119 アリシアの一時帰省
そわそわそわそわ――ユグラシアは朝から落ち着きがなかった。
事前に届いた手紙により大いに驚き、そして大いに戸惑わせてくれた。しかしいざ当日を迎えたらこの有様である。
これからそう軽くはない事情を聞かされることは明白だ。
しかしそれはそれ、これはこれだ。
アリシアと数ヶ月ぶりに会えるのが嬉しくて仕方がない――その気持ちはマキトたちも分からなくはなかったが、それを踏まえたとしても少しは落ち着いてほしいと思いたくなっていた。
「ユグさま、そんなにソワソワしなくても、時間になったら帰ってくるのです」
「そんなこと分かってるわ」
冷めた表情でラティに指摘されるユグラシアは、歩き回っていた。
表口の前の広場に、転送魔法の魔法陣が現れる手筈なのだ。あくまで大体これくらいの時間に帰ってくるという、非常に曖昧な形であり、それはユグラシアも承知しているのだが、やはり早く会いたいという気持ちに嘘はつけない。
それがユグラシアを大人しくさせず、こうしてウロウロと足を動かす状態を作り出してしまっていた。
そしてそんな彼女の姿に、マキトたちは――フォレオとロップルはマイペースに森の魔物たちと楽しく遊んでいたが――呆れた表情を見せていた。
「……こりゃ、何を言ってもムダだな」
「ですね」
「ん。もうこれも見慣れた」
マキトに続き、ラティとノーラも小さなため息をつく。頼むから早くアリシア帰って来てくれないかなと、思わず願ってしまったのはここだけの話であった。
すると、その願いが届いたかのように、広場に魔法陣が浮かび上がる。
「来た!」
ノーラが声を上げながら、その魔法陣に向かって指をさす。マキトたちが一斉に注目したその数秒後、数人の人影が光とともに浮かび上がってきた。
魔法陣がゆっくりと消滅していき、人影の姿がはっきりと形作られていく。
学園の制服に身を包んだアリシアの姿が現れるのだった。
「皆、ただいまー♪」
森の神殿に到着したことに気づいたアリシアは、出迎えてくれたマキトたちに向かって嬉しそうに手を振る。
「アリシア!」
「お帰りなさいなのですー♪」
そしてマキトやラティも、嬉しそうな笑顔を見せた。森の魔物たちと遊んでいたロップルやフォレオも駆けつけ、久しぶりに会ったアリシアに抱き着く。
「キュウキュウッ♪」
『おかえり、ありしあー!』
「ふふ、ロップルとフォレオもただいま。元気そうでなによりね」
フォレオと出会ったのは留学する本当に直前だったのだが、ちゃんと自分のことを覚えていてくれたのだと知り、アリシアは嬉しく思う。
そしてロップルやフォレオを抱きかかえながら、ユグラシアに視線を向けた。
「ただいま、ユグラシア様」
「おかえりなさい、アリシア。こうして元気に帰ってきてくれて嬉しいわ」
ユグラシアは両手を前で組みながら、淑やかな笑みを浮かべる。さっきまでソワソワと落ち着きがなかった人物とは思えないほどであり、その変わりっぷりを目の当たりにしたマキトとノーラ、そしてラティは、何だこの人はと言わんばかりの冷めた表情をしていた。
森の賢者としてのプライドなのか、それとも保護者として立派な姿でいたいという気持ちなのか――恐らくは両方と言ったところだろうか。
「ユグラシア様。こちらメイベルさんと、そのお母様です」
アリシアが紹介する同行者に、ユグラシアは視線を向けながら笑みを深める。
「お久しぶりですね、メイベルさん。アリシアが世話になっているようで、本当に感謝しています」
「い、いえ! こちらこそ、突然お邪魔してしまって、すみません」
慌てて深々と頭を下げたまま、メイベルはピクリとも動こうとしない。まるで顔を上げたら天罰が下ると思っているかのようであった。
そんなメイベルに対し、ユグラシアは苦笑しながら声をかける。
「顔を上げてください。そうかしこまることもないわ」
「きょ、恐縮です!」
