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117 浮足立つユグラシア



「ふんふんふ~ん♪」


 シチューの鍋をグルグルとかき混ぜるユグラシアは、途轍もなくご機嫌だった。ここ連日、ずっとこんな感じである。故に傍で見てきたマキトたちも、流石にため息をつかずにはいられなかった。


「ユグさん……もう少し落ち着いたらどう?」

「ん。アリシアが帰ってくるの、まだもうちょっと先」


 ノーラもロップルを抱きかかえながら指摘する。見た目は無表情ではあるが、微妙に顔をしかめており、それなりに呆れていることが分かる。

 それに対してユグラシアは、顔だけを振り向かせ――


「えー?」


 と、不満そうに言った。もっとも声は踊っており、顔も笑顔のままであったが。


「だって久々にアリシアが帰ってくるのよ? もう気が気でないわ♪」

「いや、だから落ち着いたらどうって言ってるんだけど」

「ん。マキトに同感」

「ですね」

「キュウッ」

『いいにおーい♪』


 呆れ果てた表情でツッコミを入れるマキトに、ノーラたちも続く。もっともロップルはあまり意味を理解しておらず、フォレオに至ってはユグラシアよりも、自分の空腹のほうが気になって仕方がない様子であった。

 それを裏付けるかのように、ぐぅと情けない音が聞こえる。

 フォレオがふにゃぁ、と項垂れており、自分が犯人ですとあっさり自白してしまうのだった。


『おなかすいた』

「はいはい。もうちょっとでシチュー温まるからねー♪」


 ちなみに今は朝。ユグラシアがかき混ぜているシチューは、昨晩の残りである。

 つまりユグラシアは、朝っぱらからハイテンションだということだ。よくもまぁここまでご機嫌が続くもんだと、マキトは改めて思う。

 発端は数日前――ヴァルフェミオンにいるアリシアから手紙が届いた。

 もうすぐ学園が連休になり、生徒たちも一時帰省が許されるので、休みを利用して森の神殿に帰る旨が綴られていたのだ。

 それ以来、ユグラシアはずっとこの調子である。

 この場にディオンなどの客人がいないのは、本当に幸いだったかもしれない。

 いつものユグラシア様じゃない――そう言ってショックを受けるのは、目に見えているからだ。

 しかしマキトたちはというと、実のところそれほど驚いてはいない。

 何故なら森の神殿で一緒に暮らし始めてから、度々ユグラシアのこういった姿を見るようになったからだ。


「ユグさんって、お客さん来てるときと俺たちの前じゃ、全然違うよな」


 皿を運び、パンをテーブルに並べながら、マキトが思い出したように言う。


「こうして見ると、ただの『お母さん』って感じかも」

「……っ!」


 シチューの味見をしていたユグラシアの動きが、一瞬ピタッと止まる。しかしすぐに再起動し、苦笑しながら深皿にシチューを盛りつけていく。


「もう。急に何を言い出すのよ? 大人をからかうんじゃありません!」

「とか言いながら嬉しそう」

「ノーラまで……全く」


 しょうがないなぁと言わんばかりにため息をつくユグラシア。しかしノーラの言うとおり、その表情は誰が見ても嬉しさを帯びているようにしか思えなかった。

 そんな様子をジッと見ていたマキトが、ポツリと呟くように言う。


「……ユグさんって、こんな感じだったっけ?」


 どうにもキャラが変わり過ぎているような気がしてならない。そんな戸惑いを浮かべるマキトに、ノーラは相変わらずの無表情のままコクリと頷く。


「ん。普段のユグラシアは立派な森の賢者。でもアリシア絡みだとポンコツ化」

「なるほど」

「納得なのです」


 マキトとラティが揃って頷く。ノーラは嬉しそうにふんすと胸を張る。自分の言葉が正しかったのだと、嬉しく思ったのだ。

