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116 ヴァルフェミオンの寮にて

今回のお話から、第四章の開始となります。



 魔法学園ヴァルフェミオンは全寮制である。学園が存在する島は、断崖絶壁を遥かに超える高さを誇り、まるでそれは『塔』のようだった。

 一度入れば二度と出られない――そんな脅し文句も広まっていたりするが、あながち冗談ではないと経験者は語る。

 まだ入学して数ヶ月のアリシアでさえ、そう思っているほどだ。

 錬金術師である彼女は、学園にとってはイレギュラーな存在そのもの。しかし一人の生徒である以上、決して特別扱いはされない。周りの生徒たちと同じ厳しさを彼女もたっぷりと味わっているのだった。


(なんてゆーか……よく生き残ってるよねぇ、私もさ)


 思わずアリシアは苦笑する。入学して最初の数日は、まさにてんやわんやの連続であった。ずっと森の中でひっそりと暮らしてきた彼女にとって、大勢の――それも同年代の子供たちと一緒に過ごすこと自体が、まずあり得ないことだった。

 無論、奇怪な目で見られることも、現在進行形で少なくない。

 ここはあくまで魔法学園。魔法を扱うことを大前提としている中に、魔法を扱えない錬金術師が特別枠で入学してきたともなれば、一体どうしてと首を傾げるのが普通というものだろう。

 ――どこぞの貴族が大金を積んで、無理学園にやり押し込めたらしい。

 ――変な錬金アイテムでスカウトマンの心を乱し、騙して学園に入ったとか。

 ――森の賢者様と通じていて、そのコネで入ったと聞いたぞ。

 そんな噂話があっという間に学園中を駆け抜けていくが、アリシアは特に気にすることもなくマイペースに過ごしていた。

 自分がイレギュラーであることは、自分が一番よく分かっている。平穏な学園生活がいきなり送れるなど、最初から思っていなかったからだ。

 それでも、ささやかな救いとなる存在もあった。


「アリシアー、いるー?」


 ノックとともに聞こえてくる女子の声に、アリシアは自然と表情を輝かせる。


「はーい」


 声を上げながら立ち上がり、アリシアはドアを開ける。そこには想像したとおりの人物が立っていた。


「やっほー。メイベルさんが来ましたよーん♪」

「ふふ、いらっしゃい」


 アリシアと同い年の少女、メイベル。以前、彼女が修学旅行でユグラシアの大森林に訪れた際、アリシアとの邂逅を果たしたのだった。

 二人は顔立ちがよく似ていた。そしてそれ以上に魔力が『同じ』だったのだ。

 人が体に宿す魔力は、基本的に遺伝によって異なってくる。魔力が同じということは血縁者――同じ両親から生まれた兄弟姉妹と見なされるのが基本となる。

 つまりその理論に基づけば、アリシアとメイベルは双子の姉妹ということが言えてくるはずなのだが――その事実は全くもって存在しない。

 メイベルも気になって調べてみたが、やはりその事実は覆らなかった。

 二人は間違いなく双子ではない。しかし確かな秘密はある。それは未だ解明されていないのだった。


「あれ? 今日は一人なの?」


 アリシアが尋ねると、メイベルはうん、と言いながら頷いた。


「ブリジットもセシィーも野暮用で留守中なの。それで一人になって寂しいから、こっちに来たってワケ」

「なるほどね」


 メイベルのこういった行動は、アリシアからすれば珍しくもなんともない。入学して早々に顔を会わせてからというもの、メイベルは何かとアリシアを気にかけていたのだった。

 寮生活の基礎から、ヴァルフェミオンでの過ごし方など、始めは先輩的な存在としてのレクチャーが基本だった。しかしそれも、最初の一ヶ月程度である。

 次第に理由がなくともアリシアに会いに来るようになった。

 今では昔馴染みであるブリジットやセシィーよりも、一緒に過ごす時間が長くなっているのではないか――巷ではそんな噂も流れていたりするが、当の本人たちはまるで気にしていなかったりする。


「あーもう、私もアリシアと一緒の部屋で過ごしたいよー!」

「メイベルってば、そればかり言ってるね」


 背中からベッドへ飛び込むメイベルに、アリシアは苦笑する。

 寮は基本的に二人ないし三人の相部屋なのだが、アリシアは二人用の部屋を一人で使っていた。

 途中から入学してきたため、やむを得なかったという部分も非常に大きい。

 無論、寮のルール上、申請して双方の理解を得られれば、相部屋で生活することもできるのだが――


「言いたくもなるってもんだよ。こっちは何回も部屋移動の申請出してるのに、なかなかあれこれ理由をつけて通してくれないしさ」

「まぁ、それは仕方ないんじゃない?」


 アリシアは小さなため息とともに肩をすくめる。


「名家の娘で才能にも恵まれて努力を惜しまない才女となれば、こんな得体の知れないのと一緒にさせたくはないってことでしょ?」


 双方の理解は得ているのに、学園側がそれを頑なに受け入れない。それだけ聞けば酷く思えるが、分からなくもないとアリシアは思っていた。

 メイベルはヴァルフェミオンの中でも、期待の星の一人として挙げられている。それに対して自分は、得体の知れないイレギュラーな存在。そんな二人を一緒にしておきたくないという気持ちがあるのだろう。

