131 消えたマキト
眠れない夜が明けた――
マキトとラティが姿を消したことが、改めて現実であると思い知らされる。しかしロップルもフォレオも、嘆いている暇がないほどだった。
ノーラが今にも倒れそうなほどの不安定さを見せているからだ。
むしろ、残された魔物たちにとっては、ある意味都合が良かったかもしれない。不安を少しでも解消するべく、ノーラにずっと抱きかかえられており、それが結果的に自分たちの不安を紛らわせているのだから。
しかし所詮は気休めでしかない。
マキトが無事な姿で戻ってこない限り、ノーラや魔物たちに本当の笑顔が戻って来ることはないのだ。
それが痛いほど分かるだけに、アリシアも不安を胸の奥に押し留めつつ、ノーラたちを少しでも落ち着かせるべく傍にいるのだった。
「ノーラ。朝ごはんだけど……」
「いらない」
ロップルとフォレオを抱きしめたまま――というより、抱きかかえた二匹に顔を埋めながら、ノーラが即答する。
アリシアは困ったような表情を浮かべ、部屋の奥へ向かっていった。
ベッドの上でシーツにくるまり、身をかがめながら魔物たちを抱きかかえ、うずくまるように座る少女は、近づいてくるアリシアに視線を向けず、ただ虚ろな瞳を揺らすばかりだった。
流石にそのままにしておくわけにもいかず、アリシアはなんとか振り向いてもらうべく優しい声で呼びかける。
「でもほら、ちゃんと食べないと……」
「いらない」
「マキトを迎えに行くとき、元気がないといけないから……」
「見つかったの?」
「いや、それはまだ……」
「じゃあいらない」
頑なに心を開こうとしないノーラに、アリシアは参りそうになっていた。そこに後ろから、控えていたもう一人の人物が前に出てきた。
「ここは私に任せて」
「メイベル?」
小声で囁かれたアリシアは、軽く目を見開く。メイベルはノーラに近づき、いつもの明るい笑みを浮かべながら語りかけた。
「これから、マキト君たちのことについて皆で話そうと思うんだ。昨夜のことも、おおよその見当がついたからね」
「――ホント?」
ずっと顔を埋めていたノーラが、ここで顔を上げた。
「マキト、見つかった?」
「それを皆で話し合おうって言ってるの。朝ごはん食べたら始めるけど……ノーラちゃんはどうする?」
軽くニヤッと笑いながら問いかけるメイベルに、ノーラは表情を引き締める。
「ノーラもいく」
「そ。ならしっかりと朝ごはん食べないとね。お腹を鳴らせている子には、絶対に参加させたくないから」
「――食べる」
そう呟くなり魔物たちを解放し、自身をくるんでいたシーツを引っぺがす。そしてベッドから飛び降り、アリシアが運んできた朝食に手を付け始めた。
さっきまでの虚ろな目はどこへ行ったのか――光を取り戻し、モシャモシャと力強く口を動かすノーラの姿は、まるで別人のようだった。
「はい。魔物ちゃんたちの分もどーぞ」
そしてメイベルは、皿いっぱいに盛りつけられたフルーツをテーブルに置く。
「キュウッ!」
『わーい、おいしそー♪』
ロップルとフォレオも笑顔で飛びつき、はぐはぐと口を動かし、甘酸っぱい果実を頬張り出すのだった。
そんな一人と二匹の光景に、メイベルは安心したような表情を浮かべる。そして驚いているアリシアに向けてウィンクをした。
「ね? なんとかなったでしょ?」
「う、うん……」
アリシアは戸惑いながら頷く。結果オーライであることに変わりはないが、疑問に思う部分もあった。
「ねぇ。さっきノーラに言ってたことって……」
「話し合おうってヤツ? それなら本当にこの後するつもりだよ。おおよその見当がついてるのも事実だからね」
「あ、そうなんだ」
「ふふん。このメイベルさんを、甘く見ないでくれたまえ♪」
演技じみた口調で胸を張るメイベル。この状況でよくそんなことができると思いたくもなるが、暗い雰囲気を少しでも吹き飛ばせるならと考えれば、むしろありがたいとすら言えると、アリシアは思っていた。
「じゃあノーラちゃん。食べ終わったら、お皿はそこに置いといてね。あとでウチのメイドに回収してもらうから」
「ん」
「すぐには始めないから、ゆっくり食べてていいからね」
「ん」
モシャモシャと口を動かしながら、コクリと頷くノーラ。段々といつもの彼女に戻ってきた感じが、アリシアとメイベルをどことなく安心させていく。
そして、静かに部屋を出ると同時に、メイベルは言った。
「それじゃあ、私たちも朝ごはん食べようか」
「えっ?」
急に話を振られてきょとんとしてしまうアリシアに、メイベルは苦笑する。
「あ・さ・ご・は・ん。ちゃんと食べなきゃだよ。これからに備えるためにもね」
ニコッと笑うメイベルに、アリシアも困ったように笑った。
「うん……そうだね」
存外、ノーラのことを言えないのかもしれない――アリシアはそう思った。
◇ ◇ ◇
朝食後――セアラの執務室に、皆が集まった。
