133 フェリックスの笑み
「フフフ……流石はメイベル様、僕のことに気づいていらっしゃいましたか」
フェリックスが両手を広げながら演技じみた口調で言うと、メイベルは顔をしかめながらため息をつく。
「別に無理して持ち上げなくてもいいよ。どうせあなたからすれば、むしろ私たちを蹴落としたいくらいなんでしょ?」
「おや、よくお分かりで♪」
メイベルの指摘にフェリックスはクスクスと笑みを零す。周りがドン引きしている様子ですら、心から楽しんでいた。
実際、彼からすればしてやったりなのだろうと、メイベルは思う。
むしろこの数時間で発覚できたのは、奇跡に等しい。否――『それすら』も狙いだったのではないかとすら思えてきてしまう。
どちらにせよ、油断はできない。
自ら真実を明かしてなお、どこまでも余裕な態度を崩していないのだから。
「実を言うと我慢の限界だったんですよ。ワザとヘタレを演じるのも、こんなポンコツ当主の言いなりになるのも」
「そ、そんな……」
掃き捨てるように言うフェリックスに対し、セアラは呆然とする。
「どうしちゃったと言うの? 本当のあなたはそんなじゃ――」
「いえ。こっちが本当の僕ですから。もう仮初めの僕を見るのは、止めにしていただきたいモノですよ、全くもう」
フェリックスが大袈裟に肩をすくめる。もうやってられないと心の底から呆れている様子に、セアラはすがる気持ちで口を開いた。
「本当のあなたはとても素直で、狡賢さとは無縁で……それ故にヴァルフェミオンでも蹴落とされ、絶望して逃げ帰ってきた……」
「えぇ。そう思わせるように演じてきたんですよ。母上からの命令でね」
「……ディアドリー、が?」
「そうです。あなたのお姉さんです」
ニヤッと笑いながら告げるフェリックスの言葉に、セアラが崩れ落ちる。どうやら全てを察したようであった。
母親がこれ以上戦力になるとは思えず、メイベルが一歩前に出る。
「私たちの知るあなたは、全て仮初めだったということね。まんまと騙されたよ」
「でしょうね。しかしメイベル様は、僕を疑っていたようでしたが?」
「まぁ、それなりにだけど」
ため息交じりに言いながらも、メイベルは後悔していた。こんなことなら、もっと前からちゃんと調べておくべきだったと。
それが夜中から朝にかけて、家の資料を漁りに漁った結論でもあった。
するとフェリックスは、顎に手を当てながらニヤリと笑う。
「興味深いですね。参考までにあなたの考えをお聞かせ願えますか?」
「随分と余裕なのが気になるけど……まぁ、いいや」
メイベルは改めて深いため息をついた。
「まず驚かされたのは、フェリックスが私たちと血縁関係になかった点ね」
「えっ、血縁関係にないって……」
「婿養子である父親の連れ子だったんだよ。だから私と違って、この家の血は全く流れていないってワケ」
驚くアリシアに、メイベルは大きく肩をすくめる。
「従って、あなたは早々に後継者候補からは外された。まぁこれについては致し方ないとしか言えないかな。いくら考え方が変わってきているとはいえ、流石に血筋を気にしないワケにはいかないからね」
「えぇ。そこは僕も大いに納得してはいますよ。母上は全くの別でしたけど」
「でしょうね。それ相応の反応が目に浮かんでくるようだわ」
残念ながらメイベルの伯母――ディアドリーに関する資料の中に、反対していたような形跡はなかった。
しかし実際には、相当ごねたのではないかとメイベルは睨んでいる。
自身の母親と違って相当な野心家だ。先代当主である祖父に取り入ろうと粘りまくるぐらいのことはしただろうと。
「そんな伯母とは裏腹に、フェリックスは優しい心の持ち主――とあったよ」
当の本人を半目で睨みつけながら、メイベルは言う。
「臆病な点が目立つけれども、まっすぐな素直さは評価に値する。将来の後継者を後ろから支える役目としてはふさわしい、だって」
「そうでしたか。それは光栄ですね」
嬉しそうに爽やかな笑みを浮かべるフェリックスだったが、メイベルにはそれがどこまでも白々しく見えていた。
「えぇ。もしあなたが、本当にそーゆー人物だったなら、私も受け入れてたよ。血縁関係の有無なんて全く問題にならないってね」
「なるほど。でもそれは過去の話、とでも言いたそうな感じがしますけど?」
「ご明察!」
メイベルがビシッと人差し指を突き立てる。
「全て仮初めだったと知ったからには、到底認めるワケにはいかないよ!」
本当は野心の塊であり、目的のためならば手段を選ばない。それこそ裏切りなどの非道的な行動も平気で行うような、ドス黒い心の持ち主だったのだ。
これについては、メイベルの憶測だった部分も大きい。しかしその殆どが当たりだったのだと、今になって証明されたようなものだ。
