141 ディアドリーとメイベル
「……つまり、あのお坊ちゃま執事は、ユグさんたちのところにいるのか」
周囲が唖然とする中、マキトは比較的冷静な態度を見せていた。
「だとしたらすぐ戻らないと」
「そうだね。今から転移魔法を使うよ」
メイベルが頷き、すぐさま地面に魔法陣を展開しようとする。
しかし――
「ひゃあっ!?」
ばしぃん、と何かが弾かれるような音とともに、展開しかけていた魔法陣が消失してしまうのだった。
その衝撃で、メイベルは尻餅をついてしまう。
「いたたたた……」
「大丈夫? でも、今のは一体……」
メイベルを介抱しつつ、アリシアが消えた魔法陣のあった場所を見つめる。魔法においてはかなりの高レベルを誇るメイベルであるが故に、ここに来て純粋に失敗したとは、アリシアも思えなかった。
「恐らく妨害されたんだろうね」
ディアドリーが腕を組みながら渋い表情を見せる。
「そう簡単に向えないよう、フェリックスが魔力による結界でも使ったんだろう。恐らくアンタたちが、転移魔法でこっちに来たのを見計らった上でね。今のあの子ならばそれくらいのことはするだろうさ」
そして深いため息をついた。面倒なことをするもんだと言わんばかりに。
もはや完全に他人事のようなディアドリーの態度に、メイベルは不信感を隠そうともせずに近づく。
「……あなたがけしかけたことではないと?」
「違うね。逆に聞くけど、ここにいる私がどうやって向こうに仕掛けるんだい?」
「それは……えぇ、確かにおっしゃるとおりですね」
メイベルは何も言い返せず、負けを認めるしかなかった。
ジャミングと言われる妨害させるための結界魔法は、基本的に遠隔操作は不可能とされている。つまり、仕掛けるならば現地に赴かなければならない。ここからセアラの屋敷に結界を張るなどできないのだ。
故に、ディアドリーがこの場にいる時点で、彼女がジャミングを仕掛けていないという証明に繋がるのだ。
悔しいけど認めざるを得ない――そうメイベルは思っていた。
ディアドリーもそれを感じ取りつつ、小さく笑いながら話を進めていく。
「アンタたちも、あの子の正体はもう知ってるんだろう?」
「えぇ。彼がああなったのは、主にあなたのせいだということもね!」
「おやおや、それを言われると何も言い返せない」
ディアドリーは大袈裟気味に肩をすくめる。苛立ちを募らせるには十分過ぎる態度であったが、既にセアラやフェリックスが散々しでかしてくれたため、今更何かを思うこともなかった。
小さなため息をつくだけのメイベルに、ディアドリーは意外そうに目を見開く。しかしすぐに意識を切り替え、目を閉じながら微笑する。
「だがメイベルの言うとおりだ。あの子がああなったのは、母親である私にも大きな責任がある。だから力を貸そうじゃないか」
「えっ?」
メイベルが目を見開いて視線を向けると、ディアドリーが腕輪についている宝石のようなものを取り外した。
そしてそれを、メイベルに手渡す。
「私が監修し開発させた、特殊な魔法具の試作品さ。これを使えばジャミングをすり抜けて、本家の近くまで行ける。ただし一回限りの使い捨てだがね」
「……ちょっと失礼します」
ディアドリーの説明を信用できないメイベルは、簡易検査装置を取り出して、その魔法具を検査する。
異常があれば音が鳴る仕組みなのだが、今のところ音は出ていない。
「どうやら危険性はなさそうですけど」
「おやおや、信用ないねぇ」
「信用されるような立場じゃないでしょうに」
ため息をつきながら、メイベルは簡易検査装置をしまう。
数日前に検査装置のメンテナンスを済ませたため、信用度は普通にある。安全に使えそうだということを認めるしかないが、それでも納得しきれない。
そこに――
「俺は、なんとなく信じてもいいような気がするけどなぁ」
なんとマキトが、頬を掻きながら呟くように言った。まさかそう言ってくるとは思わず、アリシアとメイベルは驚きを隠せない。
「ちょっと、あの、マキト? 急にどうして……」
「いや、本当にただ、なんとなくってだけなんだけどさ」
混乱しながらもアリシアが尋ねると、マキトがなんてことなさそうに振り向く。
「このオバサンは大丈夫――なんかそんな気がする」
「大丈夫って……」
何を根拠に、と問いかけようとしたところで、アリシアの口は止まった。恐らく根拠などないのだろうと思ったからだ。
もしかして魔法で操られているのでは――そんな可能性も考えたが、それにしては意識がしっかりしているように見えてならない。なによりマキトに異変があるのだとしたら、ラティたち魔物が全く違和感を抱いていないのもおかしい。
つまりマキトは正常である可能性が高いということだ。
連れ去られてからの数時間で、一体何があったというのか。
少し考えてみたが、アリシアには見当もつかず、そもそも納得のいく答えが浮かんでくる気さえしなかった。
「キュウッ!」
するとここで、ロップルが鳴き声を上げる。
「キュウキュウキュウ、キュキュキュ……キュキュキュウゥーッ!」
鳴き声で何かを語っている。それは間違いないだろう。しかしヒトであるアリシアやメイベルからすれば、何を言っているのかはまるで分からない。
いつもの如く通訳してもらおうと、二人でラティのほうを向いたその時――
「このオバサンからは敵意が感じられないってか?」
