122 いつものアリシアの笑顔
「あー、それ、わたしも思ってたのです」
ユグラシアたちが呆然とする中、ラティもマイペースに発言する。
「上手くは言えないのですけど、なーんか決定的に違う感じがするのですよ」
「ん。ノーラも同意見」
いい流れだと言わんばかりに大きく頷くノーラ。いつもの無表情ながら、そこにはしっかりとした感情が込められていた。
「親子って言われても納得できない。実は勘違いだったと言われたほうが納得」
「うん、確かに」
「そっちのほうが自然なのです」
ノーラの言葉に、マキトとラティが腕を組みながら、うんうんと頷く。あまりにも見事なシンクロする姿に、ユグラシアは別の意味で驚いた。
そしてユグラシアはハッと気づき、セアラたちのほうへと視線を向ける。
案の定、セアラは硬直したまま言葉を失っており、メイベルも呆気にとられたまま視線を右往左往させていた。
これは流石に拙いかもしれない――そう思ったユグラシアは、そのへんにしてちょうだいとマキトたちに言おうとしたその時であった。
「――そうよね。やっぱりマキトたちもそう思うよねぇ♪」
アリシアがとても嬉しそうな声を上げる。それが妙に大きく室内を響き渡り、ユグラシアたち三人は勿論のこと、マキトとノーラ、そして魔物たちも、呆気にとられた様子で彼女に注目した。
するとアリシアは勢いよく立ち上がり、マキトたちの座っているソファーへと向かって行く。
「いやー、実は私もそう思ってたのよ。なんか胸のつかえが取れた気分だわ♪」
あまりはっきり言い過ぎても良くないかと思っており、ずっと黙っていた。セアラとの最初の会話で、初めましてという言葉を率直に告げてしまい、ショックを与えてしまったことを引きずっていたのだ。
故にここ数日、味方がいない感覚に陥っていた。
そのことにアリシアは、今になって気づかされたのだった。
マキトたちが率直な意見を放り投げてくれたおかげで、こんなにも心が軽く感じるだなんて――こんなことならもっと早くさらけ出しておけば良かったと、アリシアは笑顔のまま心の奥底で後悔する。
「それにしても――」
アリシアはソファーの後ろから、マキトの首に手を回し、ギュッと抱き着いた。
「マキトも相変わらずのマイペースさんだね。お姉ちゃんは嬉しいです♪」
むぎゅーっと抱き締め、頬ずりをしてくるアリシア。しかしマキトからすれば、ただ単にうっとおしい以外の何物でもなく、顔をしかめるばかりであった。
「……何でくっ付くのさ?」
「私がこうしたいからこうしてるの♪」
「離れてよ。暑苦しい」
「久しぶりなんだから少しはお姉ちゃん孝行しなさい!」
アリシアは更に抱き着く力を強めていく。マキトは逃れようと身をよじらせるが効果は全く見られない。むしろ逃してたまるかと言わんばかりに、より強く抱き着かれるだけであった。
そしてそれを見過ごせない少女が、すぐ隣に存在していた。
「むぅ……ノーラをほったらかすのはダメっ!」
プクッと頬を膨らませ、ノーラもマキトにひしっと抱き着く。そのまま自分のところへ引き寄せようとするが、アリシアの力には及ばない。
ノーラは苛立ちを募らせながら、マキトに抱き着くアリシアを睨みつける。
「アリシア、離れて。マキトが嫌がってる」
「えー、しょうがないなぁ。それじゃあ……次はノーラにするね♪」
「……わぷっ!」
まさかそう来るとは思っていなかったノーラは、成す術もなくアリシアに捕まってしまった。確かに望みどおりマキトから離れたかもしれないが、これはこれで全くもって臨んでいない展開である。
「んふふー、ノーラの肌もモチモチしててやらかいねー♪」
「うっとおしい。そして暑苦しいことこの上ない。だからさっさと離れて」
「い・や♪」
アリシアから必死に逃れようともがくノーラ。マキトからしてみれば、ついさっきまで自分があっていた姿なのに、こうして外から見ていると何故か微笑ましく思えて仕方がなかった。
「なんかそーやってると、フツーに仲のいいお姉ちゃんと妹って感じがするな」
ケタケタと笑いながら呑気に言うマキト。それに対してアリシアは、驚きながらも嬉しそうな表情を浮かべていた。
しかしノーラは、心の底から嫌だと言わんばかりに、顔をしかめていた。
「んぅ、心外もいいところ。ノーラはアリシアなんかとイチャイチャしたくない」
「ちょっとー。私『なんか』って何よー?」
不満をぶつけるアリシアだったが、心から怒っている様子は欠片もない。むしろそれを口実として、もっとノーラに抱き着こうとしていた。
