表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/252

131 消えたマキト



 眠れない夜が明けた――

 マキトとラティが姿を消したことが、改めて現実であると思い知らされる。しかしロップルもフォレオも、嘆いている暇がないほどだった。

 ノーラが今にも倒れそうなほどの不安定さを見せているからだ。

 むしろ、残された魔物たちにとっては、ある意味都合が良かったかもしれない。不安を少しでも解消するべく、ノーラにずっと抱きかかえられており、それが結果的に自分たちの不安を紛らわせているのだから。

 しかし所詮は気休めでしかない。

 マキトが無事な姿で戻ってこない限り、ノーラや魔物たちに本当の笑顔が戻って来ることはないのだ。

 それが痛いほど分かるだけに、アリシアも不安を胸の奥に押し留めつつ、ノーラたちを少しでも落ち着かせるべく傍にいるのだった。


「ノーラ。朝ごはんだけど……」

「いらない」


 ロップルとフォレオを抱きしめたまま――というより、抱きかかえた二匹に顔を埋めながら、ノーラが即答する。

 アリシアは困ったような表情を浮かべ、部屋の奥へ向かっていった。

 ベッドの上でシーツにくるまり、身をかがめながら魔物たちを抱きかかえ、うずくまるように座る少女は、近づいてくるアリシアに視線を向けず、ただ虚ろな瞳を揺らすばかりだった。

 流石にそのままにしておくわけにもいかず、アリシアはなんとか振り向いてもらうべく優しい声で呼びかける。


「でもほら、ちゃんと食べないと……」

「いらない」

「マキトを迎えに行くとき、元気がないといけないから……」

「見つかったの?」

「いや、それはまだ……」

「じゃあいらない」


 頑なに心を開こうとしないノーラに、アリシアは参りそうになっていた。そこに後ろから、控えていたもう一人の人物が前に出てきた。


「ここは私に任せて」

「メイベル?」


 小声で囁かれたアリシアは、軽く目を見開く。メイベルはノーラに近づき、いつもの明るい笑みを浮かべながら語りかけた。


「これから、マキト君たちのことについて皆で話そうと思うんだ。昨夜のことも、おおよその見当がついたからね」

「――ホント?」


 ずっと顔を埋めていたノーラが、ここで顔を上げた。


「マキト、見つかった?」

「それを皆で話し合おうって言ってるの。朝ごはん食べたら始めるけど……ノーラちゃんはどうする?」


 軽くニヤッと笑いながら問いかけるメイベルに、ノーラは表情を引き締める。


「ノーラもいく」

「そ。ならしっかりと朝ごはん食べないとね。お腹を鳴らせている子には、絶対に参加させたくないから」

「――食べる」


 そう呟くなり魔物たちを解放し、自身をくるんでいたシーツを引っぺがす。そしてベッドから飛び降り、アリシアが運んできた朝食に手を付け始めた。

 さっきまでの虚ろな目はどこへ行ったのか――光を取り戻し、モシャモシャと力強く口を動かすノーラの姿は、まるで別人のようだった。


「はい。魔物ちゃんたちの分もどーぞ」


 そしてメイベルは、皿いっぱいに盛りつけられたフルーツをテーブルに置く。


「キュウッ!」

『わーい、おいしそー♪』


 ロップルとフォレオも笑顔で飛びつき、はぐはぐと口を動かし、甘酸っぱい果実を頬張り出すのだった。

 そんな一人と二匹の光景に、メイベルは安心したような表情を浮かべる。そして驚いているアリシアに向けてウィンクをした。


「ね? なんとかなったでしょ?」

「う、うん……」


 アリシアは戸惑いながら頷く。結果オーライであることに変わりはないが、疑問に思う部分もあった。


「ねぇ。さっきノーラに言ってたことって……」

「話し合おうってヤツ? それなら本当にこの後するつもりだよ。おおよその見当がついてるのも事実だからね」

「あ、そうなんだ」

「ふふん。このメイベルさんを、甘く見ないでくれたまえ♪」


 演技じみた口調で胸を張るメイベル。この状況でよくそんなことができると思いたくもなるが、暗い雰囲気を少しでも吹き飛ばせるならと考えれば、むしろありがたいとすら言えると、アリシアは思っていた。


「じゃあノーラちゃん。食べ終わったら、お皿はそこに置いといてね。あとでウチのメイドに回収してもらうから」

「ん」

「すぐには始めないから、ゆっくり食べてていいからね」

「ん」


 モシャモシャと口を動かしながら、コクリと頷くノーラ。段々といつもの彼女に戻ってきた感じが、アリシアとメイベルをどことなく安心させていく。

 そして、静かに部屋を出ると同時に、メイベルは言った。


「それじゃあ、私たちも朝ごはん食べようか」

「えっ?」


 急に話を振られてきょとんとしてしまうアリシアに、メイベルは苦笑する。


「あ・さ・ご・は・ん。ちゃんと食べなきゃだよ。これからに備えるためにもね」


 ニコッと笑うメイベルに、アリシアも困ったように笑った。


「うん……そうだね」


 存外、ノーラのことを言えないのかもしれない――アリシアはそう思った。



 ◇ ◇ ◇



 朝食後――セアラの執務室に、皆が集まった。

 ノーラと二匹の魔物たち、そしてアリシアとユグラシア。セアラとメイベル親子というメンバーは至って自然なことだが、もう一人の人物については、どうしてもアリシアには理解ができなかった。


