112 幼なじみという名の確かな絆
長老ラビットの言葉どおり、森の魔物たちが、アレクたちの道しるべとなった。誘われるかの如く深き森の中を進むと、あっという間にそこに辿り着いた。
村の集会所の裏口――まさに抜け出したスタート地点である。
無事に戻ってこれたことを五人が安心したところに、捜索から戻って来たネルソンたちと鉢合わせた。
見つかった喜びもつかの間、ネルソンから盛大な雷が落とされた。
こっぴどく叱られるという言葉が、生温いと思えてしまうほどの説教が、アレクたち五人に襲い掛かった。
無論、アレクたちに何も言い返す余地はない。抜け出した自分たちが悪いことは自覚しており、五人は正座させられつつ、ひたすら雷に耐えていた。
――もしかしたら、ここで死ぬんじゃないだろうか?
誰かが頭の中でそう思った瞬間、再びネルソンの雷が勢いよく落とされる。まるで狙いすましたかのようなそのタイミングに、これ以上余計なことを考えたら本当に命はないと、五人はそれぞれ身を縮ませるのだった。
「ったく、無事だったから良かったものを……」
「まぁまぁネルソン。あなたもいい加減に落ち着いてください」
ようやく少しだけ荒げる声が収まったところで、エステルが割って入る。
「いくらなんでも、少し雷を落としすぎです。叱られて然るべきではありますが、やり過ぎもよくありませんよ」
「……あぁ。言われなくても分かってる」
後ろ頭をボリボリと掻きむしりながらネルソンは唸るように言う。そしてため息を一つついたところで、改めて正座している五人を見下ろした。
「とにかく、五人とも無事でなによりだ。冒険者養成学校に入ったら、今回みたいな勝手は絶対に許されないからな。以後気をつけるように」
「は、はいっ!」
「すいませんでしたぁっ!」
アレクとジェイラスが勢いよく頭を下げ、リリーたち三人もそれに続いて、深々と頭を下げる。
その姿を見たネルソンは、ようやく小さな笑みを見せる。
「分かればよろしい。他のヤツらも心配してたから、ちゃんと謝っておくんだぞ」
『――はいっ!』
かくして五人は、長い説教から解放された。そして立ち上がろうとするも、完全に痺れ切った足がビリッと電流の如く痛みを走らせ、五人揃ってまともに立てない状況に陥ってしまう。
なんとも情けない姿だが、ささやかな天罰だと思えば安いものだろう。
ちなみに今、ネルソンは暗に、アレクたちは冒険者養成学校に問題なく入学できることを明かしていた。
そもそもこの課外活動に参加さえしていれば、それが入学の証となることを、彼らは知る由もない。昔は確かに最終試験も兼ねていたのだが、今では完全に名ばかりのものでしかなくなっているのだ。
しかし、子供たちのためにそれを明かすことはしない。
そうでも言わないと、入学してくる子供たちは身を引き締めず、入学してからの厳しい訓練に耐えられないからと。
実際、毎年のようにそれなりの効果は出ているため、このまま続行しようという考えに至っている。噂もいいスパイスとして役に立っているのだった。
その狙いどおりというべきか、アレクたちもそれに全く気づいてすらいない。
もっとも彼らの場合は、長い説教から解放されて嬉しかったからというのも確かにあるのだが、それ以上に必死に心掛けていることがあったからだ。
(よし! 隠れ里やマキトたちのことは、なんとか明かさずに済んだぞ!)
