129 真夜中のバルコニー
「ん……」
ごろん、と寝返りを打つ。しかしどうにも落ち着かない。
やがてマキトはムクッと起き上がる。周りを見ると、ノーラと魔物たちが、気持ち良さそうに寝息を立てていた。
起こさないように気をつけながらベッドを抜け、そのまま部屋から出る。
廊下の明かりは全て消えている。しかしぼんやりと青白く明るい。月明かりが照らしているのだと、マキトは少しだけ安心感に包まれた。
そのまま歩いていくと、やがて中庭が見えるバルコニーが見えてきた。
すると――
「あれ、アリシア?」
バルコニーの柵にもたれながら、夜空を見上げるアリシアがそこにいた。
「マキト……あなたも眠れないの?」
「うん。ベッドが豪華すぎて、なんか落ち着かない」
「あはは。そっかそっか。実は私もなんだよね」
マキトがアリシアの隣に並び、同じように柵にもたれる。空を見上げると、少しだけ欠けた月が明るく照らしてきていた。
改めて夜空を見上げながら、アリシアが呟き出す。
「今日は晴れてるから、星もよく見えるね」
「うん。確かに」
「ヴァルフェミオンからだと、もっと凄いたくさん見えるんだよ」
「そうなの?」
「森に比べると、空を遮るほどの大きな木とかがないからね。私の住んでる寮が、高台に建ってるっていうのもあるけど」
「へぇー」
夜空を見上げながら返事をするマキト。その返事の仕方からして、明らかに興味なさげではあったが、それでもアリシアは楽しかった。
こうして一緒に話すことが、とても久しぶりで嬉しく思っていたからだ。
話す相手だけで言えば、メイベルを筆頭にそれなりにいる。しかしアリシアは錬金術師という、周囲からすれば変わった立ち位置に存在しているため、どうしても誰かと一緒にいる時間が限られてしまうのだ。
話すとしても事務的なことが多く、こうしてなんてことない雑談をすることは、実のところ殆どないのである。
おまけにアリシアは、寮でも事実上の一人部屋。帰ったら話す相手は皆無だ。
食事中などでメイベルたちと話す時間は確かにあるが、食事時間そのものが決められている以上、そうのんびりと楽しく語り合えないことも多い。
特にこうして夜中に抜け出して話すなど、ヴァルフェミオンにおいてはあり得ないに等しい。
だからこそアリシアは、この時間がどうにも楽しくて仕方がないのだった。
しかし、今回においてはそれだけではなかった――
「こうしてマキトと話すのも、なんだかすっごい久しぶりだよねぇ」
「そーいえばそうだな」
マキトもアリシアの言葉には同感であった。
「ちょっと帰って来るだけかと思ったら、アリシアの本当のお母さんがどうたらって話が来るし」
「……ホントそこだよね」
アリシアは脱力し、視線を下に向けながら、深いため息をつく。そのまま数秒ほど無言が続き、やがてポツリと呟くような声を出す。
「マキトは興味ないかもしれないけど、私が話したいから……聞いてくれる?」
「おう、いいよ。遠慮しなさんな」
その返事を聞いたアリシアが顔を上げると、ニカッと笑いながら柵にダラッともたれるマキトの横顔が見えた。
本当に何も気にせず、ただ話を聞こうとしている。下手な勘繰りなんてしようとすらしていない。いい意味で我が道を行くマキトらしいと思えてしまう。
同時に、ストレートに言って正解だったとも思った。
マキトは基本的に、言葉は言葉どおりに受け取るタイプだ。言葉の裏の意味を読み取る概念があるかどうかも怪しい。変に言葉を濁すと伝わらないどころか、思いもよらぬ解釈をされる可能性も否定できない。
数週間一緒に暮らしていた経験は伊達ではない――アリシアはそう思っていた。
むしろその短期間で、よく特徴を掴んでいるとすら言えそうな気もするが、本人は全くもって気づいていない。
「正直さ……どうしたもんかなって、思ってるんだよね」
柵に肘をつけ、頬杖をつく仕草を取りながら、アリシアは語り出す。