「キュウッ♪」
マキトがそう問いかけ、ロップルは嬉しそうに頷いていた。
「そーかそーか。ロップルもそう思ったんだな」
「キュ。キュキュキュ、キュウッ!」
「上手く説明できないってのは、まぁ分かるかもな。俺もそうだし」
「キュウキュウ」
「そのとーり、ってどこまで自信満々だよ」
「キュッ」
「はは……まぁいいけどな」
周りが――ラティやフォレオでさえ目を丸くする中、マキトとロップルは自然な形で会話を続けていく。
そこに適当さや戸惑いなどはない。お互いに楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「あの、マスター?」
とうとう見過ごせなくなったラティが、恐る恐る話しかける。
「もしかしてマスターは、ロップルの言っていることが分かるのですか?」
「えっ?」
急に問いかけられたマキトは、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。そして改めてロップルを見て、今しがた自分が何をしていたのかを、改めて思い返した。
「そういえばそうだな……」
殆ど無意識で行っていたことだった。もしラティに言われなければ、ずっと気づかないままだったかもしれない。
しかしマキトは、偶然の類だろうと軽い気持ちで認識していた。
「でもなんとなくだよ。的外れかもしれないし」
「いえ。的外れどころかドンピシャだったのですよ。マスターとロップルは、ちゃんと会話を成立させていたのです」
「あ、そうだったの?」
まさか大当たりだとは思わず、マキトは驚きながら、改めてロップルを見る。当のロップルもあまり意味を理解していないのか、首を傾げていた。
「マキト……いつの間にそんなことが……」
「別に不思議でもないんじゃない?」
呆然とするアリシアの隣で、メイベルは軽い口調とともに小さく笑った。
「だってマキト君は魔物使いなワケでしょ? レベルが上がって、そーゆーことができるようになったとか……そんな可能性だってあるんじゃないかな?」
「うーん、どうだろ」
説明としては確かに一番納得できる気はするが、どうにも決定打に欠けるような感じも否めない。
マキトは肩をすくめるも、今考えたところで答えが見つかる気はしなかった。
「まぁ、今はそんなことはどうでもいいだろ。それよりも、オバサンからもうちょっと話を聞いたほうがいいんじゃない?」
「……そうだね。確かにマキト君の言うとおりだ」
メイベルは素直に頷いた。恐らく状況を優先させたとかではなく、ただ単に考えを放棄しただけなのだろうということは見て取れたが、話が戻せて結果オーライではあるため、そこは無暗に指摘したりはしない。
「改めて伯母様――以前のあなたは、母を敵視していましたね。そして次期当主と謳われている私のことも」
厳しい視線でメイベルはディアドリーを見据える。
「だからあなたは、私たちに色々とチョッカイをかけてきた。それが急に収まるだなんて到底思えないんですよ」
「……だろうね。そう思いたくなるのも分かるさ」
するとディアドリーが、自虐的な笑みを浮かべながら語り出す。
「確かに私は、セアラから当主の座を奪おうとしてきた。けどその野望は潰えてしまったよ。義理の息子に出し抜かれ、先代当主にも見放されたからね」
ディアドリーは笑みこそ浮かべていたが、その目はどこまでも悲しげであった。やがて青空を見上げながら、遠い何かを思い出すように続ける。
「所詮は私も父の駒――使い勝手のいい素材でしかなかったのさ。それでもいつかは認めてほしいと思っていた」
「妹であるお母さんの才能に嫉妬し続けていたのも、父親であるおじい様を振り向かせたかったから?」
「あぁ、そのとおりだよ」
素直に頷いて認めるディアドリーに、メイベルは深いため息をつく。
「それに気づいておきながら縋っていたあなたは、哀れとしか言えないですね」
「フフッ、返す言葉もないよ」
メイベルの冷たい指摘に、ディアドリーは苦笑するしかなかった。本当にそのとおりとしか思えなかったからである。
「私は結局、妹に勝てなかった。お父様に愛されて育ち、赤子を一人捨ててなお、アンタのような才能溢れる子を産んだ。アンタが次期当主に相応しいとお父様に認められたのも、全ては妹の教育の賜物だったんだね。本当に腹立たしいよ」
その言葉とは裏腹に、目を閉じながら語るディアドリーの口調は、メイベルにはどこか物悲しさが感じられた。
姉妹であるが故に比較され続けてきた――恐らくそうなのだろうと認識する。
それを全て理解することはメイベルにはできない。しかし歯車が少しだけ違う形で回っていれば、同じような経験をしていたのかもしれない。
アリシアが普通に魔導師としての才能を持ち、メイベルと姉妹として家から競わされて育ったとしたら――想像してもしきれないのが正直なところであった。
「……それはどうでしょうね」
しかし、それはそれとして、今の言葉に対して物申したいこともある。
「お母さんもある意味、伯母様と似たような感じだと思いますよ」
「えっ?」
肩をすくめながら笑うメイベルに、ディアドリーは目を丸くするのだった。
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