ノーラと二匹の魔物たち、そしてアリシアとユグラシア。セアラとメイベル親子というメンバーは至って自然なことだが、もう一人の人物については、どうしてもアリシアには理解ができなかった。
「ねぇ、メイベル? どうしてフェリックスさんがここに?」
我慢できずにアリシアは尋ねてみた。
セアラの隣に直立不動で控えている姿からして、セアラに付いているのだろうということは分かる。しかしそれならば見習いの彼よりも、執事長の肩書きを持つ老執事のほうがいいのではないか。
実力を評価されてこの場にいるというのは、お世辞にも思えない――それがアリシアの率直な感想であった。
そしてそれを察したらしいメイベルも、苦笑しながら答える。
「お母さんが呼んだのよ。まぁ私も思うところあって、彼に同席してもらうつもりでいたから、ちょうど良かったけどね」
「そう……」
アリシアの返事はどこか浮かない様子だった。この場にいる理由は理解できた。しかし別の疑惑が浮かんだのだ。
それも話していくうちに分かるのだろうかと思いながら、アリシアはメイベルたちとともに来客用のソファーに座っていく。
そして、セアラもゆっくりと腰を下ろしたその瞬間――
「マキトとラティはどこ?」
険しい表情でノーラがそう尋ねるのだった。周りは呆気にとられるが、ノーラは構わず続ける。
「さらったヤツらは許さない。ノーラが魔法で吹っ飛ばす!」
「キュウッ!」
『そーだそーだー! ますたーとらてぃをぼくたちでとりかえすんだー!』
「分かった、分かったからちょっと落ち着いて! ね?」
アリシアが慌ててノーラを止める。隣に座っていて本当に良かったと、心の中で思ったのはここだけの話だ。
「これからそのためのお話をするから。今はとにかく落ち着いて、セアラさんたちの話を聞いてあげて」
「……ん」
厳しい表情はそのままだが、とりあえずノーラは口を閉じ、黙って座り直す。
ロップルを抱きかかえている手は震えていた。それが怒りなのか、それともマキトとラティを心配する恐怖なのか。はたまたその両方か。
どちらにせよ、ノーラの気持ちは周りも痛いほど分かることは確かであった。
「私も凄く心配しているよ。必ず皆で、マキトたちを助けようね」
「ん」
アリシアに優しく抱きしめられ、頭をポンポンと撫でられるノーラは、顔をうずめたままコクリと頷いた。
優しいお姉ちゃんとお兄ちゃん大好きな妹という、まさに微笑ましい構図。このような状況でなければと思いたくなるが、今はそれどころではない。
「それでは、そろそろ話し合いを始めましょうか」
セアラが手を叩きながら切り出した。
「昨晩、何者かがこの屋敷に侵入。マキト君とラティちゃんを捕らえ、どこかへ連れ去ってしまいました」
「その際に、防犯装置が全く働かなかったのが気になっています」
メイベルが軽く手を上げて続ける。
「この屋敷には基本、魔法による防犯装置が仕掛けられていて、特に皆が寝静まる真夜中は、その強度もかなり上げています。不用意に門を開けた瞬間、警報が鳴り響くハズなんですが……」
「私の記憶している限りでは、襲撃された時も含め、とても静かでしたね」
悩ましそうな声を出すメイベルに、ユグラシアが小さく頷いた。
「そして私たち三人が駆けつけた時には、もう遅かった。咄嗟に私が魔法で気配を察知したところ、わずかな反応が遠ざかっていくのが分かりました。恐らくシーフの適性を持つ者だと思われます」
「えぇ。本当にこの度は、不覚極まりございません」
心の底から申し訳なさそうに、セアラが頭を下げる。
「昨晩はずっと、執務室で仕事をしていました。それなのに襲撃に気づかず、よりにもよってマキト君たちを連れ去られてしまうという失態を……なんとお詫びの言葉をかければいいのか……」
「セアラさ――」
「今は、そんなことを言ったところで、どうにもなりませんよ」
ユグラシアの言葉を遮るように、メイベルが告げる。今まさに、同じことをアリシアも言おうとしており、まさか先を越されるとはと驚いて見上げると、厳しい表情を浮かべているメイベルの姿が見えた。
ユグラシアやノーラも予想外に思っているのか、アリシアと同じような表情を浮かべている。
セアラさえも、目を見開いているほどだった。
もっとも彼女からしてみれば、娘から一直線に厳しい表情を向けられている、というのもあるのだが。
「メ、メイベル……?」
「もうこの際ですから、私から単刀直入に申し上げさせていただきます」
その声は、淡々と冷え切っていた。怒りと悲しみと、そして失望と――様々なマイナスの感情が入り混じったかのような、一周超えて逆に『無』と化したような声色をメイベルが出してくる。
周りが妙な緊張を走らせる中、メイベルは冷たい表情でハッキリと言い放つ。
「昨夜の騒ぎを仕掛けたのって……お母さんだよね?」
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