「セアラさんが私の本当の母親っていうのは、まぁいいんだよ。別に恨みとかもあるワケじゃないし。ただ――」
アリシアは再び深いため息をつく。
「一緒に暮らそうと誘ってくる圧は……ちょっと強すぎて困ってるかな?」
「あぁ。それは俺もなんとなく思ってた」
マキトも苦笑しながら頷いた。
「セアラさんに話しかけられた時のアリシアって、なんか迷惑そうだったもんな」
「……そんなにだった?」
「うん。アリシアが自分からセアラさんに話しかけてるのも見たことないし、それだけウザったそうに思ってんのかなーってさ……間違ってたか?」
そう尋ねられて、アリシアは言葉を詰まらせる。マキトに濁した言葉は伝わりにくいと分かっていながらも、流石にこればかりはそうするしかなかった。
「えっと、その……外れではない、かもね」
「ってことは当たってるんだな」
あっけらかんと言い放つマキトに、アリシアはやっぱりかと視線を逸らす。しかし何も言い返せない。確かに彼の言うとおりだったからだ。
改めてアリシアは小さなため息をつく。
「こないだね。私はあの人と――セアラさんと初めて会ったの」
アリシアが切り出すと、マキトが目を見開いて振り向く。
「ここで?」
「ううん。ヴァルフェミオンで。その時はまだお休みに入ってなかったから」
そしてアリシアは再び夜空を見上げた。
「セアラさんにも、それ相応の事情があったというのは認識する。たまにメイベルと一緒に遊びに来るだけじゃダメなんですか、ってあの人に聞いてみたの。そうしたらどんな答えが返ってきたと思う?」
その時の光景を思い出したアリシアは、噴き出すように笑った。
「血の繋がった家族なら、是非とも一緒に暮らすべきよ――そう言ってたわ」
「なんか想像できそうだな」
「でしょ? それからはもう、マキトも見てのとおりの必死さ全開よ」
あーやだやだ、と言わんばかりにアリシアは肩をすくめる。それに対して、マキトは一つの疑問が浮かんだ。
「その必死さにアリシアは困ってるってこと?」
「まぁ、それもあるんだけどね……一番大きいのは、あの人の誘いを断る理由がないってところかな」
「だったら、その誘いとやらを受ければ良かったんじゃないか?」
「私の気が乗らないのよ。誘いを受けたい気持ちとかが……本当に全くないの」
「じゃあ、そう言えばいいんじゃない?」
「言ったところで、どうせ効果なんかないよ」
むしろ余計にセアラの押しが強くなりそうな気がしてならない。あなたの気を乗らせるように頑張るわ――そんなことを言ってきそうだと、アリシアは思う。
しかしそれ以外の理由もないわけではなかった。
「まぁ、相手を傷つけるのも申し訳ないし、やんわりと断る方向で、どうにかいけないかなーとは思ってるんだけどさ」
「むしろセアラさんを相手に、やんわりといけるもんなのか?」
「……難しいね」
それどころか、やんわりとしようとすればするほど、セアラが変にやる気を見せてきそうだと思ってさえいた。
このままではどっちつかずのまま、ズルズルと先延ばしになってしまう。
なんとかそれだけは避けたいところだが、どうすればいいのかアリシアには見当もつかないでいた。
すると――
「俺、見ててなんとなく思ったんだけどさ」
マキトが夜空を見上げながら言った。
「セアラさんとアリシアって、やっぱりなんか親子って感じがしないんだよな」
「そういえば、昨日もそんなこと言ってたよね?」
「あぁ。二人が並んでるところ見ても、全然しっくりこないし。むしろ――」
その光景を想像して、マキトは自然と笑みを零した。
「ユグさんとアリシアのほうが、俺的には立派な親子に見えるよ」
ニカッと笑いながら振り向いてくるマキトに、アリシアは目を見開いた。
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