どこまでも固い態度を崩さない――否、崩せない様子のメイベル。森の賢者というネームバリューに押し負けていることは明白だった。
すると――
「ユグラシア様、お初にお目にかかります」
メイベルの母親がスッと一歩前に出ながら、ゆったりとした声で切り出した。
「私はセアラと申します。先日は娘のメイベルがこちらに押し掛けたそうで、本当にご迷惑をおかけしてしまいました。母としてお詫び申し上げますわ」
深々と頭を下げるセアラに、ユグラシアは気さくに笑う。
「そんなお気になさらないでください。娘さんのおかげで、アリシアも留学する決意を固めたのですから、むしろ感謝したいくらいですよ」
「恐縮です」
同じ言葉を放ちながら、どこまでも落ち着いた態度を披露するセアラ。そんな彼女に対して、マキトは軽く目を見開いていた。
「……あの二人、親子だったんだ」
それぐらいセアラの見た目がとても若かったのだ。母親の都合が悪くなって、姉が代わりに来たのかなと思ってしまったほどに。
セアラに対するマキトの感想は、大体それぐらいであった。
実を言うと彼女も、男女問わず誰もが見惚れるほどの美貌を持っている。しかしマキトには、ユグラシアという凄まじい存在のおかげで、あっさりとした反応に留まっていたのだった。
慣れとは恐ろしい一面を垣間見た場面なのだが、それに気づいた者はいない。
そして、アリシアが紹介する形で、マキトたちとメイベルもそれぞれ軽く自己紹介を済ませる。実際に妖精や霊獣を連れている姿を見て、本当に見れるとは思わなかったとメイベルは感激していた。
更にノーラを見て、メイベルはお人形さんみたいだと叫びながら抱きつく。
当然、それに対してノーラは歓迎するはずもなく、心の底からウザいと言わんばかりに顔をしかめていたが、しばらくメイベルは抱きしめ続け、解放されるのにたっぷりと数分を要した。
解放されたノーラは気分直しのために、ロップルを捕まえて抱きかかえる。
そのもふもふに癒される姿は、いつものノーラの表情であった。
しかし今度はロップルがげんなりとする羽目になったが、マキトはもう少し付き合ってやってくれと宥め、渋々従う様子を見せる。
そんな感じで、マキトに大人しく従う場面を見たメイベルは、やっぱり魔物使いなんだねぇと驚くのだった。
「それにしても……」
改めてマキトは、アリシアとメイベルをまじまじと見る。その視線にアリシアが思わず苦笑を浮かべた。
「どうしたの?」
「いや、確かに似てるっちゃ似てるなーって思って」
「わたしも同感ではあるのですけど……」
ラティもふよふよと飛びながら二人の顔を覗き見る。
「うーん……そっくりではないですし、双子さんじゃなさそうなのです」
「ん。これはやはり、ノーラの推理が正しいと証明されるとき!」
「推理って?」
アリシアが首を傾げると、ノーラが自信満々に胸を張る。
「二人は母親違いの姉妹だということ。それ以外にあり得ない」
「……あぁ、そう思ってたのね。でも残念ながら違うよ」
苦笑しながらメイベルが言う。
「私とアリシアは、同じお母さんから生まれたの。それは間違いないよ」
「えっ?」
ノーラがポカンと呆ける。自信満々な推理が根底から崩された気分となり、ショックを受けてしまった。
「ウソ……ノーラの推理、ハズレ?」
「申し訳ないけどね」
「むぅ」
頬を膨らませて拗ねてしまったノーラを、マキトが頭を撫でて宥める。もはや仲の良い兄妹にしか見えないその光景を微笑ましく思いながら、ユグラシアはセアラに話しかける。
「セアラさん。早速ですが、その件について詳しくお話し願えますか?」
「はい。私から全ての真相をお話します」
「ありがとうございます。それでは中へ入りましょう。温かいお茶とクッキーを用意しておりますから」
ユグラシアの言葉にセアラは頷く。その瞬間――
『くっきー!? たべたーい♪』