 その一方で――


「なによー? 私は別にポンコツなんかじゃないんだからー!」


 口を尖らせながらブツブツと文句を言うユグラシア。これもまた、最近になって自然と姿を現すようになった姿の一つであった。

 しかしそれもマキトたちからすれば、既に見慣れた姿の一つとなっていた。

 故に驚くこともなく、ただ小さく笑って流すだけであった。


「それはともかく……ユグさんホントに大丈夫?」


 深皿に盛りつけ終わったシチューを運びながらマキトが尋ねる。


「そんな調子じゃ、アリシアが帰ってくる日まで、体もたないんじゃないの?」

「あ、それわたしも気になってたのです」


 フォレオがつまみ食いしようとしたフルーツを没収しながら、ラティも頷いた。


「アリシアが帰ってきたら、ユグさま倒れちゃうんじゃないかなって」

「ん? 帰ってくる前じゃなくてか?」

「帰ってきたらなのです。再会した時の感激が凄すぎる形で」

「あー確かに」


 ラティの言いたいことを理解したマキトは、苦笑しながら頷く。

 現時点で既にユグラシアは暴走する一歩手前だというのに、アリシアが実際に帰ってきたら、果たしてどうなることか。


「あなたたちねぇ……それは流石に聞き捨てならないわよ?」


 沸かしたてのお茶をカップに注ぎながら、ユグラシアは小さなため息をつく。


「そんな大げさなことになるワケないじゃない。普通に嬉しく思うだけよ」

「と、言ってるけど実際には?」

「ノーラまで……そんなに私って信用ないのかしら?」


 悲しいわと言わんばかりに、頬に手を添えながら嘆くユグラシアだったが、マキトたちは皆揃って、それを相手にしようとしない。

 アリシアが旅立ってからの数ヶ月で、明らかにユグラシアは変わった。

 それに本人が気づいているようで微妙に気づいていないのが、どうにも質が悪いと思えてならないマキトたちであった。


(これ以上付き合ってたら、疲れるだけだな)

(はやく朝ごはん食べて森へ行くのです)

(ん。余計な手出しはさけるべき。なによりノーラはお腹ペコペコ)


 マキトとラティ、そしてノーラは心の中で呟いたにも関わらず、それぞれの気持ちは完全に一つとなっていた。

 そして――


『いただきまーす♪』

「キュウッ♪」


 フォレオとロップルは、ユグラシアたちのやり取りに興味を示しておらず、朝食で腹を満たすことしか考えていなかった。もっともこれはこれで、フォレオたちらしいと言えなくもないが。

 そんな魔物たちに続いて、マキトたちもそれぞれ手を合わせる。


「「「いただきます」」」

「はいどうぞ。たくさん召し上がれ♪」


 よよよ、と嘆いていたユグラシアも、瞬時に笑顔に切り替えて頷く。さっきまでのやり取りがなかったかのように、楽しい朝食タイムが始まったのだった。



 ◇ ◇ ◇



 朝食を終えたマキトとノーラと魔物たちは、森へと出かけて行った。朝食の後片付けを終えたユグラシアは、キッチンを出て廊下を歩き出す。


「今日はお弁当持って行かなかったから、多分お昼には帰ってくるわよね」


 天気さえ良ければ、マキトたちは毎日のように森へ出る。

 魔物たちの特訓や食材集めの練習が基本であり、最近は川で釣りをするようにもなっていた。森の幸と川の幸――その何かしらを持ち帰ってくることが多い。

 この数ヶ月で、マキトたちは森の生活に随分と馴染んだように思う。

 今はまだ子供の探検ごっこの域を出ていないが、それが本格的なフィールド探索と化するのは、時間の問題だろうとユグラシアは見ていた。


(きっとお腹空かせて帰ってくるでしょうし、早めの準備しておきましょう。でもまだ流石に用意するのは早いから……)


