!」

「……えぇ、分かっているわ」


 メイベルからビシッと言われたセアラは、落ち込みながらも潔く頷いた。


「私は何もできなかったからね。当然の報いだと思うもの」


 素直に受け入れたように聞こえるが、メイベルの表情は厳しいままであった。自分がしでかしておきながら、自分のことを卑下する――まるで悲劇のヒロインを気取っているようにしか見えなかった。

 しかしその直後、メイベルは深いため息をついた。


「まぁ、詳しいことは後々にってことになるとは思うけれどね。その前に私の休みが終わっちゃうだろうけど」


 その言葉には、どこか諦めが込められていた。

 メイベルはあくまで一時帰省をしているだけに過ぎず、数日後にはヴァルフェミオンへ戻らなければならない。そうなれば自分の目が届くこともなく、最後は有耶無耶な結果で終わってしまうのだろうと、そう思っているのだ。

 この手の展開は、そう珍しいことではない。ましてやセアラは当主――いわば名家のトップの存在なのだ。

 仮にセアラがペナルティを受け入れたとしても、周りがそれをもみ消してしまう可能性は十分にあり得る話である。

 セアラのためではなく、自分たちの評判を守るために。

 貴族に準ずる家柄ともなれば、周りからの目を気にするのは至極当然。むしろそれを自然にこなした上で、周りよりも優位に立つ――それもまた、ありふれた貴族ないし名家の歴史の一つと言えるのだった。

 メイベルも、それは十分に分かっているつもりであった。

 全て芝居だったとはいえ、フェリックスの魔法学園自主退学の件も、まさにその一端だったと言える。

 今更あーだこーだ言ったところで、急に大きく変わるなんてこともない。長い年月をかけて、少しずつ時代とともに変えていくしかないのだと。

 それがどのように動いていくのか、想像したところで何も見えてこないのも、また確かではあった。


「そうだわ……マキト君、そしてラティちゃん」


 セアラが神妙な表情を浮かべ、マキトの前に立つ。


「こんな下らない騒ぎに巻き込んでしまって、怖い思いもさせてしまいました。当主として心からお詫び申し上げます。本当にごめんなさい」


 深々と頭を下げるセアラに対し、マキトとラティは顔を見合わせる。そして小さく頷き合い、笑顔を向けた。


「いや、俺たちはこうして無事だったし、もう終わったことだから」

「そうなのです。過ぎた話をいちいち気にするわたしたちじゃないのです」

「――ありがとう。その寛大な心に感謝するわ」


 頭を上げつつ、セアラは涙ぐみながらも笑みを浮かべる。その後ろでは、メイベルが苦い表情を浮かべていた。


「広い心で許すこと自体はいいけど、お母さんを調子に乗らせるような結果にも繋がりやすいんだよねぇ」

「まぁ、あとでメイベルが釘を刺しておくしかないんじゃない?」

「そうなるか」


 アリシアの指摘に、メイベルが深いため息をつく。そしてセアラは、ユグラシアにも深々と頭を下げていた。


「ユグラシア様、この度は本当に申し訳ございませんでした。後日改めて、森の神殿に謝罪の挨拶に向かいたいと思います」

「お気になさらないでください。当事者であるマキト君たちが許したのですから、私からはもう、何も言うことはありませんよ」


 軽く手をかざしながら、ユグラシアは柔らかな笑みを見せる。


「この件はもう、ここまでということにしませんか? 謝ってばかりでは、先へ進むこともできませんし」

「ユグラシア様……」


 澄ました表情から送られた言葉が、セアラの心に深く沁み込んでくる。なんと心の広いお方なのだと、改めて尊敬の念を抱いた。

 メイベルも思わず呆けてしまっていた。

 流石は森の賢者と呼ばれ、神の如く崇められているだけのことはあると。

 なんにせよ、怒っていなくて本当に良かった――それが分かっただけでも、メイベルにとっては大きな安心であった。


「はぁ……なんとかこれで一段落ってところかしらね」


 思わず安堵のため息を漏らすメイベル。被害はそれなりに出たが、なんとかなりそうなレベルで済まされたのは、まさに幸運だったと言える気がしていた。

 すると――


「まだ一つだけ、終わってないことがあるよ」


 アリシアが真剣な声色で、そう言った。思わず目を見開きながら振り向くと、笑みを浮かべながらも、確かに表情を引き締めたアリシアがそこにいた。


「セアラさんとのことも、ちゃんと決着をつけないとだからね」

「ア、アリシア?」


 メイベルが戸惑いを浮かべている中、アリシアはセアラに向かって歩き出す。セアラもそれに気づき、驚きながらも何かを期待するかの如く、ソワソワと体を小刻みに揺らしていた。

 そしてアリシアはセアラの前で立ち止まり、しっかりと顔を上げて切り出した。


「先日、私に言いましたよね? 一緒に暮らしてほしいって」

「え、えぇ! 考えてくれたのかしら?」

「はい。しっかりと決めました」


 アリシアは迷いのない笑顔を浮かべ、そして告げる。


「申し訳ございませんが――セアラさんとは、一緒に暮らせません」


 その瞬間、セアラの表情が固まり、笑顔がスッと消えていく。何を言われたのか理解できなかった。この子は一体何を言ったのかと、そう尋ねようとしたが、アリシアの視線はもう一人のほうに向けられていた。


「本当の家族がいると知ってから、ずっと考えてきました。私はこれから、どうしていきたいんだろうって」


 そのままアリシアはゆっくりと歩き出し、セアラを通り過ぎる。


「たくさん驚いて、たくさん迷って、そして結局辿り着いたのは、簡単な答え。周りがどうこうじゃなくて、自分がどうしたいのか――そう思った瞬間、考えるまでもなかったんだって、気づかされたんです」


 言い終えるとともに立ち止まり、その人物の顔を見上げる。物心ついたときからずっと見てきたその女性は、驚きを隠せないかの如く口を小さく開けていた。

 アリシアは少しだけ緊張しながらも、笑顔で願い出る。


「これからは、『お母さん』って呼んでもいいですか……ユグラシア様?」



いつも読んでいただきありがとうございます。

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