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139 それぞれが動き出す



「この屋敷もかなり広いなー」

「ファラさんの屋敷と殆ど変わらないくらいなのです」


 マキトとラティは、ディアドリーの屋敷の広さにのんびりと感心していた。

 それだけ彼らの気持ちには余裕があった。何故ならこの場にいる敵は、皆揃って狼たちの相手をするのに必死であり、マキトたちにまで気をかけている余裕は欠片もなかったからだ。

 兵士たちや魔導師たちは勿論のこと、屋敷の執事やメイドも、次々と外へ逃げ出していく姿が見受けられる。

 もはや『懲らしめる』領域を遥かに超えているようにさえ見えていた。

 しかし狼たちからしてみれば、まだまだこんなのは序の口だと、そんなニヤリとした笑みを浮かべていた。


「うわああぁーーっ!」

「誰だよ、狼なんざ楽勝だって言ったヤツはあぁーっ!?」

「テメェが言ったんだろうが! 責任とれや!」

「んだとぉっ!」

「よし、お前らそのままケンカしてろ。その隙に俺たちは逃げるぜ!」

「あ、テメェきたねぇことすんじゃねーよ!」

「逃げるが勝ちってヤツさ」

「カッコつけんなや! テメェも巻き添えにしてやる!」

「おいバカ! 俺の服を引っ張るな!」

「死なばもろともって言うだろ?」

「そんなキラキラした目で、俺を見るなあぁーっ!」


 あちこちで兵士や魔導師たちの叫び声が聞こえてくる。時には笑い声のようなものも聞こえてくるが、やけくその類であることは考えるまでもない。

 ある意味、阿鼻叫喚と言う言葉がピッタリな光景であった。

 そんな中をマキトたちは、実に冷静な気持ちのまま駆けまわって行った。


「そういえば、あのオバサンはどうしてるかな?」


 地下牢に残ったままのディアドリーを、マキトは思い出す。


「なんか、少し考えたいことがあるとか言ってたけど……別に一緒に出てからでも良かった気がするんだけどな」

「ウォフウォフッ!」

「ん、何だ?」


 狼が走る速度を落とし、殆ど歩いている状態になりながら振り向いてくる。そして何かを語りかけるように鳴き声を放ってきた。


「えっと……カギを置いてきて大丈夫だったのかと言っているのです」

「あぁ。アレか」


 ラティの通訳でマキトは、その時のことを思い浮かべる。

 ディアドリーが残ると聞いたマキトは、なんと脱出用の鍵を、彼女の足元に投げ込んでしまったのだ。

 ――それがあれば、いつでも出られるだろ? 俺たちは先に出てるからよ。

 マキトはそう言いながらディアドリーに笑いかけ、そのまま背を向けて地下牢を後にしたのだった。


「狼さんが心配するのも分かるのです。あの人は敵になる可能性があるのです」

「まぁな。でも……」


 ラティの言葉に頷きつつ、マキトは私見を述べる。


「なんとなくだけど、あのオバサンは大丈夫な気がするんだよな」

「何か根拠でもあるのですか?」

「いや、特にそーゆーのはないんだけど……」


 マキトは後ろ頭を掻く仕草を取る。


「なんか敵になりそうな感じは、全然しなかったんだ」