 そう思いながらユグラシアは、倉庫の中から掃除用具を一式取り出した。


「アリシアのお部屋を、もう一度くらい掃除しておこうかしらね♪」


 ルンルンとスキップしながらアリシアの部屋を目指すユグラシア。

 ちなみに『もう一度くらい』と言っているが、実際にはもう『何度も』と言ったほうが極めて正しい。

 作業机や錬金釜は綺麗に磨かれており、本棚などの埃も拭き取られている。たとえ毎日するにせよ、せいぜい床を軽く掃く程度で十分なレベルだ。間違っても大掃除するかのように掃除用具一式を運び込むほどではない。

 ユグラシアもそれは一応分かっているのだが、高ぶる気持ちを抑えることができないのだった。

 つくづく来客には見せられない、森の賢者の隠された一面である。


「アリシアに会うのも数ヶ月ぶりになるのね。フフッ、早く会いたいわ~♪」


 部屋中を丹念に見上げき上げながら、ユグラシアはアリシアに想いを馳せる。

 美味しい料理をお腹いっぱい食べさせてあげたい。留学生活について、色々と話を聞かせてほしい。もし辛いことがあれば相談に乗ってあげたい。

 そんな想いが膨れ上がり、ユグラシアの手は止まらなくなっていく。

 気がついたらたっぷり数時間が経過しており、アリシアの部屋はピカピカに輝く部屋へと仕上がっていた。


「ふぅ。こんなものかしらね……あら、もうお昼じゃない。時間が経つのって、本当にあっという間ねぇ」


 それはそれでそのとおりではあるけれど、一番の原因はあなたが夢中で掃除しまくっていたからです――というツッコミが来たとしても、恐らくユグラシアはなんのことかしらと首を傾げるだけだろう。

 それぐらいユグラシアは、自分のしたことに自覚がなかった。

 少なくとも今、この時に限ってはの話だが。


「マキト君たちもそろそろ帰ってくるでしょうし、急いでお昼の準備を――」


 その時、神殿の出入り口から小さな魔力を感じた。

 それが転送魔法によるものであることは、ユグラシアも瞬時に読み取った。恐らく手紙でも届いたのだろう――そう予測して駆けつけてみると、予想どおり一通の封筒が入り口付近の廊下に落ちていた。

 魔力によって保護されているその封筒は、宛てられた人物が受け取ることで解除される仕組みだ。ユグラシアがそれに触れた瞬間、魔力が解除される。

 拾い上げて差出人を見た瞬間、ユグラシアは目を見開いた。


「アリシアからの手紙だわ!」


 ユグラシアは思わず声に上げて叫んた。それぐらい嬉しかったのだ。

 恐らく帰省する日取りの報告をしてくれたのだろう。食べたい料理のリクエストでも書いてくれていたら――そんなことを期待しながらその場で封を開け、便箋に書かれている内容に目を通していく。

 その数分後――


「えっ?」


 ユグラシアの笑顔が硬直する。そこに書かれている内容に驚いたのだった。


(ウソ……これ、何かの冗談なんじゃ……)


 思わずそう思いたくなるようなことが、詳しく書かれていた。しかしそれが偽りでないことは、ユグラシアが一番よく分かっている。

 アリシアが冗談で手紙を送るような真似をするとは、とても思えないからだ。


「あ、ユグさーん。ただいまー!」


 そこにマキトたちが帰ってきた。いっぱい森の中を動き回ってきたのか、程よく疲れながらも、その表情は皆揃って晴れやかであった。


「ただいまなのですー♪」

「キュウッ!」

『おなかすいたー』


 魔物たちもご機嫌な表情を見せる。マキトやノーラの両手には、採取してきた薬草や木の実などが、それぞれの両手いっぱいに積まれていた。

 いつもならそれを見てユグラシアが褒め称えるのだが、残念ながら今はそれどころではなかった。


「あれ? どうかしたの、ユグさん?」

「ん。なんかあったっぽい」


 マキトとノーラにジッと見つめられ、ユグラシアは息を飲む。この状況で誤魔化すのは無理だと判断したのだった。

 ユグラシアは意を決して、マキトたちに明かす。


「手紙が届いたの……アリシアに本当の家族が見つかったらしいわ」



いつも読んでいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。


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