フォレオの声が響き渡る。今の話をしっかりと聞いていたのだった。
わずかに蔓延っていた緊張が一気に吹き飛んでしまい、ユグラシアとセアラは思わず笑ってしまう。
結果的に、和やかな空気で客人を迎え入れることができた。
その点では助かったかもしれないと、ユグラシアはひっそりとフォレオに感謝の念を抱くのだった。
◇ ◇ ◇
神殿のダイニング兼リビングへと移動したマキトたち。まずは軽くティータイムを楽しむこととなった。
ユグラシアのオリジナルブレンドの紅茶に、メイベルとセアラが目を見開く。更に森の甘酸っぱい木の実をふんだんに練り込んだクッキーも、市販のそれと変わらないレベルだと絶賛されたのだった。
フォレオとロップルがモシャモシャと美味しそうにクッキーを食べる中、そろそろ例の話をしましょうかと、ユグラシアが切り出す。
「では、私から改めて、結論を申し上げますね」
メイベルが表情を引き締め、隣に座るアリシアに視線を向ける。
「私とアリシアは、こちらにいるエルフ族の母と、数年前に亡くなった人間族の父との間に生まれた実の姉妹です。私たちは同い年ですが、双子ではありません」
実に分かりやすい説明だとマキトは思った。おかげで先日見せてもらったアリシアからの手紙の内容が、紛れもない事実だと改めて理解できる。
しかし――だからこそ意味が分からなかった。
「……同い年で双子じゃないって普通にあり得ることなのか?」
殆ど無意識にマキトの口から漏れ出た言葉だった。それに対してアリシアとメイベルは顔を見合わせ、同時に苦笑する。
「まぁ、確かにその疑問はもっともだよね」
「てゆーか今の、アリシアも最初に聞かされた時、私に尋ねてきたもんね」
「え、そうだったっけ?」
「そうだよ。忘れちゃったのー?」
キャッキャとはしゃぎ出すアリシアとメイベルの二人は、まさに仲良し姉妹と呼ぶにふさわしいだろう。
少なくとも二人の関係は良好だということが分かり、それはユグラシアもひっそりと安心していた部分でもあった。
「その疑問について、私から申し上げさせていただきますわ」
セアラが神妙な表情で口を開いた。
「アリシアは十四歳とのことですが、私が産んだのは十六年前です。つまりメイベルよりも二歳年上――すなわち今は十六歳になっていなければおかしいのです」
「……要するに、年齢がズレてるってこと?」
「えぇ」
首を傾げながら問いかけるマキトに、セアラが頷く。
「最初は本人も知らないまま、偽りの年齢で過ごしていたのかと思いました。しかし特別な魔法具を使って検査したところ、アリシアの年齢は、確かに十四歳だと断定されました。しかも、私が産んだという事実に間違いはないとも」
「ん。全く意味が分からない」
「俺も」
「わたしもなのです」
ノーラ、マキト、そしてラティが小さなため息をつく。
「普通に生きてたら年齢がズレるなんて……あり得ないよな?」
「ん。フツーならあり得ない」
「ってことは、普通じゃない何かがあったのか? そうでもないと説明のしようがない気がするんだけど」
「……うん。マキトの言うとおりだと思う」
沈黙を保っていたアリシアが、神妙な表情で頷きながら言った。
「きっと私には、何か普通じゃないことが過去に起こった……ユグラシア様、あなたなら知っているんじゃないですか? 私の秘密を!」
そして力強い視線をユグラシアに送る。知っているなら話してほしい――そんな願いが込められていた。
ユグラシアはそんな視線に対しても表情を崩さず、目を閉じてスッと頷く。
「そうね。ここまで来たら、ちゃんと説明しなければならないわね」
懐かしむような微笑みとともに、ユグラシアは語り出した。
「アリシアにはね、時が止まっていた時期があったのよ……生きたまま二年間ね」
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