「へぇー。なんかマスターらしい意見なのです」

「それ褒めてる?」

「当たり前なのですっ♪」


 苦笑を浮かべるマキトに、ラティは笑顔で胸を張る。


「……ウォフ」


 狼は呆れたように鳴き声を出す。そしてそのまま呟くように、鳴き声で何かを話していた。


「まぁ、構わん。もしも我らの敵になったら、この牙で喰ってやるだけだ――と、狼さんは言っているのです」

「アハハ……また随分と獣らしいことを言うんだな」

「当然なのですよ。だって狼さんは、立派な獣さんなのですから」

「確かに」


 言われてみればそうだと、マキトは思わず笑ってしまった。すると狼が、マキトを見上げながら鳴き声で語りかける。

 それをラティが聞き、通訳していった。


「そなたたちは実に不思議な感じ――だそうなのです」


 セアラの屋敷で初めてマキトたちを見かけたときから、そう感じていた。

 単に妖精や霊獣を連れているからではない。マキトの目が自分を妙に引き付けさせてならなかった。

 それこそ地下牢で再会した時は、まるで運命のように思えた。


「できれば我も、そなたにテイムしてほしかったのだがな――と」

「あー、それについては……ゴメン」


 ラティの通訳を聞いていたマキトは、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 何故か精霊を司る魔物以外はテイムできない――それは今でもしっかりと健在であることを、マキトは早々に明かしていたのだった。

 その際に狼がとても残念そうな表情を見せた気がしたのだが、それは勘違いではなかったのだと、改めて認識する。


「ウォフッ!」


 狼はまるで励ますように一鳴きし、鳴き声でマキトに語りかける。

 それならそれで仕方がない。テイムされなくとも、自分たちとは立派な友になれることを信じている。その最初の証として、この反乱を共に乗り切ってほしい。

 それが――ラティの通訳により、マキトの耳にも届けられた。


「俺はそんなに大層な男じゃないんだけどな」

「グルッ」


 狼は鼻息を鳴らした。そしてマキトに向けて、鳴き声で何かを語りかける。


「別にどう思おうが構わん、我が勝手にそなたを信じるだけのこと――狼さんはそう言っているのです」

「そうか」


 マキトは小さな笑みを浮かべ、狼の頭を優しく撫でる。狼は気持ち良さそうな表情で身をよじらせていた。

 すると――


「おっ! 怪しいガキがいたぞっ!」


 そこに一人の兵士が、マキトたちを見つけてしまう。その声に反応し、近くにいた兵士や魔導師たちが集まり出してしまった。


「やっべ……ちょっとのんびりし過ぎたか」


 狼の頭から手を離しつつ、マキトは身構える。もはや戦闘は避けられない――そう判断するのだった。


「マスター」

「あぁ。ここはラティの変身で……」


 マキトとラティが頷き合ったその時、狼がスッと前に出る。


「グルルルルル――」


 そして集まってきた兵士や魔導師たちに対し、低い唸り声を上げる。マキトたちからは後ろ姿しか見えない。しかし相手がこぞって恐れをなしている様子から、相当な威圧感なのだろうと予測できた。