「ねぇ、メイベル? どうしてフェリックスさんがここに?」


 我慢できずにアリシアは尋ねてみた。

 セアラの隣に直立不動で控えている姿からして、セアラに付いているのだろうということは分かる。しかしそれならば見習いの彼よりも、執事長の肩書きを持つ老執事のほうがいいのではないか。

 実力を評価されてこの場にいるというのは、お世辞にも思えない――それがアリシアの率直な感想であった。

 そしてそれを察したらしいメイベルも、苦笑しながら答える。


「お母さんが呼んだのよ。まぁ私も思うところあって、彼に同席してもらうつもりでいたから、ちょうど良かったけどね」

「そう……」


 アリシアの返事はどこか浮かない様子だった。この場にいる理由は理解できた。しかし別の疑惑が浮かんだのだ。

 それも話していくうちに分かるのだろうかと思いながら、アリシアはメイベルたちとともに来客用のソファーに座っていく。

 そして、セアラもゆっくりと腰を下ろしたその瞬間――


「マキトとラティはどこ?」


 険しい表情でノーラがそう尋ねるのだった。周りは呆気にとられるが、ノーラは構わず続ける。


「さらったヤツらは許さない。ノーラが魔法で吹っ飛ばす!」

「キュウッ!」

『そーだそーだー! ますたーとらてぃをぼくたちでとりかえすんだー!』

「分かった、分かったからちょっと落ち着いて! ね?」


 アリシアが慌ててノーラを止める。隣に座っていて本当に良かったと、心の中で思ったのはここだけの話だ。


「これからそのためのお話をするから。今はとにかく落ち着いて、セアラさんたちの話を聞いてあげて」

「……ん」


 厳しい表情はそのままだが、とりあえずノーラは口を閉じ、黙って座り直す。

 ロップルを抱きかかえている手は震えていた。それが怒りなのか、それともマキトとラティを心配する恐怖なのか。はたまたその両方か。

 どちらにせよ、ノーラの気持ちは周りも痛いほど分かることは確かであった。


「私も凄く心配しているよ。必ず皆で、マキトたちを助けようね」

「ん」


 アリシアに優しく抱きしめられ、頭をポンポンと撫でられるノーラは、顔をうずめたままコクリと頷いた。

 優しいお姉ちゃんとお兄ちゃん大好きな妹という、まさに微笑ましい構図。このような状況でなければと思いたくなるが、今はそれどころではない。


「それでは、そろそろ話し合いを始めましょうか」


 セアラが手を叩きながら切り出した。


「昨晩、何者かがこの屋敷に侵入。マキト君とラティちゃんを捕らえ、どこかへ連れ去ってしまいました」

「その際に、防犯装置が全く働かなかったのが気になっています」


 メイベルが軽く手を上げて続ける。


「この屋敷には基本、魔法による防犯装置が仕掛けられていて、特に皆が寝静まる真夜中は、その強度もかなり上げています。不用意に門を開けた瞬間、警報が鳴り響くハズなんですが……」

「私の記憶している限りでは、襲撃された時も含め、とても静かでしたね」


 悩ましそうな声を出すメイベルに、ユグラシアが小さく頷いた。


「そして私たち三人が駆けつけた時には、もう遅かった。咄嗟に私が魔法で気配を察知したところ、わずかな反応が遠ざかっていくのが分かりました。恐らくシーフの適性を持つ者だと思われます」

「えぇ。本当にこの度は、不覚極まりございません」


 心の底から申し訳なさそうに、セアラが頭を下げる。


「昨晩はずっと、執務室で仕事をしていました。それなのに襲撃に気づかず、よりにもよってマキト君たちを連れ去られてしまうという失態を……なんとお詫びの言葉をかければいいのか……」

「セアラさ――」

「今は、そんなことを言ったところで、どうにもなりませんよ」


 ユグラシアの言葉を遮るように、メイベルが告げる。今まさに、同じことをアリシアも言おうとしており、まさか先を越されるとはと驚いて見上げると、厳しい表情を浮かべているメイベルの姿が見えた。

 ユグラシアやノーラも予想外に思っているのか、アリシアと同じような表情を浮かべている。

 セアラさえも、目を見開いているほどだった。

 もっとも彼女からしてみれば、娘から一直線に厳しい表情を向けられている、というのもあるのだが。


「メ、メイベル……?」

「もうこの際ですから、私から単刀直入に申し上げさせていただきます」


 その声は、淡々と冷え切っていた。怒りと悲しみと、そして失望と――様々なマイナスの感情が入り混じったかのような、一周超えて逆に『無』と化したような声色をメイベルが出してくる。

 周りが妙な緊張を走らせる中、メイベルは冷たい表情でハッキリと言い放つ。


「昨夜の騒ぎを仕掛けたのって……お母さんだよね?」



いつも読んでいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。


すぐ下の【☆☆☆☆☆】評価による応援もしていただけると嬉しいです。

是非ともよろしくお願いします<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