「そんなにお姉ちゃんに抱き着かれるのが嫌なワケ?」
「ん。そもそもノーラは、アリシアの妹でもなんでもない。だから勝手にお姉ちゃんぶられても困る」
「寂しいこと言わないでよぉ、もー!」
「ウザい。暑苦しい。そしてうっとおしい。だから早く離れて」
「むー!」
今度はアリシアが頬を膨らませるが、ノーラが本気で嫌がっているのも確かだと認識はしているので、渋々ながら抱き着きから解放した。
するとノーラは即座に動き出し、隣のマキトに勢いよく飛びつく。
「んふー♪」
マキトの胸元に顔を埋めるノーラ。表情も見えず、くぐもった声が聞こえるだけであったが、明らかにご機嫌な様子であった。
そんなノーラを、マキトが戸惑いながらジッと見下ろす。
「……何で俺に抱き着いてんだ?」
「アリシアに奪われた体力はこうして充電される。だからマキトは、もう少しこのままでいるべき」
「いや、充電ってなんだよ? 俺ってそんな機能を持ってたのか?」
「ん。持ってる。ノーラ専用で」
「なんだそりゃ」
ノーラの即答に、マキトは思わず苦笑してしまう。もはや何を言っても聞かなさそうだと思い、しばらく好きにさせておこうと判断したのだった。
すると――
「ノーラばっかりズルイのですっ!」
「――キュウッ!」
『ぼくもー』
ラティ率いる魔物たちが、目の色を変えてマキトに飛びついた。
「独り占めは許さないのです! マスターはわたしたちのマスターなのです!」
『そーだそーだ!』
「……むぅ」
魔物たちの抗議にノーラはやや不機嫌そう。しかし魔物たちに嫌われたくないという気持ちもあるのか、アリシアほどの抵抗は見せなかった。
ロップルは久々にマキトの頭の上を陣取り、気持ち良さそうに頬ずりする。マキトもマキトで、頭の重みがなにやら懐かしい感じがしてならなかった。
ノーラと出会ってからは、大体ノーラがロップルを抱きかかえているからだ。
「えへへー、マスター♪」
「キュウ♪」
『すりすりー♪』
魔物たちが笑顔ですり寄ってくる――つまりそれだけ、魔物たちが懐いてくれていることを意味しているため、それ自体はマキトも嬉しく思っていた。魔物たちのぬくもりを手放すのも惜しいと思ってしまい、結局苦笑いしながらそのまま受け入れてしまっている。
ちなみにノーラも加わっているが、それも当たり前と化したことであった。
故にマキトは何も言うことはないのだが、ここ数ヶ月もの間ずっと離れていたアリシアからすれば、物珍しい行動の一つに見えてならなかった。
「なんか……ノーラにも凄い懐かれちゃってるのね」
「あぁ。そうみたいなんだよな」
苦笑しながら言うアリシアに、マキトもノーラの頭を撫でながら頷く。
「どうしてこうなったのかは俺にも分かんないんだけどさ」
「ん。理由なんていらない。ノーラがこうしたいと思っている。それだけのこと」
「ふぅん、そう」
ソファーの背もたれに肘をついて頬杖しながら、アリシアがニヤッと笑う。
「良かったじゃないマキト。可愛い妹ができたみたいで」
「俺にはそーゆーの、よく分かんないけど」
「要はそれだけ仲良くなれたんだね、ってことよ」
「ふーん……」
いまいちピンと来ていない様子のマキトに、アリシアは優しく微笑む。その光景を黙って見ていたメイベルが、ユグラシアに顔を近づけながら小声で囁いた。
「――ああしてみると、アリシアも立派にお姉ちゃんだなぁって気がしますよ」
「ホントね。あの子たちを見ていると、微笑ましくてならないわ♪」
まるでそれが全ての幸せだと言わんばかりに、ユグラシアも嬉しそうに笑う。
なによりアリシアが、いつもの明るい笑顔を見せたことが大きい。
折角の一時帰省だというのに、帰ってきてからずっと浮かない表情をしていた。その原因はもはや考えるまでもない。避けては通れない問題とはいえ、ユグラシアとしても少しはのんびりしてほしいという気持ちはあったのだ。
結果的にマキトやノーラ、そして魔物たちが救ってくれたことになる。
彼らがいてくれて良かった――ユグラシアはそう思っていた。自然とじゃれ合う三人と魔物たちを、心から愛おしそうに見つめながら。
そして、そんな中――
(アリシア……どうすればあなたは、私のほうを見てくれるのかしら?)
セアラは実に不満そうな表情を浮かべていたのだった。
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