「狼さん凄く怒っているのです。よくも至福の時を邪魔したなって……」

「至福……もしかして、さっきの頭撫でたヤツか?」

「もしかしなくてもそれしかないのです」


 戸惑いながら問いかけるマキトに、ラティはサラッと即答する。


「マスターも罪なのです。なんやかんやで狼さんまで手懐けちゃうんですから」

「……って、言われてもなぁ」


 正直、マキトからしてみれば毎度のことなので、それこそどう返答していいか分からないところだった。

 その直後――


「グルワアアアアアァァァァーーーーーッ!!」


 これまでとは桁違いの音量を誇る雄叫びが、狼から放たれた。マキトとラティは咄嗟に両手で耳を塞ぐが、体に走るビリビリとした感触は避けられない。

 それが衝撃波の類であると気づくのに、数秒を要した。

 兵士や魔導師たちは直撃を喰らい、そのままバタバタと倒れていく。全員揃って白目を剥いており、口を開けたまま声も出ていない。


「――ウォフッ♪」


 狼はスッキリとした表情を向けてくる。どうだすごいだろう、と言っているようにも見えた。


「はは……とりあえず、なんとかなったみたいだな」

「ですねぇ」


 改めて狼のリーダーの凄さを目の当たりにして、マキトとラティは思わず尻込みをしてしまうのだった。



 ◇ ◇ ◇



「――えっ、表門に狼の魔物が?」

「はい。特に何か危害を加えて来ることもないので、どうしたものかと……」


 セアラの元に、メイドが報告に来ていた。

 見回りをしていた兵士の一人から、表門の前に狼が現れ、やたら吠えてくるという言伝をもらって来たのだった。

 最初は敵が攻めてきたのかと思われたが、特にその様子もないと。


「その話だけじゃ判断できないわね。私が直接様子を見るわ」

「私たちも行くよ」


 セアラの言葉に、居合わせていたメイベルが立ち上がる。


「目には目を。魔物には魔物ちゃんをってね。連れて行けば、何かが分かるかもしれないよ」

「それはそうかもしれないけど……」


 危険の可能性もあるため、セアラは返事を渋る。もっともその反応は、メイベルも予測はしていた。


「少しでも突破口が欲しいところでしょ? 藁にもすがる思いってヤツでさ♪」

「……そうね」


 セアラは渋々と頷き、メイベルはしてやったりと笑みを深める。

 そしてアリシアやノーラたちにも知らせ、皆で表門のほうへと向かった。


「ガウガウガウッ!!」


 確かに狼の魔物が吠えている。門の前では兵士や老執事が、困り果てた表情を浮かべていた。


「爺や」

「――おぉ、メイベル様。それに皆様も」


 メイベルの呼びかけに老執事が軽く目を見開きながら振り返る。


「御覧のとおりでして、何かを伝えようとしているようにも思えるのですが……」

「確かにねぇ」


 腕を組みながらメイベルも悩ましそうに唸る。そこにフォレオが、てくてくと狼に近づくように歩いていった。


「あ、ちょっとフォレオ。危ないよ!」


 アリシアが慌てて声をかけるが、フォレオはジーッと吠え続ける狼を見上げるばかりであった。

 そしてくるっと振り返り――


『このおおかみさん、つたえたいことがあるっていってるよー』


 皆に向かってそう告げるのだった。それを聞いたアリシアが、フォレオに対して驚きの表情を向ける。


「そうか。フォレオも魔物だから意思疎通ができるんだ!」


 魔物の通訳は、今までずっとラティが役目を担っていたこともあってか、フォレオでも可能であることを完全に忘れ去っていた。

 それはユグラシアやノーラも同じであり、軽いショックを受ける。


「不覚だったわ……」

「ん。ノーラも忘れてた」

「キュウ」


 どうやらロップルも同じだったらしく、面目ないと言わんばかりに落ち込む。

 そこにメイベルが、我に返りつつフォレオに近づき、しゃがんで顔を近づけながら頼み込む。


「フォレオちゃんお願い、あの狼から聞いてきて!」

『まかせてっ♪』


 フォレオはとんと小さな手で胸を叩き、自信満々で狼から話を聞きに向かう。

 なかなか伝わらず苛立っていた狼を抑える手間はあったものの、フォレオはなんとか狼から聞き取り、それをメイベルたちに伝えた。

 もっともフォレオなりの言葉であるため、それを解読するのにも少々の手間はかかってしまったが。


「なるほど……伯母様のお屋敷で、狼の魔物たちが反乱を起こしていると」

「そしてマキト君とラティちゃんも脱出して、一緒にいるのね?」

『うんっ♪』


 ようやく伝わったと、フォレオは満足そうに頷く。

 マキトたちが無事だと知ったノーラは、嬉しそうな表情を浮かべた。


「流石はマキト! ノーラたちもすぐにいこ!」

「キュウッ!」

『おー♪』


 ロップルやフォレオもやる気を見せる。マスターの居場所が分かったのだから、当然の反応だろう。

 そしてメイベルやアリシアも、方針は決まったと言わんばかりに頷き合う。


「マキトたちを迎えに行こう!」

「うん。伯母様の屋敷へは、転移魔法ですぐに行けるよ。私たちでひとっ走り行ってくるから、お母さんとユグラシア様は、この屋敷に残っていてください!」

「……分かったわ。気をつけて行ってきなさいね」


 娘の言葉に、セアラが少し言葉を詰まらせながらも頷く。心配で気が進まない様子なのは、メイベルも見なかったことにした。


 そして数分後――展開された魔法陣から、メイベルたちは出発していった。



いつも読んでいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。


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