 むしろ、こうして遊びに来ること自体は許されているのだから、それだけでもありがたいと思うべきかもしれない。

 それでもメイベルからしてみれば、不満だらけにも程がある感じだったが。


「――アリシアはそんなんじゃないよ!」


 メイベルがベッドから勢いをつけて起き上がる。


「ちゃんと学園側から選ばれた凄い子だよ。怖い存在なんかじゃない。それは私が胸を張って保証する!」

「ふふっ、ありがとうねー」


 必死にフォローしようとするメイベルに対し、アリシアはどこまでもマイペースな笑顔を絶やさない。

 実際、メイベルという味方がいてくれるだけで十分過ぎるくらいだった。

 魔力を持ちながら魔法が使えない自分が、このヴァルフェミオンに留学できていること自体が奇跡なのだから、あーだこーだ文句を言う資格はない。白い目で見られることはあれど、気にしなければどうということはないため、今のところ特にそれで辛いと思うこともない。

 そんなアリシアの気持ちはメイベルもよく知っている。だからこそ、これ以上何か言ったところで意味がないことも分かっていた。

 この話はここまでにしておこう――そんな気持ちを込めて小さく息を吐いた。


「ところでアリシア。帰省する準備できた?」

「うん。もうできてるよ」


 話を切り替えてきたメイベルに対し、アリシアは部屋に備え付けられている学習机に視線を向ける。

 そこには大き目のバッグが一つ置かれていた。


「そんなに荷物もないし、すぐに終わったわ。そーゆーメイベルは大丈夫なの?」

「バッチリ問題なっしーんぐ、だよ」


 ニカッと笑いながらメイベルが手を突き出してピースをしてみせる。

 もうすぐヴァルフェミオンも連休に入る。生徒たちからすれば、実家に帰ると称して外へ出る数少ないチャンスであり、浮足立つ者が多い。

 かくいうアリシアも、久しぶりに大森林に帰れるということで楽しみだった。

 ユグラシアやマキトたちは元気にしてるだろうかと、今から会えるのが待ち遠しくて仕方がない。少し思い浮かべただけで笑みが零れてしまうほどだった。

 当然、それをメイベルも見逃してはいなかった。


「ふーん、アリシアも相当楽しみなんだねぇ♪」

「そりゃそうだよ。私が生まれ育った故郷なんだから」

「故郷、ね……っと、そうだった!」


 どこか意味ありげな笑みを浮かべたところで、メイベルは目を見開く。


「アリシアに話さなきゃいけないことがあったの忘れてたよ」

「え、なに?」


 首を傾げるアリシアに、メイベルは神妙な表情を向ける。


「さっき、お母さんから手紙が届いたの。例の結果――間違いないってさ」

「……そうなんだ」


 アリシアが俯きながら呟く。


「まさかとは思っていたけれど、本当にそうだったとはね」

「うん。こればかりは私も驚くしかなかったよ」


 アリシアとメイベル。二人の乾いた笑みは、どこかわざとらしかった。それだけ戸惑わずにはいられない内容であることを意味しており、今からでも遅くないから勘違いだったと、そう言ってほしい気持ちでいっぱいであった。


「――よし」


 アリシアは立ち上がり、帰省用のバッグを床に置く。机の引き出しから便箋を取り出し、席についてペンを執った。

 その行動をメイベルは後ろから覗き見る。


「手紙?」

「うん。ユグラシア様には、事前に知らせておいたほうがいいと思ってね」


 アリシアはサラサラとペンを走らせる。その表情はさっきと比べ、どこか楽しそうに見えた。

 恐らくユグラシアのことを思っているからだろうと、メイベルは予測する。それだけ大きな存在なのだということは、考えるまでもないことだった。

 故にメイベルは、どこか心苦しそうに視線を逸らす。


「実はね……お母さんも、ユグラシア様に挨拶したいらしいの」


 その神妙な声に、アリシアは走らせていたペンを止める。その心中はメイベルも察していたが、最後まで伝えなければならなかった。


「――『娘』がたくさんお世話になったから、お礼を言いたいって」



いつも読んでいただきありがとうございます。

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