アレクがひっそりと笑い、心の中でガッツポーズをする。
隠れ里から戻る途中、アレクが切り出したのだった。マキトたちと行動していたことについては、自分たちだけの秘密にしようと。
色々と自慢できることなのに――サミュエルはそう言って不満そうではあった。その気持ちはアレクも理解はできたが、頷くわけにはいかなかった。
マキトたちや隠れ里の皆に、余計な迷惑をかけたくないと思っていたからだ。
もし話してしまえば、何かしらの形で巻き込んでしまうかもしれない。別に国を動かすような大事になったわけでもないため、話さなければどうということはないだろうと思ったのだ。
いの一番に賛成したのはジェイラスであった。
マキトたちは立派な俺たちの仲間だ――そうニカッと笑って。
そして、リリーとメラニーも笑顔で賛成したことで、サミュエルも分かったよと渋々ながら受け入れていた。しかし彼は、ネルソンから問い詰められた際、自分が飛び出してきたスライムに驚いて森の奥まで逃げてしまいましたと、自ら情けない証言を買って出ていた。
なんやかんやでサミュエルも、マキトたちや隠れ里の皆を大切にしたいという気持ちは強かった。それを知ったアレクたちは、逆に驚いたほどである。
(とりあえず、他の皆にも謝りに行かないとだな)
アレクは四人を連れて、同級生たちの元へ向かい、頭を下げて謝罪した。最初は驚かれたが、無事で良かったと笑顔で迎えられ、励まされたのだった。
次は俺も連れてけよ――中にはそう言ってくる者もいたが、流石に洒落にならないと思ったアレクは、勘弁してくれと苦笑していた。
「それにしてもさぁ……」
謝罪も終え、ようやく本当の意味で解放されたところで、メラニーが切り出す。
「なーんか壮大な冒険をしちゃった感じよね」
「あぁ、全くだぜ」
ジェイラスも気分良さげに笑う。
「今回の冒険は、一生忘れられそうにねぇからな。ぜってー養成学校を卒業して、この広い世界に飛び出してやる。俺は改めて、そう心に決めたぜ!」
その言葉に他の四人も、笑みを浮かべながらしっかりと頷くのだった。
するとアレクが、少し落ち込んだような笑みを浮かべる。
「しかしまぁ、何だ……僕もまだまだだと思い知らされたよ」
「どうしたんだよ、急に?」
ジェイラスが首を傾げると、アレクが小さなため息をつく。
「今回は、正直ずっと意地を張ってばかりだった。そのせいで騒ぎも起こした。僕が全ての元凶といっても過言ではない」
「――だからなんだってんだよ?」
「えっ?」
アレクが軽く目を見開きながら振り向くと、ジェイラスが呆れたような表情を浮かべていた。
「お前は俺たちのリーダーなんだろ? だからアレク――お前のことは俺たちが全力で支えてやる。だからお前も、俺たちを引っ張ってってくれよ。これまでだってそうしてきたじゃねぇか!」
アレクの肩に手を置きながら熱く語るジェイラス。そんな彼の言葉に、他の三人もうんうんと笑顔で頷いていた。
「そうだよ。ウジウジ悩むなんて、アレクらしくもない」
「アンタはどっしり構えてればいいのよ」
「細かいことを気にしても、何も始まらないよね」
「お前たち……」
思わず目頭が熱くなってきた。なんとか誤魔化そうと、アレクは目を閉じながら視線を逸らす。
そこにサミュエルが、にししと笑いながら肩をすくめた。
「まぁ、もし本当にアレクがヤバくなったら、僕がなんとかしてあげるよ♪」
「サミュエルが手を出したところで、藪蛇にしかならないわね」
「な、なにおうっ!?」
メラニーに噛みつくサミュエル。もはやその光景は様式美――誰でも易々と真似できるものではなかった。
少なくとも、そんな彼らの姿を遠くから見ていた大人たちは、そう感じていた。
「――いつの世代にも、あーゆー子たちはいるモノね」
そう言いながらユグラシアは微笑み、隣に佇む二人に視線を向ける。
「まるで昔のあなたたちを見ているみたいよ?」
「アハハ……これはまた、一本取られてしまいましたかねぇ」
言い返す余地が見つからず、エステルが苦笑する。ネルソンもばつが悪そうにそっぽを向いていた。
「大体よぉ、何で俺がこんな覗き見なんてマネしなくちゃならねぇんだ?」
「お前が心配そうにしていたからだろう」
隣からディオンが呆れた視線を向けてくる。
「自分で雷を落としておきながら、子供たちが落ち込んでないかどうか気になって仕方がない……まぁ、ネルソンらしいとも言えるがな」
「鬼のような騎士団長が、実は子煩悩なパパ候補……なんともらしいですね♪」
「……テメェら、後で覚悟しとけや」
あからさまにからかうディオンとエステルに、ネルソンが苛立ちを向ける。もはや昔の三羽烏に戻ってしまっているのも、周りで子供たちが見ていないのを確認しているが故であった。
(ホント、変わらないモノね……種族や立場関係なく、ヒトという生き物は)
三人を通してどこか遠くを見つめるような表情を浮かべながら、ユグラシアは小さな笑みを浮かべていた。
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