仮にここでそれを発言しても、恐らくフェリックスは笑顔で頷くことだろう。
「フフフフフ――なかなかの貫録を見せてくれる。流石は次期当主、メイベル様と言ったところでしょうかねぇ♪」
「あなたに言われても、正直ちっとも嬉しくないんだけど」
「でしょうね。それを承知で言いましたから」
サラリと笑顔で悪びれもなく言ってのけるフェリックス。それに対して、周りは怒りや恐怖を通り越して、ただドン引きしていた。
「うわぁ、歪んでるにも程があるよ」
アリシアが思わず声に出してしまったが、それは周りも同意であった。ずっと静観していたユグラシアでさえ、思わず苦笑してしまうほどに。
そんな中、唯一我が道を行く反応を示す者がいた。
「――マキトはどこ?」
ノーラがロップルを抱きかかえながら、音もなく近づいていた。気配すら感じなかったことに内心で驚きつつ、フェリックスは笑みを返す。
「急に何のことでしょうか?」
「しらばっくれないで」
ノーラは叩き割るように言い放った。
「あなたが黒幕なら話は早い。マキトはどこ? かえして」
アリシアの抱きしめられて落ち着きを取り戻したのだろう。ノーラの目に涙は浮かんでおらず、いつもの無表情に近く、なおかつ強い圧を込めた眼力をフェリックスにまっすぐぶつけていた。
それを受けたフェリックスは臆することもなく、フッと小さく笑い声を出しながら目を閉じる。
「さぁ? それをここで簡単に教えたところで、面白くもないでしょう」
「面白さなんていらない。いいから早くマキトかえして」
「おやおや。随分と必死なことですね」
「質問に答えて」
「焦らないでください。短気は損気ですよ♪」
「むぅ。あーいえばこーいう……」
ノーラは頬を膨らませる。自然とロップルを抱きしめる力も強くなるが、ロップルは痛がる様子はなく、むしろノーラと同じく苛立ちを募らせていた。
更にフォレオも警戒心を高めつつ、身構えている。いつでも飛び出せるぞと無言の圧をかけており、それはフェリックスも強く感じ取っていた。
故に、このままのらりくらりも厳しいかと、そろそろ思いつつもあった。
「しかしまぁ、バレてしまった以上は仕方がありませんね」
フェリックスは肩をすくめながら苦笑する。
「執事見習いの仕事は、現時刻を持って辞めさせていただきますよ」
「ならば観念するが良いっ!」
どこからか聞こえてきた男性の声。同時に天井から、フェリックス目掛けて飛び降りてくる一人の影。
しかしフェリックスは、即座にそれを躱し、飛び降りてきた者の姿を見る。
「これはこれは、執事長サマではございせんか♪」
フェリックスの言うとおり、その正体は執事長を務める老執事であった。
ノーラや魔物たち、そしてアリシアは、その突然過ぎる登場に驚きを隠せず、何が起こったのかすら理解できていないほどであった。
そんな中、老執事はゆらりと揺れながら、ゆっくりと立ち上がる。
「減らず口を……大人しくせいっ!」
老執事が真正面から体制を低くしつつフェリックスに立ち向かう。
しかし――
「ぬおっ!?」
フェリックスは即座にしなやかな動きで躱し、その勢いを利用して老執事を一本背負いで投げ飛ばす。
背中から思いっきり叩きつけられ、老執事は苦悶の表情を浮かべる。すぐに立ち上がることはできなかった。
少しだけ乱れた服装を直しつつ、フェリックスは老執事を見下ろす。
「ふぅ。もうあなたも若くはないんですから、無理ならさないでくださいね?」
「ぐ、お、おのれぇ……」
見下してくる笑みに、老執事は怒りを込めた睨みを利かせる。しかしフェリックスからすれば、痛くも痒くもないレベルであり、涼しげな笑みを浮かべながらノーラに視線を向けた。
「例の少年を助けに来たいならば、どうぞご自由に。もっともあなた方が駆けつける頃には、彼がどうなっているかは保証しかねますがねぇ」
そう言い終わると同時に、フェリックスの体が光り出す。それが転移魔法の類であることに、メイベルは即座に気づいた。
「待ちなさいっ!!」
手を伸ばして捕まえようとするも、フェリックスは瞬時に姿を消してしまう。またしても痛恨のミスをしたと、メイベルは気づいた。
彼がヴァルフェミオンで落ちこぼれとなってしまったのも、全ては演技。自分たちが知る彼の実力は、全て偽りであることを。
今しがた披露したものこそが、彼の本当の実力の一部分だということを。
そしてそれを、今の今まで見逃し続けていたことを。
「全く……見事にしてやられたって感じだね」
メイベルは顔をしかめ、頭をガシガシと掻き毟るのだった。
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